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そうしてこうしてわたしの頭の中の花畑は枯れ、バカみたいなカーニバルは終幕した。
そうして残ったのは惨憺たる現実だ。
ハリエットはわたしが悩みを無視した結果、宗教(?)に走り今やフギロナントカの敬虔な信者である。
シビルはハナから論外だ。
クラスメイトたちには今さらわたしが変わったって、これまでにしてきた雑な扱いや仕打ちを、都合良く忘れてくれるなんてことはないだろう。わたしだって今さらどのツラ下げて顔向けすればいいのかわからない。
それからみなさまが最も気になっているだろう――まだそんなこと言ってるのかと言われそうだが――攻略対象キャラクターのジャスパーはと言えば――……端的に言うと第二のハリエットになっていた。
心を入れ替えて天使のような人間になったという意味ではない。シビルに感化されてフギロナントカの信者になったという意味だ。
「私はずっと、本当の貴方に会いたいと思っていたのですよ」
血まみれの制服を着たまま、シビルは膝をつくジャスパーの頭を腕で抱きしめた。
「本当の、オレ……?」
「ええそうです。剥き出しの魂、隠されざる精神……それらすべてを曝け出した貴方を、私は待っていたのです」
「オレ、オレはそんな――」
「案ずることはありません。ジャスパー」
慈愛に満ち満ちた声で言葉を続けるシビルに対し、ジャスパーは肩を震わせてぜいぜいと荒く息をしていた。
わたしはと言うと、尻もちを突いた姿勢のまま、呆然とふたりのやり取りを阿呆のように見ているだけだった。弁明すると腰が抜けていたし、そもそも場の流れについて行けていなかった。
「衝動など私たちの前では抑えなくとも良いのです」
「――!」
「抑圧するからこそ衝動は強くなってしまうのです。衝動は外へ解放し、昇華すべきものです。安心してください。私は殺せませんから。ですからありのままの貴方を私たちに――フギロシャネソララ様のために、くださいませんか? ジャスパー」
ジャスパーはゆっくりと顔を上げてシビルを呆然と見やる。
「そんなこと、初めて言われた……」
わたしは「当たり前だよ!」と内心でツッコんだ。さすがに声には出さなかった。
シビルの言ってることは要するに「だれか殺したいの? じゃあ私を殺せばOK!」ってな狂った提案である。そんなこと言う人間は自殺志願者だとしか思えない。
けれども現実には、事実、シビルは死ななかった。ジャスパーには殺されなかった。
なにかしらのトリックを想像しようにも元より頭の悪いわたしには具体的な推測すら思い浮かばない。ジャスパーは、恐らくはトリックだとかそんなことをもう考えていないようだった。
そのままシビルはしばらくジャスパーをヨシヨシしていた。バブみとかオギャリとかいう言葉がわたしの脳裏をよぎったが、それは案外的外れな印象でもなかったかのように思う。
ジャスパーは改心した。もう二度と無抵抗な動物の命を奪わないとシビル――とフギロナントカ――に誓った。
……そしてジャスパーはシビルの取り巻きのひとりとなった。
今、わたしの視界に映るのはついこのあいだまでの挑発的な態度はどこへやら、ごくごく普通の少年といった風情のジャスパーがいる。
いつもは乱していた制服もちゃんと着込んでネクタイも締めているし、鋭い視線を四方八方へ向けることもない。授業にだって真面目に取り組むようになった。そんな彼の変わりように周囲はかなりおどろいたが、理由はだれも聞かなかった。恐ろしかったからだろう。
しかし理由など本人から問いたださずとも、その行動を見ていればおのずとわかる。
なぜならジャスパーは四六時中シビルのそばにいるからだ。
授業の合間に教室を移動するときも一緒、昼食を取る時も一緒、なんならトイレだって出入り口の脇で控えているというありさまだ。
「これもシビル様の人徳がなせるわざね! ねえそう思わない? ベティ」
フギロナントカの信奉者となった以外は天使のままのハリエットは、笑顔でそう言った。
わたしはそれに愛想笑いで返す。人徳ではなく不可思議な力のせいだろうとは思ったが、唯一の友人を失いたくないばかりに口には出せなかった。
そう、わたしは今や完全なボッチである。精神的に完全に孤立している。
