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某乙女ゲームに登場する、攻略可能なキャラクターは六人。そのうち二人一組でセット扱いとなっており、この組み合わせで平和的な三角関係のまま終了するルートがあるのが特徴のひとつだ。
まず一組目はジャスパーとウォルター。クラスで浮いてるいじめっ子といじめられっ子という関係。
粗暴なジャスパーに怯えながらも逆らえない弱気なウォルター……というのが表向きの印象であるが、実は違う。
すでにみなさんが知っての通り、ジャスパーは額面通りの乱暴者ではない。その内には自身だけではコントロール不可能な他害的な衝動を抱えている。彼は明らかに医者による適切な治療を必要としている類いの人間だ。
ジャスパーは上手く生きられない自分に悩むごく普通の少年――というのがゲーム内での設定である。
対するウォルターはいじめられっ子に見せかけて、実のところジャスパーの弱い部分を最大限活用している曲者だ。
ジャスパーに対しては「親友」を自称しながら、ある目的のために他害衝動をそそのかし、小動物を殺させているというトンデモないやつなのである。
わたしが知る限りでは粗雑な扱いをされながらも、なぜかジャスパーのそばを離れない変なやつ扱いされているだけの人間だが……。
一組目を聞いただけで「なんかアレなキャラクターたちだな……」と思ったあなた!
正解です。二組目と三組目もこんな調子です。
ささっと説明すると、二組目は一卵性の双子。ふたりだけの世界に閉じこもってる変人という印象だけど、実はかつてほぼカルト教団の秘密結社で崇められていた存在。今はその秘密結社は解体され、ごく普通に暮らしているけれどちやほやされていた過去と現在のギャップに悩まされている……という設定。
三組目はやっと出て来た! 王子様とその従者。学園でも主席かつ見目麗しい王子様とその従者という、わりとよくある――一見普通なキャラクター。だけど実はこの王子様はサドマゾヒストで学園内で秘密の倒錯サークルを作り、そこでやりたい放題の生活を送っている。
従者も従者でこちらは呪いによって色情狂になってしまっているので、内心では抵抗しながらも王子と呪いには逆らえず、サークルであれやこれやしている……という設定。
正気に返ったわたしは思った。
こんなやつらと現実で恋仲になりたいかよ?!
無理だよ。二次元ならまだしも三次元でこれらの設定は、典型的小市民には重すぎるし背負いきれない。彼らに必要なのはヒロインじゃなくて医者の適切な処置だ。どいつもこいつも心の治療が必要だ。
小動物殺害だの倒錯サークルだの、ゲームでもギリギリアウトかな……? いや、完全アウトかな……? って悩むラインだよ。
ちなみにゲームの――なにかと遊ばれがちな――ジャンル名は「異世界学園インモラルラブ」。……そうだねインモラルだね。嘘は言ってないね。
ここでみなさんは「おいおい、さっきまであんなにノリノリだったじゃないか」と思うことでしょう。
その件はもう……なんというか……ドリームが爆発してしまったというか……。前世のわたしはあまりにパッとしなかったので、ゲームの世界に転生! っていうだけで舞い上がってしまったとしか言いようがないです、はい……。
そうしてわたしが脳内で自らの行いに呆然としているあいだにも、シビルとジャスパーの攻防は続いていた。……いや、正確にはジャスパーは防戦一方といったところだろうか。その盾もすでに破れかぶれであることは明らかだったが。
「怯えることはありません」
そう言ったシビルの制服の白いシャツは明らかに血染みが出来ている。シビルの言葉にジャスパーはびくりと大げさなまでに肩を揺らし、一歩うしろへ下がった。
そりゃ怯えるよ。「怯えることはない」って言われても怖すぎるから。
シビルがなぜ無事なのかはわからない。決定的な瞬間――ジャスパーがシビルを刺しただろう場面――はわたしは見ていない。けれどもシビルの制服に血がついているということは、彼女は出血したはずだ。けれども、彼女はどう見たって無傷で……?
