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ギルドホール内にある受付カウンターで、今しがたハンコを押した書類をソガリがじっと見ている。
ソガリはまだ《六本指》のギルド職員として「新米」の枕詞が取れない身ではあったが、近ごろはこうして受付業務を任されることもちょくちょく見受けられるようになってきた。
いわゆる「受付嬢」のポジションは、冒険者ギルドの華のひとつと言える。
特に新米冒険者への手厚いサポートで名を上げた《六本指》においては、受付業務は重要視されている。
ソガリはいつでも元気いっぱい、笑顔いっぱいといった様子だし、記憶力もいいし、《六本指》のギルドホールを訪れる冒険者たちに対する態度も丁寧だ。
ソガリが受付嬢の業務を任されるのは、自明の理と言えた。
つい先ほども、ギルドに救助依頼を出してきた――そしてカイが救助した――新米冒険者パーティに対し、温かい言葉をかけて励ましていた。
「大事なく帰ってきてくださってよかったです」――。嫌味もなくてらいもないソガリの笑顔に、救助依頼を出したことでどこか気落ちした様子だった冒険者パーティも、少しは次の冒険へのやる気を取り戻せた様子だった。
間違ってもカイにはできない芸当である。
カイだって取り繕って丁寧な言葉を口にすることはできるし、時と場合によってはそうしてきた。
けれども聡い者は、カイのそれが上っ面だけのものだとすぐに看破できるだろう。
だから、心の底からそう言っているように聞こえるソガリの言葉遣いは、素直に称賛に値するものだと思えた。
だからと言って、カイはソガリのようになりたいとは思えなかったが。
ソガリが、書類から顔を上げてカイを見る。
「カイってもしかして金級にいけるんじゃないの?」
ソガリが口にした「金級」とは、冒険者の実力を表す等級のことだとカイはすぐに理解する。
カイの現在の等級は「銀」。
ひと握りの冒険者しか上がれない、というような等級ではないものの、それなりの才能やそれを磨く努力がなければ得られない地位ではあった。
「それは無理」
カイが即答すれば、ソガリは「えーっ」と言う。
ちょうどギルドホールにほとんどひとがいない時間帯であったからできる、気安いやり取りだった。
「銀級だってイヤイヤ上がったってのに、金級なんて目指さねえよ」
「イヤイヤでも上がれるなんてすごいね!」
言い方や、言う人間によっては嫌味とも取れるようなセリフだったが、ソガリの場合は素直におどろいて、称賛しているのがありありとわかった。
カイが銀級冒険者になったのは、《六本指》のギルドマスターであるボスに言われたからだ。
カイは、ボスの言葉には逆らいづらいのである。
たとえそれが「命令」ではなく「お願い」であったとしても、だ。
カイとしては銅級冒険者でもまったく問題はなかった。
むしろ、低い等級のままのほうが厄介な依頼を持ちかけられずに済むと考えていたくらいだ。
だがボスがそれを望まなかったため、カイは渋々銀級冒険者をしている。
幸いと言うべきか、不運と言うべきか、カイには相応の才能と実力、そして実績もあった。
銀級へはほとんどスムーズに上がれたのは、カイにとっては不幸かもしれないが、ボスはにこにこ笑顔だった。
「でもカイの実力を考えたら金級だって――」
「救助や浚い屋や漁り屋の実力だけで金は無理。金級くらいから上は、『勇者』とかになりたいやつが目指すんだよ」
カイは「勇者」なんてものは目指してはいないし、あこがれたことすらない。
ただ毎日それなりに上等な食事にありつけて、将来のために少しづつ貯蓄できるていどの稼ぎがあればそれでじゅうぶんだった。
「もったいない気がする~」
ソガリはそれでもあまり納得はできなかったらしく、そんなことを言う。
「……お前も『勇者』とかにあこがれちゃうクチなわけ?」
「うーん……でもまあ、普通は『華々しく活躍する!』みたいな空想はするもんじゃない?」
ソガリ自身の意見というより、彼女は一般論を持ち出してきたようだった。
カイが聞きたいのはソガリの考えだったのだが、肝心のソガリが他の職員に呼ばれてしまったため、ふたりの会話は打ち切られる。
カイはあとから、「ムダ話だったな」と思った。
もし、ソガリが「『勇者』ってカッコいいよね」などと能天気に言っていたら――。
カイは、なぜか空想の中のソガリに対し、もやもやとした説明のつかない感情を抱いた。
現実にソガリはそんなことを口にしなかったのだから、空想のソガリに――腹を立てるのは、なんだかそれこそ「ムダ」だろうとカイは思う。
――救助依頼をこなしてすぐだから、疲れているんだろう。
カイはそう判じて、休憩室にでも向かおうとした。
だがギルドホール内に併設された酒場のほうから、女の声がかかる。
「最近彼女と仲いいねえ」
明らかな揶揄が込められた言葉に、カイは思わず振り返る。
見知った顔の女冒険者が、どこかカイを責めるような目で見ていた。
酒場の大テーブルのひとつを囲んでおり、向かい側には女冒険者がいつも連れ立っている仲間が、少しの困惑をにじませた顔でふたりを見やっていた。
