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階段怪談(3)
続いて異世界先輩に乞われて宇津季が「干物のような変人」について話し出したところで、ニカは唐突に思い出したことがあり、「あ」と声を漏らした。
その「干物のような変人」が現れたのは母方の祖父母の、普段は出入りがない二階建ての土蔵だった。埃っぽいそこを「宝さがし」などと称してニカは宇津季と共に入って、カラカラの干物のような全裸の変人に出会ったのだが――。
「なに」
突然声を出したニカに対し、まるで不審者でも見るような目を向ける宇津季と、きょとんとした顔の異世界先輩。
ニカは正直に「階段の件で思い出したことがあるんですけど」と異世界先輩に告げる。さすがに「階段怪談」呼びは憚られたので、「階段の件で」と言い換えた。
「階段で脚が引っ張られるようになったのって、地下倉庫の掃除当番をやったあとからだって気づいて」
「もしかして、そこでなにかあったの?」
「……はい。原因かはわからないんですけど――『開かずの扉』があって」
……ひんやりとしていて暗い地下倉庫には、雑然と物が置かれていた。「置かれていた」というよりは「放置されている」といったほうが正しいかもしれない。
天井でまばらに光り輝くのは蛍光灯だ。寿命が近いのか、ときおりチカチカと瞬く明かりは、LEDよりも部屋を照らし出す力は弱かった。
もはや淘汰された蛍光灯が照らすのは、同じく今ではほとんど使われなくなった教材などの雑多な物たち。
それらが多数を占める地下倉庫の掃除当番は、サボるのにはぴったりだと生徒たちのあいだではもっぱらの噂だ。
当のニカも、四角い部屋を丸く掃くかのように雑な掃除をした。それを咎め立てる人間は、その場にはいなかった。
ニカと同じく当番になった同級生などは、かろうじて掃除用具を持っているていどで、面白半分にダンボールを開けて中身を眺めている始末。けれども当然ニカも、それを咎めなかった。
「――地下倉庫に『開かずの扉』があるって話、知ってる?」
「なにそれ」
ニカは掃除用具の柄を腕に抱きかかえるようにして、出入り口近くの階段に腰を下ろしてスマートフォンをいじっていた。
同級生の問いには特にそそられはしなかった。異世界先輩であれば食いついたであろうが、ニカは別にその手の噂が好きというわけでもない。
半笑いで返したニカに、同級生は
「いや、あるんだよ。さっき見つけたから開けてくる」
と言った。
ニカは「『開かずの扉』なんだから開かないんじゃないか」と思ったが、野暮だと思ったこともあるし、その同級生と特別親しかったわけでもなかったので、やる気のない声で「いてらー」とだけ言った。
そして――どこか遠くで、扉が開く重々しい音が響き渡った。
「……で?」
ニカがそこまで話し終えると、オチを聞かせろとばかりの声音で宇津季が続きを促した。
「……そこから先の記憶がない」
「は?」
「扉が開く音が聞こえたのは覚えてるんですよ。でも次に覚えてるのが帰寮したところで……」
「ふざけてるのか?」
「ふざけてないって! ホント今気づいて鳥肌立った!」
うろんなものを見る目を向けてくる宇津季に、ニカは己の腕を指差したが、今は長袖の制服を着ているので素肌は見えない。
宇津季の目はますます平たく細められて、疑わしい目つきでニカを見た。
他方、異世界先輩はニカの語った話に興味津々といった顔で、黒い瞳を輝かせている。
「地下倉庫! ねえ、その地下倉庫ってどこにあるの?!」
「えーっと……ちょっと説明しにくい、わかりにくい場所に出入り口があるんですよ」
ニカがやや間をあけて、「案内しますね」と言うと異世界先輩は弾んだ声で「よろしく!」と言った。
「異世界ー。赤百合寮の後輩連れ歩いてなにやってんだ? また迷惑かけてるんじゃないだろうな?」
地下倉庫へと向けて階段を降りていたところ、対面から二年生のバッジをつけた集団が上がってきた。
その中にはよく見知った筒井筒もいた。
筒井筒はその集団になにか言い置いたあと、足早に階段を上ってきて、踊り場で三人と合流する。
筒井筒の物言いに、異世界先輩は不満そうな顔をすると思いきや、今は地下倉庫に意識が持っていかれているらしい。
黒い瞳を細めて微笑み、
「つっくんも来る? これから『開かずの扉』を見に行くんだけど」
と嬉々として言い放った。
筒井筒は「なに? どゆこと?」と言って、ニカと宇津季を見やり説明を求めた。
ニカは詳細を話す気がなさそうな異世界先輩と、口下手な宇津季に代わって筒井筒にこれまでの経緯を手短に説明する。
聞き終えた筒井筒は、「ハアー……」と深いため息をついた。
「……俺も行くわ。放置してなにかあったら寝覚めが悪いし。その……龍田の脚を階段で引っ張るやつとか、放置してたらヤバそうだしな」
やはり筒井筒は面倒見がいいなとニカは思った。
ついでに「そういうのは早く相談しろ」と筒井筒に言われて、ニカは誤魔化すように微笑んだ。筒井筒にそのことがわからないはずもないだろうが、彼はニカを咎めることをしなかった。
「それじゃあ、改めてこの四人で地下倉庫の『開かずの扉』を見に行こう!」
