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紡ぎ編
2.昼飯を買わずに
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「なんだこれ……凄いな」
盾を挟んで立つ、ユニコーンとドラゴン。
エディスに用意されていたのは、王家の装飾が施された機関車だった。
「エド、貸し切りって言ってなかったか。なんでこんなに長いんだ」
「六両はありそうだよね」
背を曲げたギールが耳元に囁きかけてきた。
「これ王族用の列車だよ」と教えられたエディスは目を見開いて彼の顔を見返す。
ふ、と笑ったギールに「使っていいのか」と言うと「君以外の誰が使えるのさ」と耳元に口づけられる。耳を覆ったエディスはヒッと叫んだ。
「離れろ」
間に入ったレウが引き離してくれ、エディスは彼の背後に隠れながら列車を見上げる。
鞣革のように深く、磨かれた焦げ茶色に塗りこめられていた。
窓枠には金属が使われ、瀟洒な仕様だ。
よくこんなに豪華な列車をと、手配した義弟の顔を思い浮かべて微苦笑する。
庶民感覚が全く抜けないエディスは、靴の裏に汚れがついていないかと後ろに足を曲げて見た。
「なんか踏んだか?」
レウに訊かれると首を振り「汚しちゃよくねえだろ」ともう片足も上げ、腰を曲げる。
ロイもそうかと真似すると、レウに「やめろやめろ、恥ずかしい」と止められた。
「汚したってちゃんと掃除されるんだよ、こういう所は」
だから気にせずに入ってくれ、頼むからと肩を掴んで列車の方を向かされる。
ずいと押されたエディスは「清掃費用取られないか」と疑いながらも足を踏み入れた。
中はさらに豪華で、一両まるまるホテルの居室のような仕様だった。
布張りの壁に窓には青いカーテンが吊るされ、床にはなんと毛足の長い絨毯まで敷かれている。
同基調の革張りのソファーやアンティークの長テーブルが置かれていた。
「うわっ、壺なんか置いてある! 割れたら危ないだろ……」
ひたすらに心配するエディスの後ろから顔を覗かせたロイがうわぁ~っと歓声を上げた。
「列車、乗ってみたかったんですよね~!」
あまり車にも乗ったことないと顔を輝かせながら入ってきたロイに、ギールが眉を下げて彼の肩に手を置く。
「あのね、ロイくん。これが通常の仕様だと思わないでね」
「俺たちはいつもこんな綺麗な列車に乗れるわけじゃないからな」
両隣から背の高い男二人に言い含められたロイは、えっえっと辺りを見渡してから助けを乞うようにエディスを見てくる。
「じゃあ、普段はどんな……?」
「窓開けて寝てたら火花や煙が飛び込んでくるし、床なんて噛み煙草やってる奴らの唾で汚れ放題。って感じだな」
荷物は置けねえし、地方によっちゃ脱線する。座席から十センチも浮き上がるくらいぽんぽん跳ねるよなあと同意を求めると、レウもギールも深く頷いた。
それにロイがひえぇと涙目になる。
「ま、今回は大丈夫だ」
近いからなと背を叩かれたロイは、ずっとこの列車がいいですと肩を落とした。
向かい合わせのコンパートメントシートに座ったエディスたちは、休む間もなく地図を取り出す。
「ボステルクってここから何時間くらいだ」
テーブルの上に地図を広げたギールの指が、真新しい紙の上をここからここだねと滑っていく。
学園要塞・ボステルク。
小高い丘の上に建つ、堅牢な城壁に守られている難攻不落の土地。
一説によると”魔法書の魔人”と呼ばれるアンビトン・ネージュの教えを聞く為に人が集まり、それがいつしか要塞化していたのだという。
ボステルクは王宮からも認められた自治区だ。
中の学校に通わなければ、入ることは一部を除いて認められていない。
「ほとんど西に近いからな……問題なく進んで明日の朝五時くらいか」
「ええっ、じゃあご飯はどうするんですか!?」
