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番外編:追憶の銀雪
5.甘やかし給餌
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「も~~っ、レウ! 少尉に当たらないでよ」
戦闘指揮をしている上官に直接苦言を呈する部下など、そう見るものではない。
長年夫婦のように連れ添ってきた二人ならありえるが、レウは昨日配属されてきたばかり。
信頼もなにも……という具合なのに、部下を撤退させて残った自分一人で攻撃を仕掛けるという作戦をあっけらかんとした顔で宣った上官に危険だと徹底抗戦した。
あげく承服できないと抱えあげ、一時撤退の後に体制を整え直すと勝手に指示を下した自分に、上官は「勝手をするな」と怒った。当然だ。
揉めに揉めた末、自分を連れていくならという条件を出した。それを渋々呑んだ上官と無事任務を終えて帰ってきたところ――同時に配属されてきた男に掴まった。
「あのね、前は軍師准尉やってたの! 大規模魔法で一掃、がうちのお決まりのパターンで、慣れてるんだよ」
前から上官と同じ配属先にいた男――確か名前はアイザックだ――曰く、慣れた行為だったらしい。そんな消耗戦ばかりしてきたのは資料で見て知ってはいたが、実際に目の当たりにすると嫌悪が先立つ。
「兎かリスみたいにチマチマ草ばっか食べてんだぞ、アイツ! あんな殴られたら簡単に折れそうな奴が」
「レウには少尉のことが小動物に見えてるの?」
可愛いよねえ少尉、と的はずれな口を挟まれて閉口する。俺はアイツの外見に惹かれてきたんじゃないと釘を差すと、アイザックは笑った。
「軍師准尉だとか言って、お前らが甘やかすからアイツが……」
「あ」と言ったのは俺か、向こうか。偶然食堂の前で出会った新しい上官は、隣にいる男二人に断ってこちらに向かってくる。
「お前ら、まださっきのことで言い争ってんのか」
俺が気にしてないんだから怒るなとアイザックの腕を叩く上官に、目が細まるのを自覚した。なるほど、こういう手で懐柔しているのか。
「レウ、うちの方針を伝えてなくて困惑させて悪かったな」
「俺はさっきの許してないんで」
懐柔されてたまるかと反抗心が口を突いて出た。上官にこんな言い方と一瞬ヒヤリとし、アイザックにも「そんな言い方!」とまたしても詰め寄られ、険悪な雰囲気が戻りかける。
「お前が心配性なのはよく分かった。けど、とにかく飯食おうぜ。昼から遠征だし、時間ねえぞ」
誰が心配させてんだよ作戦練り直せと言ってやりたかったが、時間に追われているのは事実だ。話したければこの後の馬車でいくらでも機会が得られるだろうと、食堂に入っていく上官の後を追う。
昼前で開いたばかりの食堂には人気が少なく、大皿にのった料理もたんまりと盛られていた。
宿舎もそうだが、朝から晩まで全部バイキング形式になる。だからこそ、どいつもこいつも肉類にたかるのが常だ。
「おい、サラダ以外も食えよ」
だというのに、コイツときたらサツマイモのクリームチーズのホットサラダだとか、タコのマリネ風サラダだとか、女事務官用に用意されてるような小皿しかトレイにのせない。
「食べるのも義務だろ」
そう言って今日の目玉だという手羽元の唐揚げを皿に三つのせると、「そんなに食えねえよ」と眉が寄る。
怒ったというよりかは困ったという顔をする奴に、握ったら折れそうな腕をしておきながらなに言ってんだと呆れてしまう。
「レウ、少尉は肉が苦手なんだよ」
「苦手って、菜食家か」
「そういうわけじゃねえけど……」
なら食えと言ってパングラタンとエビのピラフを差し出すと、見比べてからグラタンが受け取られた。
「こんなに食ったら体が重くなって動きが鈍くなる」
「腹ごなしに寝りゃいい」
愚痴のように呟かれた言葉に即座に言い返すと、上官は 「胃が悪くなるだろ」とため息を吐く。
そんなに軟な胃で軍人が務まるかと内心言い返しながら、トレイにのせてきた品の包み紙を解いた。がぶりと大口で齧り付いて、皿の上に置く。
今日レウが選んだのは、アボカドとスモークサーモン、チーズをバケットで挟んだサンドイッチだ。最近追加されたメニューなのだが、サーモンの燻し具合が気に入っていて、選ぶのはこれで三回目になる。
それに上官の視線が集中していて(気になるのか?)と首を傾ぐ。
「……食うか」
渡してやろうと紙に半分包んだままのバケットサンドを差し出すと、驚いたことに髪を手で押さえながら顔を近づけてきた。
目を伏せながら口を開け、硬いバケットに白い歯がカシ、と当たる音がした。僅かに手が引かれる感触がして、我に返って力をこめるとバケットが噛み千切られていく。
まさか、受け取られずに食事の介助をさせられるとは思いもしていなかった。
だが控えめに齧ったものの一応具材も当たったようで、こちらを見上げてくる上官の大きな目は輝いていて。こくこくと無言で頷いてくるので、「もっと食っていいぞ」と口走ってしまう。
もう少し食え、ほらもう一口と促すと、ぱくぱくと食べる。
小動物だなと呆れてテーブルに頬杖を突きながら見守っていると、アイザックに腕を引かれた。
「レ、レウ。少尉は子どもじゃないんだよ」
「はぁ? まだ子どもだろ」
そう言い返した後で、相手が上官だったと思い出して愕然とする。
「ありがとう、美味かったよ」
ほんの少し恥ずかし気にしている年下の上官に、ぐうっと喉が鳴った。
「美味しいな、それ今度頼もう」
ぺろ、と唇を赤い舌が舐める。
何故だかそれを直視してはいけないような予感がしてきて、レウは体ごと向きを変えた。
アイザックの「よかったですね~」というのん気な声を聞きながら、さっさと食べてしまおうと手に持ったままのバケットサンドを見下ろす。
口を開けてかぶりつこうとして、動きが止まった。
(この人、口ちっせえな……!?)
