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真夜中の訪問者(2)
「はーい?」
扉の向こうにいる、訪問者にそんな声をかけたのはニカでも宇津季でもなく、ルームメイトの田中だった。
ニカはこんな時間にだれだろうと思った。
宇津季の眉間にも、そんな感想がわずかなしわとして出ている。
たしかに今は消灯時間ぎりぎりではあるが、そんなぎりぎりの時間までおしゃべりに興じている寮生なんていくらでもいる。
クレームを入れるにしても、ニカたちは手ごわい課題についてあれこれと言い合いはしたが、大騒ぎはしていないはずだ。
「どちらさまですかー?」
田中が再度問う。田中は、相手が先輩であったときのことを考えて、敬語を使ったのがニカにもわかった。
扉の向こうから、くぐもった声で「おーい」と聞こえた。
その声の主は名乗りはしなかったが、異世界先輩の声にとてもよく似ていた。
そのことに気づいたニカは一瞬、息を呑む。
また、「おーい」と扉越しにくぐもった男性の声が聞こえた。
「え……だれだよ」
田中が小さな声で戸惑いを口にする。
そうしつつも、やはり相手が先輩であったときに待たせれば、無礼としてあとで怒られるのではないかと思ったのだろう。田中は「こんな時間に……」とやはり小声で言いながら立ち上がった。
「ちょい待ち」
「あ?」
ニカは、渋々立ち上がった田中の服の裾をつかんだ。寝間着代わりにも使っている田中のTシャツの裾は、生地がだるだるにゆるんでいた。
宇津季は、じっと部屋の出入り口である、閉じた扉を見つめていた。その眉間には、しわがハッキリと見て取れる。
ニカは田中になんと言ったものかとしばし考えを巡らせる。
己が感じ取った直感――扉の向こうにいるのは、異世界先輩ではない……が、異世界先輩の声を使っているその現象を、どう説明したものか悩む。
「あのさー……あの声、異世界先輩のものだと思うんだよね」
ニカは、慎重に言葉を選んで田中に話したが、当然、田中はわけがわからないという顔で、再度「あ?」と言った。
「そういや、お前ら異世界先輩のサークルに入ってるんだったな」
「そうそう」
ニカが田中の服の裾をつかんだままうなずくと、扉の向こうからまた、異世界先輩に似た男性のくぐもった声が聞こえる。
「異世界先輩だよー」
……その言葉に、部屋で起きている三人ともが、思わず閉ざされた出入り扉を見た。
しばらく、三人ともが黙り込んだ状態となる。今は眠っている四人目のルームメイトの、規則正しい寝息が、部屋の沈黙を埋める。
「え――異世界先輩?」
「そんなわけあるか」
田中が戸惑った様子でそうつぶやけば、心外とばかりに宇津季が突っ込んだ。
そうしているあいだにも、扉の外から聞こえてくる声は、「異世界先輩だよー」と繰り返す。先ほどと、まったく同じ声量とトーンで、録音した声を流していると言われたほうがしっくりとくる。
「異世界先輩は、消灯時間ぎりぎりに他の寮を訪れるような、礼儀知らずなひとじゃない」
「ま、まあたしかに……? 異世界先輩って他寮のひとだもんな。そもそもこんな夜中に赤百合寮に入り込めるわけないよな」
田中はそこまで言って、一度言葉を切る。
「え……じゃあ、今部屋の外にいるのって、なに?」
ニカも宇津季もここでようやく一週間前に聞いた怪談――「ウラガエリ様」を思い出した。
「……一応、心当たりはある」
「はあ? え、なに?」
「『ウラガエリ様』って知ってる?」
「えー、なんだっけ。……あ、そうだ。『不幸の手紙』みたいなやつだろ。高校にもなって見るとは思わなかったわ」
「原因があるんだとしたら、たぶんそれ……かも?」