カイは内心で舌打ちをする。
ソガリはまだ《六本指》のギルド職員として「新米」の枕詞が取れない身ではあったが、近ごろはこうして受付業務を任されることもちょくちょく見受けられるようになってきた。
いわゆる「受付嬢」のポジションは、冒険者ギルドの華のひとつと言える。
特に新米冒険者への手厚いサポートで名を上げた《六本指》においては、受付業務は重要視されている。
ソガリはいつでも元気いっぱい、笑顔いっぱいといった様子だし、記憶力もいいし、《六本指》のギルドホールを訪れる冒険者たちに対する態度も丁寧だ。
ソガリが受付嬢の業務を任されるのは、自明の理と言えた。
つい先ほども、ギルドに救助依頼を出してきた――そしてカイが救助した――新米冒険者パーティに対し、温かい言葉をかけて励ましていた。
「大事なく帰ってきてくださってよかったです」――。嫌味もなくてらいもないソガリの笑顔に、救助依頼を出したことでどこか気落ちした様子だった冒険者パーティも、少しは次の冒険へのやる気を取り戻せた様子だった。
間違ってもカイにはできない芸当である。
カイだって取り繕って丁寧な言葉を口にすることはできるし、時と場合によってはそうしてきた。
けれども聡い者は、カイのそれが上っ面だけのものだとすぐに看破できるだろう。
だから、心の底からそう言っているように聞こえるソガリの言葉遣いは、素直に称賛に値するものだと思えた。
だからと言って、カイはソガリのようになりたいとは思えなかったが。
ソガリが、書類から顔を上げてカイを見る。
「カイってもしかして金級にいけるんじゃないの?」
ソガリが口にした「金級」とは、冒険者の実力を表す等級のことだとカイはすぐに理解する。
カイの現在の等級は「銀」。
ひと握りの冒険者しか上がれない、というような等級ではないものの、それなりの才能やそれを磨く努力がなければ得られない地位ではあった。
「それは無理」
カイが即答すれば、ソガリは「えーっ」と言う。
ちょうどギルドホールにほとんどひとがいない時間帯であったからできる、気安いやり取りだった。
「銀級だってイヤイヤ上がったってのに、金級なんて目指さねえよ」
「イヤイヤでも上がれるなんてすごいね!」
言い方や、言う人間によっては嫌味とも取れるようなセリフだったが、ソガリの場合は素直におどろいて、称賛しているのがありありとわかった。
カイが銀級冒険者になったのは、《六本指》のギルドマスターであるボスに言われたからだ。
カイは、ボスの言葉には逆らいづらいのである。
たとえそれが「命令」ではなく「お願い」であったとしても、だ。
カイとしては銅級冒険者でもまったく問題はなかった。
むしろ、低い等級のままのほうが厄介な依頼を持ちかけられずに済むと考えていたくらいだ。
だがボスがそれを望まなかったため、カイは渋々銀級冒険者をしている。
幸いと言うべきか、不運と言うべきか、カイには相応の才能と実力、そして実績もあった。
銀級へはほとんどスムーズに上がれたのは、カイにとっては不幸かもしれないが、ボスはにこにこ笑顔だった。
「でもカイの実力を考えたら金級だって――」
「救助や浚い屋や漁り屋の実力だけで金は無理。金級くらいから上は、『勇者』とかになりたいやつが目指すんだよ」
カイは「勇者」なんてものは目指してはいないし、あこがれたことすらない。
ただ毎日それなりに上等な食事にありつけて、将来のために少しづつ貯蓄できるていどの稼ぎがあればそれでじゅうぶんだった。
「もったいない気がする~」
ソガリはそれでもあまり納得はできなかったらしく、そんなことを言う。
「……お前も『勇者』とかにあこがれちゃうクチなわけ?」
「うーん……でもまあ、普通は『華々しく活躍する!』みたいな空想はするもんじゃない?」
ソガリ自身の意見というより、彼女は一般論を持ち出してきたようだった。
カイが聞きたいのはソガリの考えだったのだが、肝心のソガリが他の職員に呼ばれてしまったため、ふたりの会話は打ち切られる。
カイはあとから、「ムダ話だったな」と思った。
もし、ソガリが「『勇者』ってカッコいいよね」などと能天気に言っていたら――。
カイは、なぜか空想の中のソガリに対し、もやもやとした説明のつかない感情を抱いた。
現実にソガリはそんなことを口にしなかったのだから、空想のソガリに――腹を立てるのは、なんだかそれこそ「ムダ」だろうとカイは思う。
――救助依頼をこなしてすぐだから、疲れているんだろう。
カイはそう判じて、休憩室にでも向かおうとした。
だがギルドホール内に併設された酒場のほうから、女の声がかかる。
「最近彼女と仲いいねえ」
明らかな揶揄が込められた言葉に、カイは思わず振り返る。
見知った顔の女冒険者が、どこかカイを責めるような目で見ていた。
酒場の大テーブルのひとつを囲んでおり、向かい側には女冒険者がいつも連れ立っている仲間が、少しの困惑をにじませた顔でふたりを見やっていた。
カイは内心で舌打ちをする。
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