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月が綺麗ですね
「ここんとこ満月続きなんだよね」
「そんなわけあるか」
長い昼休憩。ちょうど食堂で行き会ったため、テーブルを同じくしていた異世界先輩の言葉に、筒井筒が突っ込んだ。
「……どういう意味ですか? 満月って、何日も続くものではない……ですよね?」
宇津季の当然の疑問に、異世界先輩は眉を少し下げて
「でもずっと満月なんだよ」
と訴える。
周囲は昼休憩で気のゆるんだ生徒たちのがやがやとした喧騒に包まれており、気を抜けば異世界先輩の声を聞き逃しそうな気さえする。
「異世界先輩の視力っていくつくらいですか?」
「えー、流石に覚えてないなあ。でも視力矯正が必要なほど悪くはないはずだよ」
続いて、暗にニカが「見間違いではないか」というようなことを言ったのだが、異世界先輩はその含意を無視してか、やはり「満月続きなのだ」と主張してくる。
「フツーに考えて見間違いだろ。欠けてるのに気づいてないだけじゃねーか?」
「いや、気がついたらずっと満月なんだよね。夜に外を見たら満月がぴかぴか光っているんだ」
三人ともが、異世界先輩の主張をどう受け取るべきか悩んだ。
まっとうに考えれば、ただの見間違いだろう。
けれども異世界先輩は、なにやらときどき他人とは違うものを見るときがある――らしい。
実際になにがどのように見えているのかは、もちろん三人にはわかりもしないことだ。
しかし三人とも、異世界先輩がつまらない嘘を言ってくるような人間ではないということは、わかっていた。
「ニセの満月とか」
「ああ、それは面白そうだね。でも月がふたつあるところは見たことがないんだよねえ」
「……今は半月らしいですよ」
ニカの言葉を面白がる異世界先輩に、宇津季はスマートフォンの画面に視線を落として言った。
異世界先輩はそう聞かされても、先ほどと同じ言葉を繰り返すだけだった。
「でもずっと満月なんだよ」
「じゃあ今夜にでも写真撮って送ってくれよ」
「ああ、そうすればいっか。じゃあ今夜サークルのグルチャに送るね!」
「満月」を主張する異世界先輩は、終始穏やかな口調だった。
主張を否定されてもむきになったり、怒り出したりする気配はなく、淡々と「満月なんだよ」と言ってくる姿は、正直に言って少々不気味さはあった。
ニカは「満月には不思議な力がある」とか「満月の夜には犯罪が増える」という眉唾の話をふと思い出した。
異世界先輩が「満月」を見ているとして、それは他人の目にも見えるのか、あるいは異世界先輩にしか見えないものなのか。
いずれにせよ、異世界先輩が忘れ去っていなければ今夜にでもわかるだろう。
ニカは目の前にあるどんぶりから湯気を立てるうどんをすすった。
もう日が落ちるのは早い季節なので、異世界先輩から「満月」の写真がグループチャットのルームに送られてきたのは、寮の門限までまだ少々余裕があるような頃合いであった。
ちょうどスマートフォンをいじっていたニカは、すぐに異世界先輩からの写真を見ることができた。
そこには、ぴかぴかと光る丸い球状のなにか――恐らく、「満月」が写っていた。
写っていたが、ぼんやりと光り輝くそれを写した写真は、妙に解像度が低く、画像は荒い。
今どきのスマートフォンで撮ったとは思えないような、荒い画質の中で、「満月」はぴかぴかと輝いている。
「なあ、宇津季。これって月だと思う?」
ニカは同室にいた宇津季に声をかけて、スマートフォンの画面を見せた。
異世界先輩が送ってきた写真を見た宇津季は、難しい顔をする。
「周りは……空とか木が写り込んでるけど、月だけはなんか……人工物っぽい、ライトみたいだ」
「……だよなあ? 窓ガラスの映り込みとか……?」
「異世界先輩が、そんな写真を月だと偽って送ってくる理由がない」
「まあ、それもそうだけど……」
ニカと宇津季が写真をじっくりと見つつ困惑しているあいだに、グループチャットのルームでは異世界先輩と筒井筒の会話が進んでいた。
『俺のところからは満月なんて見えないけど』
『でも満月なんだよ』
『わかった。そっちに行くわ』
「――筒井筒先輩、黒芙蓉寮に行くのかな」
「じゃあおれも行く」
「え? マジ?」
「……心配だし」
眉を下げる宇津季は、本気で異世界先輩の状態を心配しているように見えた。いや、実際そうなのだろう。宇津季は異世界先輩に妙に懐いているのだから。
ニカは寮の門限を考えて一瞬迷ったものの、宇津季について行くことにした。