田中はあからさまに困惑した顔で「ええ……」と言う。
「オレだって信じてなかったけど、今現実に不可思議なことが起こってるわけで。えー、そういうわけで外のやつは無視しよう」
「お、おう……。あ、そうだ、異世界先輩に連絡取ったら? っていうか取って。このままじゃなんか怖くて寝れねえよ」
「あ、そうか。異世界先輩にメッセでも飛ばせばいいのか……」
田中の懇願に、代表して宇津季がグループチャットのルームへ、試しにメッセージを送信してみる。
「……既読つかない」
「もう寝てるのかも?」
「ええー、じゃあ部屋の外にいるのって、『ウラガエリ様』ってやつなの……?」
「うん、そうだよ」
田中のつぶやきに答えるように、今度はだれのものでもない男性の声が聞こえたあと、ドン! と部屋の扉を殴るような音がした。
田中の肩が大きく跳ねた。ニカも宇津季も、さすがにぞっとして部屋の出入り口である扉からしばらく目を離せなかった。
しかし部屋の扉が開かれることも、また再度声や殴る音がすることもなかった。
異世界先輩は最初に出会ったときに、『招かれなければ入れないもの』について話していた。今、部屋の外にいたなにかも、その類いだったのかもしれない。
そのうちに消灯時間を迎えたため、寮監が見回りに来る前に三人は課題を仕舞い、おのおのベッドに潜り込んだのだった。
……翌朝。グループチャットのルームに異世界先輩のメッセージが届いていた。
『ウラガエリ様来たんだ』
そしてそのすぐ下に、筒井筒のメッセージが並ぶ。
『俺のところにも異世界の声を使うやつが来たぞ』
推定「ウラガエリ様」とやらは、ニカたちの部屋と筒井筒の部屋の前に同時に現れたか、あるいは順繰りに扉を叩いたのかもしれない。
しかし、異世界先輩のもとにはどうやら訪れなかったようだ。
『私のところだけ来てないんですけど!?』
文面だけでも異世界先輩が悔しがっている姿を思い浮かべることができたニカは、昨晩感じた不気味さをようやく払拭できた気になった。
扉の向こうにいる、訪問者にそんな声をかけたのはニカでも宇津季でもなく、ルームメイトの田中だった。
ニカはこんな時間にだれだろうと思った。
宇津季の眉間にも、そんな感想がわずかなしわとして出ている。
たしかに今は消灯時間ぎりぎりではあるが、そんなぎりぎりの時間までおしゃべりに興じている寮生なんていくらでもいる。
クレームを入れるにしても、ニカたちは手ごわい課題についてあれこれと言い合いはしたが、大騒ぎはしていないはずだ。
「どちらさまですかー?」
田中が再度問う。田中は、相手が先輩であったときのことを考えて、敬語を使ったのがニカにもわかった。
扉の向こうから、くぐもった声で「おーい」と聞こえた。
その声の主は名乗りはしなかったが、異世界先輩の声にとてもよく似ていた。
そのことに気づいたニカは一瞬、息を呑む。
また、「おーい」と扉越しにくぐもった男性の声が聞こえた。
「え……だれだよ」
田中が小さな声で戸惑いを口にする。
そうしつつも、やはり相手が先輩であったときに待たせれば、無礼としてあとで怒られるのではないかと思ったのだろう。田中は「こんな時間に……」とやはり小声で言いながら立ち上がった。
「ちょい待ち」
「あ?」
ニカは、渋々立ち上がった田中の服の裾をつかんだ。寝間着代わりにも使っている田中のTシャツの裾は、生地がだるだるにゆるんでいた。
宇津季は、じっと部屋の出入り口である、閉じた扉を見つめていた。その眉間には、しわがハッキリと見て取れる。
ニカは田中になんと言ったものかとしばし考えを巡らせる。
己が感じ取った直感――扉の向こうにいるのは、異世界先輩ではない……が、異世界先輩の声を使っているその現象を、どう説明したものか悩む。
