読切怪奇談話集(仮)

やなぎ怜

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陰気な女の担任

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 今から25年くらい前かな?

 ガキだった当時はガチで怖かった話。


 小学3年か4年か、それくらいのときの話なんだけど、当時の担任は若い女だった。

 というと明るめで生徒にフランクな感じを思い浮かべる人もいると思うんだけど、そのときの担任はその真逆だった。

 なんか常に暗い。声も小さめであんまハッキリしゃべらない。あと常にうつむき気味っていうか。まあとにかく陰気。

 そういう感じだから言っちゃなんだけど顔も地味な感じに見えた。少なくとも俺の記憶の中では、ハッキリとした顔立ちが思い出せないくらいには特徴ない感じ。

 そんな風にパッとしない担任だったから、悪ガキなんかにはナメられまくってた。

 いや、悪ガキじゃなくてもナメてたな。

 授業中なのに歩くやつとかいたし、女子もおしゃべりしてたりね。

 世間で学級崩壊という言葉が使われるようになったのって、ちょうどそのころだったかな。

 俺は大人しいグループにいたから、授業中に立ち歩きなんてしなかったけど、普通に席の近い友達とおしゃべりはしてた気がする。

 学校側とか、保護者の側でどう思われてたかはさすがに当時はガキすぎたんでわかんないけど、まあ問題になってたとは思う。

 俺は担任のことを困らせてやろうとか、嫌いだったとかはないんだけど、「愛の反対は無関心」という言葉が当てはまる感じ。

 今ではもう担任の苗字すら思い出せないし、顔もぼんやりとした印象でしか覚えてない。

 でも声だけはまだハッキリと思い出せる。


 三学期の何月だったかな。たぶん三月じゃないから、一月か二月のことだと思うんだけど。

 あるとき学校にいる夢を見た。

 夢の中にありがちだと思うんだけど、そこは俺の知っている学校とはちょっと違うけど、夢の中の俺は通ってる小学校だと認識してる感じ。

 教室の外の風景はうっそうとした森(実際の教室からはグラウンドが見える)で、窓枠は白かったのはハッキリ覚えてる。

 同じクラスにいた友達も、別のクラスの友達も、一緒になって俺のクラスの教室で遊んでる夢だった。

 そのうちに夢から覚めかけてたのかな? なんか夢だと半分気づいてきた感覚があった。

 物理法則を超越してる(当時はこんな言い回しは知らなかったけど)なーと感じたりとか。

 ゲームの壁抜けバグ……って言って伝わるかな? なんか白い教室の壁が夢の中でなぜか斜めになってて、そこに人体がすっと入って行けちゃったりとか、そういう光景の夢だった。

 そこで唐突と言うか、脈絡がないんだけど、俺は担任の白いスニーカーを持ってた。

 実際に担任がそのスニーカーを履いていたかは知らないんだけど(学校って土足じゃ入らないし担任には興味なかったし)、夢の中の俺は「担任のスニーカー」をなぜか持ってた。

 それでまた唐突なんだけど、そのスニーカーを失くしちゃったんだよね。

 うっそうとした森が広がる外と教室とを隔てる白い壁の中にスニーカーが消えちゃった。

 なんでかはよくわからない。とにかく、俺は担任のスニーカーを失くしてしまった。

 どういうこと? って思うだろうし、起きたときの俺も「なんだこの夢?」って思ったけど、夢の中だから最中は別に不思議には感じなかった。

 それを友達と「やっちゃったよー」ってな感じで笑ってた。

 もちろん夢の中の話なんだけど、その夢の中では罪悪感を覚えたりとかはなかった。

 たぶん夢はそこで終わった。


 夢を見たその日じゃなかったと思うんだけど、終わりの会だったか朝の会が終わったときだったか。

 とにかく教室中が授業中よりも騒がしくなっていたときに、担任が近づいてきた。

 怒られるとか、そういう予想はしなかったな。上でも書いたけど、担任は生徒たちにはナメられきってたし、たぶん俺もそういう空気に影響されてた。それ以上に担任に対して無関心だった、ていうのもあると思うんだけど。

 それで、友達とおしゃべりしてたところにやってきた担任がボソボソっといつも通りの小さな声で言った。

「○○(俺の苗字)くん、先生の靴、失くしたよね?」

 って。

 え? ってなって、一拍ほど置いてからぞわーっと鳥肌が立ったのを覚えてる。

 そこから担任が俺になにか言ったのかどうかは覚えてない。

 ただそのときの淡々とした指摘というか、若干相手を責めるようなニュアンスの、暗い声の抑揚だけは今でも忘れられない。


 三学期が終わる前に担任は学校にこなくなって、それから辞めたと聞いた。

 残りの授業とかは校長だったか教頭だったかが引き受けたはず。正直あんまり記憶になくてこのあたりは曖昧。

 誤解されたくないからハッキリ言っておくけど、俺が現実で担任の靴を紛失したことはない。

 というか、実物の担任の靴を見たこともないから、夢の中で見た白いスニーカーが現実にも存在したのかもわからない。

 俺が夢の中で担任のスニーカーを紛失したことで、現実にも影響があった……とかもわからない。

 クラスメイトが俺の知らないところで担任の靴を捨てたとか、紛失させたのかとかも知らない。

 なんかわからないことだらけなんだけど、俺が積極的に担任に嫌がらせをしていた、とかいう事実はないことだけはたしか。

 俺が授業中におしゃべりしてたのは事実だけど、ぶっちゃけ俺以上の問題児なんてあのときのクラスにはごろごろいた。

 だから今振り返ると、なんで俺にだけああいうことを言ってきたのか、なんで俺が見た夢を知ってたのかという疑問のほうが先に立つ。

 ただガキだった当時はだれにも言っていない、夢の中の出来事を言い当てられてめちゃくちゃ怖かった。

 しばらくは何度か同じシチュエーションの夢を見たし、今でもたまに見る。

 担任の苗字も顔も忘れた今でも、あのときの担任の陰気な声だけは忘れられない。
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