運命に泣け

やなぎ怜

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 永宮ながみや崇仁たかひとの出生にまつわる事情を知る人間は、この学院には少なくない。

 母親はオメガで、一〇代のときに望まぬ妊娠をし、助産施設でアルファの崇仁を産み落とした。そして生後すぐに崇仁を永宮家に養子に出した。――と言えば聞こえはいいが、要はほとんど人身売買だ。

 崇仁より一年先に生まれた永宮家の長子・澪一れいいちは生まれついてのオメガだった。

 澪一の母は残念ながら生来より虚弱であったため、これ以上の妊娠や出産には耐えられないだろうと診断される。そして澪一の父は新しい妻を迎える気はなかった。

 そうして澪一は生まれてすぐに永宮家の跡取りとなることが決まった。

 そしてまだ目も開かぬうちから澪一は優秀な跡取りを産むことを、半ば期待され、義務付けられたのであった。

 ……ここまで聞くとまた、澪一もあれやこれや、旧家のしがらみの被害者なのだなと崇仁は思う。

 澪一が跡取りを産ませるという選択肢もあっただろうに、永宮家の面々はオメガである彼に産ませた方が確実だと考えたようだ。

 たしかに、澪一はオメガであるからアルファを妊娠する確率は高かったし、相手がだれであろうが彼の腹から出てくれば、それは永宮家の跡取りになり得る。

 けれども澪一にだって選択する権利はあるのではないか、と崇仁は思った。

 しかし当の澪一は崇仁の身勝手な同情心を跳ねのけるように、永宮家の決定に異を唱えることも、不服そうな顔をすることもなく、ただ淡々と受け入れているようだった。

 きっと生まれたときから言い聞かせられていたのだろう。自分がオメガとしてアルファの跡取りを産む。それが当然なのだと。

 そんな風に崇仁は内心で澪一を哀れに思いながらも、しかし彼を将来の伴侶として受け入れているわけでもなかった。

 澪一は冷淡だ。永宮家の面々を思い浮かべれば、彼が冷淡であるのは致し方のないことだと思う。血は水よりも濃い。

 永宮家の面々は、おしなべて崇仁のことを軽んじている。それは、崇仁の被害妄想などではないはずだ。

 崇仁に求められているのはアルファとして清廉潔白、優秀であること。そして澪一に――永宮家にアルファの跡取りを授けること。それ以外のことは求められていなかったし、また許されてもいなかった。

 崇仁も永宮家で育った人間であるから、はじめはそれらに疑問を抱く隙もなかった。

 けれども歳を経て学院に入り、様々な価値観に触れたことで、次第に永宮家に対して幻滅するようになった。

 育ててもらっている恩を、忘れたわけではない。

 けれども崇仁が属するこの永宮家は、ひどく旧体制的で、ひどく閉鎖的だった。そうすることで、永宮家は代々の血筋を守ってきたのだろう。

 しかしそれを、崇仁は好意的には見れなかった。もし、当事者でなければ好き勝手すればいいと思ったに違いない。けれども現実には崇仁は「永宮崇仁」であり、永宮家からは種馬以上の価値は見出されていないという、血の通っていない扱いを受けていた。

