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黒芙蓉寮の×××先輩(2)
「落ち着いたか?」
筒井筒の問いに、ニカと宇津季はどうにか首を縦に振る。
ニカが一瞬、めまいに似たものを覚えたのと同じように、宇津季もそのような症状に見舞われたらしかった。
「……どうして、筒井筒先輩は異世界先輩のことを覚えていられたんですか?」
こんな状況ではあったが、宇津季の目は雄弁に「うらやましい」とばかりの色を帯びている。
ニカはそんな宇津季に呆れつつも、宇津季の問いに筒井筒がどう答えるのか自体は気になった。
「いや、俺も忘れてた」
「じゃあ、なにかの拍子に思い出したんですか?」
「ああ、スマホに知らないやつからしつこく電話が来たんでブロックしたんだが、なぜかそれでも電話が掛かってきてな」
「え。もしかしてそれが――」
「ああ。なにか相手が番号でも間違えてるのかもと思って一度出てみたら、異世界からの電話だったんだ。それで異世界のことを思い出した」
ニカは、変わらず宇津季の横顔に「うらやましい」という言葉が書いてあるのを見たが、見なかったことにした。
「けど、みんな異世界のこと忘れていたからな。黒芙蓉寮には知らないヤツがいるし。悩んで、一応お前たちも覚えているか――思い出せるかどうか試しておいたほうがいいと思って呼んだんだ」
「いつ思い出したんですか?」
「昨日」
「……昨日の今日で異世界先輩を迎えに行くって決めたんですか?」
「……まあな」
たしかに異世界先輩がまだあの異界駅に囚われているのであれば、すぐにでも助けに行くべきだろう。
しかし行き先はこことは違う別世界、異界だ。
また簡単に元の世界に戻れるかどうかもわからないような場所だ。
そこへ行くための覚悟を、恐らく筒井筒は一日足らずで決めてしまっているのだ。
筒井筒がお人好しで、世話焼きで、特に異世界先輩に対してはそれを大いに発揮していることはニカも知っていたが、それにしたって、とちょっと思ってしまった。
「それで……異世界先輩は電話でなにか言っていましたか?」
「それが、あいつ『別に迎えに来なくていい』って言ってさ」
「……え?」
「ムカつくから『絶対迎えに行く』って言っておいた」
筒井筒の言葉からはやるせなさと同時に照れ隠しやかすかな怒りも感じられ、異世界先輩に対し、複雑な感情が喚起されていることがわかった。
「それと、『明日の夕暮れどきにまた電話しろ』って言っておいたから、もうすぐかかってくるんじゃねえかな」
ニカは思わず筒井筒の背後にある窓を見やった。
窓の外では冬の夕闇が足早に迫りつつある。
寮の門限まではまだ一応の時間があるだろう。
だが、それまでに異世界先輩が果たして電話を掛けて来るのかどうかはわからない。
――いや、掛けて来るか。
「あいつ、妙なところで律儀だからな」
ニカの心に確信めいた感情が湧くのと同時に、筒井筒がそう言った。
「……筒井筒先輩と約束したのなら、破らないと思います」
宇津季もそう言って、いつになく力強くうなずいた。
果たして、見計らったかのように、筒井筒のスマートフォンから着信音が鳴る。
筒井筒はその電話に出ると同時に、スピーカー状態にした。
『つっくん?』
「おう。今寮の部屋。龍田と美平もいるぞ」
『……ああ、思い出したんだ』
電話越しであるせいでもあるのだろうが、異世界先輩の声はなんだかいつもと違って聞こえた。
ニカの脳裏に、スマートフォンを耳に当てて、薄ら笑いを浮かべている異世界先輩の姿が浮かぶ。
ビデオ通話ではないので、今、異世界先輩がどんな顔をしているのかなんて、ニカにわかりはしない。
けれどもなぜか異世界先輩が薄ら笑いを浮かべている映像が、ニカの脳裏から離れなかった。
『ねえ、本当に来るつもりなの? せっかく戻れたんだから、もうこっちに来なくていいと思うんだけど』
「絶対行く」
『……帰れなくなっても知らないよ?』
異世界先輩が呆れたようなため息をついた。
ニカは、そのような異世界先輩の声を聞くのは初めてだった。
「このまま通話状態にしてたらそっちに行ける確率上がるか?」
『さすがにそこまではわからないけれど……。まあ今は色々と曖昧な時間帯だし、またなにかの拍子に異界駅に迷い込めるかもね』
「門限あるしすぐ行くわ。通話切るなよ」
『……はあ』
異世界先輩は今度は明確に、呆れのため息をついた。
ケーブルカーはもちろん夜中は利用できない。しかし放課後に麓の街へ出て行き、門限前に学園へと帰る生徒を送り届けられる時間帯までは動いている。
ニカは自分のスマートフォンで時間を確認する。
今日中に山頂駅……学園側からケーブルカーに乗り込めるのは、よくてあと一回くらいだろう。
「お前らはいったん部屋に戻ってなにか上に着て来い。そしたらすぐに駅に行くぞ」
ニカと宇津季は黙ってうなずいた。
筒井筒の声は異世界先輩にも聞こえていただろうが、異世界先輩はなにも言わなかった。