駅で買わなかったじゃないかと慌てふためくロイに、レウは渋い顔付きになる。
普段は街で軽食を買っておくか、補給で停まる駅でなにかを食べるかだと説明すると「じゃあ、どこかで食べるってこと?」と首を傾げた。
「だとしたら覚悟しといた方がいいな」
部下からの苦情は基本的に食事に関することばかり。今までは火花で頭に丸いハゲができた件以外は飯だった。
干しブドウ入りのパイは肥やしたての土みたいだし、コーヒーなんて小麦粉と砂でとろみをつけているようで飲めたものじゃない。
サンドイッチも酷い、ほとんど肉がないしなんなのか分からない草は萎びている。ソーセージロールやポークパイなんて肉が腐っていた! と泣く者もいた。
それ程までに列車での移動では食事が不評だった。
だからこそレウは「化石みたいなサンドイッチ」と眉間に皺を寄せるのだろう。
「そんなに不味いんですか」
「俺はまあ……上等な舌じゃねえから、腐ってなけりゃ」
それはもう味の問題じゃないですかと言われたエディスは「保管が難しいんだよ」と苦い顔つきになる。
「でも良かったね、今回は美味しい食事にありつけそうで」
なのでギールがそう言いだした時、なにをと顔を見つめた。だが、彼は「そうなんでしょう?」とエディスの隣に座る男へ顔を向ける。
「シェフ付きの列車だそうだ」
「シェフ付き!?」
そんな列車が存在していいのかとエディスは驚いたが、この列車を予約したのが誰かを思い出して自分を納得させた。
これは王族専用の車両なのだろうし、なによりエンパイア家は列車事業の中心的存在だ。
「食堂車付きの列車を作ったのはエドワード様の父親だからな」
「愛人を乗せて威張りたいから。だよね」
ロイの前で下衆いことを言うなと言いたかったが、浴場で美青年をはべらせていた姿が忘れられず、あの父親ならそうだろうなと頷けてしまう。
「あんなオッサンでもやることはやるんだな……」
「まさにヤるためだけどね」
仕事はできたのかという気持ちでの呟きを笑われたエディスは、斜め左前に座るギールの向う脛を蹴っ飛ばした。
盾を挟んで立つ、ユニコーンとドラゴン。
エディスに用意されていたのは、王家の装飾が施された機関車だった。
「エド、貸し切りって言ってなかったか。なんでこんなに長いんだ」
「六両はありそうだよね」
背を曲げたギールが耳元に囁きかけてきた。
「これ王族用の列車だよ」と教えられたエディスは目を見開いて彼の顔を見返す。
ふ、と笑ったギールに「使っていいのか」と言うと「君以外の誰が使えるのさ」と耳元に口づけられる。耳を覆ったエディスはヒッと叫んだ。
「離れろ」
間に入ったレウが引き離してくれ、エディスは彼の背後に隠れながら列車を見上げる。
鞣革のように深く、磨かれた焦げ茶色に塗りこめられていた。
窓枠には金属が使われ、瀟洒な仕様だ。
よくこんなに豪華な列車をと、手配した義弟の顔を思い浮かべて微苦笑する。
庶民感覚が全く抜けないエディスは、靴の裏に汚れがついていないかと後ろに足を曲げて見た。
「なんか踏んだか?」
レウに訊かれると首を振り「汚しちゃよくねえだろ」ともう片足も上げ、腰を曲げる。
ロイもそうかと真似すると、レウに「やめろやめろ、恥ずかしい」と止められた。
「汚したってちゃんと掃除されるんだよ、こういう所は」
だから気にせずに入ってくれ、頼むからと肩を掴んで列車の方を向かされる。
ずいと押されたエディスは「清掃費用取られないか」と疑いながらも足を踏み入れた。
中はさらに豪華で、一両まるまるホテルの居室のような仕様だった。
布張りの壁に窓には青いカーテンが吊るされ、床にはなんと毛足の長い絨毯まで敷かれている。
同基調の革張りのソファーやアンティークの長テーブルが置かれていた。
「うわっ、壺なんか置いてある! 割れたら危ないだろ……」
