7 / 11
出会
しおりを挟む
使い込まれたつげ櫛の歯がギョクの黒い毛並みを梳いて行く。ときおり丸まった櫛歯の先端が地肌に当たるが、そのすべらかな感触はどちらかと言えば心地よい。
穏やかな日差しも相まって、ギョクはウバラに背を向けたままひとつあくびをした。
依然として蝕の季節ゆえに太陽は見えない。空を見ても墨をこぼしたかのような黒一色で、太陽はもちろん月も星もその空には上らない。
けれども奇々怪々な蝕の季節のこと。朝と呼ばれる時間帯になれば自然と日の光を感じられるようになるし、周囲も徐々に明るくなって行く。不思議なこと極まりないが、答えを持つものはいないので、森の民たちは「そんなもの」として納得している。
今日は偶然にも森の中で泉を見つけたので、ふたりはそこでひなたぼっこをすることに決めた。
湧き水から形成される泉は、蝕の季節のあいだはあちらこちらで見られる。しかしこの季節特有の現象として、位置が定まらないのが常である。昨日見つけた場所に、今日も泉があるとは限らないのだ。
よって森の民たちのあいだでは、蝕の季節に泉を見つけるとその日一日はツイている、というジンクスがあるのだった。
なれば狩りにでも出かけようかという話になりそうだったが、今日は大変に日差しが穏やかで、心地よい。なのでふたりは狩りには出かけずに泉のそばでこの日差しを堪能しようという話になったのだった。
隣り合って泉のそばの大木に背を預け、ギョクはまぶたを閉じる。もちろん手は繋いだままだ。
「ん……?」
さわさわと毛並みを撫でる感覚に目を開けば、ウバラがこちらへ左手を伸ばしていた。目が合うと、ウバラはちょっと気まずげに視線を泳がせる。
「ごめん。毛並みに葉っぱがついてたから……」
そう言いながらウバラはギョクの毛並みから一枚の葉を取り除いた。
「んー? いいよ、放っておいて」
「えー、ダメだよ。せっかくきれいな青毛なんだから」
ギョクはパチパチと何度か瞬きした。それからちょっと笑ってウバラを見る。
「きれいって……初めて言われた」
「え? そうなの?」
「ああ」
「うーん、水狼ってみんなきれいな毛並みだから、わざわざ言わないのかな……?」
本気で不思議そうに首をかしげるウバラが面白くてギョクは喉で笑った。
「俺の毛並みってけっこうごわごわしてると思うんだけど」
「まあ、ちょっと固いかな? でも梳いたら結構変わると思うんだけど」
水狼に限らず毛並みの良さはステータスである。特に雄にとって、自身の毛並みは雌へのアピールポイントとなるので、みな毛の手入れには余念がない。
翻ってギョクはというと、口を酸っぱくして毛並みの手入れをしろと家族から散々言われていたものの、性成熟して間もない彼はあまりピンと来ず、手入れをサボりがちであった。
もとから毛が太く固いこともあって、ギョクの毛並みはしなやかさからは程遠かった。美しさから縁遠いことを知っているゆえに、余計やる気というものがわかないのである。
「じゃあウバラがやってくれよ」
それは特に深い意味もなく発せられた言葉だった。
けれどもウバラはギョクが思っていたよりも張りきって、腰に提げた袋から櫛を取り出したのであった。
そして場面は冒頭へと戻る。
「櫛とかいつも持ち歩いてるのか?」
毛並みを整えて行くウバラの丁寧な手つきは心地よい。穏やかな日差しも相まって眠気も誘発されてしまい、ギョクは睡魔に負けるまいとウバラに話を振る。
「うん、一応。おばあちゃんがお守りにもなるからいつも肌身離さず持っておけ、って」
「へー、櫛ってお守りになるんだ」
「らしいよ。いつも身につけてるものは身代わりになってくれるんだって」
「じゃ、俺の場合は銛か」
ギョクはあぐらをかいた膝の上に乗せた銛を触る。
「ギョクの場合は……銛があれば大丈夫そうだけどね」
暗にギョクの銛捌きを認めるウバラの言葉に、単純にも彼の機嫌は上り調子になる。
「まあな」
気恥ずかしくも、やはり銛の腕に信頼を置かれるのはうれしいものだ。特にいずれも愛用の銛と共に生きている水狼ならばなおさらである。
「はい、終わったよ」
「おー。ありがとうな」
「いえいえ。わたしも楽しかったし」