筒井筒の問いに、ニカと宇津季はどうにか首を縦に振る。
ニカが一瞬、めまいに似たものを覚えたのと同じように、宇津季もそのような症状に見舞われたらしかった。
「……どうして、筒井筒先輩は異世界先輩のことを覚えていられたんですか?」
こんな状況ではあったが、宇津季の目は雄弁に「うらやましい」とばかりの色を帯びている。
ニカはそんな宇津季に呆れつつも、宇津季の問いに筒井筒がどう答えるのか自体は気になった。
「いや、俺も忘れてた」
「じゃあ、なにかの拍子に思い出したんですか?」
「ああ、スマホに知らないやつからしつこく電話が来たんでブロックしたんだが、なぜかそれでも電話が掛かってきてな」
「え。もしかしてそれが――」
「ああ。なにか相手が番号でも間違えてるのかもと思って一度出てみたら、異世界からの電話だったんだ。それで異世界のことを思い出した」
ニカは、変わらず宇津季の横顔に「うらやましい」という言葉が書いてあるのを見たが、見なかったことにした。
「けど、みんな異世界のこと忘れていたからな。黒芙蓉寮には知らないヤツがいるし。悩んで、一応お前たちも覚えているか――思い出せるかどうか試しておいたほうがいいと思って呼んだんだ」
「いつ思い出したんですか?」
「昨日」
「……昨日の今日で異世界先輩を迎えに行くって決めたんですか?」
「……まあな」
たしかに異世界先輩がまだあの異界駅に囚われているのであれば、すぐにでも助けに行くべきだろう。
しかし行き先はこことは違う別世界、異界だ。
また簡単に元の世界に戻れるかどうかもわからないような場所だ。
そこへ行くための覚悟を、恐らく筒井筒は一日足らずで決めてしまっているのだ。
筒井筒がお人好しで、世話焼きで、特に異世界先輩に対してはそれを大いに発揮していることはニカも知っていたが、それにしたって、とちょっと思ってしまった。
「それで……異世界先輩は電話でなにか言っていましたか?」
「それが、あいつ『別に迎えに来なくていい』って言ってさ」
「……え?」
「ムカつくから『絶対迎えに行く』って言っておいた」
筒井筒の言葉からはやるせなさと同時に照れ隠しやかすかな怒りも感じられ、異世界先輩に対し、複雑な感情が喚起されていることがわかった。
「それと、『明日の夕暮れどきにまた電話しろ』って言っておいたから、もうすぐかかってくるんじゃねえかな」
ニカは思わず筒井筒の背後にある窓を見やった。
窓の外では冬の夕闇が足早に迫りつつある。
寮の門限まではまだ一応の時間があるだろう。
だが、それまでに異世界先輩が果たして電話を掛けて来るのかどうかはわからない。
――いや、掛けて来るか。
「あいつ、妙なところで律儀だからな」
ニカの心に確信めいた感情が湧くのと同時に、筒井筒がそう言った。
「……筒井筒先輩と約束したのなら、破らないと思います」
宇津季もそう言って、いつになく力強くうなずいた。
果たして、見計らったかのように、筒井筒のスマートフォンから着信音が鳴る。
筒井筒はその電話に出ると同時に、スピーカー状態にした。
『つっくん?』
「おう。今寮の部屋。龍田と美平もいるぞ」
『……ああ、思い出したんだ』
電話越しであるせいでもあるのだろうが、異世界先輩の声はなんだかいつもと違って聞こえた。
ニカの脳裏に、スマートフォンを耳に当てて、薄ら笑いを浮かべている異世界先輩の姿が浮かぶ。
ビデオ通話ではないので、今、異世界先輩がどんな顔をしているのかなんて、ニカにわかりはしない。
けれどもなぜか異世界先輩が薄ら笑いを浮かべている映像が、ニカの脳裏から離れなかった。
『ねえ、本当に来るつもりなの? せっかく戻れたんだから、もうこっちに来なくていいと思うんだけど』
「絶対行く」
『……帰れなくなっても知らないよ?』
異世界先輩が呆れたようなため息をついた。
ニカは、そのような異世界先輩の声を聞くのは初めてだった。
「このまま通話状態にしてたらそっちに行ける確率上がるか?」
『さすがにそこまではわからないけれど……。まあ今は色々と曖昧な時間帯だし、またなにかの拍子に異界駅に迷い込めるかもね』
「門限あるしすぐ行くわ。通話切るなよ」
『……はあ』
異世界先輩は今度は明確に、呆れのため息をついた。
ケーブルカーはもちろん夜中は利用できない。しかし放課後に麓の街へ出て行き、門限前に学園へと帰る生徒を送り届けられる時間帯までは動いている。
ニカは自分のスマートフォンで時間を確認する。
今日中に山頂駅……学園側からケーブルカーに乗り込めるのは、よくてあと一回くらいだろう。
「お前らはいったん部屋に戻ってなにか上に着て来い。そしたらすぐに駅に行くぞ」
ニカと宇津季は黙ってうなずいた。
筒井筒の声は異世界先輩にも聞こえていただろうが、異世界先輩はなにも言わなかった。
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