ひたすらに心配するエディスの後ろから顔を覗かせたロイがうわぁ~っと歓声を上げた。
「列車、乗ってみたかったんですよね~!」
あまり車にも乗ったことないと顔を輝かせながら入ってきたロイに、ギールが眉を下げて彼の肩に手を置く。
「あのね、ロイくん。これが通常の仕様だと思わないでね」
「俺たちはいつもこんな綺麗な列車に乗れるわけじゃないからな」
両隣から背の高い男二人に言い含められたロイは、えっえっと辺りを見渡してから助けを乞うようにエディスを見てくる。
「じゃあ、普段はどんな……?」
「窓開けて寝てたら火花や煙が飛び込んでくるし、床なんて噛み煙草やってる奴らの唾で汚れ放題。って感じだな」
荷物は置けねえし、地方によっちゃ脱線する。座席から十センチも浮き上がるくらいぽんぽん跳ねるよなあと同意を求めると、レウもギールも深く頷いた。
それにロイがひえぇと涙目になる。
「ま、今回は大丈夫だ」
近いからなと背を叩かれたロイは、ずっとこの列車がいいですと肩を落とした。
向かい合わせのコンパートメントシートに座ったエディスたちは、休む間もなく地図を取り出す。
「ボステルクってここから何時間くらいだ」
テーブルの上に地図を広げたギールの指が、真新しい紙の上をここからここだねと滑っていく。
学園要塞・ボステルク。
小高い丘の上に建つ、堅牢な城壁に守られている難攻不落の土地。
一説によると”魔法書の魔人”と呼ばれるアンビトン・ネージュの教えを聞く為に人が集まり、それがいつしか要塞化していたのだという。
ボステルクは王宮からも認められた自治区だ。
中の学校に通わなければ、入ることは一部を除いて認められていない。
「ほとんど西に近いからな……問題なく進んで明日の朝五時くらいか」
「ええっ、じゃあご飯はどうするんですか!?」
駅で買わなかったじゃないかと慌てふためくロイに、レウは渋い顔付きになる。
普段は街で軽食を買っておくか、補給で停まる駅でなにかを食べるかだと説明すると「じゃあ、どこかで食べるってこと?」と首を傾げた。
「だとしたら覚悟しといた方がいいな」
部下からの苦情は基本的に食事に関することばかり。今までは火花で頭に丸いハゲができた件以外は飯だった。
干しブドウ入りのパイは肥やしたての土みたいだし、コーヒーなんて小麦粉と砂でとろみをつけているようで飲めたものじゃない。
サンドイッチも酷い、ほとんど肉がないしなんなのか分からない草は萎びている。ソーセージロールやポークパイなんて肉が腐っていた! と泣く者もいた。
それ程までに列車での移動では食事が不評だった。
だからこそレウは「化石みたいなサンドイッチ」と眉間に皺を寄せるのだろう。
「そんなに不味いんですか」
「俺はまあ……上等な舌じゃねえから、腐ってなけりゃ」
それはもう味の問題じゃないですかと言われたエディスは「保管が難しいんだよ」と苦い顔つきになる。
「でも良かったね、今回は美味しい食事にありつけそうで」
なのでギールがそう言いだした時、なにをと顔を見つめた。だが、彼は「そうなんでしょう?」とエディスの隣に座る男へ顔を向ける。
「シェフ付きの列車だそうだ」
「シェフ付き!?」
そんな列車が存在していいのかとエディスは驚いたが、この列車を予約したのが誰かを思い出して自分を納得させた。
これは王族専用の車両なのだろうし、なによりエンパイア家は列車事業の中心的存在だ。
「食堂車付きの列車を作ったのはエドワード様の父親だからな」
「愛人を乗せて威張りたいから。だよね」
ロイの前で下衆いことを言うなと言いたかったが、浴場で美青年をはべらせていた姿が忘れられず、あの父親ならそうだろうなと頷けてしまう。
「あんなオッサンでもやることはやるんだな……」
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