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夢の中で遭ったから(3)
しばらくしてから黒芙蓉寮にブザーの音が鳴り響く。迎えに出た異世界先輩が連れてきたのは、緑のリボンタイをつけた男子生徒だった。襟元のバッジから、一年生であることがわかる。
異世界先輩に促されてソファに座った緑のリボンタイをつけた男子生徒は、「お、お久しぶりです」と緊張した様子で改めて木葉と名乗った。
緑蘭寮に所属する木葉は、以前「ウラガエリ様」なる怪談を聞き、それを一週間以内に三人以上に話さないといけないという、ありがちな制約によって超常現象探求サークルに泣きついてきた生徒だった。
「――それで、ですね……この話を三日以内に五人に話さないと『ミフユハツコ』に呪われるらしいんです……! 僕、もう怖くて怖くて……!」
そして今回、また超常現象探求サークルを主宰する異世界先輩がいる黒芙蓉寮を訪れた理由は、以前とほとんど同じだった。
ニカは内心で脱力したが、異世界先輩の対面に座る木葉は真剣だ。
よくある怪談話を完全に信じきっているかは定かではないものの、もともと気の小さいほうなのだろう。
不安で怯え切って、異世界先輩にすがるような目を向けてくるさまは、小型犬のようにも見えた。
「安心してください、木葉くん。ここにはすでに五人いますから、この話をしたあなたのもとに『ミフユハツコ』が現れることはありません」
異世界先輩はそんな木葉の心配を笑い飛ばすこともせず、泰然とした態度で安心させるように言い切った。
ニカの脳裏に、異世界先輩はこの依頼のために青いリボンタイの男子生徒を受け入れるような素振りを見せていたのではないか、という邪推が一瞬だけよぎった。
木葉はあからさまにほっとした顔をして、「ありがとうございます!」と勢いよく何度も頭を下げて回った。
「いや~今回は私のもとに現れるといいなあ」
前回木葉が持ち込んだ「ウラガエリ様」の怪談のときは、その期限……一週間後の夜中に、不審者が赤百合寮のニカたちの部屋を訪れた。しかし異世界先輩のもとにはなにも現れなかったという顛末がある。
異世界先輩は黒い瞳をきらきらと輝かせ、期待に胸を膨らませているようだった。
「三日以内に五人か。前聞いた怪談よりも厳しいな」
筒井筒は慣れた手つきで茶器を片付ける。
「もうそろそろ門限だよね? 一年生組は先に帰ってもいいよ」
「いや、そういうこと言うのはお前じゃなくて俺の立場だろ」
残っていた筒井筒手製のクッキーをたいらげた異世界先輩が、ふてぶてしくそう言って突っ込まれていた。
筒井筒から改めて「先帰っていいぞ」と言われれば、辞退するのも逆に失礼かと思い、ニカと宇津季は「それじゃあお先に失礼します」とソファから立ち上がって頭を下げた。
異世界先輩から――ニカにとっては不本意にも――一年生組と括られたので、青いリボンタイの男子生徒も若干渋々といった様子ではあったものの、「失礼します」と言って頭を下げた。
「……あのさ、さっきの話、一応気をつけろよ?」
黒芙蓉寮の玄関ポーチから門扉へと向かう長い階段を下りながら、ニカは先を行く青いリボンタイの男子生徒にそう言う。
ニカ自身、このような忠告をする義理はないと思っていたし、隣を行く宇津季だってそうだろう。
けれども前回の「ウラガエリ様」のときは実際に異様な現象が起こった。
それを勘案すると、未だ名前を知らない青いリボンタイの男子生徒の身になにかあったときに、寝覚めが悪いと思ったのだ。
しかし青いリボンタイの男子生徒は振り返って、あろうことか鼻で笑った。
「え? あんな話信じてるんですか? 今どき小学生だって信じませんよ?」
「……いや、まあ普通はそうだけどさ」
ニカは内心で巻き起こった、不愉快な感情を押し殺して軽い口調でそう言う。
