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ラブイズブラインド(3)
異世界先輩を筆頭とした三人は、ひと足先に黒芙蓉寮へと帰った。
それから間をおかずに黒芙蓉寮の来客を告げるブザーが鳴り、今回の依頼人である白井セツナと、彼女に連れられて石黒ふわりがやってきた。
近くで見る石黒ふわりは、たしかに多くの男子生徒が惹かれると言うのも納得できるような、ぱっちりとした丸っこい目が印象的な美少女だった。
「――それで、カレを霊視してくれるって、本当ですか?」
どうやら、白井セツナはそう言って石黒ふわりを黒芙蓉寮に連れてきたらしい。いや、これは異世界先輩の入れ知恵なのか。
とにかく、連れてこられた石黒ふわりはどこか落ち着かない様子で、その普段なら人懐っこそうな顔つきも、どこか強張りが見て取れた。
そんな石黒ふわりを前にして、異世界先輩は鷹揚にうなずく。
「改まって霊視するまでもなく、私にはもう見えていますよ」
石黒ふわりはもちろん、隣に座る白井セツナもが息を呑んだのがわかった。
異世界先輩と、女子生徒ふたりとを分かつローテーブルの上には、ニカが淹れた紅茶が湯気を立ち上らせている。
「知る覚悟はありますか?」
「もったいぶらずに教えてください」
そう言ったのは石黒ふわりではなく、白井セツナのほうだった。
石黒ふわりはその目にあからさまな迷いを宿している。動揺と言ってもいいかもしれない。
「でも、わたし、怖い……」
「ふわり、相手は……その、カレは目に見えない存在なんだよ? 今ここで、そのカレがどんな相手なのかハッキリさせよう?」
「でも……」
「ふわり、これはチャンスなんだよ? ――異世界先輩、教えてください!」
異世界先輩はまた黒い瞳を微笑とも取れる形に細めたまま、うなずく。
「――まず、異様に手指が長くて、先が黒ずんでいます。腕も枯れ木のように細長く、関節は妙に節くれ立っています。肩幅は狭いですね。顔も縦に異様に長く、上部にざっと見て五対の目が縦に密集しています。そしてその目は……石黒さんたちをよく見ています。それこそ目を皿にするかのように、よく……。そして茶色い髪が生えた頭には髪留めが――」
「――もうやめてください!」
石黒ふわりは顔を次第に青白くさせて、とうとう泣き叫ぶような声を発すると、うつむいて両手で顔を覆ってしまう。
そんな石黒ふわりを慮るように、白井セツナはその背を優しく撫でる。
「ふわり、わかったでしょ。そのカレって絶対ロクでもないやつだから……だからさ、もうそのカレのことは忘れよう?」
白井セツナはちらりと意味ありげに異世界先輩を見た。
「そうですね。その彼のことは忘れてしまうのが吉でしょう。石黒さんが忘れ去ってしまえば、それは自然と消え行くていどの存在ですから」
「……ありがとうございます、異世界先輩。……ほら、ふわり立てる? あたしが支えてあげるから……」
「うん。ごめんね、セツナちゃん……」
依頼人であった白井セツナは立ち上がると異世界先輩に頭を下げ、ショックを受けているらしい石黒ふわりの、丸くなった背を撫でながら黒芙蓉寮の玄関扉から出て行った。
談話室の隣の部屋――とは言えども扉や仕切りがあるわけではない――から三人の様子を見ていたニカと宇津季は、一段落したと見て異世界先輩が座るソファへと近づいた。
「これで解決……したんですよね?」
宇津季が異世界先輩に問う。
異世界先輩は黒い瞳を細めたまま、談話室の大窓に目を向けていた。
「どうかな。自覚したなら、ポルターガイスト現象はもう起きないかもしれないけれどね」
「それって――」
宇津季の言葉尻はブザー音にかき消された。
ニカはてっきり、先ほどの女子生徒たちと入れ違いに、家庭料理サークルの活動を終えた筒井筒でも来たのかと思ったが、違った。
宇津季と共に異世界先輩に着いて玄関扉へ向かえば、開けた先で立っていたのは石黒ふわりだった。
「異世界先輩は、セツナちゃんに言われてあんなデタラメを言ったんですよね?」