ニカは、「なんだか当初の目的からずれていってるな……」と思ったが、口に出しはしなかった。
その「干物のような変人」が現れたのは母方の祖父母の、普段は出入りがない二階建ての土蔵だった。埃っぽいそこを「宝さがし」などと称してニカは宇津季と共に入って、カラカラの干物のような全裸の変人に出会ったのだが――。
「なに」
突然声を出したニカに対し、まるで不審者でも見るような目を向ける宇津季と、きょとんとした顔の異世界先輩。
ニカは正直に「階段の件で思い出したことがあるんですけど」と異世界先輩に告げる。さすがに「階段怪談」呼びは憚られたので、「階段の件で」と言い換えた。
「階段で脚が引っ張られるようになったのって、地下倉庫の掃除当番をやったあとからだって気づいて」
「もしかして、そこでなにかあったの?」
「……はい。原因かはわからないんですけど――『開かずの扉』があって」
……ひんやりとしていて暗い地下倉庫には、雑然と物が置かれていた。「置かれていた」というよりは「放置されている」といったほうが正しいかもしれない。
天井でまばらに光り輝くのは蛍光灯だ。寿命が近いのか、ときおりチカチカと瞬く明かりは、LEDよりも部屋を照らし出す力は弱かった。
もはや淘汰された蛍光灯が照らすのは、同じく今ではほとんど使われなくなった教材などの雑多な物たち。
それらが多数を占める地下倉庫の掃除当番は、サボるのにはぴったりだと生徒たちのあいだではもっぱらの噂だ。
当のニカも、四角い部屋を丸く掃くかのように雑な掃除をした。それを咎め立てる人間は、その場にはいなかった。
ニカと同じく当番になった同級生などは、かろうじて掃除用具を持っているていどで、面白半分にダンボールを開けて中身を眺めている始末。けれども当然ニカも、それを咎めなかった。
「――地下倉庫に『開かずの扉』があるって話、知ってる?」
「なにそれ」
ニカは掃除用具の柄を腕に抱きかかえるようにして、出入り口近くの階段に腰を下ろしてスマートフォンをいじっていた。
同級生の問いには特にそそられはしなかった。異世界先輩であれば食いついたであろうが、ニカは別にその手の噂が好きというわけでもない。
半笑いで返したニカに、同級生は
「いや、あるんだよ。さっき見つけたから開けてくる」
と言った。
ニカは「『開かずの扉』なんだから開かないんじゃないか」と思ったが、野暮だと思ったこともあるし、その同級生と特別親しかったわけでもなかったので、やる気のない声で「いてらー」とだけ言った。
そして――どこか遠くで、扉が開く重々しい音が響き渡った。
「……で?」
ニカがそこまで話し終えると、オチを聞かせろとばかりの声音で宇津季が続きを促した。
「……そこから先の記憶がない」
「は?」
「扉が開く音が聞こえたのは覚えてるんですよ。でも次に覚えてるのが帰寮したところで……」
「ふざけてるのか?」
「ふざけてないって! ホント今気づいて鳥肌立った!」
うろんなものを見る目を向けてくる宇津季に、ニカは己の腕を指差したが、今は長袖の制服を着ているので素肌は見えない。
宇津季の目はますます平たく細められて、疑わしい目つきでニカを見た。
他方、異世界先輩はニカの語った話に興味津々といった顔で、黒い瞳を輝かせている。
「地下倉庫! ねえ、その地下倉庫ってどこにあるの?!」
「えーっと……ちょっと説明しにくい、わかりにくい場所に出入り口があるんですよ」
ニカがやや間をあけて、「案内しますね」と言うと異世界先輩は弾んだ声で「よろしく!」と言った。
「異世界ー。赤百合寮の後輩連れ歩いてなにやってんだ? また迷惑かけてるんじゃないだろうな?」
地下倉庫へと向けて階段を降りていたところ、対面から二年生のバッジをつけた集団が上がってきた。
その中にはよく見知った筒井筒もいた。
筒井筒はその集団になにか言い置いたあと、足早に階段を上ってきて、踊り場で三人と合流する。
筒井筒の物言いに、異世界先輩は不満そうな顔をすると思いきや、今は地下倉庫に意識が持っていかれているらしい。
黒い瞳を細めて微笑み、
「つっくんも来る? これから『開かずの扉』を見に行くんだけど」
と嬉々として言い放った。
筒井筒は「なに? どゆこと?」と言って、ニカと宇津季を見やり説明を求めた。
ニカは詳細を話す気がなさそうな異世界先輩と、口下手な宇津季に代わって筒井筒にこれまでの経緯を手短に説明する。
聞き終えた筒井筒は、「ハアー……」と深いため息をついた。
「……俺も行くわ。放置してなにかあったら寝覚めが悪いし。その……龍田の脚を階段で引っ張るやつとか、放置してたらヤバそうだしな」
やはり筒井筒は面倒見がいいなとニカは思った。
ついでに「そういうのは早く相談しろ」と筒井筒に言われて、ニカは誤魔化すように微笑んだ。筒井筒にそのことがわからないはずもないだろうが、彼はニカを咎めることをしなかった。
「それじゃあ、改めてこの四人で地下倉庫の『開かずの扉』を見に行こう!」
ニカは、「なんだか当初の目的からずれていってるな……」と思ったが、口に出しはしなかった。
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