きみの人生を買ったなら。

やなぎ怜

文字の大きさ
6 / 7

(6)

しおりを挟む
 結局、「やっぱりいてくれないか」というエイトの頼みでバックヤードにはジジとエイト以外に、店長も居合わせることとなった。

 眉を下げて「冷静に状況を見られるひとがいるほうがいいし」と頼み込むエイトに、店長は呆れ顔で「漫才のツッコミ役でも頼まれてるのか?」とか「オレもヒマじゃねーんだけど」と言いつつも、パイプイスを一脚壁に寄せてそこにどかっと腰を下ろしてくれたのだった。

「ありがとう」
「いや、礼はいいけど話すことあるならさっさと話進めてくれ。昼休憩の時間は無限じゃねーんだよ」
「わかった」

 木目のプリントがされた天板を持つ、簡素な長机を挟んでパイプイスに座ったジジとエイトが向かい合う。

「……ジジ。バイト先についてはメモに残っていたからわかったけど、どうしてメッセージは見てくれなかったんだい? もしかしてスマホ壊れちゃった? あと、なんで指輪を置いていったの?」

 ジジがあらかじめ残しておいたメモ用紙の書き置きは、実のところ二枚あったのだ。しかしエイトに頼まれてジジの様子を見に行った彼の後輩は見落としていたらしい。雑な仕事である。

 最速最短でリハビリを終えて退院をもぎ取り、泡を食いつつ自宅マンションの部屋へと戻ったエイトは、そのメモ用紙を見つけていくらか冷静にはなれた。アルバイト先をメモ用紙に残しておいてくれているということは、ジジがエイトを「見限った」という可能性はいくらか低くなるだろう。

 それでもほぼ冷静さを欠いていたエイトは、メモ用紙が示すアルバイト先へとそれこそ飛ぶ勢いで向かい――しかし土壇場でジジの無知につけ込んでいた自分には彼女に合わせる顔があるのかどうかとか考え込み……結果としてロードサイドにあるコンビニの周囲を長時間うろつく不審者になったというわけであった。

「ちょっと待て。これ別れ話でもこじらせてるのか?」

 エイトの先ほどのジジに対する物言いと、彼がついさっきまで不審者だったことを勘案し、店長は己のコンビニのバックヤードで痴話喧嘩でも始まるのではないかと危惧した。

 いや、痴話喧嘩ていどだったらまだいい。同じように人形兵を愛した戦友が、まるで捨てられる寸前の彼氏、あるいはストーカーのような問いかけをしたのだ。店長の心中の秤が穏やかならざるほうへと傾くのも、むべなるかな。

「ち、違う。……たぶん」

 エイトは、まだジジの本心を聞いていない。ゆえにそのような返答になってしまい、店長から「おいっ」と言われてしまった。

「別れ話?」

 一方、当事者であるはずのジジはひとり置いていかれている状況で、店長がなぜ「別れ話」という単語を口にしたのか流れがつかめていなかった。

「……その様子を見るに別れ話って感じじゃなさそーだが……なんかこいつに困らされてるんだったら遠慮なく言えよ」
「困ってないです」

 ジジが困っているのは、己の心の弱さである。別段、エイトの言動に対して困っているだとか、そういう感想を抱いたことはなかったため、素直にそう回答する。

「それじゃ……どうして」
「『武者修行』だから」
「――え?」
「ハ?」
「エイトには、成長したわたしと会って欲しかったから」

 エイトも店長も、ジジの言葉に呆気に取られるしかなかった。

 そして、なにひとつジジの主張が理解できなかった。

「……それがどうメッセを見てないことにつながるんだ?」

 固まった状態から思考を再起動させるのは、店長のほうがいくらか早かった。そしてエイトも抱いた疑問を口にし、ジジに問いかける。

 ジジの瞳は澄んでいた。ふたりを煙にまこうという意図も、後ろめたさも感じられない澄んだまなこであった。

 しかし店長の問いかけを受けて、己の行動の意図を説明することにはジジは苦心した。心はひとつに決まっていたが、それを言語化するのはやはりジジはまだ慣れていないのだった。

 それでも四苦八苦しつつ、ジジはどうにか己の思いを言葉にしていく。

「エイトが入院したって聞いて、でも会えないって聞いてから、エイトのこと考えると心がざわざわして。それはきっとわたしの心が弱いからだと思った」
「……いや、普通に同棲している相手が入院して顔も見れないってなったら、だれだってそうなると思うぞ」
「『どうせい』?」
「ん? お前ら付き合ってるんだろ?」
「違います」
「――ハ?」

 エイトはあからさまに「ヤバッ」とでも言いたげな表情になり、反射的に顔をこわばらせて肩をすぼめる。店長はエイトのほうを向いて、ちょうどその場面を目撃した。

「こいつに指輪、渡してるんだろ。おい、お前……」
「店長。その指輪はね、えっと、『虫除け』のためにエイトがくれたものだから。だから、わたしとエイトは付き合ってるってわけじゃないんです」
「ハア?」

 店長はジジから視線を外し、またエイトを見た。エイトは、顔を青白くさせて奇妙な微笑を浮かべていた。誤魔化すわけでも、ましてや面白いことがあるから微笑んでいるわけでもなく、ただ自らが望まない状況にドンドコ流されている現状に対し、奇怪な笑みがいやおうなく込み上げてきているだけである。

「ドラマで観た。左手の薬指につける指輪は、婚約者とか伴侶とかがいる証だって。……合ってるよね?」
「あ、ああ、ウン……」
「エイトが入院する前まではわからなくて、でも調べたりしなかったんだけど。でも、ドラマで『変なひとが寄ってこないように』って指輪をしている女のひとが出てきたの。それで、意味がわかった」
「う、うん……」
「エイトも、あの指輪をくれたときに同じこと言ってた。つまり、エイトがわたしにくれた指輪はそういう意味であって、伴侶にとかそういう意味じゃないってわかってる。でもエイトがくれたものは、ぜんぶだいじだから。だいじなものをなくしたり、傷がついたりするのはいやだから……家に置いてた」

 ジジの話を聞いたエイトは表情を凍りつかせることしかできなかった。

 店長は、四白眼を細めて半目になり、今はじとっとした視線をエイトに向けている。批難の意味合いが強いその視線を受けて、エイトは心がたじろぐのがわかった。

 しかし、今はジジのこと――ジジの誤解をとくことのほうが大事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

処理中です...