とくべつな表情(かお)

やなぎ怜

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 ――阿鼻叫喚。今はその言葉がふさわしい。

 端的に説明すると、少し開けた迷宮ダンジョン内部の小部屋でグレーターモンスターに襲撃され、イチジョウさんのパーティーが崩壊した。

 キラキラしいイケメンたちは、しかし強い光を放つ顔面ほどには腕はないらしく、迷宮ダンジョンに入る前にキルシュと打ち合わせをしていた騎士風の男性が吹っ飛ばされてから、崩壊するまではあっという間だった。

 グレーターモンスターには、音も立てることなく背後から襲撃されたため、キルシュと私の後ろについていたパーティーがもろに被害を受けた形である。

 グレーターモンスターに次々と吹っ飛ばされ、または壁や床に叩きつけられるイケメンたちを見て、私の頭を駆け抜けていったのは「依頼が! 報酬金が!」というなんとも即物的な考えだった。

 ぐったりするイケメンたちを見てもなんの感情も湧かないのは、出会ってすぐで言葉すら直接交わしていない人間だからだろう。

 あるいは異世界での半年以上にわたる日雇い労働者生活で私の心も擦り切れてしまったか――。

「――いやあああっ! ウソッ?! ウソでしょおッ?!」

 聖女であるらしいイチジョウさんは、次々に犠牲になるイケメンたちを前に半狂乱になっていた。

 私よりずっと小さくて可愛らしい顔を恐怖に歪め、腰が抜けたのかその場にぺたりと座り込んでしまっている。

 イチジョウさんの服は、金銀の刺繍が施された真っ白なものだったので、お尻の部分が汚れちゃうんじゃないかなと私は思った。

 そうこうしているあいだに、グレーターモンスターがイチジョウさんを標的に定めたらしい。

 マジックランタンの明かりだけではよく見えなかったものの、グレーターモンスターは目が悪いらしい。

 しかし鼻の穴をぴくぴくと開閉させていたり、耳をくるくるとあちこちへ向けているのを見るに、それ以外の器官はむしろ鋭敏に発達していそうだ。

 光も感じられないのか、マジックランタンを持つキルシュや、そのそばにいる、この場でもっともザコだろう私には目もくれない。

 代わりに、先ほどからずっと半狂乱になってわめき続けているイチジョウさんに顔を向けている。

 イチジョウさんに「黙ったほうがいい」と言いたい気持ちでいっぱいになったものの、こちらが声を出せばグレーターモンスターに気づかれる。

 わあわあと泣いて騒ぎ続けるイチジョウさんを見て、私は覚悟を決める。

 見捨てるのは後味が悪い……というのもあったものの、大部分は金や保身のためだった。

 イチジョウさんは聖女で、イチジョウさんが引きつれていたイケメンたちも貴人の類いだろう。

 そんな人間を見捨てたとなれば、また追放劇が始まってしまうかもしれない。

 半年以上に亘る、異世界日雇い労働者生活でそれなりに図太くなっている自覚はあったし、また別天地で生活を始められる自信は多少なりとも私にはあった。

 それでも、新生活を始めるとなると新たに金もかかるし、なによりまたイチからになる基盤固め諸々が面倒だ。

 私はキルシュから預かっていたマジックバッグに手を突っ込むと、グレーターモンスターに効きそうなアイテムを引き出した。

 その小さなくす玉は、見た目よりも大範囲に煙幕を張る。無論、目が見えていないらしいグレーターモンスターには無意味な代物だったが、このくす玉は詰め込まれた薬草のにおいがすごいのだ。

 一時的にグレーターモンスターの鼻を馬鹿にすることができれば、イチジョウさんだけでも助けられるかもしれない――。

 私は黙ったまま、必要最小限の動きでグレーターモンスターの鼻先へ向けて、くす玉を投擲した。

 目論見通りに怯んだグレーターモンスターの足元を、全速力で駆け抜ける。

 イチジョウさんは涙に濡れた頬をてらてらと輝かせながら、ぽかんと呆気に取られた様子で私を見る。

「こっちに!」

 声を潜めながら張り上げる、という奇妙なことをしながら私はイチジョウさんの腕を引っ張った。

 しかしやはりというべきか、イチジョウさんは完全に腰が抜けているらしく、私が引っ張ってもびくともしなかった。

 思わず舌打ちをしたくなる。しかしあせっても仕方がない。私はグレーターモンスターの背後にいるキルシュを見た。

 このていどの、中型のグレーターモンスターであれば、キルシュの敵ではない。

 しばらくのつき合いの中で私はそれを知っていて、確信もあった。

 キルシュが腕を振るえば一件落着――。

 だったのに。

「ああ……初めて見る姉さんの必死な顔……カワイイ♡」

 キルシュは剣を手にして臨戦態勢ではいたものの、どこか恍惚とした表情を浮かべ、緊張に強張った顔の私を見るばかりだった。

 ……私がキルシュと距離を置こうと考えたのは、なにも姉扱いされることがイヤだったからだけではない。

 あるとき不意に、キルシュの厄介な「ヘキ」とも言うべきものを知ってしまったからだった。
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