【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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番外編:追憶の銀雪

4.ようこそ、エディス隊へ!

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「ようこそ、エディス隊へ!」

 両手を広げて出迎えられたレウは、なんだコイツらと言わんばかりの嫌悪を露わにした。

「なんか愛想悪くねえか?」

「初日だし、隊を移動してきたんだし。緊張してるんじゃないかな」

 口を歪め、眉を寄せて顔を顰めているレウを見た男たちは、顔を突合せてヒソヒソ話し合う。同性に好かれるタイプではないというのを理解しているレウは、腕を組んで話し合いが終わるのを待つ。

 しばらくして話が決まったのか、茶髪の男が歩み出てきた。

「俺はアイザック、よろしく!」

 君は? と向けられた手を握って名乗ると、にこやかな笑顔が返ってくる。

「俺たちは元ミシア隊で、少尉とはちょっとした付き合いなんだ」

 君はまだそんなに接したことがないよね? と言われたレウは渋々「そうだな」と肯定した。事実会ったのはたったの二回で、しかも初めて会った時のことは本人には忘れられていた。

「今日は少尉についてのレクチャーをしておこうと思ってさ」

「気難しそうなタイプには見えなかったんだが?」

 薄い月明かりの下では神々しかった彼は、太陽の下では随分と奔放そうに見えた。
 表情をころころと変えるあの人が部下を困らせることがあるとしたら、その可愛らしさくらいなものだろう。そんな馬鹿げた考えが浮かぶ程には愛らしい人だった。

「少尉本人に問題はないよ」

 とにかく見ればすぐに分かるから! と私服に着替えてくるよう言付けられる。
 一風変わった新人へのレクチャーだなと思いながらもレウは一旦寮の自室に戻り、着替えてから寮の玄関で合流をした。

「静かにね。一定の距離を保って」

 はあと言って表門まで行くと、丁度少尉が出て行くところだった。
 昼飯にしては遅い時間だったので、あれはどこに行くんだと訊ねると「巡回だよ」と返ってくる。

「巡回って、少尉がか」

 ますます変な奴だ。
 巡回なんてものは下級も下級、どこの部隊にも所属していないような奴がやらされる仕事で、好んでやる奴なんてのはいない。

 なにせ、魔物を見つければ自分で対処するか、軍への報告を要する。時には警官と勘違いしている民間人におつかいよろしく雑談混じりの魔物退治を頼まれることもあるのだ。

 軍への正式な魔物退治の要請は多額の金銭が掛かる。だから巡回中の軍人なんてものは格好の餌だ。それを自ら尉官が行くだなんて……。

(民衆派だとは聞いたことがあるが、本当だったのか)

 人々に寄り添い続けた人格者として知られているローラ元帥も、どんなに階級が上がろうと自分の足で市井の人と関わることは止めなかった。まるで彼女の道のりを辿っているようだ。

 小さな体でぴょこぴょこ小走りに歩いていく後ろ姿を目で追っていると、少尉の横を通りすがった男が振り向く。
 ああまあ、あれだけ綺麗な顔をしていれば、二度見・三度見くらいするか……と思っていたら、男は急に体の方向を変え、来た道を戻っていく。

(なんだ? 魔物がどっかに出たか)

 それにしては様子がおかしい――アイザックに視線で合図をすると、彼は「いつものかも」と呟く。

 いつものってなんだよと怪訝にしつつも一人歩いていったレウの目の前で、男が背後から少尉に覆いかぶさった。

「は!? おい、危な――」

 誘拐か痴漢のどちらかだ!
 総毛だったレウが走ろうとした時、男が潰れた声を出して膝から崩れ落ちていく。

 ひじ打ちの体勢からゆっくり体を戻す少尉の姿を見て安堵する。腹を押さえて悶絶する男に、少尉は慌てて背中を擦る。

「やべっ、加減ミスった……おーい、大丈夫か?」

 俺が行くわと一人飛び出していって、少尉に声を掛けた。俺が様子見ますと男を担ぎ上げて回収していく。

「……まさか、こういうのが続くんじゃないだろうな」

 嫌な予感がすると言うと、残ったアイザックが「見てれば分かるよ」と笑う。

 いや、そんなまさか。
 いくら綺麗で、可愛くて、大人なら抱え上げられそうなサイズだとしても一応軍人だぞ。傍に置いておきたくなるだろうし、売れば一生楽に過ごせそうだってのも分かるが……普通、銀髪の子どもを誘拐しようとするか?