「フギロシャネソララ様の信徒となりし門戸は広く開かれています」
「は……?」
「さあ、私と共にフギロシャネソララ様の恩寵に身を委ねましょう。恐れることはありません。フギロシャネソララ様の叡智がいかに偉大であるか――荒廃せしこの極次元において絶対なる救いであるかは、すぐに理解出来ます」
シビルは相変わらずの調子である。ジャスパーはたじろぎ、困惑している様子だ。
わたしはシビルの背を見つめながら自分がどうするべきか、さっぱりわからずオロオロとしてしまう。
シビルは恐らくまっすぐにジャスパーを見ている。ジャスパーはその視線に対し、居心地悪そうにしていた。そりゃそうだろう。だって、彼は今まさしく殺人という罪を犯そうとしていたのだから。
そしてシビルは良く通る涼やかな声で続ける。
「私は殺せましたか?」
「――っ!」
「殺せませんでしたね? 死ぬことはありませんでしたね?」
ジャスパーの額に汗が浮く。肩が大きく揺らいで、呼吸が荒れていることがわかる。
彼は恐れている。動物的直感で、今目の前にいる人間の恐ろしさをよくよく理解出来て――しまっている。
なぜならわたしも怖かったからだ。あまりに凪いでいるシビルの精神状態も理解出来なかった。いつものように「電波だ!」と茶化すことすら出来ない。
そうするだけの迫力が、今のシビルにはあった。
「これもすべて、フギロシャネソララ様の御加護あってのこと。その恩寵に浴しているからこそ、貴方には私を害することが出来なかった。――わかりますね?」
「――! わかってたまるかっ!」
ジャスパーはまた吠えた。けれども、その声はかすかに震えていた。
「いいえ、当事者たる貴方であればこそ、理解出来るはずです。フギロシャネソララ様の絶対力という恩寵の一端を与えられた私の、その生命の絶対性を」
「うるさい、うるさい、うるさい! わかって――たまるかよ!」
「――そうですか」
つやつやとした、いっそ滑稽なほどの自信に満ちあふれていた声を引っ込めて、シビルは静かにそう言った。
と、同時に胸に当てていた腕をおろすや、やおらつかつかとジャスパーに歩み寄る。それは優雅ながらに見えて、恐ろしいほど素早い行動だった。
「では、もう一度殺せば良いでしょう」
シビルがジャスパーの右手首をにぎった。彼の利き手には折り畳み式のナイフが、刃を剥き出しにしている。その刃先には、乾き始めた血がついていた。
「も、もう一度……」
「もう一度、殺せば良いでしょう」
さながら幼児に言い聞かすような、穏やかな声音でシビルは繰り返す。
「貴方のその衝動を解放するのです」
「っ! ――な、なんでそれを……?!」
「フギロシャネソララ様を前にしては、何人たりとも嘘はつけません。そしてその恩寵を賜っている私の前でも」
ジャスパーは虚ろな目でシビルを見る。その瞳の中には光りが差し込んでいた。けれども、彼の眼は明らかに曇っていた。
「さあ、私に向かって解放しなさい」
「い、嫌だ」
「いいえ、解放するのです。私の前では――いえ、フギロシャネソララ様の前では、抑えず、ただ、自然に身を委ねて――」
「嫌だ! やめてくれ!」
悲鳴を上げるジャスパーはシビルの手から逃げようと腕を引いた。けれどもどういうことだろう。ジャスパーよりもずっと華奢なシビルの手を、彼は振りほどけないようだった。
「オレはだれも傷つけたくないんだ!」
そのセリフはどれほど滑稽だっただろう。なぜなら彼はすでに幾多もの命を、その手にしたナイフで残酷にも奪っている。
けれどもその言葉は、ジャスパーの、心からの叫びだった。
「なればこそ、解放するのです! 内に秘めし衝動を! 欲望を! 変え難きその性を! 心の底から解放するのです!」
シビルの声が響き渡る。
ジャスパーは吠えた。それはほとんど悲鳴と同じだった。
そして彼はナイフを振るった。何度も、何度も。忌々しい、恐ろしい、そんな怪物から逃れようとするかのように――。
わたしは彼女が死んだと思った。彼女の背しか見えなかったけれども、何度も何度も、肉を刺し、刃先が骨に当たる音が聞こえたからだ。
わたしは腰を抜かしてそのまま自身を守るように頭を抱えた。それでも肝を底冷えさせるようなおぞましい音からは逃れられなかった。
それは無限の時間のように思えた。
けれども――
「ようやく会えましたね、ジャスパー。さあ……私は――殺せましたか?」
けれども、シビルは平然と立っていた。細い二本の足で地を踏み、立っていた。
ジャスパーは泣いていた。涙と鼻水でいつも不機嫌そうにしている顔をぐちゃぐちゃにして、シビルを見ていた。
「私は――殺せませんでしたね」
ジャスパーは肩で息をしながらシビルをにらみつける。けれどもその喉から漏れ出るのは嗚咽だった。
「これでわかったことでしょう、ジャスパー。貴方には――私と、フギロシャネソララ様が必要なのです!」
それがシビルの勝鬨だった。
まず一組目はジャスパーとウォルター。クラスで浮いてるいじめっ子といじめられっ子という関係。
粗暴なジャスパーに怯えながらも逆らえない弱気なウォルター……というのが表向きの印象であるが、実は違う。
すでにみなさんが知っての通り、ジャスパーは額面通りの乱暴者ではない。その内には自身だけではコントロール不可能な他害的な衝動を抱えている。彼は明らかに医者による適切な治療を必要としている類いの人間だ。
ジャスパーは上手く生きられない自分に悩むごく普通の少年――というのがゲーム内での設定である。
対するウォルターはいじめられっ子に見せかけて、実のところジャスパーの弱い部分を最大限活用している曲者だ。
ジャスパーに対しては「親友」を自称しながら、ある目的のために他害衝動をそそのかし、小動物を殺させているというトンデモないやつなのである。
わたしが知る限りでは粗雑な扱いをされながらも、なぜかジャスパーのそばを離れない変なやつ扱いされているだけの人間だが……。
一組目を聞いただけで「なんかアレなキャラクターたちだな……」と思ったあなた!