 だからだろうか、崇仁はまた永宮家の令息であり、将来の伴侶たる澪一も、血が通っていない人間のような気がしてしまう。

 澪一と崇仁とのあいだには、ほとんど交流もなく、当然のように会話もない。

 崇仁が歩み寄ることに躊躇している面もあったが、澪一の方はそれを問題とも感じていないようだった。

 将来的につがいとなり、アルファの跡取りを作る。

 澪一が崇仁とそうすることについて嫌悪感を抱いているから、歩み寄りが見られないのかとも思った。

 けれども違う。澪一は、崇仁を歯牙にもかけていないのだ。

 そう、永宮家の面々と同じ。自分を孕ませる子種を持っているだけの男として見ている。

 澪一の視線の意味に気づいたとき、崇仁は少なからずショックを受けた。

 崇仁は温かい家庭など知らない。けれども、憧れはあった。

 学院では家同士の繋がりでつがいとなっている生徒もいるが、彼ら彼女らは嫌悪し合っているか、でなければささやかなりとも歩み寄ろうという努力をしていた。

 しかし澪一はどちらでもない。嫌悪するほどの意識もなく、歩み寄ろうとする気は一片もない。

 崇仁は、澪一にとって至極どうでもいい存在なのだ。

 そのことに遅まきながら気づいた崇仁は、澪一にどう接すればいいのかわからなくなり、同時に彼を苦手視するようになった。

 当然のように性的接触は皆無だ。しかしいずれは澪一とそういうことをしなければならないのだと思うと、崇仁は気が重くなる。

 崇仁にだって当然のように性欲はあり、思春期ともあればなおさら。

 しかし自身を慰めるとき、澪一を思い起こすことはなかった。

 澪一はひいき目なしに見ても美しい。オメガらしくアルファの気を惹く容姿をしている。

 けれどもしかし、アルファである崇仁は、そんな典型的なオメガである澪一に惹かれる気は起きなかった。

 それでも時間は無常に過ぎて行く。

 大学を出たらすぐにでも。高等部に上がりそういう話が具体的かつ直截的に告げられるようになって、崇仁の憂鬱は大きくなって行った。澪一が平均よりもやや早く発情期を迎えたことも、憂鬱に拍車をかける。

 崇仁はなんとはなしに澪一が発情期を迎えれば、もしかしたらなにかが変わるかもしれない、と思っていた。

 けれども実際はなにも変わりはしなかった。

 初めて発情期を迎えた澪一は、崇仁に泣き言を言うでもなく、自室へと引きこもって、絶え間なく性欲が肥大化する時間を過ぎ越した。

 崇仁はそんな澪一の態度に少なからず失望すると同時に、小憎らしささえ感じた。

 発情期に支配されて崇仁を求める澪一の姿は想像できなかった。がしかし、あり得るかもといういささかの期待を、崇仁は抱いていたからだ。

 そうすればこの閉塞感のある関係を打破できるきっかけになったかもしれない。

 相変わらず自分から歩み寄ることには躊躇いを覚えていた崇仁は、そんな考えを持つ矮小な自身を自覚しながらも、やはり澪一にも今現在の冷え込んだ関係の一因はあるのだ、と考える。

 そうやって関係は変わらず足踏みをしている状態のまま、澪一の発情期が始まって一年。

 澪一の発情期の周期すら把握していないままに、崇仁はまた進展のないまま一年を無駄に過ごした。

 進級して変わったことと言えば、澪一が会長を務める生徒会に入れられたことだろうか。

 久方ぶりに言葉を交わしたかと思えば、澪一は有無を言わさず崇仁を生徒会の雑務担当に任命した。

「これくらいできるでしょう?」

 愛らしい声で憎らしいことを言う澪一を前に、しかし崇仁には反論は許されない。

 永宮家の中でも、外でも、常に澪一は崇仁よりも上の存在だった。

 永宮家では跡取りの家付き息子。学院では学年一つ上の先輩。だから崇仁は常に澪一に対して従順であることを言外のうちに強いられていた。

「はい……」

 心に湧いた反発心を押し殺して、崇仁は了承の言葉を返す。

 澪一はそれを聞いても特に感情を動かされた様子はなかった。

 満足げに笑うこともなければ、崇仁の意気地のなさを嘲笑うそぶりもない。

 だから崇仁は澪一が苦手だった。なにを考えているかわからない。まるで、人形でも相手にしているようだった。いや、人形の方がはじめから意思など存在しないとわかっているぶん、相手にするのは楽かもしれない。

 そんなときだった。澪一と同じオメガだが、まったく正反対の性格の、小浦こうら花織かおるが現れたのは。
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