40 / 51
しるし(2)
持って来た荷物をリビングルームの片隅に集めて置き、途中立ち寄ったスーパーマーケットで買った飲食物を備え付けの冷蔵庫に入れる。
「……けど、二階へ立ち入るなって怪しすぎませんか?」
「……それは思った」
定員が一〇名だというコテージのダイニングテーブルは相応に大きい。そんなダイニングテーブルを持て余しつつ、四人はスーパーマーケットで買った夕食用の弁当や飲み物などを各々広げる。
なんとなく、先ほどのオーナーの言葉を思い出したニカがそう告げると、隣の席に腰を下ろしていた宇津季が同意する。
「二階を丸ごと封鎖するくらい雨漏りしてるなら、直してから記事書いてもらわないと、落ちた客足は戻らないんじゃないんですかね」
「……それはそうだな。さっきは移動に疲れ切ってて頭回んなかったわ」
「二階には、なにかがあるってこと?」
ニカの指摘を聞いた筒井筒が、天井へと視線をやる。それに乗じて異世界先輩も黒い目をきらりと光らせて、天井を見上げた。
「突撃するなよ」
「一応分別はあるんだけどな」
筒井筒が釘を刺せば、異世界先輩は眉を少し下げて言う。しかしその視線は筒井筒には向けられていなかった。
筒井筒は異世界先輩を疑わしい目で見つつも、ある可能性について言及する。
「……けど、龍田の言うことは気になる。なんか隠したまま、半ばお前にやらせ記事みたいなもの書かせようとしてるんじゃないのか」
「あー……そういう可能性もありますね」
「『なにも起きなかった』って異世界先輩の取材結果から記事を書かせて、噂を払拭しようとしているのは、オーナーの話を聞く限りでは、隠している感じではないですけれど」
「……二階は隠してるよな」
「やっぱり二階になにかがあるんだ!」
「おい、異世界」
目をきらきらと輝かせる異世界先輩を低い声で呼び、筒井筒は再度釘を刺した。
「階段は見ただろ。わざわざ折りたたみ式のテーブルを置いてロープまで張って封鎖してんだから、さすがに入るなよ?」
「元通りにすればバレないかもよ?」
「分別はあるんじゃないのか」
ニカはルームツアーよろしく一階を四人で見て回ったときのことを思い出す。
筒井筒の言ったとおり、二階へと続く階段は上がれないように折りたたみ式の長テーブルがいくつかパズルのように置かれていた上、黄色と黒のロープが張られ、「立入禁止」とマジックペンで書かれた貼り紙がされているという念の入れようだった。
「オーナーは『なにも起きませんでした』と書かせたいのはたしかだけれど、まだなにも起こらないと決まったわけじゃないし」
異世界先輩が弁当の透明なフタを開けつつ言う。
三人とも、これまでの長距離移動に疲れていたので、それ以上考えるのも面倒になり、それぞれ夕食の弁当に手をつけた。
食後は交代でシャワーを浴び、寝室のある二階が封鎖されているために、リビングルームの床に敷かれた布団で眠ることになる。
異世界先輩もこの段階になると、さすがに今日の疲れが出てきたのか大人しく、「二階へ行こう」などとは言い出さなかった。
最後に戸締りをチェックして回り、電気を消す。
こうして、二泊のうち一泊目の夜はなにごともなく過ぎて行った。……というか、四人ともが疲労ゆえに大いに爆睡したため、もしかしたらなにか異変があっても気づけなかったかもしれない。
「なにか起こるとしたらやっぱり夜だよねえ」
朝。一番に起きたのは異世界先輩だった。三人はどうせ寮外にいるのだからともっと長く寝ていたかったが、異世界先輩が「海を見に行きたい」と言い出したために素直に体を起こした。
昨日買ったパンを朝食として食べつつ、異世界先輩は先の言葉に続いて「今日は夜更かししたい」と言った。
「……まあ、課題やらないとだしな」
連休だからといって課題が出なかったり、少なかったりすることはない。
ニカと宇津季は半ば忘れかけていたその現実を思い出させられて、「うっ」となった。
しかし連休が終わる前に四人とも学園に戻るのだ。逃げ場はない。
「火法科は課題が多いって言うもんね~」
「普通科だからって涼しい顔しやがって……」
「えーっと、異世界先輩は海見に行きたいんですよね?」
「うん。ここに来るときに見えたからさ」
このコテージは海に近い。防風林を抜ければすぐに海辺に出られることは、道中の車内でオーナーが話していたことだ。
昔は海水浴場として運営されていたものの、事故が多発し現在は遊泳禁止区域となっていることも、オーナー自ら話してくれたことだった。
「それに、なんだか海の夢を見た気がするんだ」
「それで行きたくなったって?」
「そう」
異世界先輩の言葉に少し引っかかりを覚えたのは、ここが「神隠しコテージ」だと知っていて、ナイーブになっているからかもしれない。