ウバラがギョクの毛から手を離したので、再びふたりは横に並んで座り手を繋ぐ。
ギョクは自分の毛並みを確認するように指で梳く。いつもと違って引っかかりがなく、たしかにウバラが言った通り、毛並みの表面を撫でるとすべすべとしていた。
「おお……」
その出来に感動しているとウバラがくすりと笑った。
「これからはちゃんと毛並みを整えたほうがいいと思うよ」
「それは……まあ、考えとく」
毛並みが美しいと気分がいいのはたしかである。しかしそれを維持する日課を思うと、途端に面倒くさくなってしまうのがギョクの性格であった。
ウバラはそれを見通しているのか、仕方がないといった顔でひとつため息をついた。
「……ねえ、また毛並みを梳いてもいい?」
「俺は別に構わないけど……。でも俺のこと気にしてだったら遠慮しとく」
気を使いがちなウバラのことだ。その気持ちはありがたかったが、毛並みを整えなくとも死ぬようなことはない。そう考えるとその負担を彼女に課すのはさすがのギョクとて気が引ける。
しかしウバラはふるふるとゆるく首を横に振った。
「ううん。わたし他のひとの毛を整えるの、好きだから。させてくれる?」
「……まあ、ウバラがそう言うなら」
「うん。ありがとうね」
ウバラの微笑みは花が咲くというよりは、穏やかな日差しに似た空気を持っている。そう多くは見られないそんな笑顔をギョクは密かに待ち望んでいた。
そんな欲求を悟られたくなくて、ギョクはあわてて口を開いた。
「なんでウバラが礼を言うんだよ……」
「いいの。言いたかったから」
「ふーん……変なやつ」
それからふたりはまた隣り合ってひなたぼっこに興じた。太陽は見えないが、差し込む日がぽかぽかと毛並みを温めて行く。
そうやってふたりはまぶたを閉じてのんびりと過ごしていた。
たまにはこういう日があってもいいなとギョクは思う。
いつもはあくせくと食糧集めやらなんやらに奔走しているが、たまにはこうして体を休める日があってもいいはずだ。
そうやってふたりは手を繋いでまどろんでいたが、無粋なものはどこにでも現れるものである。
「ん……!」
先に反応したのはギョクの鼻だった。最近嗅いだ事のあるそのにおいに、ギョクの頭は一度に覚醒した。
次いでウバラが目を開けてぴるぴると丸い耳を動かす。
「サルだ」
ギョクの言葉に隣にいるウバラもうなずいた。
ちょうど藪をかきわけて泉のそばにサルが現れたところだった。ふたりとは泉を挟んで対角線上に出て来たのは、幸いと言えば幸いか。
サルは森の民たちからは忌み嫌われている。彼らは森の民たちの言語を解さず、鳴き声だけで会話をするからだ。
しかし森の民たちから忌避される最大の理由は、サルが「神」に似ているという点である。
体つきや顔の形、仕草に体臭。多くが「神」と共通している上に、森の民たちとは言語がまったく違うという点も相まって、彼らはサルを忌避しているのであった。
「……そろそろ帰るか」
「そうだね」
サルがこちらには興味がないのを認めると、ふたりはそう言い合って立ち上がった。
帰路ではサルに引き続き出会いがあったが、それは不幸な類いのものではなかったので、ふたりとも望外の僥倖に喜んだ。存外、泉のジンクスも当てになるものだなとふたりとも思った次第である。
「もうすぐ虫吹雪が来るよ。もしかしたら明日にでも。こんな陽気の日のあとに、アレは来るからね」
年若い葉鳥のつがいはそう言って空を見上げた。葉鳥とはその名の通り、木の葉に酷似した羽根を腕に生やした森の民である。
いつもより遠出をしてここまで来たのだと言うふたりは、まだ子供から脱したばかりのギョクとウバラを見て、心配そうにそんな忠告をしてくれたのだ。
「虫吹雪のときは外に出ちゃいけないのは知ってるよね?」
「はい」
「それなら大丈夫だと思うけど……虫吹雪の経験は?」
「いいえ。初めてです」
ギョクの言葉にウバラが不安そうな顔になったのがわかったのか、葉鳥の雌はそれをなだめるように微笑んだ。
「食糧があるなら食糧庫から住居にしているウロに運んでおいたほうがいいわ。虫吹雪のあいだはちょっとの移動も疲れてしまうから」
「なにせ、虫が吹雪くんだ。虫の雨が続くようなものなんだよ。あれは大変だ」
