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番外編:追憶の銀雪
6.愛しの銀雪からは鈴蘭の香りがする
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俺の上官は変な髪型をしている。右は肩よりも少し上、左は肘の辺りまでと左右で長さが全く異なる。
「アンタ、どこで髪切ってんだ」
別にどこそこの高級サロンで、なんて返事を求めていたわけじゃない。この人は見た目に反してガサツで、自分の容姿なんて毛ほども興味がないのは知っているからな。
「あー……シルベリアがいた頃は切ってもらってた」
最近はもっぱらアーマーに任せてると言われ、息を吸う。ふっと鼻から吐き出してから「胃に穴が空くからやめてやれ」と言う。
言ってから(喜ぶか? いやでも、流石にこの人の髪に触れるのは緊張するだろ……)と考えた結果、今度会ったらどう思っているか訊いてやろうという結論に到達する。
「その髪型はアンタのこだわりか? それともなんか意味でもあんのか」
訊くと、新しく上官になった子どもは眉問に深い皺を刻んだ。とてつもなく綺麗なコイツがそんな顔をしても全く怖くないどころか、なにスネてんだよとからかってしまえそうな可愛らしさがある。言ったところで本当にムクれさせるだけだろうが。
「……あるにはあるんだがな」
むっと唇を尖らせて、精一杯怖いぞって顔を作る子ども上官に、別にそんなに知りたいわけじゃないから話したいなら話してくれればいいと伝えると、大きな目が丸くなった。舞台女優が泣いて悔しがりそうな長いまつ毛が揺れる。
「なにか」と問うと、上官は口に手を当てて「いや、意外だなと」とーー笑いそうなのを隠していた。
「お前に気を遣われるなんてな」
「そりゃ、いつもはアンタが呆れるようなことばかりするから」
「俺のせいだってのか」
口の片側がヒクリと動く。この人とはいつもこうだ。顔を合わせると憎まれ口ばかり叩いてしまう。いつか俺の方が呆れられてしまいそうだ。
ふう、と感情を落ち着つさせる為にか上官は息を小さく吐いた。それからこちらに目を合わせてきて「趣味じゃない」と一言だけ言う。
「まあ、そうだよな」
「最初は願掛けのつもりだったんだ。すごく世話になった恩人で。でも、いざ会ってみたら別人みたいになってた」
左髪を下から掬うようにして持ち上げ、くしゃりと握り潰してしまう。その恩人とやらは、この人をこんなにも消沈させるような残念な奴なんだろうか。
「だから、もう切ろうかと思ってんだ」
「はっ!?」
そんなことを考えていたから、この人が言ったことへの反応が一歩遅れた。
「手入れしろって怒られるけど面倒だし、乾くのも遅いしな」
「それはそうかもしれないが、そこまで伸ばしたのに勿体ない」
「勿体ないって、男の髪だぞ」
「神官でもなかなかそんな長さの奴いない。貴重だろ」
ぷっと吹き出して笑った上官は「なんだそれ」と笑顔を見せてくれた。
普段俺が作戦について申し立てばかりするからか、 書類仕事をサボって訓練場の裏で寝こけていたのがバレて怒られるくらいしか関わらないからか。それとも、あのムカつく御曹司が隊にやって来てからやたらと討伐任務が増えたせいか。
俺がこの人の笑った顔を見た数は少ない。
そのせいか、その度にとてつもなく可愛く見えてしまって、困るんだ。もっと見ていたいと欲が溢れてくる。
「アンタはもうその恩人に会いたくないのか。仲違いでも?」
「……いや、会いたいさ」
できれば昔のように笑い合いたいと言う上官に、頷いて見せた。
「それなら切らなくてもいいだろ。仲直りしたらもう片方の髪も伸ばせばいい」
その方が叶った感がないか? とこちら側の意見に引きずりこもうと口を滑らかに動かす。多少どころではなく無茶のある説得なので失笑されるかと危惧していたが、上官は思案する素振りを見せた後「それもそうか」と言った。
「それいいな、採用!」
歯を見せて笑った上宮はこちらに手を伸ばしてきて、レウの髪って綺麗だよなと髪を手で梳かしてくる。その無邪気な様子は肩を揺さぶられたかと思う程の衝撃をもって、こちらを責めたててきた。
(あの時はこんな子どもになにをって思ってたが)
まさかその数年後に愛人になるなんてな、と昔の思い出を振り返って口元に笑みを浮かべる。
「レウ、西部渓谷の資料どこに買いたか覚えてないか? 昨日寝る前にベッドで読んでたやつ。見つからなくてさあ」
「それならフェリオネルが持っていってたぞ」
こんな夜中になにを調べる気なんだと見た上官は髪からポタポタと滴を垂らしたままで、「アンタ、風邪を引くぞ」と立ち上がる。
「暖房つけてるから平気だって」
風呂に入ったくせに軍部の資料を片手にソファーに体を座った上官ーーエディス様の背後に回り、肩に掛けていたままのタオルを手に取る。濡れて水の色を含んだ白銀の髪をタオルで包んで水気を取っていく。
「レウってシルベリアと仲良さそうだよな」
「レストリエッジなら同期だ」
学園要塞では通っていた学校も寮も違うし、中央軍司令部でも科が違ったから直接活した機会は少ない。だが、互いにコイツは分かる奴だという認識はあったと思う。
「レストリエッジがいない問は俺が手入れをしろって怒るぞ」
「うわ、面倒くせえ――――」
勘弁してくれとうんざりとするエディス様に笑う。
するりと指の間を通り抜けていく白銀。
夜だと先を走るこの人の髪が流星のように線を描く。その姿はずっと見ていたいと思えるものでーー
「レウは俺の髪が好きだろ」
