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絵の中の幽霊(1)
「じゃーん! これが『絵の中の幽霊』だよ」
自慢げに横長のキャンバスに描かれた、油彩の絵画を見せてきたのは異世界先輩である。
例によって、場所は黒芙蓉寮の談話室。その暖炉の近くに掛けられた絵画は、全体的に淡くぼんやりとした筆致で、恐らく湖畔のコテージと周辺の自然、それから桟橋を描いている。
そしてその絵画の中に、不自然な黒い線――としか言いようのないもの――が縦に小さく走っている。ちょうど、人差し指の第一関節ていどの長さだ。
それがどうやら、異世界先輩曰く「絵の中の幽霊」なのだそうだ。
ニカは曖昧に微笑み、宇津季は戸惑い、筒井筒は完全に呆れ返っていた。
「で、買ったのか? これ」
「ううん。貰い物。不気味だから超常現象探求サークルで引き取って欲しいっていう依頼」
「不気味……?」
ニカは思わず「どこが?」と付け加えたくなったが、一応は黙っておく。
この油彩画が、ものとしてどれほどの価値があるのかはニカにはさっぱりわからないが、別段不気味さを喚起するために描かれた作品という印象はない。
旅行先で感銘を受けた風景を描きましたとか、故郷の景色ですとか言われたら、素直に納得するような、暗く後ろ向きな印象は感じられない絵画だ。
「サインペンのいたずら書きとかじゃねえの」
「いや、長い黒髪の女性の幽霊なんだって」
「それはそれでなんつーかテンプレだな……」
筒井筒と異世界先輩のやり取りを横に、ニカは油彩画をもう一度見た。
絵画に走るわずかな黒い線。それが実は女性の幽霊なのだと主張されても、恐ろしさは感じられない。今のところは。
「まあ、たしかに遠すぎだけれども」
「遠すぎも遠すぎだろ。ただの線にしか見えねえ」
「これは、幽霊なんだよ」
異世界先輩はその主張を譲る気はないらしい。
「……大きくなったり――というか、近づいてきたりするんですか?」
宇津季は純粋な疑問をぶつけるというよりは、異世界先輩をフォローするつもりだったのかもしれない。涙ぐましく健気な態度だ。
しかし異世界先輩はそんな宇津季の言葉を「さあ?」のひとことで台無しにする。
「でも依頼人によると女性の幽霊なんだって」
「それ、騙されてるぞ。からかわれたんだよ」
超常現象探求サークルに依頼をする生徒はたいてい二パターンに分けられるとは、筒井筒の持論だ。
そのパターンのひとつは、面白半分の依頼人。
いや、今回の場合は完全に異世界先輩をからかう目的で、もしかしたら不要になったとか、邪魔だった絵画を押しつけたのかもしれない。ご丁寧にサインペンなどで黒い線を引いて、それが女性の幽霊だと言って。
……それらは完全にニカの空想だったが、妙にもっともらしく思えた。
「えー、そんなことないよ。ここに飾っておけばいつかは美平くんが言ったみたいに近づいてきて、それで会えるかもしれないじゃない」
筒井筒はやはり呆れ返った様子で「会ってどうすんだよ」と言った。
「いろいろと話が聞けるじゃない」
異世界先輩はおのおの、良いとは言えない反応を示す三人を前にしても、いつもの微笑を浮かべたままそう言い切った。
その油彩画は黒芙蓉寮の談話室にそのまま飾られることになったが、ニカは以降なにも起こらず、この絵画は日常の風景の一部になって行くのだろうと考えていた。
ところが。
「ねえ! この幽霊のところ、大きくなっていると思わない?」
数日後のサークルの集まりにて。異世界先輩は油彩画を覗き込み、弾んだ声でそう言った。
三人はその声で油彩画の前に集まり、同じように絵を覗いて見る。残念ながら、ニカには前回との違いはわからなかった。
宇津季は「ちょっと太くなってる……?」と言い、筒井筒は「気のせいだろ」と言い切った。
異世界先輩は「ええ~」と不満げな声を漏らす。
「いつも見ている私が言っているんだよ?」
「普通、いつも見ているほうが気づかないもんじゃね?」
「いや、いつもちゃんと見てるからわかったんだって!」
異世界先輩の強硬な主張の相手が面倒になったのか、筒井筒は「わかったわかった」と、まったくわかっていない声で言う。
「これ……このまま大きくなるんですかね?」
「そうなったらいいけれど、ちょっと時間かかりすぎだよねえ。ああ、私が絵の中の世界に入れたらいいのに」
話を振った宇津季は、異世界先輩の斜め上の返答に目をぱちくりとさせた。
それから眉を下げて言う。
「それは、ちょっと困ります……」
「ええ? でも私が絵の中に入れたら、この絵の中の幽霊とお話しできるでしょう?」
「えー……異世界先輩は幽霊とお話ししたいんですか?」
ニカの問いに、異世界先輩は肯定とも否定とも取れない、「まあまあ」という謎めいた返答をした。
「お前が絵の中に入ったら連れ戻すの大変そうだな……」
「あれ、連れ戻そうとしてくれるんだ」
「いや、そりゃ……ダチがそうなったら、そうするだろ」
筒井筒は気恥ずかしいのか、異世界先輩から目線をそらしてそう言い切った。
しかし異世界先輩は、
「ふうん」
とつれない返事をして、筒井筒から「友達甲斐のないやつだな!」と怒られていた。