それからいくらか虫吹雪の経験を語って聞かせてたふたりは、別れ際に木の実をふたりに分け与えて去って行った。
「虫吹雪か……」
ギョクはそこで初めてウバラの顔を見た。彼女の顔はいつになく青白くなっていて、葉鳥のつがいがやたらとふたりを心配していた理由を、そのときになって悟ったのである。
「食糧はじゅうぶんあるし、外に出なきゃ大丈夫だろ」
励ますようにそうは言ったものの、ギョクには虫吹雪の経験がない。虫吹雪は局地的なものなので、同じ季節を越えたとしても、住居が離れていれば経験の有無に差が出て来る。
ウバラが虫吹雪の経験者であることを、ギョクは彼女の母から聞いていた。
「……俺はあいつみたいなこと、しないから」
その言葉にウバラは弾かれたようにギョクを見た。
「……うん。……ギョクはそんなことしないって、わかってるよ」
けれどもウバラの震えは繋いだ手を伝ってギョクにも届く。ギョクはそれを打ち消すように、ウバラの手を強く握った。
「俺が守るって言ったこと、忘れるなよ」
蝕の季節の始まりに、ギョクが誓って言った言葉だ。
ウバラは白い顔のまま、緩慢な動作でうなずいた。
穏やかな日差しも相まって、ギョクはウバラに背を向けたままひとつあくびをした。
依然として蝕の季節ゆえに太陽は見えない。空を見ても墨をこぼしたかのような黒一色で、太陽はもちろん月も星もその空には上らない。
けれども奇々怪々な蝕の季節のこと。朝と呼ばれる時間帯になれば自然と日の光を感じられるようになるし、周囲も徐々に明るくなって行く。不思議なこと極まりないが、答えを持つものはいないので、森の民たちは「そんなもの」として納得している。
今日は偶然にも森の中で泉を見つけたので、ふたりはそこでひなたぼっこをすることに決めた。
湧き水から形成される泉は、蝕の季節のあいだはあちらこちらで見られる。しかしこの季節特有の現象として、位置が定まらないのが常である。昨日見つけた場所に、今日も泉があるとは限らないのだ。
よって森の民たちのあいだでは、蝕の季節に泉を見つけるとその日一日はツイている、というジンクスがあるのだった。
なれば狩りにでも出かけようかという話になりそうだったが、今日は大変に日差しが穏やかで、心地よい。なのでふたりは狩りには出かけずに泉のそばでこの日差しを堪能しようという話になったのだった。
隣り合って泉のそばの大木に背を預け、ギョクはまぶたを閉じる。もちろん手は繋いだままだ。
「ん……?」
さわさわと毛並みを撫でる感覚に目を開けば、ウバラがこちらへ左手を伸ばしていた。目が合うと、ウバラはちょっと気まずげに視線を泳がせる。
「ごめん。毛並みに葉っぱがついてたから……」
そう言いながらウバラはギョクの毛並みから一枚の葉を取り除いた。
「んー? いいよ、放っておいて」
「えー、ダメだよ。せっかくきれいな青毛なんだから」
ギョクはパチパチと何度か瞬きした。それからちょっと笑ってウバラを見る。
「きれいって……初めて言われた」
「え? そうなの?」
「ああ」
「うーん、水狼ってみんなきれいな毛並みだから、わざわざ言わないのかな……?」
本気で不思議そうに首をかしげるウバラが面白くてギョクは喉で笑った。
「俺の毛並みってけっこうごわごわしてると思うんだけど」
「まあ、ちょっと固いかな? でも梳いたら結構変わると思うんだけど」
水狼に限らず毛並みの良さはステータスである。特に雄にとって、自身の毛並みは雌へのアピールポイントとなるので、みな毛の手入れには余念がない。
翻ってギョクはというと、口を酸っぱくして毛並みの手入れをしろと家族から散々言われていたものの、性成熟して間もない彼はあまりピンと来ず、手入れをサボりがちであった。
もとから毛が太く固いこともあって、ギョクの毛並みはしなやかさからは程遠かった。美しさから縁遠いことを知っているゆえに、余計やる気というものがわかないのである。
「じゃあウバラがやってくれよ」
それは特に深い意味もなく発せられた言葉だった。
けれどもウバラはギョクが思っていたよりも張りきって、腰に提げた袋から櫛を取り出したのであった。