最終的に三人は異世界先輩にくっついて海を見に行くことにした。
その動機には多分に課題への逃避行が含まれていることは、今さら指摘するまでもないことではあった。
防風林を進めば波の音が徐々に大きくなって行く。道なりに林を抜ければ、堤防があり、それを越えられる階段を上れば、すぐに冬の海がお目見えする。
「おお~」
異世界先輩が感嘆の声を上げた。
波が引いては打ち寄せる音は、異世界先輩がそんな声を上げるのも理解できるほどに雄大であったが、冬の海風は想像以上に冷たかったので、ニカは首をすくめる。
「……降りますか?」
「……いや、砂が靴の中に入りそうだからいいや」
「ここまで来て? ……いや、まあ冬の海ですることなんてないしな……」
宇津季が異世界先輩に問えば、意外にも異世界先輩は首を横に振った。
ニカと同じように首をすくめている筒井筒は、そう突っ込んだものの、すぐに思い直して自己完結する。
背後では冬の海風を受けて防風林の枝が震えるように揺れていた。ゴーッという風の音は、気の弱い小さな子供が聞いたら泣きそうだなとニカは取り留めなく思う。
防風林に視線をやっていたニカは、「痛っ」という異世界先輩の声を聞いて、あわてて体の向きを戻した。
「どうした? まつ毛か砂でも目に入ったか?」
異世界先輩は顔の右半分を手で覆っている。そんな異世界先輩に心配げな声を筒井筒がかける。
「わかんない……なんか、右目の右端が痛い、かもしれない」
「見せてみろ」
異世界先輩は緩慢な動作で顔の右半分を覆っていた手をどける。
「……なんだこれ」
「アザ……?」
呆気に取られた様子の筒井筒に続き、異世界先輩の顔を見た宇津季がそう言った。
異世界先輩の右のこめかみからその近辺は、うっすらとまだらに、鬱血したような青紫色で染まっていた。
「……けど、二階へ立ち入るなって怪しすぎませんか?」
「……それは思った」
定員が一〇名だというコテージのダイニングテーブルは相応に大きい。そんなダイニングテーブルを持て余しつつ、四人はスーパーマーケットで買った夕食用の弁当や飲み物などを各々広げる。
なんとなく、先ほどのオーナーの言葉を思い出したニカがそう告げると、隣の席に腰を下ろしていた宇津季が同意する。
「二階を丸ごと封鎖するくらい雨漏りしてるなら、直してから記事書いてもらわないと、落ちた客足は戻らないんじゃないんですかね」
「……それはそうだな。さっきは移動に疲れ切ってて頭回んなかったわ」
「二階には、なにかがあるってこと?」
ニカの指摘を聞いた筒井筒が、天井へと視線をやる。それに乗じて異世界先輩も黒い目をきらりと光らせて、天井を見上げた。
「突撃するなよ」
「一応分別はあるんだけどな」
筒井筒が釘を刺せば、異世界先輩は眉を少し下げて言う。しかしその視線は筒井筒には向けられていなかった。
筒井筒は異世界先輩を疑わしい目で見つつも、ある可能性について言及する。
「……けど、龍田の言うことは気になる。なんか隠したまま、半ばお前にやらせ記事みたいなもの書かせようとしてるんじゃないのか」
「あー……そういう可能性もありますね」
「『なにも起きなかった』って異世界先輩の取材結果から記事を書かせて、噂を払拭しようとしているのは、オーナーの話を聞く限りでは、隠している感じではないですけれど」
「……二階は隠してるよな」
「やっぱり二階になにかがあるんだ!」
「おい、異世界」
目をきらきらと輝かせる異世界先輩を低い声で呼び、筒井筒は再度釘を刺した。
「階段は見ただろ。わざわざ折りたたみ式のテーブルを置いてロープまで張って封鎖してんだから、さすがに入るなよ?」
「元通りにすればバレないかもよ?」
「分別はあるんじゃないのか」
ニカはルームツアーよろしく一階を四人で見て回ったときのことを思い出す。
筒井筒の言ったとおり、二階へと続く階段は上がれないように折りたたみ式の長テーブルがいくつかパズルのように置かれていた上、黄色と黒のロープが張られ、「立入禁止」とマジックペンで書かれた貼り紙がされているという念の入れようだった。
「オーナーは『なにも起きませんでした』と書かせたいのはたしかだけれど、まだなにも起こらないと決まったわけじゃないし」
異世界先輩が弁当の透明なフタを開けつつ言う。
三人とも、これまでの長距離移動に疲れていたので、それ以上考えるのも面倒になり、それぞれ夕食の弁当に手をつけた。
食後は交代でシャワーを浴び、寝室のある二階が封鎖されているために、リビングルームの床に敷かれた布団で眠ることになる。
異世界先輩もこの段階になると、さすがに今日の疲れが出てきたのか大人しく、「二階へ行こう」などとは言い出さなかった。