自慢げに横長のキャンバスに描かれた、油彩の絵画を見せてきたのは異世界先輩である。
例によって、場所は黒芙蓉寮の談話室。その暖炉の近くに掛けられた絵画は、全体的に淡くぼんやりとした筆致で、恐らく湖畔のコテージと周辺の自然、それから桟橋を描いている。
そしてその絵画の中に、不自然な黒い線――としか言いようのないもの――が縦に小さく走っている。ちょうど、人差し指の第一関節ていどの長さだ。
それがどうやら、異世界先輩曰く「絵の中の幽霊」なのだそうだ。
ニカは曖昧に微笑み、宇津季は戸惑い、筒井筒は完全に呆れ返っていた。
「で、買ったのか? これ」
「ううん。貰い物。不気味だから超常現象探求サークルで引き取って欲しいっていう依頼」
「不気味……?」
ニカは思わず「どこが?」と付け加えたくなったが、一応は黙っておく。
この油彩画が、ものとしてどれほどの価値があるのかはニカにはさっぱりわからないが、別段不気味さを喚起するために描かれた作品という印象はない。
旅行先で感銘を受けた風景を描きましたとか、故郷の景色ですとか言われたら、素直に納得するような、暗く後ろ向きな印象は感じられない絵画だ。
「サインペンのいたずら書きとかじゃねえの」
「いや、長い黒髪の女性の幽霊なんだって」
「それはそれでなんつーかテンプレだな……」
筒井筒と異世界先輩のやり取りを横に、ニカは油彩画をもう一度見た。
絵画に走るわずかな黒い線。それが実は女性の幽霊なのだと主張されても、恐ろしさは感じられない。今のところは。
「まあ、たしかに遠すぎだけれども」
「遠すぎも遠すぎだろ。ただの線にしか見えねえ」
「これは、幽霊なんだよ」
異世界先輩はその主張を譲る気はないらしい。
「……大きくなったり――というか、近づいてきたりするんですか?」
宇津季は純粋な疑問をぶつけるというよりは、異世界先輩をフォローするつもりだったのかもしれない。涙ぐましく健気な態度だ。
しかし異世界先輩はそんな宇津季の言葉を「さあ?」のひとことで台無しにする。
「でも依頼人によると女性の幽霊なんだって」
「それ、騙されてるぞ。からかわれたんだよ」
超常現象探求サークルに依頼をする生徒はたいてい二パターンに分けられるとは、筒井筒の持論だ。
そのパターンのひとつは、面白半分の依頼人。
いや、今回の場合は完全に異世界先輩をからかう目的で、もしかしたら不要になったとか、邪魔だった絵画を押しつけたのかもしれない。ご丁寧にサインペンなどで黒い線を引いて、それが女性の幽霊だと言って。
……それらは完全にニカの空想だったが、妙にもっともらしく思えた。
「えー、そんなことないよ。ここに飾っておけばいつかは美平くんが言ったみたいに近づいてきて、それで会えるかもしれないじゃない」
筒井筒はやはり呆れ返った様子で「会ってどうすんだよ」と言った。
「いろいろと話が聞けるじゃない」
異世界先輩はおのおの、良いとは言えない反応を示す三人を前にしても、いつもの微笑を浮かべたままそう言い切った。
その油彩画は黒芙蓉寮の談話室にそのまま飾られることになったが、ニカは以降なにも起こらず、この絵画は日常の風景の一部になって行くのだろうと考えていた。
ところが。
「ねえ! この幽霊のところ、大きくなっていると思わない?」
数日後のサークルの集まりにて。異世界先輩は油彩画を覗き込み、弾んだ声でそう言った。
三人はその声で油彩画の前に集まり、同じように絵を覗いて見る。残念ながら、ニカには前回との違いはわからなかった。
宇津季は「ちょっと太くなってる……?」と言い、筒井筒は「気のせいだろ」と言い切った。
異世界先輩は「ええ~」と不満げな声を漏らす。
「いつも見ている私が言っているんだよ?」
「普通、いつも見ているほうが気づかないもんじゃね?」
「いや、いつもちゃんと見てるからわかったんだって!」
異世界先輩の強硬な主張の相手が面倒になったのか、筒井筒は「わかったわかった」と、まったくわかっていない声で言う。
「これ……このまま大きくなるんですかね?」
「そうなったらいいけれど、ちょっと時間かかりすぎだよねえ。ああ、私が絵の中の世界に入れたらいいのに」
話を振った宇津季は、異世界先輩の斜め上の返答に目をぱちくりとさせた。
それから眉を下げて言う。
「それは、ちょっと困ります……」
「ええ? でも私が絵の中に入れたら、この絵の中の幽霊とお話しできるでしょう?」
「えー……異世界先輩は幽霊とお話ししたいんですか?」
ニカの問いに、異世界先輩は肯定とも否定とも取れない、「まあまあ」という謎めいた返答をした。
「お前が絵の中に入ったら連れ戻すの大変そうだな……」
「あれ、連れ戻そうとしてくれるんだ」
「いや、そりゃ……ダチがそうなったら、そうするだろ」
筒井筒は気恥ずかしいのか、異世界先輩から目線をそらしてそう言い切った。
しかし異世界先輩は、
「ふうん」
とつれない返事をして、筒井筒から「友達甲斐のないやつだな!」と怒られていた。
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