そして場面は冒頭へと戻る。
「櫛とかいつも持ち歩いてるのか?」
毛並みを整えて行くウバラの丁寧な手つきは心地よい。穏やかな日差しも相まって眠気も誘発されてしまい、ギョクは睡魔に負けるまいとウバラに話を振る。
「うん、一応。おばあちゃんがお守りにもなるからいつも肌身離さず持っておけ、って」
「へー、櫛ってお守りになるんだ」
「らしいよ。いつも身につけてるものは身代わりになってくれるんだって」
「じゃ、俺の場合は銛か」
ギョクはあぐらをかいた膝の上に乗せた銛を触る。
「ギョクの場合は……銛があれば大丈夫そうだけどね」
暗にギョクの銛捌きを認めるウバラの言葉に、単純にも彼の機嫌は上り調子になる。
「まあな」
気恥ずかしくも、やはり銛の腕に信頼を置かれるのはうれしいものだ。特にいずれも愛用の銛と共に生きている水狼ならばなおさらである。
「はい、終わったよ」
「おー。ありがとうな」
「いえいえ。わたしも楽しかったし」
ウバラがギョクの毛から手を離したので、再びふたりは横に並んで座り手を繋ぐ。
ギョクは自分の毛並みを確認するように指で梳く。いつもと違って引っかかりがなく、たしかにウバラが言った通り、毛並みの表面を撫でるとすべすべとしていた。
「おお……」
その出来に感動しているとウバラがくすりと笑った。
「これからはちゃんと毛並みを整えたほうがいいと思うよ」
「それは……まあ、考えとく」
毛並みが美しいと気分がいいのはたしかである。しかしそれを維持する日課を思うと、途端に面倒くさくなってしまうのがギョクの性格であった。
ウバラはそれを見通しているのか、仕方がないといった顔でひとつため息をついた。
「……ねえ、また毛並みを梳いてもいい?」
「俺は別に構わないけど……。でも俺のこと気にしてだったら遠慮しとく」
気を使いがちなウバラのことだ。その気持ちはありがたかったが、毛並みを整えなくとも死ぬようなことはない。そう考えるとその負担を彼女に課すのはさすがのギョクとて気が引ける。
しかしウバラはふるふるとゆるく首を横に振った。
「ううん。わたし他のひとの毛を整えるの、好きだから。させてくれる?」
「……まあ、ウバラがそう言うなら」
「うん。ありがとうね」
ウバラの微笑みは花が咲くというよりは、穏やかな日差しに似た空気を持っている。そう多くは見られないそんな笑顔をギョクは密かに待ち望んでいた。
そんな欲求を悟られたくなくて、ギョクはあわてて口を開いた。
「なんでウバラが礼を言うんだよ……」
「いいの。言いたかったから」
「ふーん……変なやつ」
それからふたりはまた隣り合ってひなたぼっこに興じた。太陽は見えないが、差し込む日がぽかぽかと毛並みを温めて行く。
そうやってふたりはまぶたを閉じてのんびりと過ごしていた。
たまにはこういう日があってもいいなとギョクは思う。
いつもはあくせくと食糧集めやらなんやらに奔走しているが、たまにはこうして体を休める日があってもいいはずだ。
そうやってふたりは手を繋いでまどろんでいたが、無粋なものはどこにでも現れるものである。
「ん……!」
先に反応したのはギョクの鼻だった。最近嗅いだ事のあるそのにおいに、ギョクの頭は一度に覚醒した。
次いでウバラが目を開けてぴるぴると丸い耳を動かす。
「サルだ」
ギョクの言葉に隣にいるウバラもうなずいた。
ちょうど藪をかきわけて泉のそばにサルが現れたところだった。ふたりとは泉を挟んで対角線上に出て来たのは、幸いと言えば幸いか。
サルは森の民たちからは忌み嫌われている。彼らは森の民たちの言語を解さず、鳴き声だけで会話をするからだ。
しかし森の民たちから忌避される最大の理由は、サルが「神」に似ているという点である。
体つきや顔の形、仕草に体臭。多くが「神」と共通している上に、森の民たちとは言語がまったく違うという点も相まって、彼らはサルを忌避しているのであった。
「……そろそろ帰るか」
「そうだね」
サルがこちらには興味がないのを認めると、ふたりはそう言い合って立ち上がった。
帰路ではサルに引き続き出会いがあったが、それは不幸な類いのものではなかったので、ふたりとも望外の僥倖に喜んだ。存外、泉のジンクスも当てになるものだなとふたりとも思った次第である。