しかし宇津季は抱いた不快感を隠そうともせずに男子生徒をにらみつけた。
「お前、異世界先輩のこと運命とか言っておいて、そういうこと言うのかよ」
ニカは「たしかに」と思った。
夢で出会った異世界先輩にひと目惚れしたという立場で、木葉が怯えていた怪談話を否定して嘲笑うというのは、目くそ鼻くそを笑うというべきか。
しかし青いリボンタイの男子生徒には、そのような認識は一切ないらしい。
また半笑いで「え?」と言った。
「ボクが異世界先輩を運命だと言うことと、さっきのちゃちな怪談話は関係ないでしょう」
それもまた正論であったが、ニカにはもうこの男子生徒を好意的に見ることは難しかった。
そんなニカの感情へ追い討ちを掛けるように、男子生徒は言う。
「正直、異世界先輩の趣味は悪いですけれど、そこは追々矯正していけばいいですからね」
ニカは思わず一歩前へ出ようとした宇津季の手首をつかんでいた。
宇津季は怒りのままにニカを見た。ニカだって業腹だったが、こんなところで男子生徒に殴りかかりでもすれば、停学は免れまい。
とっくにニカたちに背を向けていた男子生徒は、背後で起こっているやり取りには気づかず、さっさと黒芙蓉寮の壊れた門扉をくぐって行ってしまった。
……ニカだって、異世界先輩がときたま見る「別の視点」を信じきっているわけではない。
異世界先輩がオカルトな出来事に惹かれることだって、完全に理解しているわけじゃない。
けれどもそれにしたって、男子生徒の物言いには腹が立った。
大切な場所に土足で踏み入られて荒らされたような、面白くない気持ちが湧き立つ。
「落ち着けよ」
「落ち着けるか」
「オレだってムカついてる。けど殴るのはアウトだろ」
「……わかってる」
宇津季は怒らせていた肩を落ち着けて、深いため息をついた。
それにつられて、ニカも小さく息を吐く。
「異世界先輩に言うのはなんだし……ひとまず筒井筒先輩にだけは寮に帰ってきたら相談しておこうぜ」
ニカがそう言うと、宇津季は無言でうなずいた。
異世界先輩に促されてソファに座った緑のリボンタイをつけた男子生徒は、「お、お久しぶりです」と緊張した様子で改めて木葉と名乗った。
緑蘭寮に所属する木葉は、以前「ウラガエリ様」なる怪談を聞き、それを一週間以内に三人以上に話さないといけないという、ありがちな制約によって超常現象探求サークルに泣きついてきた生徒だった。
「――それで、ですね……この話を三日以内に五人に話さないと『ミフユハツコ』に呪われるらしいんです……! 僕、もう怖くて怖くて……!」
そして今回、また超常現象探求サークルを主宰する異世界先輩がいる黒芙蓉寮を訪れた理由は、以前とほとんど同じだった。
ニカは内心で脱力したが、異世界先輩の対面に座る木葉は真剣だ。
よくある怪談話を完全に信じきっているかは定かではないものの、もともと気の小さいほうなのだろう。
不安で怯え切って、異世界先輩にすがるような目を向けてくるさまは、小型犬のようにも見えた。
「安心してください、木葉くん。ここにはすでに五人いますから、この話をしたあなたのもとに『ミフユハツコ』が現れることはありません」
異世界先輩はそんな木葉の心配を笑い飛ばすこともせず、泰然とした態度で安心させるように言い切った。
ニカの脳裏に、異世界先輩はこの依頼のために青いリボンタイの男子生徒を受け入れるような素振りを見せていたのではないか、という邪推が一瞬だけよぎった。
木葉はあからさまにほっとした顔をして、「ありがとうございます!」と勢いよく何度も頭を下げて回った。
「いや~今回は私のもとに現れるといいなあ」
前回木葉が持ち込んだ「ウラガエリ様」の怪談のときは、その期限……一週間後の夜中に、不審者が赤百合寮のニカたちの部屋を訪れた。しかし異世界先輩のもとにはなにも現れなかったという顛末がある。