異世界先輩が「忘れ物でもした?」と問いかければ、単刀直入に石黒ふわりはそう切り込んだ。
「……白井さんに、カレについて石黒さんが怖がるようなことを言って欲しいと頼まれたのは、本当だよ」
ニカと宇津季は、思わず異世界先輩を見た。
しかし異世界先輩も――石黒ふわりも、まるでニカと宇津季なんてこの場にはいないかのように話を続ける。
「そうですか」
「それで、石黒さんは釘を刺しに来たの?」
異世界先輩は黒い瞳を意味ありげに細めたまま、小首をかしげた。
石黒ふわりは強張った表情のまま、言う。
「ええ、そうです。セツナちゃんに余計なことを言わないように。
――異世界先輩が、わたしを霊視して見たものって、わたしそのものの化け物だったんでしょう?」
「そうだよ。あまりにも大きいから石黒さんは隠れてて……隣にいる白井さんにしなだれかかるように絡みついていた」
「……それが怪奇現象を?」
「石黒さんの願望を反映したものだろうからね。石黒さんの期待に応えたんだと思うよ。だから、石黒さんにその気がなければ……まあ悪いようにはしないんじゃないかな。石黒さんには」
「そうですか……」
「私は『石黒さんの周囲で起こるポルターガイスト現象をどうにかして欲しい』という依頼を受けただけだから――まあ、これ以上首を突っ込むつもりはないよ。馬に蹴られたくないしね」
「そうしてください」
「ただ、悪いことには使わないと約束して欲しいな」
「……セツナちゃんがわたしのそばにいるなら、そうなるんじゃないでしょうか」
異世界先輩は「やれやれ」とばかりに吐息を漏らす。
「それじゃあ、忘れ物は戻ってきたので、わたしはこれで失礼します」
石黒ふわりは深く頭を下げたあと、黒芙蓉寮の玄関ポーチから続く階段を下りて行った。その先にある壊れた黒い門扉には、白井セツナが不安そうな顔をして立っているのが見えた。恐らく、白井セツナには「忘れ物をした」とでも言って黒芙蓉寮に戻ってきたのだろう。
「やれやれ」
異世界先輩は今度はハッキリと口に出した。
ニカと宇津季は、目をぱちくりとさせて、石黒ふわりを見送ることしかできなかった。
それから間をおかずに黒芙蓉寮の来客を告げるブザーが鳴り、今回の依頼人である白井セツナと、彼女に連れられて石黒ふわりがやってきた。
近くで見る石黒ふわりは、たしかに多くの男子生徒が惹かれると言うのも納得できるような、ぱっちりとした丸っこい目が印象的な美少女だった。
「――それで、カレを霊視してくれるって、本当ですか?」
どうやら、白井セツナはそう言って石黒ふわりを黒芙蓉寮に連れてきたらしい。いや、これは異世界先輩の入れ知恵なのか。
とにかく、連れてこられた石黒ふわりはどこか落ち着かない様子で、その普段なら人懐っこそうな顔つきも、どこか強張りが見て取れた。
そんな石黒ふわりを前にして、異世界先輩は鷹揚にうなずく。
「改まって霊視するまでもなく、私にはもう見えていますよ」
石黒ふわりはもちろん、隣に座る白井セツナもが息を呑んだのがわかった。
異世界先輩と、女子生徒ふたりとを分かつローテーブルの上には、ニカが淹れた紅茶が湯気を立ち上らせている。
「知る覚悟はありますか?」
「もったいぶらずに教えてください」
そう言ったのは石黒ふわりではなく、白井セツナのほうだった。
石黒ふわりはその目にあからさまな迷いを宿している。動揺と言ってもいいかもしれない。
「でも、わたし、怖い……」
「ふわり、相手は……その、カレは目に見えない存在なんだよ? 今ここで、そのカレがどんな相手なのかハッキリさせよう?」
「でも……」
「ふわり、これはチャンスなんだよ? ――異世界先輩、教えてください!」
異世界先輩はまた黒い瞳を微笑とも取れる形に細めたまま、うなずく。
「――まず、異様に手指が長くて、先が黒ずんでいます。腕も枯れ木のように細長く、関節は妙に節くれ立っています。肩幅は狭いですね。顔も縦に異様に長く、上部にざっと見て五対の目が縦に密集しています。そしてその目は……石黒さんたちをよく見ています。それこそ目を皿にするかのように、よく……。そして茶色い髪が生えた頭には髪留めが――」
