溺愛からは、逃げられない!

やなぎ怜

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 月羽きらりはまたたく間に有名人となって行った。かおると花に対する態度を見ていればわかるだろうが、もちろん、悪い意味で名を馳せている。

 月羽きらりに対する評価は概ね「残念美少女」というところに固まっていた。

 もはやこの頃になると彼女が特定の男子生徒たちを追いかけ回していることは周知の事実となっていたのだ。

 彼女が追いかけている相手はもちろんアオイとイズミの山野兄弟と、建と樹の村崎兄弟の四人である。

 かおるたちの世代の女子は、積極的に異性に誘いをかけることはあっても、ここまでしつこく相手を追い回すことはない。そういった行為は大抵「イケてない」という認識を持たれている。

「イイ女」は黙っていてもイイ男のほうから寄ってくるものであり、女のほうが男をしつこく追いかけ回すことはイコール「イケてない」ことを誇示しているも同然といったところである。

 複数の男に声をかけること自体は特に批難はされない。かおるたちの世代の女子は、複数の男子とお付き合いすることはさして珍しいことではないからだ。

 月羽きらりの評価が「残念美少女」であることからもわかる通り、彼女は顔立ちは非常に整っている。乙女ゲームのヒロインだと言われても違和感がないくらいの愛らしい容姿であった。

 そういうわけで当初からただでさえ少ない女子であり、かつ容貌に優れた月羽きらりをちやほやする男子生徒はいた。

 いたのだが、月羽きらりはそういった男子生徒を徹底的に無視した。彼女が手に入れたいのは『ダブル・ラブ』に登場するキャラクターの心であったからだ。そこらへんの――月羽きらり曰く――モブには興味がないわけである。

 そんな態度を取っていれば自然と男子生徒たちは離れて行く。実のない将来のことを考えれば、それは当然のことであった。

 そうして月羽きらりから男子生徒は離れ、一方の女子生徒もまったく同性と会話する気のない月羽きらりに冷たい視線を送っていた。

 既に複数の男子生徒と付き合っている女子生徒は、月羽きらりがしつこく特定の男子生徒を追いかけ回しているのを見て、自らの群れとも言うべき集団に彼女がちょっかいをかけないか警戒していた。

 かおると花からすればそれは杞憂であるのだが、もちろんそんなことは他の女子生徒に伝えられるはずもない。「ここは乙女ゲームの世界で月羽きらりはヒロインになりたがっているんです」……だなんて、完全に頭のおかしい人間である。

 かおると花は暴走を続ける月羽きらりをどうするべきか、手を出しあぐねていた。

 先の話し合いで決裂してしまったからには、思い込みの激しい月羽きらりの中でかおると花は完全に敵になっているだろう。

 実際に、『ダブル・ラブ』のヒロインになりたい月羽きらりからすれば、『ダブル・ラブ』の正規ヒロインとも言うべきかおると花は邪魔者なのだ。

 利害は一致しているのに、このふたりとひとりはどこまでも交わらない、平行線をたどっている。

「どーしてこうなるの?」。花は月羽きらりの暴走を見ては、たびたびそうこぼしたが、かおるは引きつった苦笑を浮かべるしかなかった。


「いっしょ~のお願いっ!」

 顔の前で両手のひらを合わせる樹に、かおるは困った顔をするしかなかった。

 月羽きらりの暴走はとどまるところを知らなかった。

 今日は勝手に弁当を作ってきては渡そうとして断られ、しまいには教室の視線が集まる中で泣き出したというのだから始末に負えない。

 生真面目で律儀な建ならともかくも、樹の場合は月羽きらりの――ガチ泣きだかウソ泣きだかわからない――涙を見ても動じなかったが。

 しかし今日の出来事で樹も月羽きらりにはほとほと嫌気が差したらしい。

 樹からすれば、ただでさえ月羽きらりは正体不明で意味不明な存在なのだ。そんな存在に追いかけ回され、挙句手作り弁当の受け取りを断れば公衆の面前で泣かれる。樹からすれば、鬱陶しいことこの上なかった。

 そんなことがあって、普段から唯我独尊で周囲のことなんて気にしないの樹も、月羽きらりをいい加減どうにかしたいと思うようになった。

 そこで「一生のお願い」である。

 意外と今までにかけられたことのないセリフに、かおるは嫌な予感がして眉根を寄せた。

「……なに?」
「オレと恋人になって♡」
「え、やだ」
「即答~~~?」

「そりゃ即答するよ」とかおるは心の中でつぶやく。

 恐らく樹は「月羽きらりを追い払いたいから恋人のフリをしてくれ」と言いたいのだろう。それくらいはかおるにもすぐにわかった。

 けれどもかおるは『ダブル・ラブ』のシナリオに沿った樹とのエロ展開を回避したいのだ。

 花によると『ダブル・ラブ』の第二弾ヒロインである「藤島かおる」には諸々事情あってキャラクターの「恋人のフリをしてあげる」イベントが存在しているそうであるから、なおさら樹の提案は呑めないと感じた。

 ワケありのふたりが偽りの恋人になったものの、それが本当の恋人になる……だなんて使い古された展開だ。

 そして花によるとどうやらその両者のあいだにエロシーンがあり、それがきっかけとなってふたりは互いを意識するようになる……らしい。

 肉体から始まる関係だなんていうのも、ありふれた展開だとかおるは思った。しかし裏を返せばそれだけ陳腐ながら共感を得やすい題材なのかもと考える。処女であるかおるにはよくわからなかったが。

 しかしかおるにすげなく断られても樹はあきらめない。

「いや、本当に困ってるんだけど」
「困ってるのは知ってるけど……でも私にはどうしようもできないし、私がかかわったら絶対にこじれる自信あるし」
「んー……まあ、確かにこじれるだろうね」
「じゃあ、なおさら無理」
「そこをなんとか」
「無理ったら無理! だれか他の女子に頼めばいいじゃん」
「それはイヤ」
「わがまま……」

「かおる、樹、終わったぞ」

 人がまばらな放課後の教室に用事を終えた建が入ってくる。

 かおるはホッとして建のほうへ顔を向けた。「聞いてよ、樹が無茶なことを言ってくるんだよ」と建に訴えようとして、かおるは呆れた顔を作る。

 しかし――。

「ところでかおる……一生のお願いがあるんだが」

 ……中身は正反対なくせに、こういうところはイヤというほど双子だなとかおるは思った。
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