明日に向かって吠えろ!

やなぎ怜

文字の大きさ
21 / 22

(21)

しおりを挟む
 ボスの執務室の前で、カイはソガリを待っていた。

 今、ボスの執務室内には部屋の主たるボスと、ソガリと――彼女の「ママ」であり……ボスとなにやらよい仲であるらしい美女、マリアがいる。

 ソガリがボスの執務室にいるのだと思うと、カイはこれまで聞いた不愉快な噂話の数々を嫌でも思い出して、そわそわと落ち着かない気分になってしまう。

 別に、ソガリがボスとふたりきりでいるわけではないことは、先述の通りわかりきったことではあった。

 つい先ほど行われ、そしてあっという間に終わってしまった《熊羽織り》との決闘。

 その中でボスの本命はソガリではなく、ソガリの「ママ」であるマリアであることも、カイはちゃんと察していた。

 けれども、気になることや、引っかかることは、まだ解き明かされることなく残されている状態だ。

 不意に執務室の重厚な扉が開き、そこからソガリが出てきた。

「お待たせー」

 まだ執務室の中にいるボスに一礼してから、ソガリはいつも通りの気安い調子でカイに声をかける。

 それで少しはカイの中にあったもやもやは、どこかへ消えて行った。

「……それで、お前って……あいつ――ボスとどういう関係なわけ?」

 カイは、これまでどうしても口にすることのできなかった問いを、とうとうソガリに尋ねた。

 それは存外と、油を引いたかのように滑りよく舌先を通じて出てきたが、一方で言葉にしてしまったことに対し、カイはわずかながら後悔を覚えた。

 言葉として外に出した以上、もはや後戻りはかなわない。

 同時に、未だ意気地のない己に苛立ちながらも、カイはソガリの解答を待った。

 ソガリはおどろいた様子もなく、むしろカイがそのような問いを投げかけることを知っていたかのような顔をして、言う。

「レノさんは……恋人なの。ママの!」

「倒置法を使うな」

 久方ぶりにボスの本名を出され、一瞬体を強張らせたカイだったが、それはすぐ脱力に取って代わられた。

 カイは短くも、呆れのこもった重いため息を吐いたあと、ソガリの額を指ではじく。

「いたっ」

 そう言いつつも、ソガリは別に痛がっていない顔をして、むしろいつも通り笑ってさえいた。

「――で、どこまで話してくれんの?」
「逆に聞くけど、どこまで話して欲しい?」
「……最初から最後まで聞きてえけど、守秘義務とか色々あんだろ」
「そうだねえ……」

 ソガリの本来の所属は《青褪めた月》という名の、他のギルドに人員人材を派遣するやや特殊なギルドだ。

 一般にその門戸は開かれておらず、もっぱらギルドを相手に商売をしているため、その名は「知るひとぞ知る」ものである。

 例の美女、マリアは《青褪めた月》の幹部で、《青褪めた月》のギルドマスターのひとり娘という立場だ。

 そしてソガリを拾い上げた、養母でもある。

「……それで、ママよりわたしのほうが強いから、今回の囮役っていうか……エサの役割を引き受けたってわけ」

 ボスは以前より《熊羽織り》が、表でも裏でも《六本指》に種々の嫌がらせをしていたことには勘づいていた。

 けれどもそのしっぽは見えても、捕まえられそうで捕まえられない。

 ゆえにボスは《青褪めた月》に依頼を出し、すべての糸を引いているだろう《熊羽織り》のギルドマスターを挑発することにした。

 《熊羽織り》のギルドマスターは、かねてより《青褪めた月》の幹部を務めるマリアに懸想していた。

 もちろん、ソガリがマリアの養女であることも知っている。

 そんなソガリが《六本指》の職員として雇われ、《六本指》のギルドマスターであるボスと親しくしていれば、勝手に勘違いして、なにかしらの行動を起こすだろうという目算だった。

 だが当初想定していた勝率は、五分以下。

 《熊羽織り》のギルドマスターが動かなければ、ソガリに続いてマリアがやってくる予定だった……が、《熊羽織り》のギルドマスターは性急にことを起こしたどころか、決闘まで吹っかけてきたので、ボスはご満悦だ。

「オレとお前を襲わせたのが《熊羽織り》のギルドマスターだってことはわかったけど、理由がわからねえ。自分の娘を傷つけられたら、たいていの親は怒るもんなんじゃねえのか?」

 カイの実の親はそんな殊勝さは持ち合わせてはいなかったものの、世の親という立場の人間すべてがそうではないことくらいは、知識として知っている。

「たぶん、レノさんの『預かり』になっていたところがポイントなんじゃないかな?」
「……お前が傷ついたら、監督不行届きで愛想尽かすって?」
「そうなんじゃない? わたしにもよくわからないけど、別に《熊羽織り》のギルドマスターさんはママが好きなのであって、わたしのことが好きなわけじゃないんだし。それにわたしがレノさんと『ただならぬ仲』っていう噂もあったから、その真偽がどちらであろうと、わたしを傷つければレノさんにもダメージが行くと思ったんじゃないかな?」

 カイは、《熊羽織り》のギルドマスターを立派な人間だと思ったことは一度としてなかったが、改めてソガリの口から一連の出来事について説明されると、ろくでなしの印象が強まった。

「まあこれで《熊羽織り》にはやり返せたし、《六本指》やママに手を出すとヤバイということは周知されたので、ミッションコンプリート! ってところかな」
「……で、お前らは王都に帰るのか?」
「いったんは帰るよ。でも迷宮都市こっちに《青褪めた月うちのギルド》の支部を出す話が前々からあって、そしたらママに支部長を任せるって話になってるから、たぶんまた戻ってくることになると思う」
「ふーん……」

 あっけらかんとした態度のソガリに、カイはまたなにも言えなくなった。

 けれどもソガリのほうは、まだカイに言いたいことがあるらしい。

「……あのね、カイに言っておきたいことがあって」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...