最後に戸締りをチェックして回り、電気を消す。
こうして、二泊のうち一泊目の夜はなにごともなく過ぎて行った。……というか、四人ともが疲労ゆえに大いに爆睡したため、もしかしたらなにか異変があっても気づけなかったかもしれない。
「なにか起こるとしたらやっぱり夜だよねえ」
朝。一番に起きたのは異世界先輩だった。三人はどうせ寮外にいるのだからともっと長く寝ていたかったが、異世界先輩が「海を見に行きたい」と言い出したために素直に体を起こした。
昨日買ったパンを朝食として食べつつ、異世界先輩は先の言葉に続いて「今日は夜更かししたい」と言った。
「……まあ、課題やらないとだしな」
連休だからといって課題が出なかったり、少なかったりすることはない。
ニカと宇津季は半ば忘れかけていたその現実を思い出させられて、「うっ」となった。
しかし連休が終わる前に四人とも学園に戻るのだ。逃げ場はない。
「火法科は課題が多いって言うもんね~」
「普通科だからって涼しい顔しやがって……」
「えーっと、異世界先輩は海見に行きたいんですよね?」
「うん。ここに来るときに見えたからさ」
このコテージは海に近い。防風林を抜ければすぐに海辺に出られることは、道中の車内でオーナーが話していたことだ。
昔は海水浴場として運営されていたものの、事故が多発し現在は遊泳禁止区域となっていることも、オーナー自ら話してくれたことだった。
「それに、なんだか海の夢を見た気がするんだ」
「それで行きたくなったって?」
「そう」
異世界先輩の言葉に少し引っかかりを覚えたのは、ここが「神隠しコテージ」だと知っていて、ナイーブになっているからかもしれない。
最終的に三人は異世界先輩にくっついて海を見に行くことにした。
その動機には多分に課題への逃避行が含まれていることは、今さら指摘するまでもないことではあった。
防風林を進めば波の音が徐々に大きくなって行く。道なりに林を抜ければ、堤防があり、それを越えられる階段を上れば、すぐに冬の海がお目見えする。
「おお~」
異世界先輩が感嘆の声を上げた。
波が引いては打ち寄せる音は、異世界先輩がそんな声を上げるのも理解できるほどに雄大であったが、冬の海風は想像以上に冷たかったので、ニカは首をすくめる。
「……降りますか?」
「……いや、砂が靴の中に入りそうだからいいや」
「ここまで来て? ……いや、まあ冬の海ですることなんてないしな……」
宇津季が異世界先輩に問えば、意外にも異世界先輩は首を横に振った。
ニカと同じように首をすくめている筒井筒は、そう突っ込んだものの、すぐに思い直して自己完結する。
背後では冬の海風を受けて防風林の枝が震えるように揺れていた。ゴーッという風の音は、気の弱い小さな子供が聞いたら泣きそうだなとニカは取り留めなく思う。
防風林に視線をやっていたニカは、「痛っ」という異世界先輩の声を聞いて、あわてて体の向きを戻した。
「どうした? まつ毛か砂でも目に入ったか?」
異世界先輩は顔の右半分を手で覆っている。そんな異世界先輩に心配げな声を筒井筒がかける。
「わかんない……なんか、右目の右端が痛い、かもしれない」
「見せてみろ」
異世界先輩は緩慢な動作で顔の右半分を覆っていた手をどける。
「……なんだこれ」
「アザ……?」
呆気に取られた様子の筒井筒に続き、異世界先輩の顔を見た宇津季がそう言った。
異世界先輩の右のこめかみからその近辺は、うっすらとまだらに、鬱血したような青紫色で染まっていた。
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
悪の策士のうまくいかなかった計画
迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。
今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。
そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。
これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに??
王子は跪き、俺に向かって言った。
「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。
そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。
「ずっと好きだった」と。
…………どうなってるんだ?
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。