存在そのものが意味不明なシビルとは関わり合いになりたくないものの、そうしようとすればハリエットとは別れることになる。わたしはそれを避けたかった。
今まで散々自己中心的な行動を取っておいてまだ、と思われるかもしれないが、クラスで完全に孤立してしまうのは、ハッキリ言ってつらい。
かといって今さら他のクラスメイトたちと仲良くなるのには無理があった。特に周囲はわたしもシビルの仲間だとみなしつつあるのだ。以前の言動も相まって、前にも増して遠巻きにされている事実に気づいたときは、流石のわたしも泣きそうだった。
完全に身から出たサビなので、こんな泣き言はだれにも言えないのだが……。
「――フギロシャネソララ様は常にオーバーレイヤーから私たちを見守っていますが、その姿を極次元にみだりに晒す、ということはせず――」
そんなわたしは今どこにいるのかと言うと、邪神サークルが使用している空き教室である。
そしてそこへ集うのは信者三人とそうじゃないわたし。三人とは言うまでもなく、シビル、ハリエット、ジャスパーである。
ふたりの信者を前にしてフギロナントカはなんぞやという講演を行っているシビルを、わたしはうつろな目で見ていた。話は右から左である。
わたしはフギロナントカの信者ではない。けれども周囲からはシビルたちの仲間と思われ、シビルたちからは仲間だと思われている。そうじゃないと思っているのはわたしだけなのだ。
そう思うとつらくて泣きそうである。
わたしは講演に熱中している三人を置いて、こっそりとやたらに暗い空き教室から抜けだした。
そんなわたしがどこへ行ったかというと――
「ごめんねグレイさん。本当はこんな乱暴なこと、したくないんだけどね」
捕まっていた。比喩ではなく、麻縄でぐるぐる巻きにされて床に転がされている。
わたしは思う。
「どうしてこうなった!」――と。
わたしを縄でぐるぐる巻きにした上、冷たい床に転がしているのはウォルター・ウィンズレット。ゲーム中ではジャスパーと二人一組扱いされている少年である。
わたしの説明なんてもう忘れてるだろうからもう一度言うと、ウォルターはジャスパーとはいじめられっ子といじめっ子のような関係。その割にウォルターはジャスパーから離れようとしないため、クラスでは「変な奴」扱いされている。
しかしどっこい。このゲームの攻略対象と言うからには一筋縄ではいかない。他が倒錯サークル主宰王子とか呪われ色情狂従者とかだからね。ウォルターも平凡なはずがない。
ではどんなやつかとひとことで言えば――「マザコンオカルト狂」。そう、彼は愛する母親を黒魔術の儀式によって復活させようとしているのだ。
まあ、「亡くなってしまった大切な人を蘇らせたい」というのは、まあまあ理解出来る考えだろう。自分がそう思ったことがあるかどうかは別として、少なくとも「まったく理解不能な考え」というほどのものではない。
ウォルターがぶっ飛んでいるところはそれを現実に実行しようとして道を踏み外している点である。
なにを隠そう、ジャスパーの他害衝動を利用して、動物たちを殺すことをそそのかしていたのが彼なのだ。心の弱いジャスパーは「親友」を自称するウォルターの頼みなら……とホイホイ動物を殺してしまうのである。そして憐れにも命を奪われた動物は、ウォルターの黒魔術の儀式にもっぱら利用される……という寸法である。
黒魔術に利用されるのなら基本的に死骸は見つからないのでは? と思うだろうが、そこはあれだ。ジャスパーが暴走し始めていたということらしい。つまりウォルターの依頼とは関係なく衝動を発散させていた結果、動物たちの他殺体が散見されるようになったというのが真相のようだ。
そしてそして、そんなウォルターが私になんの用があるのかと言うと。
「まさかジャスパーが貴女たちのグループに入るなんて思ってもみなかったよ。どんな魔法を使ったの? ……でも、まあ関係ないか。どうせすぐ元通りになるんだから……。そうだよ。ぼくの計画はだれにも邪魔させはしないんだから……」
……どうやら原因は邪神サークルらしい。
ウォルターの地雷は「いつもと違うこと」と「計画の邪魔をされること」である。前者はいつまでもいっしょにいられると思っていた母親の死に起因し、後者は母親を取り戻すための邪魔をされることを病的なまでに恐れているからだ。
……本当に、このひとたちに必要なのはヒロインじゃなくて医者だよ!