正解です。二組目と三組目もこんな調子です。
ささっと説明すると、二組目は一卵性の双子。ふたりだけの世界に閉じこもってる変人という印象だけど、実はかつてほぼカルト教団の秘密結社で崇められていた存在。今はその秘密結社は解体され、ごく普通に暮らしているけれどちやほやされていた過去と現在のギャップに悩まされている……という設定。
三組目はやっと出て来た! 王子様とその従者。学園でも主席かつ見目麗しい王子様とその従者という、わりとよくある――一見普通なキャラクター。だけど実はこの王子様はサドマゾヒストで学園内で秘密の倒錯サークルを作り、そこでやりたい放題の生活を送っている。
従者も従者でこちらは呪いによって色情狂になってしまっているので、内心では抵抗しながらも王子と呪いには逆らえず、サークルであれやこれやしている……という設定。
正気に返ったわたしは思った。
こんなやつらと現実で恋仲になりたいかよ?!
無理だよ。二次元ならまだしも三次元でこれらの設定は、典型的小市民には重すぎるし背負いきれない。彼らに必要なのはヒロインじゃなくて医者の適切な処置だ。どいつもこいつも心の治療が必要だ。
小動物殺害だの倒錯サークルだの、ゲームでもギリギリアウトかな……? いや、完全アウトかな……? って悩むラインだよ。
ちなみにゲームの――なにかと遊ばれがちな――ジャンル名は「異世界学園インモラルラブ」。……そうだねインモラルだね。嘘は言ってないね。
ここでみなさんは「おいおい、さっきまであんなにノリノリだったじゃないか」と思うことでしょう。
その件はもう……なんというか……ドリームが爆発してしまったというか……。前世のわたしはあまりにパッとしなかったので、ゲームの世界に転生! っていうだけで舞い上がってしまったとしか言いようがないです、はい……。
そうしてわたしが脳内で自らの行いに呆然としているあいだにも、シビルとジャスパーの攻防は続いていた。……いや、正確にはジャスパーは防戦一方といったところだろうか。その盾もすでに破れかぶれであることは明らかだったが。
「怯えることはありません」
そう言ったシビルの制服の白いシャツは明らかに血染みが出来ている。シビルの言葉にジャスパーはびくりと大げさなまでに肩を揺らし、一歩うしろへ下がった。
そりゃ怯えるよ。「怯えることはない」って言われても怖すぎるから。
シビルがなぜ無事なのかはわからない。決定的な瞬間――ジャスパーがシビルを刺しただろう場面――はわたしは見ていない。けれどもシビルの制服に血がついているということは、彼女は出血したはずだ。けれども、彼女はどう見たって無傷で……?
