溺愛からは、逃げられない!

やなぎ怜

文字の大きさ
12 / 15

(12)

しおりを挟む
 建の「一生のお願い」はかおるの予測通り「恋人のフリをして欲しい」というものだったので、断った。

 落胆する建を見ると、樹のときとは違う罪悪感のようなもの感じた。樹のときにそれを抱かなかったのは……普段の行いの差であろう。

「どうしても、無理なのか?」

 眼鏡越しになんだか建の瞳が困ったように潤んでいる風に見えて、かおるは流されそうになる。

 しかし脳内に唐突に花の幻影が現れて、「流されるのはよくないよ!」とかおるを奮い立たせる。

 そう、ここで甘い顔をして一度流されれば、『ダブル・ラブ』のシナリオ通りの展開になったときにも、流されてしまう可能性がある。それは絶対に避けたかった。

 かおるは言葉を発する代わりに、重々しく頷いた。

 建は残念そうに「そうか……」とだけ言った。

「建カワイソー。かおるがいじめるからしょげちゃってるじゃん」
「いじめてなんかないんだけど!?」
「おれは別にしょげてなんか……」

 樹の言葉にかおるは重ねて「無理なものは無理!」と言った。

 そう、実際に「無理」なのだから仕方ない。かおるは建と樹の恋人になりたいわけではないので、『ダブル・ラブ』のシナリオ通りにコトが運ぶのは絶対にノーなのである。

 だからここは心を鬼にして建と樹の「お願い」を断るしかない。

 双子が困っていることは真実であったから、それを助けられない状況に良心が痛むものの、ときになにかを手にするためにはなにかを捨てなければならないのが人生である。今がまさにそういう場面だとかおるは己に言い聞かせる。


 一方の花も「ニセの恋人依頼」イベントに遭遇し、断るのに四苦八苦していたことを知るのはあとになってからだ。

 ふたりは「心を鬼にして頑張ろう!」と互いを励ましあい、そして『ダブル・ラブ』のシナリオに抗うことを改めて誓い合ったのであった。

「流されるのは絶対にダメ! 『ダブル・ラブ』に出てくるわたしたちみたいに流されヒロインになっちゃう。そうなればエロ展開が不可避のものになる……だから良心が痛んでも、心の中で血の涙を流しても、流されるのは絶対に回避!」

 花の言葉にかおるは居住まいを正して力強く頷いた。

 しかし、ふたりの誓いはすぐ次の日には破らざるを得なくなってしまうのであった――。


 事件は、ある日の放課後に起こった。

 花から「緊急事態発生!!」というメッセージが届いたのである。

 そのメッセージの前には「イズミが月羽さんに呼び出されてどっかに行ったってアオイ兄さんが言ってる! ちょっと兄さんとイズミ探してくる!」という不穏なテキストが送信されていた。

 かおるは丁度「月のもの」がきている真っ最中だったので、女子トイレでコトを済ませていた。そのときに上記のメッセージを受信したというわけである。

 そして女子トイレを出ればすぐそこに建と樹が待っていたので、かおるは複雑な気持ちになった。

 確かに女の子をひとりきりにするのは危険だ。しかし不浄の場という認識であるトイレから出てきてすぐに異性がいるというのは、かおるの心を複雑な気持ちにさせた。

「花からなにか聞いてる?」
「なんも」
「おれたちは『かおるがひとりになっちゃうから早く来て』とだけ……」
「……イズミくんになにかあったのかな」

 そう言いながらかおるは花に「なにがあったの?」と返信する。

 花からは「ひとまずイズミとアオイ兄さんと教室に戻るから、かおるも教室に戻ってて!」とだけ返ってきた。

 未だに状況は不明のままだったが、かおるは嫌な予感が止まらなかった。

 そしてかおるの当たって欲しくなかった予感は、見事に的中することになる。

「月羽きらりに襲われた?!」

 放課後を迎えてから結構な時間が経ったため、六人しかいない教室。

 建と樹がそろって声を上げたが、それを気にする人間はこの場にはいない。

 月羽きらりに襲われたという、被害者であるイズミは不快そうに眉根を寄せたまま、目を伏せている。ショックを受けているような様子ではないし、イズミの性格的にそういうタマてはないだろうとわかってはいたが、かおるは心配になった。

