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 わたしからすれば「美しい」と感じる特徴は、この世界の人々からすればひどく「醜い」ものであった。

 クリスティアン殿下のやや痩せた体型も、嘲りの対象らしかった。この世界では太っていればいるほど美しいとされるので。

 なので集められたご令嬢方や、貴族の子息たちは、陰でクリスティアン殿下を嘲笑うか、そうでなければ視界に入れたくないとばかりに無関心を貫いている。こういうとき、子供というのは正直で残酷だ。

 それを不敬だ無礼だとたしなめる大人はいない。

 噂によれば、クリスティアン殿下は実の母である王妃様からも遠ざけられていると聞く。そんなクリスティアン殿下をかばうようなマネをすれば、己の地位も危ういと大人たちは思っているのかもしれなかった。

 理不尽だと思った。生まれてくる環境を選べないように、顔のつくりだって本人にはどうすることもできないものだ。生まれついてのもので上だの下だのと決まってしまう。そんなのは不条理だと思った。

 身を縮こまらせてじっと耐えるように己の爪先を見ていると、まるでかつての自分を見ているようで胸が締めつけられた。

 けれども一三歳のダフネ・グルベンキアンにはどうすることもできない。

 ここで高らかにクリスティアン殿下への無礼な態度を糾弾したとして、なにが変わるだろう。変わらないどころか事態が悪化することは目に見えている。

 そして、そうやって仮にわたしが庇ったとしてもクリスティアン殿下が喜ぶかどうかもわからなかった。

 殿下にだってプライドはある。パッと見、なんでも持っているような恵まれた美貌の持ち主――つまり、わたしが高らかに彼を庇ったとしても、そんなものはクリスティアン殿下からすれば屈辱的な仕打ちになり得る可能性もあった。

 ……などと屁理屈をこねたが、要は怖いのだ。

 ただでさえ同性からは嫌われ、異性からは下心ありありの態度で接される日々。「魔性の女」などとまったくうれしくない二つ名で呼ばれているのが、ダフネ・グルベンキアン。

 ここで周囲からの好感度が低すぎる「おどろくほど不細工」なクリスティアン殿下を庇えばどうなるかくらい、ちょっと想像力を働かせればわかる。ますますわたしの名は落ちてしまうだろう。

 そんなことは――わかっていたはずなのに。


 お父様に促されてクリスティアン殿下の前に立つ。できるだけ優雅に見えるよう四苦八苦しながらお辞儀をして――でもきっとボンレスハムが踊っているようにしか見えなかっただろう――身分と名を名乗る。

 クリスティアン殿下はハッと気づいたように素早く顔を上げて、わたしの目を見て息を呑んだ。その表情の変遷には覚えがある。「びっくりするほどの美少女」を見たときのそれだ。

 しかしそれは「びっくりするほどの不細工」を見たときの表情の変化にも似ていて、思わずイヤな記憶がフラッシュバックしそうになる。

 クリスティアン殿下はあわててガーデン・チェアから立ち上がったが、その動きがよくなかったのかもしれない。

 脚がよろけて細い体が斜めに落ちて行く。たちくらみでも起こしたのかもしれない。

 気がつけば、わたしは崩れ落ちゆくクリスティアン殿下を、抱きとめていた。

「殿下!」

 隣に立つお父様がおどろいた声を出す。おどろいているのはわたしもだった。肉がつきまくった体だから、抱きとめられても痛くはないだろう。けれども急に体臭がしないか気になりだす。

 あわててわたしの肩口に額をつけていたクリスティアン殿下を押し起こして、その顔を見た。

「まあ、真っ青ですわ」
「貧血でも起こされましたかな?」

「真っ青」と表現したものの、どちらかと言えばクリスティアン殿下の今の顔色は白に近かった。シミのない陶磁器のようにすべらかなクリスティアン殿下の肌を、思わず凝視してしまう。

 しかしクリスティアン殿下はそれをどう取ったのか、あわてた様子でわたしの肩を押して、さっと顔をうつむかせてしまう。

「失礼! レディにとんでもないことを……」
「お気になさらないでくださいまし。それよりもどこかでお休みなられたほうがよろしいのではないでしょうか。その……顔色がとてもお悪いようですから、心配で」
「あ、ああ……そうだね……」

 クリスティアン殿下はうつむいたままそう答える。王族云々の前に、人間としてその態度はどうなんだと思わなくもなかったが、顔を見られたくないという気持ちは前世でイヤというほど味わっていたので、彼を批難する気にはなれなかった。

 騒ぎを聞きつけたのか今さらのように侍従がやってきてクリスティアン殿下は一時退場する。

「その……あ、ありが、とう……ダフネ嬢」

 蚊の鳴くような小さな声で言葉をつっかえさせながらクリスティアン殿下はそうささやくと、やはり顔をうつむけたまま去って行った。

 わたしとクリスティアン殿下の初顔合わせはこれで終わったのだが、彼との縁はその後も続くことになる。
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