黒芙蓉寮の異世界先輩

やなぎ怜

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黒芙蓉寮の×××先輩(4)

 気がつけば、ニカの脚は走り出していて、気がつけば、改札口を抜けていた。

 ニカは、目を丸くしている異世界先輩の前に立った。

「――今まであんだけオレたちのこと振り回しておいて、その態度はないと思うんですけど」
「ごめん……」
「いや、謝ってほしいんじゃないんで。好かれてる自覚があるなら帰ってきてくださいよ! それともなんですか? ふたりのこと嫌いなんですか?」

 言葉を探している様子の異世界先輩に、ニカは畳み掛けた。

「っていうか、オレだってけっこう異世界先輩のこと好きなんですけど」
「え……」
「そんな意外そうな顔しないでください」
「そんなに顔に出ているかな」
「異世界先輩は結構顔に出るタイプだと思いますけど」

 異世界先輩は少しだけ「納得行かない」というような顔をした。

 やはり顔に出ているが、異界駅に迷い込んでからの異世界先輩の表情が、わかりやすくなっているというのもあるだろう。

 こちらが「異世界で生きるため」の演技ではない素の顔なのか、それとも異界駅という異常な空間に置かれていることで、情緒不安定になっている面もあるか。両方かもしれないとニカは思った。

「それに、このふたりの異世界先輩への好意とか執着とか考えたら、普通に逃げられないと思うんですけど」
「え」
「こんな異界駅くんだりにまでわざわざ迎えに来てるんですよ? ただの好意に収まっているわけないじゃないですか。――ねえ、そうでしょ?」

 ニカの次に改札口を通ったのは宇津季だった。それに続いて、筒井筒もやってくる。

 宇津季は完全に覚悟を決めた表情をしていたが、筒井筒は異世界先輩との付き合いが後輩ふたりより長いぶん、気恥ずかしさが上回っているのか、今は若干目を伏せていた。

 それでも次の瞬間には、筒井筒は腹を括った目で異世界先輩を見る。

 ニカは、わかりやすいとは言えども、ふたりが秘めていた好意を引きずり出すような真似をしたことに、後ろめたさを感じた。

 しかし、今はなにやら意固地になっている異世界先輩を、いかにしてこの異界駅から連れ出すかのほうが重要だろう。

 どんな手を使ってでも。

 宇津季が一歩、異世界先輩に近づいた。

「あの……おれが勝手に好きになっただけなので、異世界先輩はどんと構えていてください」
「……無茶苦茶言うね」
「はい……異世界先輩がイヤだって言うなら、あきらめたいですけど……たぶん『あきらめました』って言うだけで、無理だと思うので」
「そこまで言っちゃうんだ?」

 宇津季はじっと異世界先輩を見上げる。

 先に目をそらしたのは異世界先輩だった。

 そこへ筒井筒が近づく。

 かなり大胆に距離を詰めて、次の瞬間には、がしっと異世界先輩の二の腕をつかんだ。

「後輩もいんのに、いつまでもヘソ曲げてんじゃねーよ。帰るぞ」
「いや……今までの話、聞いてた?」
「お前こそ、ちゃんと聞いてたのかよ。っていうか意固地になってんな。俺はお前のこと捜すって言ったし、ちゃんと迎えに来た。だからお前も、ちゃんと帰って来い。俺の言ってること、わかるか?」
「……わかるよ」
「納得してない顔してっけど、じゃあなんでお前、俺に電話してきたんだ?」

 筒井筒が、核心をついた。

 異世界先輩の目に、動揺が走る。

「お世話になったから、お別れでも言おうと思って」
「ふーん……」
「なぜか別の世界へ行っても、しばらくは前の世界に電話は繋がったりするんだよね。まあみんな、私のことなんて忘れているか、そもそも電話に出ないけどね」
「俺は出たし、思い出した」

 筒井筒が珍しく自慢げな顔をして言い切ると、異世界先輩はうつむいた。

「私は忘れられないんだよ。みんなが忘れても、私は忘れないんだよ」

 その声は、震えていた。

 駅舎の寒々しいコンクリート床に、異世界先輩の涙がひと粒落ちた。

「忘れても思い出すし、お前のこと迎えに行くって約束する」

 筒井筒が静かに、しかし力強く言い切る。

 異世界先輩が大きく息を吸い、ため息のような吐息を出した音がした。

「うん……わかった。ありがとう。でも――」

「異世界先輩! 『デモデモダッテ』は禁止! 一〇〇年にひとりの美少女にだって許されません!」
「そ、そう……」

 また異世界先輩が場が長引きそうなことを言い出しそうな気配がしたため、ニカはそんな空気を無理やり打ち切った。

 その流れに宇津季と筒井筒も乗っかる。

 異世界先輩が自発的に帰る意思を見せだしたのだ。この機会を逃さないふたりではない。

「……そろそろケーブルカーの出発時刻ですよ」
「上の駅に着いたら門限ギリギリだな」
「っていうかどうやって戻るんですか? このあいだみたいにケーブルカーに乗れば戻れるって保証はないですし……」
「ああ。それなら、一応考えはあって……」

 異世界先輩が自分のスマートフォンを片手で軽く掲げる。

「異界にいる私との通話中にケーブルカーで移動したら異界に行けた。なら、その逆をすればいいんじゃないかなって」

 ……異世界先輩の仮説が正しかったのかは定かではない。

 しかし四人は無事に元の世界へ戻ってくることができた。

 そして黒芙蓉寮に異世界先輩の代わりとでもいうようにいた何者かは、いなくなっていた。

 だれもその何者かについては覚えておらず、黒芙蓉寮にひとりで住んでいるのは異世界先輩だという認識だった。

 ただ異世界先輩が戻った黒芙蓉寮の内部はなぜかぐちゃぐちゃに物が散乱しており、異世界先輩に呼ばれて、三人は後日片づけを手伝うことになった。

 そのころには異世界先輩はすっかり元通り……とは行かないまでも、おちゃらけたことを言う調子は戻って来た様子だった。

「私が世界から消えたんじゃなくて、三人はパラレルワールドに行っていたんだよ。それで、あの異界駅を再度介することによって元の世界に戻ってきたんだ」
「じゃあなんで黒芙蓉寮ここがぐっちゃぐちゃにされてるんだよ」
「泥棒の仕業……いや、これはポルターガイストの仕業だよ!」

 与太を言う異世界先輩の声を聞く、筒井筒と宇津季の横顔をまたニカが見る。

 いつもの日常が戻ってきたと、ニカはそっと安堵の息を吐いた。

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