【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

文字の大きさ
132 / 274
番外編:追憶の銀雪

3.体当たり戦法イノシシおじ

しおりを挟む
「第一、お前らは弛んでおるのだ!」

 なにかと思えば、廊下に軍兵器開発部の奴らが立たされている。
 その前で右往左往しているのは、いたく評判の悪い戦闘科の軍人だった。どう見ても嫌がらせやいじめの現場で、レウはなにを考えているのかとデイヴィスを見下ろす。

 レウたちが近くまで来たのを見て取ったソイツは血相を変えたが、デイヴィスがなにも言わないのに気付くと「こんな金クズばかり愛でおって、それでも軍人か?」と声高に主張を続ける。

 この人のことを知らないのかとレウは嘆息した。
 柔和に微笑んではいるが、デイヴィスの目は笑っていない。なにを狙っているのかと、レウは静かにデイヴィスの斜め後ろに立った。

「武器なしで魔物の群れに突っ込んでいくんですかね」

 後ろ手に組んだ手を離して口の横に持っていき、体を傾けてデイヴィスに言うと彼は笑みを深める。笑いが堪えきれてないですよ。
 随分と巨体なので、体当たり戦法を得意としているのかもしれない。

「鍛錬はしておるのか、してないだろう。部屋にばかり引きこもりおって。まったく、最近の若い奴らときたら」

 こちらの視線を気にしているのか、時折横目で見てくる。
 そんなことをされると、理不尽な叱責をされている軍兵器開発部の”助けてくれないのか”という視線を受けることになってしまい、どうにも身の置き場がない。

「前線ではこのようなことは通用せんのだぞ。鉄の玉ばかり頼っていると死ぬぞ! どうせお前らは前線の怖さも知らんのだろう」

 軍兵器開発部が新作の試験を前線でしているのを知っているので尚更だ。あの男が前線に出ていないから知らないだけだろう。

「彼の姿、最近任地で見かけないよねえ」

 こんな老兵でもたまぁには行くのにと背の低いデイヴィスが囁くので、口から息が漏れ出る。

 一列に並ばせた開発部の軍人の前をふうふうと息を吐きながら歩きまわる男の足音は、ここからでも聞こえてきそうだ。時折足を止め、自分の話をちゃんと聞いているのかと問いただすところに自信のなさが漏れ出ているように見える。

「聞いておるのかと聞いて、お前ぇ!」

 だが、頬を殴打する音が聞こえてきてレウは目を鋭く細めた。

 女性の悲鳴に似た声が聞こえてくる。
 そもそも軍兵器開発部は戦闘科と比べると、女性隊員の数が圧倒的に多い。だからこそ居丈高に振る舞う者が多いのも現状だ。

「儂の名は、儂の名は……っ」

 ぶるぶると体を震わせ、近くにいる軍人に唾が飛ぶのが見えて視線を逸らす。汚いと呟いてしまい、デイヴィスにこらこらと肘で突かれた。

「知ってますよぉ。ギルバート・スミス大佐でしょう。エンパイア家の遠縁の」

 一人だけ壁に凭れかかって立っていた奴が手を挙げて発言する。来た時から、ふわふわと欠伸を繰り返していて、よく目を付けられないなと思っていた奴だった。

「そう、そうだ! よく分かっている奴もいるじゃないか。お前、名前はなんだ!?」

 ソイツが笑ったのが分かる。それが、皮肉気な質のものであることも。

「ジェネアス・フロイード一等兵です」

「そうだ! こ奴が言うように、儂はあのエンパイア公爵家の親戚なのだぞ!」

 そうなんですかとデイヴィスを見ると、彼は「水のように薄い縁だがね」と狐のように目を細めて笑う。

「その儂の言葉をちゃんと聞かんか。欠伸をするな!」

 癇癪を起したスミスが一等兵の頭を掴んで壁に叩きつける。だが、ソイツは石頭なのかふわりと欠伸をした。

「ついさっき戦場から帰ってきたばっかなんです。なのに、こぉんなつまらないお話を聞かされて、もう眠くて眠くて」

 もういいですかぁと言う一等兵の頬を固めた拳で殴りつけ、聞き取り辛い発音で何事かを叫ぶ。

「ちなみに彼、トリエランディア大将の腹心ね」

「それは……それは、やらかしましたね」

 この場でなくても、後でトリエランディア大将から手痛い仕返しを食らうだろう。いい気味だ。

「た、弛んどる。これは、実に弛んどるぞ!!」

 弛んでるのはお前の腹だと口にしそうになり、手で押さえる。

 まだ言うかという気持ちが伝染していく場に、はあっと大きなため息が聞こえた。スミスが黙ったタイミングだったので、やけに大きく響く。

「お前、何か言いたいことでもあるのか!!」

 人の目が気になるのか、今度はため息を吐いた張本人を問い詰め始めた。
 緑色の髪に、白衣を着た男だった。

「名前は」

 緑髪の男は、気まずそうにスミスを見据える。周りもひっそりと視線を交わす。
 それに頭痛がしてきそうだと、レウはこめかみを指で擦った。

 あの男を知らない馬鹿がこの国にいるとは……。

「シュウ・ブラッド中尉であります」

「ブラッド? あのブラッド家か!?」

「えぇ……はい。まあ、一応」

 この国のあらゆる事業を支えているといっても過言ではない家系の、族長そっくりの顔が分からないとは恐れ入る。

「ブラッド家の中尉が、この儂に言いたいことでもあるのか……っ」

 言っても言わなくても頭にくるのは違いないと悟ったのか、ブラッドは腕を組んで男を真正面から見返した。その視線の真っ直ぐさに、意外だなと驚きが出てくる。

「随分と横暴な真似をなさるのですな」

 嫌悪を露わに、他の者を庇うように一歩足を踏み出す。

「皆に手を上げるのはお止めください。本来ならば軍法会議にかけられて然るべき行為だ」

 鋭い目つきで睨み付ける姿に、隣のデイヴィスが小さく拍手をする。

「軍法会議にかけると言いたいのか!? なっ、成金のくせに調子に乗るな!!」

 殴ろうと振りかぶった手は、ブラッドの隣に立っていた派手な色の頭髪の男が受け止める。血相を変えたブラッドが制止を促すが、その前に派手髪の男が突き上げた拳がスミスの顎を直撃した。