「あのさー……あの声、異世界先輩のものだと思うんだよね」
ニカは、慎重に言葉を選んで田中に話したが、当然、田中はわけがわからないという顔で、再度「あ?」と言った。
「そういや、お前ら異世界先輩のサークルに入ってるんだったな」
「そうそう」
ニカが田中の服の裾をつかんだままうなずくと、扉の向こうからまた、異世界先輩に似た男性のくぐもった声が聞こえる。
「異世界先輩だよー」
……その言葉に、部屋で起きている三人ともが、思わず閉ざされた出入り扉を見た。
しばらく、三人ともが黙り込んだ状態となる。今は眠っている四人目のルームメイトの、規則正しい寝息が、部屋の沈黙を埋める。
「え――異世界先輩?」
「そんなわけあるか」
田中が戸惑った様子でそうつぶやけば、心外とばかりに宇津季が突っ込んだ。
そうしているあいだにも、扉の外から聞こえてくる声は、「異世界先輩だよー」と繰り返す。先ほどと、まったく同じ声量とトーンで、録音した声を流していると言われたほうがしっくりとくる。
「異世界先輩は、消灯時間ぎりぎりに他の寮を訪れるような、礼儀知らずなひとじゃない」
「ま、まあたしかに……? 異世界先輩って他寮のひとだもんな。そもそもこんな夜中に赤百合寮に入り込めるわけないよな」
田中はそこまで言って、一度言葉を切る。
「え……じゃあ、今部屋の外にいるのって、なに?」
ニカも宇津季もここでようやく一週間前に聞いた怪談――「ウラガエリ様」を思い出した。
「……一応、心当たりはある」
「はあ? え、なに?」
「『ウラガエリ様』って知ってる?」
「えー、なんだっけ。……あ、そうだ。『不幸の手紙』みたいなやつだろ。高校にもなって見るとは思わなかったわ」
「原因があるんだとしたら、たぶんそれ……かも?」
田中はあからさまに困惑した顔で「ええ……」と言う。
「オレだって信じてなかったけど、今現実に不可思議なことが起こってるわけで。えー、そういうわけで外のやつは無視しよう」
「お、おう……。あ、そうだ、異世界先輩に連絡取ったら? っていうか取って。このままじゃなんか怖くて寝れねえよ」
「あ、そうか。異世界先輩にメッセでも飛ばせばいいのか……」
田中の懇願に、代表して宇津季がグループチャットのルームへ、試しにメッセージを送信してみる。
「……既読つかない」
「もう寝てるのかも?」
「ええー、じゃあ部屋の外にいるのって、『ウラガエリ様』ってやつなの……?」
「うん、そうだよ」
田中のつぶやきに答えるように、今度はだれのものでもない男性の声が聞こえたあと、ドン! と部屋の扉を殴るような音がした。
田中の肩が大きく跳ねた。ニカも宇津季も、さすがにぞっとして部屋の出入り口である扉からしばらく目を離せなかった。
しかし部屋の扉が開かれることも、また再度声や殴る音がすることもなかった。
異世界先輩は最初に出会ったときに、『招かれなければ入れないもの』について話していた。今、部屋の外にいたなにかも、その類いだったのかもしれない。
そのうちに消灯時間を迎えたため、寮監が見回りに来る前に三人は課題を仕舞い、おのおのベッドに潜り込んだのだった。
……翌朝。グループチャットのルームに異世界先輩のメッセージが届いていた。
『ウラガエリ様来たんだ』
そしてそのすぐ下に、筒井筒のメッセージが並ぶ。
『俺のところにも異世界の声を使うやつが来たぞ』
推定「ウラガエリ様」とやらは、ニカたちの部屋と筒井筒の部屋の前に同時に現れたか、あるいは順繰りに扉を叩いたのかもしれない。
しかし、異世界先輩のもとにはどうやら訪れなかったようだ。
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