陥落 ー おじさま達に病愛されて ー

ななな

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2. 紳士の熱視線

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 妙だな、と思う。盤上の駒の数は私の方がわずかに多く配置も悪くない。にも関わらず、相手にもて遊ばれているような気がしてならないのだ。
 いつもであればそろそろカタが付く頃合い。私に勝てる者などいやしないはずなのに…どういう風の吹き回しであろうか。
 
 その絶対的自信の根拠というのは、私自身の実践経験が非常に少ないにも関わらず勝ち続けていることにあった。私は璃伴に関してだけは突出して長けているようだ。
 加えて言うと、道端に座り込んで見知らぬ璃伴好きと指しているところを、青い顔をしたミングォさんに見つかってから大会に出るまでは、一度も駒に触れることはなかった。

「君は自分の姿を今一度よく鏡で見た方がいいっ!女の子と勘違いした変質者に襲われてからでは遅いんだっ!
 そもそも世の中には下にモノが付いてあろうとなかろうと気にしない人種はいくらでもいてね、むしろ付いている方を好む輩というのもうじゃうじゃいるわけで…」

 そう熱弁するミングォさんのよく整った顔がクシャクシャに歪み、この世の終わりを見たかのようで私もかなり気圧されてしまったのだった。そんな人は滅多にいないと思うが、あんな言い方をされるとそれこそうじゃうじゃいるのでは、としばらくの間は震え上がっていた。


「おや、勝負の最中によそごとですかな リンユゥ殿。貴方が取った駒をお渡ししたいのですが」

 頭の上からの声にハッと我に帰る。これはいけないとあわてて手を差し出すと、声の主の腕と勢い良く当たってしまい、駒はポロリと盤上に落ちていった。

「もっ、申し訳ございませんっ」
 動揺のせいか手を引っ込める私に「いやいや、お気になさらず」と目の前の男の腕がニュッと伸びてきた。それは片方で私の手を掴んだかと思えば、もう片方で落ちた駒を私の手の平へ静かにのせたのであった。
 
 ゆるりと目の玉を向ける。するとそこには、柔和な笑みを浮かべた紳士の顔が待ち構えていた。

「貴方は年若いのに随分とお強い。師はいらっしゃるのですか」

 はて、と心の中で首を傾げる。再び盤上に視線を戻したところ、やはり私の方が優勢に見えたが何か違和感があった。

「…いえ、親に教わっただけで特には」
「親?御父上ですかな」

 …嫌なことを聞いてくる男だ。
 確か、ポポイといったか…変わった名だ。ミングォさんと同じくらいの年のように見える。
 
 じわりと遅れて伝わってきた手の熱が不愉快で、振り払うように逃れる。随分と図太い人のようだ…触れるなんて。

 そうですよ、とだけ返し「ひょっとして、あそこに座っていらっしゃる方がそうですかな?」との声に私が顔を上げたところ、ちらほらとしかいない観客席の方をポポイは指さしていた。いや、まさか…私だけのためにそんな…。
 しかし、どこか期待してしまう心でその先を恐る恐る追っていくと、なんとも言えない顔をしたミングォさんが確かにそこにいた。

(忙しいのに…見に来てくれていたんだ…!)

 その事実に胸がジリジリと熱くなり、私は頬がゆるんでいくようだった。「そうです。よくおわかりになりましたね」「いやいや、あの方はずっとこちらしか見ておりませんでしたからな」無性に小躍りしたくなるほど身体が軽くなって、ほうら見ろと少々尊大な私はサッとポポイの方に向き直った。


「でも、御父上と貴方はあまり似ておられないようで」
   
 はい、陥落ですぞ。というポポイの声は、先程の手の熱と同様にまたしても少し遅れて私の耳に届いた。陥落とは将棋でいう詰みのことだ。

「…いや、そんなはずは」

 陥、落。…嘘だろう?


「それにしても、貴方はそのお顔に似たお綺麗な指し方をなさるようで。わたくし、貴方の大ファンでね。いつも拝しておりました。このような小汚い戦法も異国にはあるのですよ」

 異国…どうりで変わった名だと…いや、いつも…見られていた?
 私は呆然と盤上を見つめ、何かの間違いではないかと一つ一つ駒を確かめてゆく。これがこうで、あれがここで、逃げ道はあそこで…。

 …よくよく思い返すと、ポポイは対局中も盤上ではなくジロジロとこちらの方ばかりをうかがっているようだった。そんな風に余所見をしながらでも打ち負かせる程、私という璃伴士はひ弱なものだったのか。

 井の中の蛙、大海を知らず。私には縁のない言葉だと思っていた…だって、私は負けたことがなかったのだ…。

 じわり、と視界がにじんでゆく。顔を起こしていられずうなだれると、まるで大きな岩石に押し潰されているかのようで、私の顔はそのまま膝元に引っ付いてしまった。少し離れたところから私の名を呼ぶ声がしたが、穴があったら入りたいとはこのことか。

 とにかく恥ずかしくて情けなくて、それから目の前の男に自分とミングォさんのことを馬鹿にされたような気がして腹立たしかった。私達は…正真正銘の親子だ。
 それから私の粗末な身なりに対し、彼が随分と着心地の良さそうな衣服を身に纏っていることも癪だった。

「ありがとう、ございました」
 一応は言葉になったが、はたしてこれは私の口から出たものなのだろうか。
 彼もまた、何かをつらつらと述べているようであったが…あぁ駄目だ…気分が悪い…頭がくらくらする…身体に力が入らない…。
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