仮にわたしがよくある「世界の強制力」とかでヒロインをやらざるを得なくなったとしても、彼らを背負い切れる自信はない。花畑が枯れる前のわたしはそんなことまったく考えなかったけど、今は違う。無理だ。無理。彼らの人生を背負う覚悟をしろだなんて無理すぎる。
そう考えるとヒロインを張るのはかなりの覚悟が必要なのだな……。いや、そんな覚悟がいるのはこんな世界のヒロインくらいか?
「あのーわたし実はシビルとはなんの関係もないから解放してくれませんか?」
下手に出て愛想笑いもつけてみる。けれどもウォルターはいかにも善人そうな顔に笑みを浮かべて断ってくれやがった。ちくしょう。
「ジャスパーが変わった理由はアンダーさんにあるって、グレイさんはそう言ったよね? ……これを知っているということは貴女は彼らに近しいということ。そうでしょう?」
その論には穴がありまくっているが、しかし「彼らに近しい」ということ自体は――悲しいことに――当たっている。
そう、そもそもこんなことになったのにはわたしの不用意な言葉が関係していた。
教室をこっそり出たあと、ウォルターに出会ったわたしは彼にジャスパーの変貌の理由を問い詰められて、思わずバカ正直にシビルの名を出してしまったのだ。そこでウォルターはすぐさまわたしを人質にとって今まさにシビルを呼び出しに行こうとしている――という具合である。
本当に「どうしてこうなった!」だよ!
「――失礼しますわね、ミスター・ウィンズレット」
「……ようやく来たようだね。自分の信者が拉致されたって言うのに、ずいぶんとのんびりしているんじゃないかな」
ウォルターから言伝を預かった通りすがりの生徒――もちろんわたしがこんな状態なことは知らない――は、無事シビルを呼び出すことに成功したようだ。……うれしいような、しかし素直に喜べないような、不思議な心持ちである。
「大丈夫ですか? ベティ」
「えっ、アッハイ」
「案ずることはありませんよ、ベティ。彼の不信心者もすぐにフギロシャネソララ様の素晴らしさに気づくでしょうから。さすれば貴女の解放もすぐです」
「……なにを言っているんだ」
最後のセリフはわたしじゃないよ! 同じこと思ったけどさ!
ウォルターはうさんくさそうな目でシビルを見ている。けどうさんくささではシビルに負けていないだろう! ウォルター! と心の中でツッコんでしまう。
「屈するのは貴女のほうだよ、アンダーさん」
「いいえ。フギロシャネソララ様の素晴らしさに気づけばその考えも変わるでしょう」
「言ってろ! ――ぼくの悪魔たち! あの女を叩きのめせ!」
え? 悪魔ってナニ? とわたしは思った。
これでなにもなければ「中二病乙」で済ませられたのだが、ウォルターは隠し持っていたカミソリで自らの腕を切り裂くや、急に空気がこごった。っていうか躊躇なくアームカットて! 見てるほうが痛い!
そして空気が変わったと思えば、やおら教室を暗黒が包む。昼だと言うのに、夜中のようだった。
「……おやおや」
シビルはそう言っただけだが、わたしはパニックだ。なにせ急に立ち込んだ闇――そうとしか表現できない――からなにやら醜悪な化け物が姿を現したからである。皺の深い老人の顔をさらにぐしゃぐしゃにしたようなその化物は、コウモリの羽にヤギのツノを備えていた。
ウォルターはそんな化け物を見るや、勝ち誇った様子で顔をゆがめる。
わたしはただ呆然としていた。そして今さらながらにここがゲームの世界ではないということを痛感した。
なぜならこんなイベントはなかったし、そもそもウォルターは「オカルト狂い」という設定だったが、ガチの魔術師とかではなかったからだ。
「これで終わりだよ、アンダーさん。ジャスパーは返してもらう。降伏するなら今のうちだ」
ウォルターの言葉に、シビルは微笑んだ。
「いいえ、終わりではなく――始まりです。貴方のフギロシャネソララ様の信徒としての人生が、今幕を開けようとしていますわ。私にはわかります」
ぐにゃり、空間が歪んだ。真っ暗闇でもわかる、歪み。それは悪魔の醜悪な頭部を巻き込んで発生した。
「――え?」
弾ける。悪魔の頭が地に落ちた果実のように、柔らかな印象を持って弾け飛んだ。その破片がウォルターの頬に付着する。
不幸にもその瞬間を目撃してしまったわたしは、漏らしそうになった。いや、正直に告白するとちょっとだけ漏らした。ちょっとだけ! ちょっとだけだからね!