「えっと……花と山野先輩が見つけたから、未遂なんですよね?」
「そうだね。俺と花以外に目撃者はいないから、誤解に基づく噂が流れるような隙はない」
「ギリギリセーフって感じかな……」

 アオイと花の言葉にかおるはひとまず胸を撫で下ろす。

 建と樹はイズミと同じく不快感を隠そうともしない表情をしたままだ。

「うげえ。もう名前を口に出したくもない……」
「同感だな」
「イズミくんが相手にしないからって、実力行使に出るなんて……」

 かおるの言葉に、なぜか花とアオイは複雑そうな顔をする。その真意がわからず、かおるは尋ねるような視線をふたりに寄越した。

 そんな視線を受けて、アオイが口を開く。

 その口調は恐らく月羽きらりを思い出しているのだろう、アオイにしては珍しく非常に忌々しげだった。アオイはいつも綺麗に本心は隠してしまうので、そういう風に感情をあらわにするのは珍しかった。

 しかし、月羽きらりがそれだけのことを仕出かしただけの話である。アオイはブラコンというほどではないにしても、花と同等に弟であるイズミのことも大切にしているのだ。

 そんな弟が襲われたとあっては、平静でいられないのが兄というものなのだろう。

「月羽きらりは実力行使自体が目的じゃないみたいだったよ」
「『実力行使自体が目的じゃない』……? じゃあ、他に目的があって……?」
「襲ってきたのは月羽きらりだけど、流れを知らない第三者が目撃すれば、そんなことまではわからない……かもしれない。……月羽きらりの目的は『それ』だよ」

 かおるは絶句した。

 下手をすればイズミの名誉が傷つけられていたかもしれないその危うさはもちろん、月羽きらりの他人を考えなさ過ぎる軽率すぎる行動にもドン引きした。

 恐らく、月羽きらりは四人に相手にされず、また『ダブル・ラブ』の正規ヒロインであるかおると花の協力も得られない状況で、博打にうってでた、ということなのだろう。

「月羽さんは……わたしたちが駆けつけたときには、なんていうか……半裸で……あ、ブラはつけてたけど! うん、まあ、そういう状況でさ……」

 かおるの想像を、実際の目撃者である花が事実だと補強する。

 ずっと目を伏せていたイズミは視線を上げたが、そこには月羽きらりへの嫌悪が満ち溢れていた。

「僕、花ぇのことで話があるって言われて……。下手に断って花姉ぇになんかされるのがイヤだったからついていったんだけど……。そしたら空き教室で急に突き飛ばされて……びっくりしてるあいだに脱ぎだしてさ。……マズイと思って外に助けを呼べなくって」
「……それで、ちょうどイズミに会いに行ったらいなくて。花のところに行っているのかなと思ったらそっちにもいないし。――で、そこに丁度イズミから助けを求めるLIMEがきたから、花といっしょに向かったわけ」
「よくその状況でLIME送れたね……」

 かおるの言葉にイズミはますますイヤそうな顔をした。

「あんま言いたくないんだけど……なんていうか……あの女の目的はわかってたからさ。だからその気になったフリをして『兄さんもまぜてあげよう』って言ったらなんかノってきて……それでそのときにLIME送れたの」

 かおるはにわかに頭痛を覚えた。

 同時に、月羽きらりの脳内がピンク色の花畑一色であることも確信した。

 それはそうだろう。『ダブル・ラブ』は花によれば一八禁乙女ゲームなのだから、そのヒロインになりたいということは……つまりはそういうことなのだ。かおるは遅まきながらそのことに気づいて、ますます頭が痛くなった。

「変態じゃん、変質者じゃん、痴女じゃん」

 イズミと同じような顔をして、樹がまくし立てた言葉に、みんななんとなく頷いてしまう。

「これって……先生に言ったほうがいいよね?」
「先生、月羽さんのこと止められるのかな……?」

 かおるの問いかけに答えたのは花だった。思わず、かおるはうなり声を上げてしまいそうになる。

 そんなかおるに、花は悲愴な決意に満ちた目を向ける。

「もう、さ……ここはもう、やるしかないよ……わたしたちが」

 花の言葉は四人には意味不明だっただろう。けれども、かおるにはわかった。

 月羽きらりに引導を渡せるのは……恐らく、『ダブル・ラブ』のヒロインである「藤島かおる」と「山野花」だけ。

 かおるは――本当に、かなり、だいぶ、嫌々ながら――腹を括った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

処理中です...