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「ローザ、貴女、あの男の子供を産むことになったんですって?」
学園のカフェテリアで、アクアのあけすけな――あけすけすぎる――物言いに面食らいつつも、わたしは首を縦に振ることで彼女の疑問に答えた。
占術の国・フォーチュン。この国では優秀な占術師は、占術によって定められた「運命の相手」と子を成さなければならない。
国のため、ひいては占術の未来のために、子を成し、血を繋ぐことは優秀な占術師の義務だ。
「まあ」
アクアとの付き合いは五年ほど。それくらい一緒にいると、彼女が次になにを言わんとしているのか、なんとなく察せられる。
「まあ、よかったじゃない」
心から喜ばしいと思っているとは思えない声音だ。実際、アクアは柳眉の片方を上げて、皮肉めいた目でわたしを見ている。
こういうときに、たとえ表面だけでも喜ばしいことだという気持ちを表明できない――いや、しないのは彼女の欠点であり、美点でもあった。
公爵令嬢という地位にありながら、あまりにハッキリとした物言いをするものだから、アクアの「ご学友」を名乗りたがる人間は少ない。
いつか舌禍に巻き込まれやしないかとこちらはヒヤヒヤしているのだが、アクアはお構いなしに自分の道を突き進んでいる。
わたしは、そんな彼女のことを嫌いになれなかった。
時々、その孤高すぎる態度に辟易することもあったが、それでもやっぱり、アクアの飾らない性格を羨ましく思う自分は否定できない。
わたしは、アクアとは正反対の性格をしているから。
「とっても名誉なことなのでしょう? あの男の子供を産める相手になることは」
アクアは、変わらず「とっても名誉なこと」だとは毛の先ほども思っていないとばかりの態度で言葉を続ける。
もし、アクアが彼の「運命の相手」に選ばれていたとしたら、きっと今ごろ大暴れだ。そして鋼の意思をもって、「そんな運命はクソだ」と、全霊をもって表明するだろう。
わたしには、そんなパワーはない。それに――
「……そうね。だってガーネットはすごい占術師だから」
わたしはガーネットのことが好きだから。
わたしの幼馴染のガーネット。物心ついたころから知っているガーネットは、この王立学園に通う生徒でありながら、すでに凄腕の占術師として世に出て、認められている秀才。
わたしは、そんなガーネットの「運命の相手」。彼の血を後世へと遺すために最適の女性だと、占術が導き出した結果が通知されたのはつい先日の出来事である。
率直に言って、うれしかった。戸惑いはあったけれども、うれしさが勝った。
「運命の相手」と子を成す義務はあっても、結婚するかどうかは当人たちにゆだねられている。だから、ガーネットと結婚すると決まったわけではないけれど、うれしかった。
大好きなガーネットの子供が産める。ガーネットの輝かしい人生に、少しでも足跡を残せる。
それはぞっとするほどエゴイスティックな考え方だ。
でも、わたしは、うれしかったのだ。
「顔が出来の悪い泥人形みたいになっていますわ」
「ひどい……」
「事実ですもの」
アクアは「ふん」と鼻で息を吐く。こんな物言いをしてはいるが、彼女なりにわたしのことを心配していることはわかった。
「あわてて退寮していましたけれど、それじゃ、今はあの男と暮らしているんですの?」
「そう。でも、ガーネットは仕事に学業にで忙しいから……ふたり暮らししている実感は少ないかな」
ガーネットの「運命の相手」だと通知されて、わたしは学園の寮を出ることになった。今は王都にあるフラットでガーネットと暮らしている。
このふたり暮らしの目的は、もちろん子を成すこと。さすがに学園の寮ではそんなことはできないので、上等なフラットを国から与えられたわけである。
「なんだか、すごく久しぶりに顔を合わせた気がして……学園でも結構会ってるほうだと思ってたのに。『運命の相手』の通知があって改めてガーネットってすごいひとなんだなあって思って……」
ガーネットの「運命の相手」に選ばれて、うれしかったのは本当だ。
けれどもガーネットのことを考えれば考えるほど、不安は風船みたいに膨らんでいくばかりだった。
朝早くに出て、夜遅くに帰ってくるガーネットのことは単純に心配だったし、こんな生活では「子を成す」という義務を果たすのは難しい。
ガーネットは「もう少ししたら仕事が落ち着くから」と言っていたので、わたしはそれを信じて待つことしかできない。
そんなことをとつとつと、要領悪く話せば、アクアの柳眉が寄るのが見えた。
「――いたっ」
そしてわたしの額に一撃。デコピンをお見舞いしたアクアは、「ふん」と鼻から息を吐いてまっすぐにわたしを見た。
「絶好の機会ですのよ? そんな辛気臭い顔をしている場合でして?」
「う、うん……まあ、そうなんだけど」
「『運命の相手』と結婚する義務はないそうですけれど、貴女はしたいんでしょう?」
「え? うん……まあ……」
「煮え切らない返事をしているうちは無理でしょうけれどね」
「うっ」
「わたくしに話したことで少しは整理できたでしょう。そのままあの男にも言ったほうが建設的ですわ」
「うーん……わかってるけど、しばらくは無理かな……忙しいからね、ガーネット。落ち着いてからにするよ」