「もうすぐ虫吹雪が来るよ。もしかしたら明日にでも。こんな陽気の日のあとに、アレは来るからね」
年若い葉鳥のつがいはそう言って空を見上げた。葉鳥とはその名の通り、木の葉に酷似した羽根を腕に生やした森の民である。
いつもより遠出をしてここまで来たのだと言うふたりは、まだ子供から脱したばかりのギョクとウバラを見て、心配そうにそんな忠告をしてくれたのだ。
「虫吹雪のときは外に出ちゃいけないのは知ってるよね?」
「はい」
「それなら大丈夫だと思うけど……虫吹雪の経験は?」
「いいえ。初めてです」
ギョクの言葉にウバラが不安そうな顔になったのがわかったのか、葉鳥の雌はそれをなだめるように微笑んだ。
「食糧があるなら食糧庫から住居にしているウロに運んでおいたほうがいいわ。虫吹雪のあいだはちょっとの移動も疲れてしまうから」
「なにせ、虫が吹雪くんだ。虫の雨が続くようなものなんだよ。あれは大変だ」
それからいくらか虫吹雪の経験を語って聞かせてたふたりは、別れ際に木の実をふたりに分け与えて去って行った。
「虫吹雪か……」
ギョクはそこで初めてウバラの顔を見た。彼女の顔はいつになく青白くなっていて、葉鳥のつがいがやたらとふたりを心配していた理由を、そのときになって悟ったのである。
「食糧はじゅうぶんあるし、外に出なきゃ大丈夫だろ」
励ますようにそうは言ったものの、ギョクには虫吹雪の経験がない。虫吹雪は局地的なものなので、同じ季節を越えたとしても、住居が離れていれば経験の有無に差が出て来る。
ウバラが虫吹雪の経験者であることを、ギョクは彼女の母から聞いていた。
「……俺はあいつみたいなこと、しないから」
その言葉にウバラは弾かれたようにギョクを見た。
「……うん。……ギョクはそんなことしないって、わかってるよ」
けれどもウバラの震えは繋いだ手を伝ってギョクにも届く。ギョクはそれを打ち消すように、ウバラの手を強く握った。
「俺が守るって言ったこと、忘れるなよ」
蝕の季節の始まりに、ギョクが誓って言った言葉だ。
ウバラは白い顔のまま、緩慢な動作でうなずいた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【完結】そう、番だったら別れなさい
堀 和三盆
恋愛
ラシーヌは狼獣人でライフェ侯爵家の一人娘。番である両親に憧れていて、番との婚姻を完全に諦めるまでは異性との交際は控えようと思っていた。
しかし、ある日を境に母親から異性との交際をしつこく勧められるようになり、仕方なく幼馴染で猫獣人のファンゲンに恋人のふりを頼むことに。彼の方にも事情があり、お互いの利害が一致したことから二人の嘘の交際が始まった。
そして二人が成長すると、なんと偽の恋人役を頼んだ幼馴染のファンゲンから番の気配を感じるようになり、幼馴染が大好きだったラシーヌは大喜び。早速母親に、
『お付き合いしている幼馴染のファンゲンが私の番かもしれない』――と報告するのだが。
「そう、番だったら別れなさい」
母親からの返答はラシーヌには受け入れ難いものだった。
お母様どうして!?
何で運命の番と別れなくてはいけないの!?
噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。
だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。
聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。
胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。
「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」
噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情――
一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる