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古代言語って、あのねえ……
2.落ち着いて下さい、俺の指ですよ
「君たち、ちょっと二人きりにして。隊の者でも言わないでね」
言えば処罰するよと、口調はいつもと変わらない温和さなのに目つきが鋭いレクト様に、先輩たちは顔を見合せた。
「もう忘れました」
「俺は今晩にサーモンスープが飲めれば忘れられそうです」
「あっ、お前ズルいぞ。俺は春巻きがあれば」
黙ってる代わりに作れってことかな? って思っていたら、レクト様が「あのねえ」と腰に手を当てる。
「カノアくんはこれから俺と話すことがあるんだから、リクエストに答えてる暇はないよ」
「あっ……明日なら。いいですよね?」
それならとレクト様がうなずく。いいから早く行けと素っ気なく手を振る。
「後輩に優しくしない罰として、角に立ってなさい」
先輩は嫌そうな顔をして「お前のせいだぞ」「お前も悪ノリしたじゃん」と肘を突き合う。
レクト様は二人が角の向こうに消えるのを見届けてから、手招きした。
隅の方に並んで腰掛けて、膝を抱えて息を吐く。
「大丈夫? 驚いたでしょ」
レクト様に声を掛けられて、俺は口に手を当てて「すみません」と言った。
驚きの連続だったといえ、上司の前でしていい態度じゃなかった。
「どうして謝るの。いいんだよ、疲れたでしょ」
そう言ってレクト様は俺の後頭部に手を当てて自分の方に引き寄せる。
俺も疲れていたし、安心できる人の傍にいたかったから逆らわずに彼の肩に遠慮なくもたれかからせてもらった。
「レクト様にも古代言語って読めないんですか」
「うん。形が分からないって感じかな。神官とか、生まれつきの素養がないと理解できないものだって兄貴も言ってたよ」
神託のようなものなんだと言う彼に、俺は「神託ですか」とおうむ返しをした。
ただの英語が神託。
でもまあ、何百年、いや千年以上前の人間が書いていたことだと考えるとそう思うのも仕方ないのかな。
昔の人間がナスカの地上絵に意味を求めたように。
そんなことを考えながら、俺の瞼は閉じたり薄く開いたりを繰り返す。
「大丈夫? もしかして眠たくなってきたのかな?」
首を振る。こんな所で寝るわけにはいかないけれど、今日はいろんなことがあったからか眠気が後ろから覆いかぶさってきている気分だ。
「レクト様がいるから……」
温かい。別に特段体温が高い人じゃないけれど(むしろ俺の方が高い。姉さん方から手を触らせてと言われるくらい)、今日は不思議とそう感じた。
気が緩んで、疲れからうとうとと瞼が閉じていきそうになる。
「カノアくん、俺になにか隠しごとをしてるよね」
だから、レクト様がなにを言ったのかとっさに反応できなかった。
顔をパッと上げて、一気に頭が覚めた俺にレクト様はにこっと微笑んだ。
「……え?」
瞬きをして、彼と見つめ合う。
手が伸びてきて俺の髪を掻き上げた。あ、ダメだ。慌てて<波動>が見えないように手を覆い被せる。
「それ、誰からもらったの」
「家族からの誕生日プレゼントです」
「誕生日近かったっけ?」
「夏生まれです。渡し忘れたからって、最近もらいました」
こんなことをスラスラ言えることに、我ながら驚く。でも、苺は俺の妹なんだから全部嘘じゃない。
だけど、なんだか後ろめたかった。
俺の前世はこの惑星に隕石が落ちる前に生きていた高校生です。これは天才電子学者の妹の置き土産です、なんて言えないからかな。
レクト様には他の人たちみたいに妄想癖だって思われたくないから、秘密にしておきたい。
「カノアくんのご両親に俺も会ってみたいな。今は南の工場で働いているんだってね」
「はい。宝石の加工をしています」
父さんは元々は貝を採っていた漁師だったけど、手先の器用さを活かす仕事についた。
それがエディスくんの会社らしいんだけど。ちなみに住んでいるのも彼の領地。
「よしっ、そろそろ休憩終了!」
伸びをしたレクト様から離れる。
「そうですね」って言いながら立ち上がり、文字板に近づいていく。これの解読をしないといけない。
首を伸ばして上から見下ろす。うわっ、これ英語だけじゃないぞ!?