……そう渋い顔をするアクアに返したけれど、ガーネットの仕事が落ち着く日はなかなか来なかった。
学園のカフェテリアで、アクアのあけすけな――あけすけすぎる――物言いに面食らいつつも、わたしは首を縦に振ることで彼女の疑問に答えた。
占術の国・フォーチュン。この国では優秀な占術師は、占術によって定められた「運命の相手」と子を成さなければならない。
国のため、ひいては占術の未来のために、子を成し、血を繋ぐことは優秀な占術師の義務だ。
「まあ」
アクアとの付き合いは五年ほど。それくらい一緒にいると、彼女が次になにを言わんとしているのか、なんとなく察せられる。
「まあ、よかったじゃない」
心から喜ばしいと思っているとは思えない声音だ。実際、アクアは柳眉の片方を上げて、皮肉めいた目でわたしを見ている。
こういうときに、たとえ表面だけでも喜ばしいことだという気持ちを表明できない――いや、しないのは彼女の欠点であり、美点でもあった。
公爵令嬢という地位にありながら、あまりにハッキリとした物言いをするものだから、アクアの「ご学友」を名乗りたがる人間は少ない。
いつか舌禍に巻き込まれやしないかとこちらはヒヤヒヤしているのだが、アクアはお構いなしに自分の道を突き進んでいる。
わたしは、そんな彼女のことを嫌いになれなかった。
時々、その孤高すぎる態度に辟易することもあったが、それでもやっぱり、アクアの飾らない性格を羨ましく思う自分は否定できない。
わたしは、アクアとは正反対の性格をしているから。
「とっても名誉なことなのでしょう? あの男の子供を産める相手になることは」
アクアは、変わらず「とっても名誉なこと」だとは毛の先ほども思っていないとばかりの態度で言葉を続ける。
もし、アクアが彼の「運命の相手」に選ばれていたとしたら、きっと今ごろ大暴れだ。そして鋼の意思をもって、「そんな運命はクソだ」と、全霊をもって表明するだろう。
わたしには、そんなパワーはない。それに――
「……そうね。だってガーネットはすごい占術師だから」
わたしはガーネットのことが好きだから。
わたしの幼馴染のガーネット。物心ついたころから知っているガーネットは、この王立学園に通う生徒でありながら、すでに凄腕の占術師として世に出て、認められている秀才。
わたしは、そんなガーネットの「運命の相手」。彼の血を後世へと遺すために最適の女性だと、占術が導き出した結果が通知されたのはつい先日の出来事である。
率直に言って、うれしかった。戸惑いはあったけれども、うれしさが勝った。
「運命の相手」と子を成す義務はあっても、結婚するかどうかは当人たちにゆだねられている。だから、ガーネットと結婚すると決まったわけではないけれど、うれしかった。
大好きなガーネットの子供が産める。ガーネットの輝かしい人生に、少しでも足跡を残せる。
それはぞっとするほどエゴイスティックな考え方だ。
でも、わたしは、うれしかったのだ。
「顔が出来の悪い泥人形みたいになっていますわ」
「ひどい……」
「事実ですもの」
アクアは「ふん」と鼻で息を吐く。こんな物言いをしてはいるが、彼女なりにわたしのことを心配していることはわかった。
「あわてて退寮していましたけれど、それじゃ、今はあの男と暮らしているんですの?」
「そう。でも、ガーネットは仕事に学業にで忙しいから……ふたり暮らししている実感は少ないかな」
ガーネットの「運命の相手」だと通知されて、わたしは学園の寮を出ることになった。今は王都にあるフラットでガーネットと暮らしている。
このふたり暮らしの目的は、もちろん子を成すこと。さすがに学園の寮ではそんなことはできないので、上等なフラットを国から与えられたわけである。
「なんだか、すごく久しぶりに顔を合わせた気がして……学園でも結構会ってるほうだと思ってたのに。『運命の相手』の通知があって改めてガーネットってすごいひとなんだなあって思って……」
ガーネットの「運命の相手」に選ばれて、うれしかったのは本当だ。
けれどもガーネットのことを考えれば考えるほど、不安は風船みたいに膨らんでいくばかりだった。
朝早くに出て、夜遅くに帰ってくるガーネットのことは単純に心配だったし、こんな生活では「子を成す」という義務を果たすのは難しい。
ガーネットは「もう少ししたら仕事が落ち着くから」と言っていたので、わたしはそれを信じて待つことしかできない。
そんなことをとつとつと、要領悪く話せば、アクアの柳眉が寄るのが見えた。
「――いたっ」
そしてわたしの額に一撃。デコピンをお見舞いしたアクアは、「ふん」と鼻から息を吐いてまっすぐにわたしを見た。
「絶好の機会ですのよ? そんな辛気臭い顔をしている場合でして?」
「う、うん……まあ、そうなんだけど」
「『運命の相手』と結婚する義務はないそうですけれど、貴女はしたいんでしょう?」
「え? うん……まあ……」
「煮え切らない返事をしているうちは無理でしょうけれどね」
「うっ」
「わたくしに話したことで少しは整理できたでしょう。そのままあの男にも言ったほうが建設的ですわ」
「うーん……わかってるけど、しばらくは無理かな……忙しいからね、ガーネット。落ち着いてからにするよ」
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