 あの年なんだ、警官や近衛部に通報するならまだ理解できるけどな。

 ケバケバしい厚化粧のババアが手を振って少尉を呼び止める。
「おい、アイツは娼館かなにかの経営者だろ……」

 無防備に近づいていくなってと、見ているだけで焦燥が募る。いいのかとアイザックを見ると、頷かれる。

「あれは……大丈夫だと思う。多分、でもヤバそうだったら俺が行くよ」

 なに話してるか聞いとくかと、ババアのでかい声が聞こえる所まで近づいていく。

「アンタの髪色染めてんだろ、軍に入るくらい金がないならうちで働きな」

 案の定スカウトだ。とてもじゃないが、あの人の耳に入れられるわけもない、酷い誘い文句だ。

「俺は大丈夫、十分いい生活してもらってるから!」

 追い払うでもなく、真正面から笑顔を向けた。
 その瞬間、ああとか、そうなのかとか、そういう気持ちが湧き出てきた。

 なにかって? 昨日紹介された隊の事務員についてだ。

 シルク・ティーンス。正真正銘のお姫様。
 なのに隊長を支えたいから! いずれは私も治安維持部に所属したいと思っているという志願理由を話された時は正気か? と思ったもんだが……一本気な女があの人を好む理由が分かった。

 それと――あの人たち、やっぱり血が繋がっているなとも。想いを募らせているお姫様には可哀想だが、髪や目の色も違うし顔も似てないが、あれは兄貴だ。
 離れて暮らしていても、笑顔なんかそっくりじゃねえか。

「おばちゃんはなんか困ったこととかねえか? 魔物とか、荒っぽい奴がいたらいつでも相談してくれよな」

 自分の所属を馬鹿正直に明かして、ガラクタみたいな宝石ばかり嵌めた指輪をつけた手をぎゅっと握る。

 あの手の力強さは、もう俺も知っていた。
 本当に心配なさそうだな。少女のように照れたり、相好を崩して微笑む、勝気なかあちゃんみたいな顔になった女将を見て、息を吐く。

「ね、大丈夫だったでしょ」

 ああいうのじゃ曇らないんだよねと笑うアイザックを無視しようとして、自分の目が鋭く細まっていくのを感じる。

「おい、ならあの手合いはどうなんだ」

「え? あー、勿論。あれはダ~メ」

 許しませんと手を交差させるアイザックに、そう思うならちゃんと守れよという気持ちをこめて舌打ちをした。

 なにを。隊長だから? シルク様の兄かもしれない男だから? だから守れと苛立つのだろうか。自問自答してみても答えが見つからない。

 今度はあからさまにナンパだった。見るからに軽薄そうな様相の男が不埒な手を伸ばそうとして、掴む。

「おい」と低く凄むと、両者一斉にこちらに体を向けて、狼狽えた。

「俺の隊長になにか用か」

「は? あ……えっ?」

 途端に慌てた男の手を振り落とし、冷ややかな視線を送る。
 すると、こういう奴らはすぐに萎んでいくのだ。いつの時もそうだ。

 レウは己の容姿が優れているのを知っている。柔らかくなく、どちらかといえば――北部の山峰を思い起こすような冷ややかな美しさがあると。

 しおしおと枯れた草のように頼りなくなった男が物も言わずに離れていく。情けねえ奴と心中で罵っていると、斜め下から名前を呼ばれたので顎を引いて下を見る。

「ありがとな、助かった」

 お前タイミング悪いな~と自分の髪を握るこの人の、あまりに可愛らしい顔をまじまじと見てしまいそうになった。

 近衛部の奴らは似てる似てると噂するが、肖像画の王妃様とはちっとも似ていない。顔の系統としては似通っているのかもしれないが、あんなに華美じゃないだろ。
 王妃なら大半の人間が大輪のバラを思い浮かべる。けれど、この人は鈴蘭とか百合とかそういった系統の涼やかで、清廉なイメージじゃないか。

