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ジジの「武者修行」が果たして順調であるかは当の本人にすらわかりはしなかった。
しかし、「武者修行」と称したコンビニエンスストアでのアルバイトの日々は、普通に充実していた。
アルバイト先であるコンビニの店長はエイトと同じ部隊にいた、いわゆる戦友と言うやつで、口調こそ丁寧とは言い難いが、情緒が育ち切っていないジジでも「親切」と形容できるていどには、彼は善人であった。
このコンビニはもともと彼の父親の持ち物であったが、その父親は息子の帰還を喜び、ぎっくり腰で入院して引退を決意し、この店舗を息子に譲ることにしたのだと伝え聞いている。
ジジを含めると店員は三人。都心から離れた、二四時間営業ではないコンビニなので、店長を入れて四人でも店は回せている。
ジジは人間化手術の影響で超人的な膂力は失ったが、それでも一般的な女性よりは筋肉や体力はあるほうだった。おかげさまでコンビニでの力仕事で困ったことはない。
「店長ー。外に不審者がいるってお客様が……」
ジジが店長とふたり、昼食をとっていたバックヤードに、楚々とした美少女が顔を出す。このコンビニの店員のひとりで、見た目は綺麗な女子高生といった風体であったが、実際のところ彼女もまたジジと同じく人間化手術を受けた元人形兵であった。ジジがエイトに買い取られたように、彼女もまた店長に買い取られてコンビニを共に切り盛りしているのだった。
彼女から「不審者がいる」と告げられた店長は、四白眼をわずかに細めてやおらパイプイスから立ち上がる。以前、彼女が微笑んで「ヤカラって感じでしょ」と言っていたが、ジジには「ヤカラ」という言葉に含まれた意味まではわからなかった。
「なんかさっきからずっと店のほうをチラチラ見てうろついてる若い男がいるって」
このコンビニは、だだっ広い駐車場を備えている。周囲には他にガソリンスタンドなどがあるが、民家はほとんどない。田んぼや畑ばかりの、田舎のロードサイドに近い立地だった。
そんな場所をどこかの店に入る様子もなく、目的地が定かではない様子でうろついていると言われれば、たしかに不審者と断じられても致し方ないだろう。
「お前らは店の中にいろ。ヤバかったら通報しろ」
そう言ってコンビニから出て行く店長をふたりして見送る。
なにか道に迷っているとか、待ち人がいるとかならそれでいい。しかし店長は戦場帰りと言えども生身の人間だ。不意をつかれるなどして刃物で刺されれば怪我をするし、最悪死ぬこともあり得るだろう。
……やがて、店長はうしろに帽子をかぶり白い不織布マスクをつけた、あきらかに怪しい風体の、背の高い男を引き連れて帰ってきた。
ジジは、その男に見覚えがあった。
帽子をかぶり、マスクをつけていようとも、見間違えようはずもなかった。
「なんかすごいお久しぶりですー。不審者ってエイトさんだったんですか?」
観念した様子で帽子とマスクを取り払って出てきたのは、ものすごく気まずげな表情をしたエイトの顔だった。
「――ったくなにしてんだよ。危うく通報するとこだったわ」
「いや……すまない……」
呆れた顔をする店長よりもエイトのほうが背は高かったが、居心地悪げに身を縮こまらせているせいなのか、ジジにはなんだか小さく見えた。
「それで、ウチの外でなにしてたんですか?」
不思議そうな顔をして、無邪気に聞こえる声がエイトにぶつかる。ジジのものではない。ジジの隣にいる彼女のものだ。ジジはまだエイトの突然の登場、という事態を呑み込めず、ただぼうっと彼を見つめることしかできなかった。
「ジジの……ことが気になって……」
「ハア? つーか声ちっせえな。なにもじもじしてんだよ」
「いや……」
「てか怪我して入院してるって聞いてたけど、もう大丈夫なのか?」
「ああ、うん……お気遣いありがとう……」
「なんで歯切れ悪いんだよ」
「いや……」
先ほどからずっとエイトと目が合わないなとジジは思った。かと思えば視線がかち合っても、すぐにそらされてしまう。それでも、エイトがチラチラとジジの様子をうかがっているのは、この場のだれもがわかった。
「ジジが働いてるところ見たかったんだったら普通に客として来いよ」
「ああ、うん……」
「さっきからなんなんだよ。……怪我って、頭打ったのか?」
「……いや、まあ、打ったと言えば打ったけど」
当初はエイトの態度に呆れた様子だった店長も、次第に本気でエイトを心配しだす。それにさらなる居心地の悪さを覚えたのか定かではないが、エイトは顔色を悪くさせつつも、ついに腹をくくった様子を見せる。
「……ジジと話がしたいんだけど、今いいかな?」
「今は昼休憩中だから別にオレはいいけどよ」
店長は当然のように「ジジは?」とジジへと顔を向けて問いかける。ジジは「だいじょうぶ、です」とつたないながらに返答する。店長はそんなジジや、不審なエイトの態度に思うところはあるのだろうが、それでも「わかった」と言ってコンビニのバックヤードスペースを貸してくれることになった。
エイトとは、相変わらず視線が合わなかった。