良かった……かろうじて俺にも翻訳できそうな言語で書かれている。というか、これまさか苺からのメッセージだったりしないよな?
えーっと、なになに?『あなたはお兄ちゃんですか』だって?
お兄ちゃんです、はい。
おいおい、妹よ……お兄ちゃん以外に信じられる人がいないのか。
あまりにも予測通りで体の力が抜けてしまう。
へたり込んだ俺は文字板の上に手をついてしまい、ヤバっと思いながらも「はい」って言ってしまった。
そうしたら、どこからかガコンッて小さな音が聞こえてきた。俺は聞き間違いかな? なんて思ったんだけど、レクト様が「危ない!」って言って、俺の肩に手を置く。
手を伸ばして白い箱をキャッチしたレクト様に、俺はパチパチ拍手を送る。さすがの運動神経だ!
「はい、カノアくん」
そう言って渡され、俺はえっ? 受け取っていいの? なんて思って顔を見る。
レクト様が「不安なら俺が開けようか」って言うから、自分で開けさせてもらうことにした。
まずはカタカタ振ってみて、音でなにが入っているのか探る。うん、分からない。
そんなに重たくないけど、なんだろう?
古く色が変わった紙箱を破らないように慎重に開けて、中に入っていた手のひらに乗るくらいの大きさのビロードの箱を取り出す。
「わ、アクセサリーの箱かな。誰かの失くし物じゃないといいけど」
そう言うレクト様にうなずく。
これ<波動>みたいなアイテムの可能性も出てきたな……?
ドキドキしながら開けると、レクト様の予想通り、指輪が収まっていた。
いやでも苺のことだしな、とか思っていたら指輪がぴょんと浮いた。
「うわっ、う、浮きましたよ!?」
まだなにもやってないけどって慌てた俺の指に、スポッとハマった。
「ちょ、ちょっと! カノアくん手を貸して」
取れるかなとレクト様がつまんで引っ張ったけど、ビクともしない。それどころか、指輪と触れているところが熱くなってきた。
「俺もまだ贈ってないのに。あれ、カノアくん? カノアくん!」
レクト様に肩を揺さぶられるけど、どんどん全身が熱くなってきて、とうとう俺は後ろにぶっ倒れた。
(領主様、これを探してた……とか? いや、そんなまさかだよな……)
視界が霞んでくる中、そんなことを考えた俺はそっと目を閉じた。
言えば処罰するよと、口調はいつもと変わらない温和さなのに目つきが鋭いレクト様に、先輩たちは顔を見合せた。
「もう忘れました」
「俺は今晩にサーモンスープが飲めれば忘れられそうです」
「あっ、お前ズルいぞ。俺は春巻きがあれば」
黙ってる代わりに作れってことかな? って思っていたら、レクト様が「あのねえ」と腰に手を当てる。
「カノアくんはこれから俺と話すことがあるんだから、リクエストに答えてる暇はないよ」
「あっ……明日なら。いいですよね?」
それならとレクト様がうなずく。いいから早く行けと素っ気なく手を振る。
「後輩に優しくしない罰として、角に立ってなさい」
先輩は嫌そうな顔をして「お前のせいだぞ」「お前も悪ノリしたじゃん」と肘を突き合う。
レクト様は二人が角の向こうに消えるのを見届けてから、手招きした。
隅の方に並んで腰掛けて、膝を抱えて息を吐く。
「大丈夫? 驚いたでしょ」
レクト様に声を掛けられて、俺は口に手を当てて「すみません」と言った。
驚きの連続だったといえ、上司の前でしていい態度じゃなかった。
「どうして謝るの。いいんだよ、疲れたでしょ」
そう言ってレクト様は俺の後頭部に手を当てて自分の方に引き寄せる。
俺も疲れていたし、安心できる人の傍にいたかったから逆らわずに彼の肩に遠慮なくもたれかからせてもらった。
「レクト様にも古代言語って読めないんですか」
「うん。形が分からないって感じかな。神官とか、生まれつきの素養がないと理解できないものだって兄貴も言ってたよ」
神託のようなものなんだと言う彼に、俺は「神託ですか」とおうむ返しをした。
ただの英語が神託。
でもまあ、何百年、いや千年以上前の人間が書いていたことだと考えるとそう思うのも仕方ないのかな。
昔の人間がナスカの地上絵に意味を求めたように。
そんなことを考えながら、俺の瞼は閉じたり薄く開いたりを繰り返す。
「大丈夫? もしかして眠たくなってきたのかな?」
首を振る。こんな所で寝るわけにはいかないけれど、今日はいろんなことがあったからか眠気が後ろから覆いかぶさってきている気分だ。