下を見ると、だろ? と重ねて言われ、面食らう。
「……そうですよ」
まったく、この人にはいつまでも敵わないなと思わされた。
「アンタ、どこで髪切ってんだ」
別にどこそこの高級サロンで、なんて返事を求めていたわけじゃない。この人は見た目に反してガサツで、自分の容姿なんて毛ほども興味がないのは知っているからな。
「あー……シルベリアがいた頃は切ってもらってた」
最近はもっぱらアーマーに任せてると言われ、息を吸う。ふっと鼻から吐き出してから「胃に穴が空くからやめてやれ」と言う。
言ってから(喜ぶか? いやでも、流石にこの人の髪に触れるのは緊張するだろ……)と考えた結果、今度会ったらどう思っているか訊いてやろうという結論に到達する。
「その髪型はアンタのこだわりか? それともなんか意味でもあんのか」
訊くと、新しく上官になった子どもは眉問に深い皺を刻んだ。とてつもなく綺麗なコイツがそんな顔をしても全く怖くないどころか、なにスネてんだよとからかってしまえそうな可愛らしさがある。言ったところで本当にムクれさせるだけだろうが。
「……あるにはあるんだがな」
むっと唇を尖らせて、精一杯怖いぞって顔を作る子ども上官に、別にそんなに知りたいわけじゃないから話したいなら話してくれればいいと伝えると、大きな目が丸くなった。舞台女優が泣いて悔しがりそうな長いまつ毛が揺れる。
「なにか」と問うと、上官は口に手を当てて「いや、意外だなと」とーー笑いそうなのを隠していた。
「お前に気を遣われるなんてな」
「そりゃ、いつもはアンタが呆れるようなことばかりするから」
「俺のせいだってのか」
口の片側がヒクリと動く。この人とはいつもこうだ。顔を合わせると憎まれ口ばかり叩いてしまう。いつか俺の方が呆れられてしまいそうだ。
ふう、と感情を落ち着つさせる為にか上官は息を小さく吐いた。それからこちらに目を合わせてきて「趣味じゃない」と一言だけ言う。
「まあ、そうだよな」
「最初は願掛けのつもりだったんだ。すごく世話になった恩人で。でも、いざ会ってみたら別人みたいになってた」
左髪を下から掬うようにして持ち上げ、くしゃりと握り潰してしまう。その恩人とやらは、この人をこんなにも消沈させるような残念な奴なんだろうか。
「だから、もう切ろうかと思ってんだ」
「はっ!?」
そんなことを考えていたから、この人が言ったことへの反応が一歩遅れた。
「手入れしろって怒られるけど面倒だし、乾くのも遅いしな」
「それはそうかもしれないが、そこまで伸ばしたのに勿体ない」
「勿体ないって、男の髪だぞ」
「神官でもなかなかそんな長さの奴いない。貴重だろ」
ぷっと吹き出して笑った上官は「なんだそれ」と笑顔を見せてくれた。
普段俺が作戦について申し立てばかりするからか、 書類仕事をサボって訓練場の裏で寝こけていたのがバレて怒られるくらいしか関わらないからか。それとも、あのムカつく御曹司が隊にやって来てからやたらと討伐任務が増えたせいか。
俺がこの人の笑った顔を見た数は少ない。
そのせいか、その度にとてつもなく可愛く見えてしまって、困るんだ。もっと見ていたいと欲が溢れてくる。
「アンタはもうその恩人に会いたくないのか。仲違いでも?」
「……いや、会いたいさ」
できれば昔のように笑い合いたいと言う上官に、頷いて見せた。
「それなら切らなくてもいいだろ。仲直りしたらもう片方の髪も伸ばせばいい」
その方が叶った感がないか? とこちら側の意見に引きずりこもうと口を滑らかに動かす。多少どころではなく無茶のある説得なので失笑されるかと危惧していたが、上官は思案する素振りを見せた後「それもそうか」と言った。
「それいいな、採用!」
歯を見せて笑った上宮はこちらに手を伸ばしてきて、レウの髪って綺麗だよなと髪を手で梳かしてくる。その無邪気な様子は肩を揺さぶられたかと思う程の衝撃をもって、こちらを責めたててきた。
(あの時はこんな子どもになにをって思ってたが)
まさかその数年後に愛人になるなんてな、と昔の思い出を振り返って口元に笑みを浮かべる。
「レウ、西部渓谷の資料どこに買いたか覚えてないか? 昨日寝る前にベッドで読んでたやつ。見つからなくてさあ」
「それならフェリオネルが持っていってたぞ」
こんな夜中になにを調べる気なんだと見た上官は髪からポタポタと滴を垂らしたままで、「アンタ、風邪を引くぞ」と立ち上がる。
「暖房つけてるから平気だって」
風呂に入ったくせに軍部の資料を片手にソファーに体を座った上官ーーエディス様の背後に回り、肩に掛けていたままのタオルを手に取る。濡れて水の色を含んだ白銀の髪をタオルで包んで水気を取っていく。
「レウってシルベリアと仲良さそうだよな」
「レストリエッジなら同期だ」
学園要塞では通っていた学校も寮も違うし、中央軍司令部でも科が違ったから直接活した機会は少ない。だが、互いにコイツは分かる奴だという認識はあったと思う。
「レストリエッジがいない問は俺が手入れをしろって怒るぞ」
「うわ、面倒くせえ――――」
勘弁してくれとうんざりとするエディス様に笑う。
するりと指の間を通り抜けていく白銀。
夜だと先を走るこの人の髪が流星のように線を描く。その姿はずっと見ていたいと思えるものでーー
「レウは俺の髪が好きだろ」
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まったく、この人にはいつまでも敵わないなと思わされた。
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