「――な、なに、が」
ウォルターは呆然とした様子で悪魔の無惨な遺骸を見下ろす。気がつけば彼のすぐそばにはシビルが立っていた。
「“それ”は――不幸な話ですが――生まれながらにフギロシャネソララ様に害なす意思を持つゆえに、この極次元から排斥されたのです」
「――は?」
「貴方も“それ”の悪影響下にあるようですね。労しいことです。――しかし! フギロシャネソララ様の信徒たる私がいます。ご安心を」
「――は? え? あ――?」
シビルの白魚のような手が唖然とするウォルターの頭に触れる。
そこでわたしは気づいた。ジャスパーのときも彼女は彼の頭に触れていた。
……これ、洗脳しているのでは?
ウォルターは悲鳴を上げた。でも、たぶん、もう手遅れだろう。彼が次に発する言葉はフギロナントカを賛美する言葉に違いない。
わたしは心の中で彼に餞の言葉を送り、そしてうつろにつぶやく。――「邪神サークルへようこそ」と。
かくしてわたしはヒロインの座を放棄し――正気を持ってして半ば放棄させられ――シビルがそれに収まったかのような展開になり、なっていくのだが、その話は悪夢が過ぎるので語りたくもない。
ひとつたしかなのはわたしの半ば自業自得な受難のスクールライフはまだ始まったばかりである、ということだけである。
そうして残ったのは惨憺たる現実だ。
ハリエットはわたしが悩みを無視した結果、宗教(?)に走り今やフギロナントカの敬虔な信者である。
シビルはハナから論外だ。
クラスメイトたちには今さらわたしが変わったって、これまでにしてきた雑な扱いや仕打ちを、都合良く忘れてくれるなんてことはないだろう。わたしだって今さらどのツラ下げて顔向けすればいいのかわからない。
それからみなさまが最も気になっているだろう――まだそんなこと言ってるのかと言われそうだが――攻略対象キャラクターのジャスパーはと言えば――……端的に言うと第二のハリエットになっていた。
心を入れ替えて天使のような人間になったという意味ではない。シビルに感化されてフギロナントカの信者になったという意味だ。
「私はずっと、本当の貴方に会いたいと思っていたのですよ」
血まみれの制服を着たまま、シビルは膝をつくジャスパーの頭を腕で抱きしめた。
「本当の、オレ……?」
「ええそうです。剥き出しの魂、隠されざる精神……それらすべてを曝け出した貴方を、私は待っていたのです」
「オレ、オレはそんな――」
「案ずることはありません。ジャスパー」
慈愛に満ち満ちた声で言葉を続けるシビルに対し、ジャスパーは肩を震わせてぜいぜいと荒く息をしていた。
わたしはと言うと、尻もちを突いた姿勢のまま、呆然とふたりのやり取りを阿呆のように見ているだけだった。弁明すると腰が抜けていたし、そもそも場の流れについて行けていなかった。
「衝動など私たちの前では抑えなくとも良いのです」
「――!」
「抑圧するからこそ衝動は強くなってしまうのです。衝動は外へ解放し、昇華すべきものです。安心してください。私は殺せませんから。ですからありのままの貴方を私たちに――フギロシャネソララ様のために、くださいませんか? ジャスパー」
ジャスパーはゆっくりと顔を上げてシビルを呆然と見やる。
「そんなこと、初めて言われた……」
わたしは「当たり前だよ!」と内心でツッコんだ。さすがに声には出さなかった。
シビルの言ってることは要するに「だれか殺したいの? じゃあ私を殺せばOK!」ってな狂った提案である。そんなこと言う人間は自殺志願者だとしか思えない。
けれども現実には、事実、シビルは死ななかった。ジャスパーには殺されなかった。
なにかしらのトリックを想像しようにも元より頭の悪いわたしには具体的な推測すら思い浮かばない。ジャスパーは、恐らくはトリックだとかそんなことをもう考えていないようだった。