ラフな私服の上から上着を一枚羽織り、スマートフォンをポケットに突っ込んで、ニカは宇津季と共に寮の玄関へと向かう。
玄関にはちょうど筒井筒が靴を履いているところだった。
「筒井筒先輩。オレらも行きますよ」
「もう門限近いけど、いいのか?」
「それは先輩も同じじゃないですか」
「まあ、そうだな」
三人そろって赤百合寮の玄関扉を抜ける。
学園の敷地内の端に位置する黒芙蓉寮までは正直遠いので、三人とも足早に向かう。
ニカはまだ夕暮れの端が残る夜空を見上げたが、頭上に輝くのは満月ではなく欠けた半月であった。
それは黒芙蓉寮の壊れた門扉の前まで来ても、突然変わったりはしなかった。
筒井筒が先頭に立ち、黒芙蓉寮の玄関ポーチまでの長い階段をのぼり、玄関扉の横に取り付けられた呼び出しブザーを鳴らした。
「わーほんとに来たんだ」
異世界先輩はすぐに扉を開けて顔を出したので、三人ともほっとした顔になる。
しかし筒井筒はすぐに顔を引き締めて、「あの写真なんだよ」と異世界先輩に詰め寄らんばかりに問う。
異世界先輩は小首をかしげて、
「だから、満月だってば」
と変わらぬ主張をする。
噛み合わない会話に、ニカは少々薄気味の悪いものを覚えた。
「――じゃあ、ここから見える月はどんな感じだ?」
筒井筒に促されて、異世界先輩の顔が上――夜空へと向かう。
「あれ? 満月じゃあない……?」
「だーかーらー、今日は半月なんだって」
「でも、さっきまでたしかに満月だったんだよ。写真にだって写ったし」
ニカはポケットからスマートフォンを取り出し、チャットアプリを立ち上げた。
超常現象探求サークルのグループのルームには、異世界先輩曰く「満月」を写した写真がちゃんと残っている。
「いたずらじゃないんだよな?」
「えー、そんなことする理由がないじゃない」
「じゃあ……この写真は、なんなんでしょう……?」
宇津季の疑問に、四人ともが沈黙した。
明確な答えは出なかったものの、もう寮の門限が近いということで、異世界先輩を除く三人は引き上げることになった。
帰りしな、自らが撮った写真を見て、異世界先輩はこんなことを言った。
「でもこれ、月って言うよりなにか動物の瞳に見えなくもないね」
……この夜以降、異世界先輩の世界では「満月続き」ではなくなったという。
「そんなわけあるか」
長い昼休憩。ちょうど食堂で行き会ったため、テーブルを同じくしていた異世界先輩の言葉に、筒井筒が突っ込んだ。
「……どういう意味ですか? 満月って、何日も続くものではない……ですよね?」
宇津季の当然の疑問に、異世界先輩は眉を少し下げて
「でもずっと満月なんだよ」
と訴える。
周囲は昼休憩で気のゆるんだ生徒たちのがやがやとした喧騒に包まれており、気を抜けば異世界先輩の声を聞き逃しそうな気さえする。
「異世界先輩の視力っていくつくらいですか?」
「えー、流石に覚えてないなあ。でも視力矯正が必要なほど悪くはないはずだよ」
続いて、暗にニカが「見間違いではないか」というようなことを言ったのだが、異世界先輩はその含意を無視してか、やはり「満月続きなのだ」と主張してくる。
「フツーに考えて見間違いだろ。欠けてるのに気づいてないだけじゃねーか?」
「いや、気がついたらずっと満月なんだよね。夜に外を見たら満月がぴかぴか光っているんだ」
三人ともが、異世界先輩の主張をどう受け取るべきか悩んだ。
まっとうに考えれば、ただの見間違いだろう。
けれども異世界先輩は、なにやらときどき他人とは違うものを見るときがある――らしい。
実際になにがどのように見えているのかは、もちろん三人にはわかりもしないことだ。
しかし三人とも、異世界先輩がつまらない嘘を言ってくるような人間ではないということは、わかっていた。
「ニセの満月とか」
「ああ、それは面白そうだね。でも月がふたつあるところは見たことがないんだよねえ」
「……今は半月らしいですよ」
ニカの言葉を面白がる異世界先輩に、宇津季はスマートフォンの画面に視線を落として言った。
異世界先輩はそう聞かされても、先ほどと同じ言葉を繰り返すだけだった。
「でもずっと満月なんだよ」
「じゃあ今夜にでも写真撮って送ってくれよ」
「ああ、そうすればいっか。じゃあ今夜サークルのグルチャに送るね!」
「満月」を主張する異世界先輩は、終始穏やかな口調だった。
主張を否定されてもむきになったり、怒り出したりする気配はなく、淡々と「満月なんだよ」と言ってくる姿は、正直に言って少々不気味さはあった。
ニカは「満月には不思議な力がある」とか「満月の夜には犯罪が増える」という眉唾の話をふと思い出した。
