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ボスの執務室の前で、カイはソガリを待っていた。
今、ボスの執務室内には部屋の主たるボスと、ソガリと――彼女の「ママ」であり……ボスとなにやらよい仲であるらしい美女、マリアがいる。
ソガリがボスの執務室にいるのだと思うと、カイはこれまで聞いた不愉快な噂話の数々を嫌でも思い出して、そわそわと落ち着かない気分になってしまう。
別に、ソガリがボスとふたりきりでいるわけではないことは、先述の通りわかりきったことではあった。
つい先ほど行われ、そしてあっという間に終わってしまった《熊羽織り》との決闘。
その中でボスの本命はソガリではなく、ソガリの「ママ」であるマリアであることも、カイはちゃんと察していた。
けれども、気になることや、引っかかることは、まだ解き明かされることなく残されている状態だ。
不意に執務室の重厚な扉が開き、そこからソガリが出てきた。
「お待たせー」
まだ執務室の中にいるボスに一礼してから、ソガリはいつも通りの気安い調子でカイに声をかける。
それで少しはカイの中にあったもやもやは、どこかへ消えて行った。
「……それで、お前って……あいつ――ボスとどういう関係なわけ?」
カイは、これまでどうしても口にすることのできなかった問いを、とうとうソガリに尋ねた。
それは存外と、油を引いたかのように滑りよく舌先を通じて出てきたが、一方で言葉にしてしまったことに対し、カイはわずかながら後悔を覚えた。
言葉として外に出した以上、もはや後戻りはかなわない。
同時に、未だ意気地のない己に苛立ちながらも、カイはソガリの解答を待った。
ソガリはおどろいた様子もなく、むしろカイがそのような問いを投げかけることを知っていたかのような顔をして、言う。
「レノさんは……恋人なの。ママの!」
「倒置法を使うな」
久方ぶりにボスの本名を出され、一瞬体を強張らせたカイだったが、それはすぐ脱力に取って代わられた。
カイは短くも、呆れのこもった重いため息を吐いたあと、ソガリの額を指ではじく。
「いたっ」
そう言いつつも、ソガリは別に痛がっていない顔をして、むしろいつも通り笑ってさえいた。
「――で、どこまで話してくれんの?」
「逆に聞くけど、どこまで話して欲しい?」
「……最初から最後まで聞きてえけど、守秘義務とか色々あんだろ」
「そうだねえ……」
ソガリの本来の所属は《青褪めた月》という名の、他のギルドに人員人材を派遣するやや特殊なギルドだ。
一般にその門戸は開かれておらず、もっぱらギルドを相手に商売をしているため、その名は「知るひとぞ知る」ものである。
例の美女、マリアは《青褪めた月》の幹部で、《青褪めた月》のギルドマスターのひとり娘という立場だ。
そしてソガリを拾い上げた、養母でもある。
「……それで、ママよりわたしのほうが強いから、今回の囮役っていうか……エサの役割を引き受けたってわけ」
ボスは以前より《熊羽織り》が、表でも裏でも《六本指》に種々の嫌がらせをしていたことには勘づいていた。
けれどもそのしっぽは見えても、捕まえられそうで捕まえられない。
ゆえにボスは《青褪めた月》に依頼を出し、すべての糸を引いているだろう《熊羽織り》のギルドマスターを挑発することにした。
《熊羽織り》のギルドマスターは、かねてより《青褪めた月》の幹部を務めるマリアに懸想していた。
もちろん、ソガリがマリアの養女であることも知っている。
そんなソガリが《六本指》の職員として雇われ、《六本指》のギルドマスターであるボスと親しくしていれば、勝手に勘違いして、なにかしらの行動を起こすだろうという目算だった。
だが当初想定していた勝率は、五分以下。
《熊羽織り》のギルドマスターが動かなければ、ソガリに続いてマリアがやってくる予定だった……が、《熊羽織り》のギルドマスターは性急にことを起こしたどころか、決闘まで吹っかけてきたので、ボスはご満悦だ。
「オレとお前を襲わせたのが《熊羽織り》のギルドマスターだってことはわかったけど、理由がわからねえ。自分の娘を傷つけられたら、たいていの親は怒るもんなんじゃねえのか?」
カイの実の親はそんな殊勝さは持ち合わせてはいなかったものの、世の親という立場の人間すべてがそうではないことくらいは、知識として知っている。
「たぶん、レノさんの『預かり』になっていたところがポイントなんじゃないかな?」
「……お前が傷ついたら、監督不行届きで愛想尽かすって?」
「そうなんじゃない? わたしにもよくわからないけど、別に《熊羽織り》のギルドマスターさんはママが好きなのであって、わたしのことが好きなわけじゃないんだし。それにわたしがレノさんと『ただならぬ仲』っていう噂もあったから、その真偽がどちらであろうと、わたしを傷つければレノさんにもダメージが行くと思ったんじゃないかな?」
カイは、《熊羽織り》のギルドマスターを立派な人間だと思ったことは一度としてなかったが、改めてソガリの口から一連の出来事について説明されると、ろくでなしの印象が強まった。
「まあこれで《熊羽織り》にはやり返せたし、《六本指》やママに手を出すとヤバイということは周知されたので、ミッションコンプリート! ってところかな」
「……で、お前らは王都に帰るのか?」
「いったんは帰るよ。でも迷宮都市に《青褪めた月》の支部を出す話が前々からあって、そしたらママに支部長を任せるって話になってるから、たぶんまた戻ってくることになると思う」
「ふーん……」
あっけらかんとした態度のソガリに、カイはまたなにも言えなくなった。
けれどもソガリのほうは、まだカイに言いたいことがあるらしい。
「……あのね、カイに言っておきたいことがあって」