「レクト様がいるから……」
温かい。別に特段体温が高い人じゃないけれど(むしろ俺の方が高い。姉さん方から手を触らせてと言われるくらい)、今日は不思議とそう感じた。
気が緩んで、疲れからうとうとと瞼が閉じていきそうになる。
「カノアくん、俺になにか隠しごとをしてるよね」
だから、レクト様がなにを言ったのかとっさに反応できなかった。
顔をパッと上げて、一気に頭が覚めた俺にレクト様はにこっと微笑んだ。
「……え?」
瞬きをして、彼と見つめ合う。
手が伸びてきて俺の髪を掻き上げた。あ、ダメだ。慌てて<波動>が見えないように手を覆い被せる。
「それ、誰からもらったの」
「家族からの誕生日プレゼントです」
「誕生日近かったっけ?」
「夏生まれです。渡し忘れたからって、最近もらいました」
こんなことをスラスラ言えることに、我ながら驚く。でも、苺は俺の妹なんだから全部嘘じゃない。
だけど、なんだか後ろめたかった。
俺の前世はこの惑星に隕石が落ちる前に生きていた高校生です。これは天才電子学者の妹の置き土産です、なんて言えないからかな。
レクト様には他の人たちみたいに妄想癖だって思われたくないから、秘密にしておきたい。
「カノアくんのご両親に俺も会ってみたいな。今は南の工場で働いているんだってね」
「はい。宝石の加工をしています」
父さんは元々は貝を採っていた漁師だったけど、手先の器用さを活かす仕事についた。
それがエディスくんの会社らしいんだけど。ちなみに住んでいるのも彼の領地。
「よしっ、そろそろ休憩終了!」
伸びをしたレクト様から離れる。
「そうですね」って言いながら立ち上がり、文字板に近づいていく。これの解読をしないといけない。
首を伸ばして上から見下ろす。うわっ、これ英語だけじゃないぞ!?
良かった……かろうじて俺にも翻訳できそうな言語で書かれている。というか、これまさか苺からのメッセージだったりしないよな?
えーっと、なになに?『あなたはお兄ちゃんですか』だって?
お兄ちゃんです、はい。
おいおい、妹よ……お兄ちゃん以外に信じられる人がいないのか。
あまりにも予測通りで体の力が抜けてしまう。
へたり込んだ俺は文字板の上に手をついてしまい、ヤバっと思いながらも「はい」って言ってしまった。
そうしたら、どこからかガコンッて小さな音が聞こえてきた。俺は聞き間違いかな? なんて思ったんだけど、レクト様が「危ない!」って言って、俺の肩に手を置く。
手を伸ばして白い箱をキャッチしたレクト様に、俺はパチパチ拍手を送る。さすがの運動神経だ!
「はい、カノアくん」
そう言って渡され、俺はえっ? 受け取っていいの? なんて思って顔を見る。
レクト様が「不安なら俺が開けようか」って言うから、自分で開けさせてもらうことにした。
まずはカタカタ振ってみて、音でなにが入っているのか探る。うん、分からない。
そんなに重たくないけど、なんだろう?
古く色が変わった紙箱を破らないように慎重に開けて、中に入っていた手のひらに乗るくらいの大きさのビロードの箱を取り出す。
「わ、アクセサリーの箱かな。誰かの失くし物じゃないといいけど」
そう言うレクト様にうなずく。
これ<波動>みたいなアイテムの可能性も出てきたな……?
ドキドキしながら開けると、レクト様の予想通り、指輪が収まっていた。
いやでも苺のことだしな、とか思っていたら指輪がぴょんと浮いた。
「うわっ、う、浮きましたよ!?」
まだなにもやってないけどって慌てた俺の指に、スポッとハマった。
「ちょ、ちょっと! カノアくん手を貸して」
取れるかなとレクト様がつまんで引っ張ったけど、ビクともしない。それどころか、指輪と触れているところが熱くなってきた。
「俺もまだ贈ってないのに。あれ、カノアくん? カノアくん!」
レクト様に肩を揺さぶられるけど、どんどん全身が熱くなってきて、とうとう俺は後ろにぶっ倒れた。
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視界が霞んでくる中、そんなことを考えた俺はそっと目を閉じた。
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