異世界先輩が「満月」を見ているとして、それは他人の目にも見えるのか、あるいは異世界先輩にしか見えないものなのか。
いずれにせよ、異世界先輩が忘れ去っていなければ今夜にでもわかるだろう。
ニカは目の前にあるどんぶりから湯気を立てるうどんをすすった。
もう日が落ちるのは早い季節なので、異世界先輩から「満月」の写真がグループチャットのルームに送られてきたのは、寮の門限までまだ少々余裕があるような頃合いであった。
ちょうどスマートフォンをいじっていたニカは、すぐに異世界先輩からの写真を見ることができた。
そこには、ぴかぴかと光る丸い球状のなにか――恐らく、「満月」が写っていた。
写っていたが、ぼんやりと光り輝くそれを写した写真は、妙に解像度が低く、画像は荒い。
今どきのスマートフォンで撮ったとは思えないような、荒い画質の中で、「満月」はぴかぴかと輝いている。
「なあ、宇津季。これって月だと思う?」
ニカは同室にいた宇津季に声をかけて、スマートフォンの画面を見せた。
異世界先輩が送ってきた写真を見た宇津季は、難しい顔をする。
「周りは……空とか木が写り込んでるけど、月だけはなんか……人工物っぽい、ライトみたいだ」
「……だよなあ? 窓ガラスの映り込みとか……?」
「異世界先輩が、そんな写真を月だと偽って送ってくる理由がない」
「まあ、それもそうだけど……」
ニカと宇津季が写真をじっくりと見つつ困惑しているあいだに、グループチャットのルームでは異世界先輩と筒井筒の会話が進んでいた。
『俺のところからは満月なんて見えないけど』
『でも満月なんだよ』
『わかった。そっちに行くわ』
「――筒井筒先輩、黒芙蓉寮に行くのかな」
「じゃあおれも行く」
「え? マジ?」
「……心配だし」
眉を下げる宇津季は、本気で異世界先輩の状態を心配しているように見えた。いや、実際そうなのだろう。宇津季は異世界先輩に妙に懐いているのだから。
ニカは寮の門限を考えて一瞬迷ったものの、宇津季について行くことにした。
ラフな私服の上から上着を一枚羽織り、スマートフォンをポケットに突っ込んで、ニカは宇津季と共に寮の玄関へと向かう。
玄関にはちょうど筒井筒が靴を履いているところだった。
「筒井筒先輩。オレらも行きますよ」
「もう門限近いけど、いいのか?」
「それは先輩も同じじゃないですか」
「まあ、そうだな」
三人そろって赤百合寮の玄関扉を抜ける。
学園の敷地内の端に位置する黒芙蓉寮までは正直遠いので、三人とも足早に向かう。
ニカはまだ夕暮れの端が残る夜空を見上げたが、頭上に輝くのは満月ではなく欠けた半月であった。
それは黒芙蓉寮の壊れた門扉の前まで来ても、突然変わったりはしなかった。
筒井筒が先頭に立ち、黒芙蓉寮の玄関ポーチまでの長い階段をのぼり、玄関扉の横に取り付けられた呼び出しブザーを鳴らした。
「わーほんとに来たんだ」
異世界先輩はすぐに扉を開けて顔を出したので、三人ともほっとした顔になる。
しかし筒井筒はすぐに顔を引き締めて、「あの写真なんだよ」と異世界先輩に詰め寄らんばかりに問う。
異世界先輩は小首をかしげて、
「だから、満月だってば」
と変わらぬ主張をする。
噛み合わない会話に、ニカは少々薄気味の悪いものを覚えた。
「――じゃあ、ここから見える月はどんな感じだ?」
筒井筒に促されて、異世界先輩の顔が上――夜空へと向かう。
「あれ? 満月じゃあない……?」
「だーかーらー、今日は半月なんだって」
「でも、さっきまでたしかに満月だったんだよ。写真にだって写ったし」
ニカはポケットからスマートフォンを取り出し、チャットアプリを立ち上げた。
超常現象探求サークルのグループのルームには、異世界先輩曰く「満月」を写した写真がちゃんと残っている。
「いたずらじゃないんだよな?」
「えー、そんなことする理由がないじゃない」
「じゃあ……この写真は、なんなんでしょう……?」
宇津季の疑問に、四人ともが沈黙した。
明確な答えは出なかったものの、もう寮の門限が近いということで、異世界先輩を除く三人は引き上げることになった。
帰りしな、自らが撮った写真を見て、異世界先輩はこんなことを言った。
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……この夜以降、異世界先輩の世界では「満月続き」ではなくなったという。
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