今、ボスの執務室内には部屋の主たるボスと、ソガリと――彼女の「ママ」であり……ボスとなにやらよい仲であるらしい美女、マリアがいる。
ソガリがボスの執務室にいるのだと思うと、カイはこれまで聞いた不愉快な噂話の数々を嫌でも思い出して、そわそわと落ち着かない気分になってしまう。
別に、ソガリがボスとふたりきりでいるわけではないことは、先述の通りわかりきったことではあった。
つい先ほど行われ、そしてあっという間に終わってしまった《熊羽織り》との決闘。
その中でボスの本命はソガリではなく、ソガリの「ママ」であるマリアであることも、カイはちゃんと察していた。
けれども、気になることや、引っかかることは、まだ解き明かされることなく残されている状態だ。
不意に執務室の重厚な扉が開き、そこからソガリが出てきた。
「お待たせー」
まだ執務室の中にいるボスに一礼してから、ソガリはいつも通りの気安い調子でカイに声をかける。
それで少しはカイの中にあったもやもやは、どこかへ消えて行った。
「……それで、お前って……あいつ――ボスとどういう関係なわけ?」
カイは、これまでどうしても口にすることのできなかった問いを、とうとうソガリに尋ねた。
それは存外と、油を引いたかのように滑りよく舌先を通じて出てきたが、一方で言葉にしてしまったことに対し、カイはわずかながら後悔を覚えた。
言葉として外に出した以上、もはや後戻りはかなわない。
同時に、未だ意気地のない己に苛立ちながらも、カイはソガリの解答を待った。
ソガリはおどろいた様子もなく、むしろカイがそのような問いを投げかけることを知っていたかのような顔をして、言う。
「レノさんは……恋人なの。ママの!」
「倒置法を使うな」
久方ぶりにボスの本名を出され、一瞬体を強張らせたカイだったが、それはすぐ脱力に取って代わられた。
カイは短くも、呆れのこもった重いため息を吐いたあと、ソガリの額を指ではじく。
「いたっ」
そう言いつつも、ソガリは別に痛がっていない顔をして、むしろいつも通り笑ってさえいた。
「――で、どこまで話してくれんの?」
「逆に聞くけど、どこまで話して欲しい?」
「……最初から最後まで聞きてえけど、守秘義務とか色々あんだろ」
「そうだねえ……」
ソガリの本来の所属は《青褪めた月》という名の、他のギルドに人員人材を派遣するやや特殊なギルドだ。
一般にその門戸は開かれておらず、もっぱらギルドを相手に商売をしているため、その名は「知るひとぞ知る」ものである。
例の美女、マリアは《青褪めた月》の幹部で、《青褪めた月》のギルドマスターのひとり娘という立場だ。
そしてソガリを拾い上げた、養母でもある。
「……それで、ママよりわたしのほうが強いから、今回の囮役っていうか……エサの役割を引き受けたってわけ」
ボスは以前より《熊羽織り》が、表でも裏でも《六本指》に種々の嫌がらせをしていたことには勘づいていた。
けれどもそのしっぽは見えても、捕まえられそうで捕まえられない。
ゆえにボスは《青褪めた月》に依頼を出し、すべての糸を引いているだろう《熊羽織り》のギルドマスターを挑発することにした。
《熊羽織り》のギルドマスターは、かねてより《青褪めた月》の幹部を務めるマリアに懸想していた。
もちろん、ソガリがマリアの養女であることも知っている。
そんなソガリが《六本指》の職員として雇われ、《六本指》のギルドマスターであるボスと親しくしていれば、勝手に勘違いして、なにかしらの行動を起こすだろうという目算だった。
だが当初想定していた勝率は、五分以下。
《熊羽織り》のギルドマスターが動かなければ、ソガリに続いてマリアがやってくる予定だった……が、《熊羽織り》のギルドマスターは性急にことを起こしたどころか、決闘まで吹っかけてきたので、ボスはご満悦だ。
「オレとお前を襲わせたのが《熊羽織り》のギルドマスターだってことはわかったけど、理由がわからねえ。自分の娘を傷つけられたら、たいていの親は怒るもんなんじゃねえのか?」
カイの実の親はそんな殊勝さは持ち合わせてはいなかったものの、世の親という立場の人間すべてがそうではないことくらいは、知識として知っている。
「たぶん、レノさんの『預かり』になっていたところがポイントなんじゃないかな?」
「……お前が傷ついたら、監督不行届きで愛想尽かすって?」
「そうなんじゃない? わたしにもよくわからないけど、別に《熊羽織り》のギルドマスターさんはママが好きなのであって、わたしのことが好きなわけじゃないんだし。それにわたしがレノさんと『ただならぬ仲』っていう噂もあったから、その真偽がどちらであろうと、わたしを傷つければレノさんにもダメージが行くと思ったんじゃないかな?」
カイは、《熊羽織り》のギルドマスターを立派な人間だと思ったことは一度としてなかったが、改めてソガリの口から一連の出来事について説明されると、ろくでなしの印象が強まった。
「まあこれで《熊羽織り》にはやり返せたし、《六本指》やママに手を出すとヤバイということは周知されたので、ミッションコンプリート! ってところかな」
「……で、お前らは王都に帰るのか?」
「いったんは帰るよ。でも迷宮都市に《青褪めた月》の支部を出す話が前々からあって、そしたらママに支部長を任せるって話になってるから、たぶんまた戻ってくることになると思う」
「ふーん……」
あっけらかんとした態度のソガリに、カイはまたなにも言えなくなった。
けれどもソガリのほうは、まだカイに言いたいことがあるらしい。
「……あのね、カイに言っておきたいことがあって」
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