見下ろした先にある齧り跡が、隣の自分のものとは比べ物にならないくらいに小さい。三口で自分の一口に値するのではないかと思う程だ。
思わず口が震えたが、顔が小奇麗なだけでアイツは男だと言い聞かせてパンを噛み千切る。
「んじゃ、先に行くな!」
ありがとう、と耳打ちされて思わず呑み込んでしまう。
まだ大きい固まりだったパンが喉を通っていったことに驚いたレウは、手を伸ばしてコップを掴む。
中に入っていた水をすべて飲み干してトレイに置く。息を継ぎながら口元をハンカチで拭っていると、視線を感じて横を向く。
すると、にやにやと目を細めて笑っているアイザックと視線がぶつかり、なんだよと体がのけ反った。
邪険にするもアイザックは近づいてきて、にこにこ笑いかけてくる。
「ね。すっごく可愛いでしょ! 俺、彼のファンなんだ」
たしかに、かわいいかもしれない……。
そう考えて空中をぽかんと見ていたレウだったが、すぐに気を持ち直して両手を握り締め「可愛くない!!」と大声で叫んだ。
戦闘指揮をしている上官に直接苦言を呈する部下など、そう見るものではない。
長年夫婦のように連れ添ってきた二人ならありえるが、レウは昨日配属されてきたばかり。
信頼もなにも……という具合なのに、部下を撤退させて残った自分一人で攻撃を仕掛けるという作戦をあっけらかんとした顔で宣った上官に危険だと徹底抗戦した。
あげく承服できないと抱えあげ、一時撤退の後に体制を整え直すと勝手に指示を下した自分に、上官は「勝手をするな」と怒った。当然だ。
揉めに揉めた末、自分を連れていくならという条件を出した。それを渋々呑んだ上官と無事任務を終えて帰ってきたところ――同時に配属されてきた男に掴まった。
「あのね、前は軍師准尉やってたの! 大規模魔法で一掃、がうちのお決まりのパターンで、慣れてるんだよ」
前から上官と同じ配属先にいた男――確か名前はアイザックだ――曰く、慣れた行為だったらしい。そんな消耗戦ばかりしてきたのは資料で見て知ってはいたが、実際に目の当たりにすると嫌悪が先立つ。
「兎かリスみたいにチマチマ草ばっか食べてんだぞ、アイツ! あんな殴られたら簡単に折れそうな奴が」
「レウには少尉のことが小動物に見えてるの?」
可愛いよねえ少尉、と的はずれな口を挟まれて閉口する。俺はアイツの外見に惹かれてきたんじゃないと釘を差すと、アイザックは笑った。
「軍師准尉だとか言って、お前らが甘やかすからアイツが……」
「あ」と言ったのは俺か、向こうか。偶然食堂の前で出会った新しい上官は、隣にいる男二人に断ってこちらに向かってくる。
「お前ら、まださっきのことで言い争ってんのか」
俺が気にしてないんだから怒るなとアイザックの腕を叩く上官に、目が細まるのを自覚した。なるほど、こういう手で懐柔しているのか。
「レウ、うちの方針を伝えてなくて困惑させて悪かったな」
「俺はさっきの許してないんで」
懐柔されてたまるかと反抗心が口を突いて出た。上官にこんな言い方と一瞬ヒヤリとし、アイザックにも「そんな言い方!」とまたしても詰め寄られ、険悪な雰囲気が戻りかける。
「お前が心配性なのはよく分かった。けど、とにかく飯食おうぜ。昼から遠征だし、時間ねえぞ」
誰が心配させてんだよ作戦練り直せと言ってやりたかったが、時間に追われているのは事実だ。話したければこの後の馬車でいくらでも機会が得られるだろうと、食堂に入っていく上官の後を追う。
昼前で開いたばかりの食堂には人気が少なく、大皿にのった料理もたんまりと盛られていた。
宿舎もそうだが、朝から晩まで全部バイキング形式になる。だからこそ、どいつもこいつも肉類にたかるのが常だ。
「おい、サラダ以外も食えよ」