そのままシビルはしばらくジャスパーをヨシヨシしていた。バブみとかオギャリとかいう言葉がわたしの脳裏をよぎったが、それは案外的外れな印象でもなかったかのように思う。
ジャスパーは改心した。もう二度と無抵抗な動物の命を奪わないとシビル――とフギロナントカ――に誓った。
……そしてジャスパーはシビルの取り巻きのひとりとなった。
今、わたしの視界に映るのはついこのあいだまでの挑発的な態度はどこへやら、ごくごく普通の少年といった風情のジャスパーがいる。
いつもは乱していた制服もちゃんと着込んでネクタイも締めているし、鋭い視線を四方八方へ向けることもない。授業にだって真面目に取り組むようになった。そんな彼の変わりように周囲はかなりおどろいたが、理由はだれも聞かなかった。恐ろしかったからだろう。
しかし理由など本人から問いたださずとも、その行動を見ていればおのずとわかる。
なぜならジャスパーは四六時中シビルのそばにいるからだ。
授業の合間に教室を移動するときも一緒、昼食を取る時も一緒、なんならトイレだって出入り口の脇で控えているというありさまだ。
「これもシビル様の人徳がなせるわざね! ねえそう思わない? ベティ」
フギロナントカの信奉者となった以外は天使のままのハリエットは、笑顔でそう言った。
わたしはそれに愛想笑いで返す。人徳ではなく不可思議な力のせいだろうとは思ったが、唯一の友人を失いたくないばかりに口には出せなかった。
そう、わたしは今や完全なボッチである。精神的に完全に孤立している。
存在そのものが意味不明なシビルとは関わり合いになりたくないものの、そうしようとすればハリエットとは別れることになる。わたしはそれを避けたかった。
今まで散々自己中心的な行動を取っておいてまだ、と思われるかもしれないが、クラスで完全に孤立してしまうのは、ハッキリ言ってつらい。
かといって今さら他のクラスメイトたちと仲良くなるのには無理があった。特に周囲はわたしもシビルの仲間だとみなしつつあるのだ。以前の言動も相まって、前にも増して遠巻きにされている事実に気づいたときは、流石のわたしも泣きそうだった。
完全に身から出たサビなので、こんな泣き言はだれにも言えないのだが……。
「――フギロシャネソララ様は常にオーバーレイヤーから私たちを見守っていますが、その姿を極次元にみだりに晒す、ということはせず――」
そんなわたしは今どこにいるのかと言うと、邪神サークルが使用している空き教室である。
そしてそこへ集うのは信者三人とそうじゃないわたし。三人とは言うまでもなく、シビル、ハリエット、ジャスパーである。
ふたりの信者を前にしてフギロナントカはなんぞやという講演を行っているシビルを、わたしはうつろな目で見ていた。話は右から左である。
わたしはフギロナントカの信者ではない。けれども周囲からはシビルたちの仲間と思われ、シビルたちからは仲間だと思われている。そうじゃないと思っているのはわたしだけなのだ。
そう思うとつらくて泣きそうである。
わたしは講演に熱中している三人を置いて、こっそりとやたらに暗い空き教室から抜けだした。
そんなわたしがどこへ行ったかというと――
「ごめんねグレイさん。本当はこんな乱暴なこと、したくないんだけどね」
捕まっていた。比喩ではなく、麻縄でぐるぐる巻きにされて床に転がされている。
わたしは思う。
「どうしてこうなった!」――と。
わたしを縄でぐるぐる巻きにした上、冷たい床に転がしているのはウォルター・ウィンズレット。ゲーム中ではジャスパーと二人一組扱いされている少年である。