「フギロシャネソララ様の信徒となりし門戸は広く開かれています」
「は……?」
「さあ、私と共にフギロシャネソララ様の恩寵に身を委ねましょう。恐れることはありません。フギロシャネソララ様の叡智がいかに偉大であるか――荒廃せしこの極次元において絶対なる救いであるかは、すぐに理解出来ます」
シビルは相変わらずの調子である。ジャスパーはたじろぎ、困惑している様子だ。
わたしはシビルの背を見つめながら自分がどうするべきか、さっぱりわからずオロオロとしてしまう。
シビルは恐らくまっすぐにジャスパーを見ている。ジャスパーはその視線に対し、居心地悪そうにしていた。そりゃそうだろう。だって、彼は今まさしく殺人という罪を犯そうとしていたのだから。
そしてシビルは良く通る涼やかな声で続ける。
「私は殺せましたか?」
「――っ!」
「殺せませんでしたね? 死ぬことはありませんでしたね?」
ジャスパーの額に汗が浮く。肩が大きく揺らいで、呼吸が荒れていることがわかる。
彼は恐れている。動物的直感で、今目の前にいる人間の恐ろしさをよくよく理解出来て――しまっている。
なぜならわたしも怖かったからだ。あまりに凪いでいるシビルの精神状態も理解出来なかった。いつものように「電波だ!」と茶化すことすら出来ない。
そうするだけの迫力が、今のシビルにはあった。
「これもすべて、フギロシャネソララ様の御加護あってのこと。その恩寵に浴しているからこそ、貴方には私を害することが出来なかった。――わかりますね?」
「――! わかってたまるかっ!」
ジャスパーはまた吠えた。けれども、その声はかすかに震えていた。
「いいえ、当事者たる貴方であればこそ、理解出来るはずです。フギロシャネソララ様の絶対力という恩寵の一端を与えられた私の、その生命の絶対性を」
「うるさい、うるさい、うるさい! わかって――たまるかよ!」
「――そうですか」
つやつやとした、いっそ滑稽なほどの自信に満ちあふれていた声を引っ込めて、シビルは静かにそう言った。
と、同時に胸に当てていた腕をおろすや、やおらつかつかとジャスパーに歩み寄る。それは優雅ながらに見えて、恐ろしいほど素早い行動だった。
「では、もう一度殺せば良いでしょう」
シビルがジャスパーの右手首をにぎった。彼の利き手には折り畳み式のナイフが、刃を剥き出しにしている。その刃先には、乾き始めた血がついていた。
「も、もう一度……」
「もう一度、殺せば良いでしょう」
さながら幼児に言い聞かすような、穏やかな声音でシビルは繰り返す。
「貴方のその衝動を解放するのです」
「っ! ――な、なんでそれを……?!」
「フギロシャネソララ様を前にしては、何人たりとも嘘はつけません。そしてその恩寵を賜っている私の前でも」
ジャスパーは虚ろな目でシビルを見る。その瞳の中には光りが差し込んでいた。けれども、彼の眼は明らかに曇っていた。
「さあ、私に向かって解放しなさい」
「い、嫌だ」
「いいえ、解放するのです。私の前では――いえ、フギロシャネソララ様の前では、抑えず、ただ、自然に身を委ねて――」
「嫌だ! やめてくれ!」
悲鳴を上げるジャスパーはシビルの手から逃げようと腕を引いた。けれどもどういうことだろう。ジャスパーよりもずっと華奢なシビルの手を、彼は振りほどけないようだった。
「オレはだれも傷つけたくないんだ!」
そのセリフはどれほど滑稽だっただろう。なぜなら彼はすでに幾多もの命を、その手にしたナイフで残酷にも奪っている。
けれどもその言葉は、ジャスパーの、心からの叫びだった。
「なればこそ、解放するのです! 内に秘めし衝動を! 欲望を! 変え難きその性を! 心の底から解放するのです!」
シビルの声が響き渡る。
ジャスパーは吠えた。それはほとんど悲鳴と同じだった。
そして彼はナイフを振るった。何度も、何度も。忌々しい、恐ろしい、そんな怪物から逃れようとするかのように――。
わたしは彼女が死んだと思った。彼女の背しか見えなかったけれども、何度も何度も、肉を刺し、刃先が骨に当たる音が聞こえたからだ。
わたしは腰を抜かしてそのまま自身を守るように頭を抱えた。それでも肝を底冷えさせるようなおぞましい音からは逃れられなかった。
それは無限の時間のように思えた。
けれども――
「ようやく会えましたね、ジャスパー。さあ……私は――殺せましたか?」
けれども、シビルは平然と立っていた。細い二本の足で地を踏み、立っていた。
ジャスパーは泣いていた。涙と鼻水でいつも不機嫌そうにしている顔をぐちゃぐちゃにして、シビルを見ていた。
「私は――殺せませんでしたね」
ジャスパーは肩で息をしながらシビルをにらみつける。けれどもその喉から漏れ出るのは嗚咽だった。
「これでわかったことでしょう、ジャスパー。貴方には――私と、フギロシャネソララ様が必要なのです!」
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