だというのに、コイツときたらサツマイモのクリームチーズのホットサラダだとか、タコのマリネ風サラダだとか、女事務官用に用意されてるような小皿しかトレイにのせない。
「食べるのも義務だろ」
そう言って今日の目玉だという手羽元の唐揚げを皿に三つのせると、「そんなに食えねえよ」と眉が寄る。
怒ったというよりかは困ったという顔をする奴に、握ったら折れそうな腕をしておきながらなに言ってんだと呆れてしまう。
「レウ、少尉は肉が苦手なんだよ」
「苦手って、菜食家か」
「そういうわけじゃねえけど……」
なら食えと言ってパングラタンとエビのピラフを差し出すと、見比べてからグラタンが受け取られた。
「こんなに食ったら体が重くなって動きが鈍くなる」
「腹ごなしに寝りゃいい」
愚痴のように呟かれた言葉に即座に言い返すと、上官は 「胃が悪くなるだろ」とため息を吐く。
そんなに軟な胃で軍人が務まるかと内心言い返しながら、トレイにのせてきた品の包み紙を解いた。がぶりと大口で齧り付いて、皿の上に置く。
今日レウが選んだのは、アボカドとスモークサーモン、チーズをバケットで挟んだサンドイッチだ。最近追加されたメニューなのだが、サーモンの燻し具合が気に入っていて、選ぶのはこれで三回目になる。
それに上官の視線が集中していて(気になるのか?)と首を傾ぐ。
「……食うか」
渡してやろうと紙に半分包んだままのバケットサンドを差し出すと、驚いたことに髪を手で押さえながら顔を近づけてきた。
目を伏せながら口を開け、硬いバケットに白い歯がカシ、と当たる音がした。僅かに手が引かれる感触がして、我に返って力をこめるとバケットが噛み千切られていく。
まさか、受け取られずに食事の介助をさせられるとは思いもしていなかった。
だが控えめに齧ったものの一応具材も当たったようで、こちらを見上げてくる上官の大きな目は輝いていて。こくこくと無言で頷いてくるので、「もっと食っていいぞ」と口走ってしまう。
もう少し食え、ほらもう一口と促すと、ぱくぱくと食べる。
小動物だなと呆れてテーブルに頬杖を突きながら見守っていると、アイザックに腕を引かれた。
「レ、レウ。少尉は子どもじゃないんだよ」
「はぁ? まだ子どもだろ」
そう言い返した後で、相手が上官だったと思い出して愕然とする。
「ありがとう、美味かったよ」
ほんの少し恥ずかし気にしている年下の上官に、ぐうっと喉が鳴った。
「美味しいな、それ今度頼もう」
ぺろ、と唇を赤い舌が舐める。
何故だかそれを直視してはいけないような予感がしてきて、レウは体ごと向きを変えた。
アイザックの「よかったですね~」というのん気な声を聞きながら、さっさと食べてしまおうと手に持ったままのバケットサンドを見下ろす。
口を開けてかぶりつこうとして、動きが止まった。
(この人、口ちっせえな……!?)
見下ろした先にある齧り跡が、隣の自分のものとは比べ物にならないくらいに小さい。三口で自分の一口に値するのではないかと思う程だ。
思わず口が震えたが、顔が小奇麗なだけでアイツは男だと言い聞かせてパンを噛み千切る。
「んじゃ、先に行くな!」
ありがとう、と耳打ちされて思わず呑み込んでしまう。
まだ大きい固まりだったパンが喉を通っていったことに驚いたレウは、手を伸ばしてコップを掴む。
中に入っていた水をすべて飲み干してトレイに置く。息を継ぎながら口元をハンカチで拭っていると、視線を感じて横を向く。
すると、にやにやと目を細めて笑っているアイザックと視線がぶつかり、なんだよと体がのけ反った。
邪険にするもアイザックは近づいてきて、にこにこ笑いかけてくる。
「ね。すっごく可愛いでしょ! 俺、彼のファンなんだ」
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