「――もうやめてください!」
石黒ふわりは顔を次第に青白くさせて、とうとう泣き叫ぶような声を発すると、うつむいて両手で顔を覆ってしまう。
そんな石黒ふわりを慮るように、白井セツナはその背を優しく撫でる。
「ふわり、わかったでしょ。そのカレって絶対ロクでもないやつだから……だからさ、もうそのカレのことは忘れよう?」
白井セツナはちらりと意味ありげに異世界先輩を見た。
「そうですね。その彼のことは忘れてしまうのが吉でしょう。石黒さんが忘れ去ってしまえば、それは自然と消え行くていどの存在ですから」
「……ありがとうございます、異世界先輩。……ほら、ふわり立てる? あたしが支えてあげるから……」
「うん。ごめんね、セツナちゃん……」
依頼人であった白井セツナは立ち上がると異世界先輩に頭を下げ、ショックを受けているらしい石黒ふわりの、丸くなった背を撫でながら黒芙蓉寮の玄関扉から出て行った。
談話室の隣の部屋――とは言えども扉や仕切りがあるわけではない――から三人の様子を見ていたニカと宇津季は、一段落したと見て異世界先輩が座るソファへと近づいた。
「これで解決……したんですよね?」
宇津季が異世界先輩に問う。
異世界先輩は黒い瞳を細めたまま、談話室の大窓に目を向けていた。
「どうかな。自覚したなら、ポルターガイスト現象はもう起きないかもしれないけれどね」
「それって――」
宇津季の言葉尻はブザー音にかき消された。
ニカはてっきり、先ほどの女子生徒たちと入れ違いに、家庭料理サークルの活動を終えた筒井筒でも来たのかと思ったが、違った。
宇津季と共に異世界先輩に着いて玄関扉へ向かえば、開けた先で立っていたのは石黒ふわりだった。
「異世界先輩は、セツナちゃんに言われてあんなデタラメを言ったんですよね?」
異世界先輩が「忘れ物でもした?」と問いかければ、単刀直入に石黒ふわりはそう切り込んだ。
「……白井さんに、カレについて石黒さんが怖がるようなことを言って欲しいと頼まれたのは、本当だよ」
ニカと宇津季は、思わず異世界先輩を見た。
しかし異世界先輩も――石黒ふわりも、まるでニカと宇津季なんてこの場にはいないかのように話を続ける。
「そうですか」
「それで、石黒さんは釘を刺しに来たの?」
異世界先輩は黒い瞳を意味ありげに細めたまま、小首をかしげた。
石黒ふわりは強張った表情のまま、言う。
「ええ、そうです。セツナちゃんに余計なことを言わないように。
――異世界先輩が、わたしを霊視して見たものって、わたしそのものの化け物だったんでしょう?」
「そうだよ。あまりにも大きいから石黒さんは隠れてて……隣にいる白井さんにしなだれかかるように絡みついていた」
「……それが怪奇現象を?」
「石黒さんの願望を反映したものだろうからね。石黒さんの期待に応えたんだと思うよ。だから、石黒さんにその気がなければ……まあ悪いようにはしないんじゃないかな。石黒さんには」
「そうですか……」
「私は『石黒さんの周囲で起こるポルターガイスト現象をどうにかして欲しい』という依頼を受けただけだから――まあ、これ以上首を突っ込むつもりはないよ。馬に蹴られたくないしね」
「そうしてください」
「ただ、悪いことには使わないと約束して欲しいな」
「……セツナちゃんがわたしのそばにいるなら、そうなるんじゃないでしょうか」
異世界先輩は「やれやれ」とばかりに吐息を漏らす。
「それじゃあ、忘れ物は戻ってきたので、わたしはこれで失礼します」
石黒ふわりは深く頭を下げたあと、黒芙蓉寮の玄関ポーチから続く階段を下りて行った。その先にある壊れた黒い門扉には、白井セツナが不安そうな顔をして立っているのが見えた。恐らく、白井セツナには「忘れ物をした」とでも言って黒芙蓉寮に戻ってきたのだろう。
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