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婚葬(3)
「ちょっと待て、俺たちに投げるな!」
「っていうか、燃やしてもいいものなんですか? それ……。一応、供養のために描かれたものなんですよね?」
筒井筒の抗議と、ニカの疑問。それらにはすぐ答えず、異世界先輩は木の板をローテーブルから拾い上げる。
「『いっそ燃やして欲しい』というのが依頼人の希望だからね」
「……あれ? 依頼人って火法科の生徒じゃないんですか?」
異世界先輩の口ぶりでは、依頼人から見て「嫌なやつ」である生徒は火法の成績を鼻にかけていたと言う。となれば当然、依頼人も火法科の生徒なのだと思っていた。
火法が使えるのであれば、自らその板切れを燃やせばいいじゃないかというのがニカの意見だったのだが……。
「依頼人は怖くて燃やせなかったみたい。――というか、燃えないんだよね、この木の板」
「もう試してみたんですか……?」
「キッチンのガスコンロで炙ってみたんだけどさ~。ちょっと焦げるくらいで全然燃える気配がないんだよね。水分が多いとかなのかなと思って外の日当たりのいいところに放置してみたりしたんだけど……」
異世界先輩はそう言って、改めてしげしげと絵の描かれた板切れを眺めている。
……一応、素人の仕事ではあるが、供養のための絵を描きつけた板である。ニカなどは自身が信心深いなどと思ったことは一度としてない。しかしさすがに異世界先輩の恐れ知らずの行動の数々は、バチ当たりではないかとちょっと考えてしまった。
「いくら依頼人の希望と言えども、もうちょっとこう……なあ」
筒井筒も若干引いた顔をして異世界先輩と、彼が持つ板切れを見ていた。
そんな筒井筒に異世界先輩はけろっとした顔で答える。
「元は依頼人がホームセンターで買ってきた板切れだよ」
「オカルト好きの言葉とは思えねえな」
「そんな板切れが摩訶不思議な力を持ったかもしれない。それってすごくわくわくするし、色々と試してみたくなるよね?」
「マッドサイエンティストみたいなこと言うな」
「私はオカルトマニアでもマッドサイエンティストでもいいから、とにかくこの板切れを燃やして欲しいんだ。コンロの火じゃ燃えなかったから、火法で」
「火法ってそんな万能なものじゃないんだが……」
きらきらと目を輝かせる異世界先輩を前にして、筒井筒はため息をついた。この様子だと異世界先輩に押し切られそうである。
「なんでそんなに嫌がるの?」
「いや、フツーに嫌だろ。供養のために描かれた絵を燃やせって言われて、ちょっとくらい引っかかりを感じるのは変じゃないだろ」
「またとない機会だよ」
「またあったらたまったもんじゃねえ」
「――おれ、やりますよ」
異世界先輩と筒井筒の押し問答のさなか、声を上げたのは宇津季だった。
宇津季は、異世界先輩に――なぜか――妙に懐いている。だからこそニカは半ばこの流れは予想できたものの、いざそんな風に宇津季が立候補したところに遭遇すると、多少ぎょっとせざるを得ない。
「いやいやいや……宇津季、異世界先輩の役に立ちたいのはわかるけど、良識は持とう?」
「依頼人の希望なら、燃やしても問題にはならない」
「良識の問題だと思うんだけど……」
「わー、美平くんやってくれるんだ。じゃあキッチンに行こう!」
「おい、異世界――」
筒井筒がなにかしらを言い切る前に、異世界先輩はソファから立ち上がってしまった。
こうなってしまってはもう止めるのは無理だと思ったのだろう。筒井筒は先ほどよりも重く長いため息をついた。
一方の宇津季は、異世界先輩の役に立てるまたとないチャンスとあってか、その形よい瞳はやる気に満ち溢れている。
異世界先輩に続いて宇津季が立ち上がったのを見て、ニカも渋々腰を上げることにした。
筒井筒はいつだったか「異世界先輩は放っておくほうが怖い」というようなことを言っていた覚えがあるが、今のニカも同じような心境だった。
ぞろぞろと連れ立ち、黒芙蓉寮のキッチンへと向かう。
黒芙蓉寮のキッチンは、全体的に古ぼけたデザインに加えて、ところどころに経年が見られることで、ここが相当昔から使われていたことがわかる。
ただ、汚くはない。だがそれは異世界先輩が綺麗に使っているからではなく、ろくに使っていないからこその姿なのだということは、ニカにも察せられた。
「コンロのところで火法を使えばいいよね? シンク近いからすぐに水出せるし。あと板はトングで持てばいいか~」
「……本当にやるのか?」
筒井筒の言葉は異世界先輩に向けたものではなく、宇津季に対して発せられたものだ。
筒井筒が心配するのも無理からぬことだが、宇津季は変なところで思い切りのいい性格をしている。それを熟知しているニカは、もはや宇津季を止めるつもりは一切なく、黙ってことの成り行きを見守る姿勢に入っていた。