「シルベリア、お前なあっ!」

「よし、逃げるぞ!」

 お叱りは後だとブラッドの肩を掴んで後ろを向かせた男が走っていく。
 しばし悶絶していたスミスだったが、しばらくすると猛然と追いかけだした。

 デイヴィスに行こうかと促され、どうしてこんなのを見続けなければいけないんだと辟易しつつも大人しく彼に付き従う。

 スミスが追ってきていることに気が付いた二人は「うわ、追ってきたぞ!」と叫びながら訓練場に侵入していく。丁度訓練が終了したのか、ぞろぞろと戦闘科らしき軍人が入れ違いに出てきた。

 戦闘服を身に着けた少年が前から歩いてきて、それを見たブラッドと派手髪が同時に「エディス!」と叫ぶ。
 少年は二人の慌てように首を傾げたが「わっ、儂を舐めるな!」と言いながら顔を真っ赤にして走ってくる男を見て、二人の前に出た。

 欠伸ばかりしていた奴がレウの隣まで走ってきて「危ないッス!」と叫ぶ。

「うちの軍師准尉になんの用だよ!」と庇うように出てきた軍人が体当たりで吹き飛んでいく。もしかしたら本当に魔物の一匹や二匹、体当たりで殺せるのかもしれない。

 いやでも、屈強な戦闘科でさえ地面に寝転がる威力なのに、あんな細い奴がまともに正面から受けたりしたら――けど、手出ししたら処罰を受けることに……。

『増援に来たのが俺だけでごめんな』

 必死に泣くのを堪えたような顔が、閉じた瞼の裏に浮かぶ。胸に抱いたのは、猛烈な憤りだった。

(アンタが本当にエドワード王子なら、護るのは俺たちだろ!)

 痛々しい音がして、目を開くとシールドに体当たりしたスミスの姿が見えた。

「あらら」とデイヴィスが面白がって、レウの腕を何度も叩く。

「あ……」

 顔面からシールドに衝突した男は、白目になって後ろに倒れていく。
 拳を握ったまま巨体がひっくり返って、地面が揺れて土埃が立つ。うわあと悲鳴を上がるが、エディスは後ろの二人に抱えられてそっくり返る。

 魔法の使用者を捜す目がうろつき、やがてレウの方へとおずおずと向けられた。
 驚きに瞠られた青い目と視線が合って、心臓が跳ねる。その頬を、手に触れて身を案じる権利が――彼を隣で護る権利が欲しくて、喉がひりついた。

「なあ、このオッサンどうしたんだ?」

 なんなんだよと指を差す子どもに両側から抱き付いている男は、「苛められた!」「軍兵器開発部なのに物作ってたら因縁つけられた」と口々に訴える。
 すると、青の瞳に苛烈な色が差す。この場にいる誰よりも華奢な体なのに、そこから出る覇気には凄みがあった。

「戦場に出ている軍人に、理由も無く不当な暴力を振るった、ってことだよな」

 美人の真顔が怖いってのは本当だったのかと納得してしまいそうになる。
 背筋が震えそうな程に冷ややかな顔になった子どもが自分の上官を呼ぶ。片手を腰に当て、指でスミスを差す子どもに、上官が笑い声を立てて手を叩く。

 部下に呼び立てられたのに妙に親し気な上官は子どもの頭を撫でると、スミスを何人かで抱えさせ、引っ立てていった。

「もっと早く来たら良かったな……ごめん。皆、無事か?」

 シルベリアが庇ってくれたから無事、とわざとらしく鼻を鳴らしたブラッドに子どもが苦笑いになる。

「受け止めた俺の手は赤くなったけどな。シュウが舐めてくれたら痛くなくなるかも」

「なんで舐めなきゃいけねえんだよ、お前さっきまで魔物の死体触ってたし、御免蒙る」

「シュウが冷たい……」

 両側で騒いでいる二人を引きずりながら歩いていって、「怪我してる奴がいたら医務室に連れていくから、手を上げてくれ」と叫ぶ。
 殴られた二人が素直に手を挙げたが、一人目は軽傷なのでと断って自室へと帰っていく。

「フロイードも壁に叩きつけられてただろ。大丈夫か?」

「えっ、そうなのか!?」

「いや~、石頭なんで無傷なんスよねえ」

 でも撫でてください、と子どもの前に座ったフロイードの頭を素直に撫でて、たんこぶができていないか頭をまさぐる。

「……それで、俺になにが見せたかったんです」

 和やかな雰囲気になってきたので、ようやく口にできた。
 笑い声を立てた爺は、口髭を触って笑う。

「彼ねえ、この間まで南に行っていてね。反軍を自分の私兵団にするっていう快挙を起こしたんだ。昇級して自分の隊を持つことが決まったんだけど――」

 細く歪んだ目に射止められ、怯みそうになった。唾を飲みこんで続きを促すと、デイヴィスは口髭をピンと伸ばして手を離す。

「君、彼の隊に入らない?」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

腐男子♥異世界転生

よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。 目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。 トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

処理中です...