ジジの「武者修行」が果たして順調であるかは当の本人にすらわかりはしなかった。
しかし、「武者修行」と称したコンビニエンスストアでのアルバイトの日々は、普通に充実していた。
アルバイト先であるコンビニの店長はエイトと同じ部隊にいた、いわゆる戦友と言うやつで、口調こそ丁寧とは言い難いが、情緒が育ち切っていないジジでも「親切」と形容できるていどには、彼は善人であった。
このコンビニはもともと彼の父親の持ち物であったが、その父親は息子の帰還を喜び、ぎっくり腰で入院して引退を決意し、この店舗を息子に譲ることにしたのだと伝え聞いている。
ジジを含めると店員は三人。都心から離れた、二四時間営業ではないコンビニなので、店長を入れて四人でも店は回せている。
ジジは人間化手術の影響で超人的な膂力は失ったが、それでも一般的な女性よりは筋肉や体力はあるほうだった。おかげさまでコンビニでの力仕事で困ったことはない。
「店長ー。外に不審者がいるってお客様が……」
ジジが店長とふたり、昼食をとっていたバックヤードに、楚々とした美少女が顔を出す。このコンビニの店員のひとりで、見た目は綺麗な女子高生といった風体であったが、実際のところ彼女もまたジジと同じく人間化手術を受けた元人形兵であった。ジジがエイトに買い取られたように、彼女もまた店長に買い取られてコンビニを共に切り盛りしているのだった。
彼女から「不審者がいる」と告げられた店長は、四白眼をわずかに細めてやおらパイプイスから立ち上がる。以前、彼女が微笑んで「ヤカラって感じでしょ」と言っていたが、ジジには「ヤカラ」という言葉に含まれた意味まではわからなかった。
「なんかさっきからずっと店のほうをチラチラ見てうろついてる若い男がいるって」
このコンビニは、だだっ広い駐車場を備えている。周囲には他にガソリンスタンドなどがあるが、民家はほとんどない。田んぼや畑ばかりの、田舎のロードサイドに近い立地だった。
そんな場所をどこかの店に入る様子もなく、目的地が定かではない様子でうろついていると言われれば、たしかに不審者と断じられても致し方ないだろう。
「お前らは店の中にいろ。ヤバかったら通報しろ」
そう言ってコンビニから出て行く店長をふたりして見送る。
なにか道に迷っているとか、待ち人がいるとかならそれでいい。しかし店長は戦場帰りと言えども生身の人間だ。不意をつかれるなどして刃物で刺されれば怪我をするし、最悪死ぬこともあり得るだろう。
……やがて、店長はうしろに帽子をかぶり白い不織布マスクをつけた、あきらかに怪しい風体の、背の高い男を引き連れて帰ってきた。
ジジは、その男に見覚えがあった。
帽子をかぶり、マスクをつけていようとも、見間違えようはずもなかった。
「なんかすごいお久しぶりですー。不審者ってエイトさんだったんですか?」
観念した様子で帽子とマスクを取り払って出てきたのは、ものすごく気まずげな表情をしたエイトの顔だった。
「――ったくなにしてんだよ。危うく通報するとこだったわ」
「いや……すまない……」
呆れた顔をする店長よりもエイトのほうが背は高かったが、居心地悪げに身を縮こまらせているせいなのか、ジジにはなんだか小さく見えた。
「それで、ウチの外でなにしてたんですか?」
不思議そうな顔をして、無邪気に聞こえる声がエイトにぶつかる。ジジのものではない。ジジの隣にいる彼女のものだ。ジジはまだエイトの突然の登場、という事態を呑み込めず、ただぼうっと彼を見つめることしかできなかった。
「ジジの……ことが気になって……」
「ハア? つーか声ちっせえな。なにもじもじしてんだよ」
「いや……」
「てか怪我して入院してるって聞いてたけど、もう大丈夫なのか?」
「ああ、うん……お気遣いありがとう……」
「なんで歯切れ悪いんだよ」
「いや……」
先ほどからずっとエイトと目が合わないなとジジは思った。かと思えば視線がかち合っても、すぐにそらされてしまう。それでも、エイトがチラチラとジジの様子をうかがっているのは、この場のだれもがわかった。
「ジジが働いてるところ見たかったんだったら普通に客として来いよ」
「ああ、うん……」
「さっきからなんなんだよ。……怪我って、頭打ったのか?」
「……いや、まあ、打ったと言えば打ったけど」
当初はエイトの態度に呆れた様子だった店長も、次第に本気でエイトを心配しだす。それにさらなる居心地の悪さを覚えたのか定かではないが、エイトは顔色を悪くさせつつも、ついに腹をくくった様子を見せる。
「……ジジと話がしたいんだけど、今いいかな?」
「今は昼休憩中だから別にオレはいいけどよ」
店長は当然のように「ジジは?」とジジへと顔を向けて問いかける。ジジは「だいじょうぶ、です」とつたないながらに返答する。店長はそんなジジや、不審なエイトの態度に思うところはあるのだろうが、それでも「わかった」と言ってコンビニのバックヤードスペースを貸してくれることになった。
エイトとは、相変わらず視線が合わなかった。
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