わたしの説明なんてもう忘れてるだろうからもう一度言うと、ウォルターはジャスパーとはいじめられっ子といじめっ子のような関係。その割にウォルターはジャスパーから離れようとしないため、クラスでは「変な奴」扱いされている。
しかしどっこい。このゲームの攻略対象と言うからには一筋縄ではいかない。他が倒錯サークル主宰王子とか呪われ色情狂従者とかだからね。ウォルターも平凡なはずがない。
ではどんなやつかとひとことで言えば――「マザコンオカルト狂」。そう、彼は愛する母親を黒魔術の儀式によって復活させようとしているのだ。
まあ、「亡くなってしまった大切な人を蘇らせたい」というのは、まあまあ理解出来る考えだろう。自分がそう思ったことがあるかどうかは別として、少なくとも「まったく理解不能な考え」というほどのものではない。
ウォルターがぶっ飛んでいるところはそれを現実に実行しようとして道を踏み外している点である。
なにを隠そう、ジャスパーの他害衝動を利用して、動物たちを殺すことをそそのかしていたのが彼なのだ。心の弱いジャスパーは「親友」を自称するウォルターの頼みなら……とホイホイ動物を殺してしまうのである。そして憐れにも命を奪われた動物は、ウォルターの黒魔術の儀式にもっぱら利用される……という寸法である。
黒魔術に利用されるのなら基本的に死骸は見つからないのでは? と思うだろうが、そこはあれだ。ジャスパーが暴走し始めていたということらしい。つまりウォルターの依頼とは関係なく衝動を発散させていた結果、動物たちの他殺体が散見されるようになったというのが真相のようだ。
そしてそして、そんなウォルターが私になんの用があるのかと言うと。
「まさかジャスパーが貴女たちのグループに入るなんて思ってもみなかったよ。どんな魔法を使ったの? ……でも、まあ関係ないか。どうせすぐ元通りになるんだから……。そうだよ。ぼくの計画はだれにも邪魔させはしないんだから……」
……どうやら原因は邪神サークルらしい。
ウォルターの地雷は「いつもと違うこと」と「計画の邪魔をされること」である。前者はいつまでもいっしょにいられると思っていた母親の死に起因し、後者は母親を取り戻すための邪魔をされることを病的なまでに恐れているからだ。
……本当に、このひとたちに必要なのはヒロインじゃなくて医者だよ!
仮にわたしがよくある「世界の強制力」とかでヒロインをやらざるを得なくなったとしても、彼らを背負い切れる自信はない。花畑が枯れる前のわたしはそんなことまったく考えなかったけど、今は違う。無理だ。無理。彼らの人生を背負う覚悟をしろだなんて無理すぎる。
そう考えるとヒロインを張るのはかなりの覚悟が必要なのだな……。いや、そんな覚悟がいるのはこんな世界のヒロインくらいか?
「あのーわたし実はシビルとはなんの関係もないから解放してくれませんか?」
下手に出て愛想笑いもつけてみる。けれどもウォルターはいかにも善人そうな顔に笑みを浮かべて断ってくれやがった。ちくしょう。
「ジャスパーが変わった理由はアンダーさんにあるって、グレイさんはそう言ったよね? ……これを知っているということは貴女は彼らに近しいということ。そうでしょう?」
その論には穴がありまくっているが、しかし「彼らに近しい」ということ自体は――悲しいことに――当たっている。
そう、そもそもこんなことになったのにはわたしの不用意な言葉が関係していた。
教室をこっそり出たあと、ウォルターに出会ったわたしは彼にジャスパーの変貌の理由を問い詰められて、思わずバカ正直にシビルの名を出してしまったのだ。そこでウォルターはすぐさまわたしを人質にとって今まさにシビルを呼び出しに行こうとしている――という具合である。
本当に「どうしてこうなった!」だよ!