「バチが当たるとか、そういうのは信じていないので……」
「……美平が気にしないなら、まあいいのか……?」
筒井筒はそう言いはしたものの、納得したとは言い難い表情をしていた。
他方、異世界先輩は銀色のトングを戸棚から引っ張り出してきて、それで板切れを器用に挟んで持ち上げる。
「じゃあよろしくお願いします」
異世界先輩から視線をもらうと、宇津季は黙ってうなずいて――火法を使った。
絵の描かれた板切れが、一瞬のうちに炎に包まれた。
キッチンに燃やした木の香りが漂い出し、それらにやがて焦げ臭いにおいが混じり出す。
それでもなお、炎の中で木の板は元の形を保ち、崩れる様子を一切見せない。
「うーん……いったん火法を引っ込めてもらってもいいかな?」
そんな板切れの様子を見ていた異世界先輩がそう言えば、板切れを包み込んでいた炎は一瞬にして消え去る。
かなりの火勢の中にあったというのに、板切れは端が黒く焦げているだけだった。
男女の――夫婦の姿は、変わらず板切れの中でたたずんでいる。
それを見たニカは、少しだけ背筋に寒気が走った。
「どういう仕組みなんだ、これ……」
口の端を引きつらせたニカと、あまり大差のない硬い表情で筒井筒が言う。
宇津季は、火法を使ったことで少し疲れた顔をしている。口からはふう、と息が漏れた。
ただ異世界先輩だけが、生き生きとした顔で板切れを見つめている。
「もういっそ素手で割ったほうが早いまであるかな?」
「は? ――おい、火傷するぞ?!」
異世界先輩はトングを持っているのとは別の手で板切れに手を伸ばす。
筒井筒があわてた様子で制止しようとしたが、ちょっとの忠告で異世界先輩が止まるはずもない。
「あっ」
そのひとことを口にしたのがだれだったのか、ニカにはわからなかった。
もしかしたら、全員だったかもしれない。
カコン、と木の板が床に落ちる音がして、四人の視線がいっせいにそちらに向けられる。
キッチンの床に、板切れの左半分だけが落ちていた。
異世界先輩がトングで挟んでいた板切れに触れた瞬間、木の板が真っ二つに裂けたのだ。
ニカは、床に落ちた板切れと、まだトングで挟まれたままの板切れとのあいだで何度か視線をさまよわせる。
板切れに稚拙な筆致で描かれた男女だけは、変わらずなんとも言えない顔をしていた。
「っていうか、燃やしてもいいものなんですか? それ……。一応、供養のために描かれたものなんですよね?」
筒井筒の抗議と、ニカの疑問。それらにはすぐ答えず、異世界先輩は木の板をローテーブルから拾い上げる。
「『いっそ燃やして欲しい』というのが依頼人の希望だからね」
「……あれ? 依頼人って火法科の生徒じゃないんですか?」
異世界先輩の口ぶりでは、依頼人から見て「嫌なやつ」である生徒は火法の成績を鼻にかけていたと言う。となれば当然、依頼人も火法科の生徒なのだと思っていた。
火法が使えるのであれば、自らその板切れを燃やせばいいじゃないかというのがニカの意見だったのだが……。
「依頼人は怖くて燃やせなかったみたい。――というか、燃えないんだよね、この木の板」
「もう試してみたんですか……?」
「キッチンのガスコンロで炙ってみたんだけどさ~。ちょっと焦げるくらいで全然燃える気配がないんだよね。水分が多いとかなのかなと思って外の日当たりのいいところに放置してみたりしたんだけど……」
異世界先輩はそう言って、改めてしげしげと絵の描かれた板切れを眺めている。
……一応、素人の仕事ではあるが、供養のための絵を描きつけた板である。ニカなどは自身が信心深いなどと思ったことは一度としてない。しかしさすがに異世界先輩の恐れ知らずの行動の数々は、バチ当たりではないかとちょっと考えてしまった。
「いくら依頼人の希望と言えども、もうちょっとこう……なあ」
筒井筒も若干引いた顔をして異世界先輩と、彼が持つ板切れを見ていた。
そんな筒井筒に異世界先輩はけろっとした顔で答える。
「元は依頼人がホームセンターで買ってきた板切れだよ」
「オカルト好きの言葉とは思えねえな」
「そんな板切れが摩訶不思議な力を持ったかもしれない。それってすごくわくわくするし、色々と試してみたくなるよね?」
「マッドサイエンティストみたいなこと言うな」
「私はオカルトマニアでもマッドサイエンティストでもいいから、とにかくこの板切れを燃やして欲しいんだ。コンロの火じゃ燃えなかったから、火法で」
「火法ってそんな万能なものじゃないんだが……」
きらきらと目を輝かせる異世界先輩を前にして、筒井筒はため息をついた。この様子だと異世界先輩に押し切られそうである。
「なんでそんなに嫌がるの?」