異世界先輩は黒い瞳をきらきらと輝かせ、期待に胸を膨らませているようだった。
「三日以内に五人か。前聞いた怪談よりも厳しいな」
筒井筒は慣れた手つきで茶器を片付ける。
「もうそろそろ門限だよね? 一年生組は先に帰ってもいいよ」
「いや、そういうこと言うのはお前じゃなくて俺の立場だろ」
残っていた筒井筒手製のクッキーをたいらげた異世界先輩が、ふてぶてしくそう言って突っ込まれていた。
筒井筒から改めて「先帰っていいぞ」と言われれば、辞退するのも逆に失礼かと思い、ニカと宇津季は「それじゃあお先に失礼します」とソファから立ち上がって頭を下げた。
異世界先輩から――ニカにとっては不本意にも――一年生組と括られたので、青いリボンタイの男子生徒も若干渋々といった様子ではあったものの、「失礼します」と言って頭を下げた。
「……あのさ、さっきの話、一応気をつけろよ?」
黒芙蓉寮の玄関ポーチから門扉へと向かう長い階段を下りながら、ニカは先を行く青いリボンタイの男子生徒にそう言う。
ニカ自身、このような忠告をする義理はないと思っていたし、隣を行く宇津季だってそうだろう。
けれども前回の「ウラガエリ様」のときは実際に異様な現象が起こった。
それを勘案すると、未だ名前を知らない青いリボンタイの男子生徒の身になにかあったときに、寝覚めが悪いと思ったのだ。
しかし青いリボンタイの男子生徒は振り返って、あろうことか鼻で笑った。
「え? あんな話信じてるんですか? 今どき小学生だって信じませんよ?」
「……いや、まあ普通はそうだけどさ」
ニカは内心で巻き起こった、不愉快な感情を押し殺して軽い口調でそう言う。
しかし宇津季は抱いた不快感を隠そうともせずに男子生徒をにらみつけた。
「お前、異世界先輩のこと運命とか言っておいて、そういうこと言うのかよ」
ニカは「たしかに」と思った。
夢で出会った異世界先輩にひと目惚れしたという立場で、木葉が怯えていた怪談話を否定して嘲笑うというのは、目くそ鼻くそを笑うというべきか。
しかし青いリボンタイの男子生徒には、そのような認識は一切ないらしい。
また半笑いで「え?」と言った。
「ボクが異世界先輩を運命だと言うことと、さっきのちゃちな怪談話は関係ないでしょう」
それもまた正論であったが、ニカにはもうこの男子生徒を好意的に見ることは難しかった。
そんなニカの感情へ追い討ちを掛けるように、男子生徒は言う。
「正直、異世界先輩の趣味は悪いですけれど、そこは追々矯正していけばいいですからね」
ニカは思わず一歩前へ出ようとした宇津季の手首をつかんでいた。
宇津季は怒りのままにニカを見た。ニカだって業腹だったが、こんなところで男子生徒に殴りかかりでもすれば、停学は免れまい。
とっくにニカたちに背を向けていた男子生徒は、背後で起こっているやり取りには気づかず、さっさと黒芙蓉寮の壊れた門扉をくぐって行ってしまった。
……ニカだって、異世界先輩がときたま見る「別の視点」を信じきっているわけではない。
異世界先輩がオカルトな出来事に惹かれることだって、完全に理解しているわけじゃない。
けれどもそれにしたって、男子生徒の物言いには腹が立った。
大切な場所に土足で踏み入られて荒らされたような、面白くない気持ちが湧き立つ。
「落ち着けよ」
「落ち着けるか」
「オレだってムカついてる。けど殴るのはアウトだろ」
「……わかってる」
宇津季は怒らせていた肩を落ち着けて、深いため息をついた。
それにつられて、ニカも小さく息を吐く。
「異世界先輩に言うのはなんだし……ひとまず筒井筒先輩にだけは寮に帰ってきたら相談しておこうぜ」
ニカがそう言うと、宇津季は無言でうなずいた。
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