「――失礼しますわね、ミスター・ウィンズレット」
「……ようやく来たようだね。自分の信者が拉致されたって言うのに、ずいぶんとのんびりしているんじゃないかな」
ウォルターから言伝を預かった通りすがりの生徒――もちろんわたしがこんな状態なことは知らない――は、無事シビルを呼び出すことに成功したようだ。……うれしいような、しかし素直に喜べないような、不思議な心持ちである。
「大丈夫ですか? ベティ」
「えっ、アッハイ」
「案ずることはありませんよ、ベティ。彼の不信心者もすぐにフギロシャネソララ様の素晴らしさに気づくでしょうから。さすれば貴女の解放もすぐです」
「……なにを言っているんだ」
最後のセリフはわたしじゃないよ! 同じこと思ったけどさ!
ウォルターはうさんくさそうな目でシビルを見ている。けどうさんくささではシビルに負けていないだろう! ウォルター! と心の中でツッコんでしまう。
「屈するのは貴女のほうだよ、アンダーさん」
「いいえ。フギロシャネソララ様の素晴らしさに気づけばその考えも変わるでしょう」
「言ってろ! ――ぼくの悪魔たち! あの女を叩きのめせ!」
え? 悪魔ってナニ? とわたしは思った。
これでなにもなければ「中二病乙」で済ませられたのだが、ウォルターは隠し持っていたカミソリで自らの腕を切り裂くや、急に空気がこごった。っていうか躊躇なくアームカットて! 見てるほうが痛い!
そして空気が変わったと思えば、やおら教室を暗黒が包む。昼だと言うのに、夜中のようだった。
「……おやおや」
シビルはそう言っただけだが、わたしはパニックだ。なにせ急に立ち込んだ闇――そうとしか表現できない――からなにやら醜悪な化け物が姿を現したからである。皺の深い老人の顔をさらにぐしゃぐしゃにしたようなその化物は、コウモリの羽にヤギのツノを備えていた。
ウォルターはそんな化け物を見るや、勝ち誇った様子で顔をゆがめる。
わたしはただ呆然としていた。そして今さらながらにここがゲームの世界ではないということを痛感した。
なぜならこんなイベントはなかったし、そもそもウォルターは「オカルト狂い」という設定だったが、ガチの魔術師とかではなかったからだ。
「これで終わりだよ、アンダーさん。ジャスパーは返してもらう。降伏するなら今のうちだ」
ウォルターの言葉に、シビルは微笑んだ。
「いいえ、終わりではなく――始まりです。貴方のフギロシャネソララ様の信徒としての人生が、今幕を開けようとしていますわ。私にはわかります」
ぐにゃり、空間が歪んだ。真っ暗闇でもわかる、歪み。それは悪魔の醜悪な頭部を巻き込んで発生した。
「――え?」
弾ける。悪魔の頭が地に落ちた果実のように、柔らかな印象を持って弾け飛んだ。その破片がウォルターの頬に付着する。
不幸にもその瞬間を目撃してしまったわたしは、漏らしそうになった。いや、正直に告白するとちょっとだけ漏らした。ちょっとだけ! ちょっとだけだからね!
「――な、なに、が」
ウォルターは呆然とした様子で悪魔の無惨な遺骸を見下ろす。気がつけば彼のすぐそばにはシビルが立っていた。
「“それ”は――不幸な話ですが――生まれながらにフギロシャネソララ様に害なす意思を持つゆえに、この極次元から排斥されたのです」
「――は?」
「貴方も“それ”の悪影響下にあるようですね。労しいことです。――しかし! フギロシャネソララ様の信徒たる私がいます。ご安心を」
「――は? え? あ――?」
シビルの白魚のような手が唖然とするウォルターの頭に触れる。
そこでわたしは気づいた。ジャスパーのときも彼女は彼の頭に触れていた。
……これ、洗脳しているのでは?
ウォルターは悲鳴を上げた。でも、たぶん、もう手遅れだろう。彼が次に発する言葉はフギロナントカを賛美する言葉に違いない。
わたしは心の中で彼に餞の言葉を送り、そしてうつろにつぶやく。――「邪神サークルへようこそ」と。
かくしてわたしはヒロインの座を放棄し――正気を持ってして半ば放棄させられ――シビルがそれに収まったかのような展開になり、なっていくのだが、その話は悪夢が過ぎるので語りたくもない。
ひとつたしかなのはわたしの半ば自業自得な受難のスクールライフはまだ始まったばかりである、ということだけである。
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ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
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