「いや、フツーに嫌だろ。供養のために描かれた絵を燃やせって言われて、ちょっとくらい引っかかりを感じるのは変じゃないだろ」
「またとない機会だよ」
「またあったらたまったもんじゃねえ」
「――おれ、やりますよ」
異世界先輩と筒井筒の押し問答のさなか、声を上げたのは宇津季だった。
宇津季は、異世界先輩に――なぜか――妙に懐いている。だからこそニカは半ばこの流れは予想できたものの、いざそんな風に宇津季が立候補したところに遭遇すると、多少ぎょっとせざるを得ない。
「いやいやいや……宇津季、異世界先輩の役に立ちたいのはわかるけど、良識は持とう?」
「依頼人の希望なら、燃やしても問題にはならない」
「良識の問題だと思うんだけど……」
「わー、美平くんやってくれるんだ。じゃあキッチンに行こう!」
「おい、異世界――」
筒井筒がなにかしらを言い切る前に、異世界先輩はソファから立ち上がってしまった。
こうなってしまってはもう止めるのは無理だと思ったのだろう。筒井筒は先ほどよりも重く長いため息をついた。
一方の宇津季は、異世界先輩の役に立てるまたとないチャンスとあってか、その形よい瞳はやる気に満ち溢れている。
異世界先輩に続いて宇津季が立ち上がったのを見て、ニカも渋々腰を上げることにした。
筒井筒はいつだったか「異世界先輩は放っておくほうが怖い」というようなことを言っていた覚えがあるが、今のニカも同じような心境だった。
ぞろぞろと連れ立ち、黒芙蓉寮のキッチンへと向かう。
黒芙蓉寮のキッチンは、全体的に古ぼけたデザインに加えて、ところどころに経年が見られることで、ここが相当昔から使われていたことがわかる。
ただ、汚くはない。だがそれは異世界先輩が綺麗に使っているからではなく、ろくに使っていないからこその姿なのだということは、ニカにも察せられた。
「コンロのところで火法を使えばいいよね? シンク近いからすぐに水出せるし。あと板はトングで持てばいいか~」
「……本当にやるのか?」
筒井筒の言葉は異世界先輩に向けたものではなく、宇津季に対して発せられたものだ。
筒井筒が心配するのも無理からぬことだが、宇津季は変なところで思い切りのいい性格をしている。それを熟知しているニカは、もはや宇津季を止めるつもりは一切なく、黙ってことの成り行きを見守る姿勢に入っていた。
「バチが当たるとか、そういうのは信じていないので……」
「……美平が気にしないなら、まあいいのか……?」
筒井筒はそう言いはしたものの、納得したとは言い難い表情をしていた。
他方、異世界先輩は銀色のトングを戸棚から引っ張り出してきて、それで板切れを器用に挟んで持ち上げる。
「じゃあよろしくお願いします」
異世界先輩から視線をもらうと、宇津季は黙ってうなずいて――火法を使った。
絵の描かれた板切れが、一瞬のうちに炎に包まれた。
キッチンに燃やした木の香りが漂い出し、それらにやがて焦げ臭いにおいが混じり出す。
それでもなお、炎の中で木の板は元の形を保ち、崩れる様子を一切見せない。
「うーん……いったん火法を引っ込めてもらってもいいかな?」
そんな板切れの様子を見ていた異世界先輩がそう言えば、板切れを包み込んでいた炎は一瞬にして消え去る。
かなりの火勢の中にあったというのに、板切れは端が黒く焦げているだけだった。
男女の――夫婦の姿は、変わらず板切れの中でたたずんでいる。
それを見たニカは、少しだけ背筋に寒気が走った。
「どういう仕組みなんだ、これ……」
口の端を引きつらせたニカと、あまり大差のない硬い表情で筒井筒が言う。
宇津季は、火法を使ったことで少し疲れた顔をしている。口からはふう、と息が漏れた。
ただ異世界先輩だけが、生き生きとした顔で板切れを見つめている。
「もういっそ素手で割ったほうが早いまであるかな?」
「は? ――おい、火傷するぞ?!」
異世界先輩はトングを持っているのとは別の手で板切れに手を伸ばす。
筒井筒があわてた様子で制止しようとしたが、ちょっとの忠告で異世界先輩が止まるはずもない。
「あっ」
そのひとことを口にしたのがだれだったのか、ニカにはわからなかった。
もしかしたら、全員だったかもしれない。
カコン、と木の板が床に落ちる音がして、四人の視線がいっせいにそちらに向けられる。
キッチンの床に、板切れの左半分だけが落ちていた。
異世界先輩がトングで挟んでいた板切れに触れた瞬間、木の板が真っ二つに裂けたのだ。
ニカは、床に落ちた板切れと、まだトングで挟まれたままの板切れとのあいだで何度か視線をさまよわせる。
板切れに稚拙な筆致で描かれた男女だけは、変わらずなんとも言えない顔をしていた。
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