 目元は父親似とかいう奴もいるが、ツリ目が同じってだけだろ。
 王様の顔を間近で見たことがないから実際のところは分からないが、こんなにまつ毛が長くてクッキリした二重なのかよ。

「レウも巡回中か? 一緒に行くか」

 声を掛けられて、慌てて抱いたままだった手を離す。

 なんでいるんだろう? なんか用事あんのかコイツとでも言いたげな、遠慮がちに浮かべられた笑顔。どうした? って首を傾げた人に、なんでもないと言い返す。

「昼飯に行くとこだったんだよ」

 言い訳をすると、そっかと晴れやかな笑みに変わる。

「俺は巡回の途中だから。じゃあな」

 そう言って歩き出した奴に、アイザックが手を振った。

 それから三分もしなかったろうな、歩道の際を歩いていた少尉の傍に車が寄っていく。それを見た俺が駆け出したと同時に車のドアが開いて、中から出てきた男が少尉の腕を引っ張った。

「わっ」ととぼけた声を出した口を男のごつごつとした手が塞ぐ。
 簡単に抱え上げられた体が車の中に消える前に、ドアを蹴り壊す。青ざめる荒んだ風体の男の胸倉を掴んで殴りつけ、少尉を起き上らせて車外に出す。

「少尉、大丈夫です!?」

 駆け寄ってきたアイザックたちによくやったと肩を叩かれる。

「コイツ軍服着てんだぞ。見えてねえのかアイツらは!」

 腕の中に抱き締めた子どもに、バクバクと心臓が動く。小さい、体温が低くて汗ばみそうな季節に丁度良いような気がしてくる。クソッ……馬鹿な奴らを見たせいだ、こちらまで毒されてきている。

「もういい。おい、アンタ」

 こんな短い間隔で何度も攫われそうになる上官、たまったもんじゃない。

「一緒に、ついてってやるから……巡回」

 なのに、どうしてこんなことを言ってしまったのか。
 後ろでわあわあ騒ぐアイザックたちに怒鳴り返しながら、細い肩を引き寄せる。長く長く息を吐いて、額に手を押し当てた。

 後悔しかない、絶対に面倒に違いない。

 だというのに――「レウ」と服を引かれ、「ありがとな!」と満面の笑みを向けられてしまったら。

「別にアンタに礼を言われるようなことじゃない」

 ――なんで憎まれ口が出るんだ。
 またやってしまったと、冷や汗が伝う。

 別にこの人のことが気に入らないわけじゃない。むしろ好ましいくらいだ。

 なのに――あの夜を越えてから、いつだって素直に話せない。
 それもこれも、この人が俺のことを……あの夜のことを忘れたせいだ。違う、あの夜はこの人だって失血していたし骨折もしていた。あんな極限の状態でたかが一兵卒、覚えていろというのがおかしいだろう。

「なんで? 俺の仕事に付き合ってくれるんだろ」

 あ、てか飯食いにいくんじゃなかったのかと腕を引かれる。

「ミシアが美味い定食屋があるって言ってたから、そこ連れてってやるよ」

 俺も昼休憩の時間だからと言う上官に、口の端がひくりと動く。

「アンタ、巡回って言ってなかったか」

 すうっと息を吸って、屈んで近づく。
 口を大きく開け――「休憩の時は飯を食って休め!」と怒鳴った。
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