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1.家族、売られました
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記憶を遡り、最初から目を覚ます。
すると、いつも決まってあの女が出てくる。
光に照らされた銀の髪、青色の目。左耳につけた三日月のピアス。
兄と名乗る男に連れて行かれるまで、俺はいつだって寂しがった。
誰がいても、どれだけ”愛”の体裁を保った言葉を囁かれても。
皆が俺を通して別の誰かを見ている。そんな気にさせられるからだ。
その飢えは、実は十二歳になって職を得た今でも変わっていないんじゃないかと思わせられる時がある。
「そう。にーっと! そー、かーわいっ!」
甘ったるい声。顔に押し付けられた、ふくふくと柔らかい胸。あの女といると、笑っていなくてはいけない。
「もっと綺麗で可愛くなって、いい人の所にいくのよ」
「うん!」
あそこはこの国の中でも汚らしく、人の欲望が渦巻く所だった。
毎日ぶくぶくと腹を膨らませた金持ちが気に入った人間を金で買っていく。
その金欲しさに商人たちは目を光らせる。
奴隷市なんて、今になっても珍しいものでもない。
「可愛いから、君はきっと高く売れるわ」
「うん。ありがとう!」
俺はその奴隷市の中でも特別な商品が作られる小屋に、その女と詰め込まれていた。
「いい奴隷は頭も良くなくちゃ! さ、お勉強の時間よっ」
「ええーっ!?」
エディスと名乗る、得体の知れない女と。
*** *** *** *** ***
子どもの俺は、エディスさんの歌が好きだった。
あの人の歌声が好き、歌っている時の目が好き、優しくて綺麗なエディスさんが好き。
鼻で笑ってしまうような感情だ。
「エディスさんが歌ってるの聞くの、僕好きっ!」
ある日そう言ったら、あの女は俺の両肩を掴んで顔を覗きこんできた。
「なら、一緒に歌いましょう!!」
だと。獣みたいに息を荒く吐いて、飢えた目をして。
それから繰り返し毎日歌って、勉強して、体を磨いて。毎日、ご主人様への教育をされた。
それは俺の髪が腰に届くまで続いた。
そんなある日、あの女の様子があからさまにおかしくなった。
少しも落ち着かず、俺の髪を引き抜こうとしているのか、なにかを確認しているのか触る。
問うても答えようとしない。
一際大きな歓声が聞こえてすぐ、人が入ってきた。
女が両脇を二人の男に抱えられて理解した。この女が買われたんだなって。
「エディスさ」
「エディ……エドワード!」
腕を振り回して逃れてきたその女に引き倒され、胸が詰まった。
「ああ!できれば貴方も連れて行きたかった! エドワード……私の」
青い目に心臓を掴まれるようで、思い出すと今も息が止まりそうになる。
「私の、息子」
母だなんて言えない。言ったことすらない。
「あの歌を、舞台に上がる時に歌いなさい。そうしたら、お父様が迎えに来るから。いいわね。絶対にお父様、この国で一番偉い人が貴方を六歳までには迎えに来るから」
「エディスさん……」
歯を剥き出しにして笑う女の顔が滲んでいく。
「エドワード。エドワード・ティーンス。それが貴方の名前よ。いい? 覚えておくのよ、しっかり」
「うん」
「だけど、これからは私の名前を。エディスを名乗りなさい。いいわね?」
「……うん」
鼻の奥に煙ぶる、花のような香水。
人の温度なんて感じなかったのに、離れていくと空気との違いが分かる。
「エドワード。愛してるわ。だから、這いずってでも生きなさい」
きっと母を想うには十分な時間があった。けれど、俺が母を知るには足りなかった。
俺は今でも、家族を理解できていない。
すると、いつも決まってあの女が出てくる。
光に照らされた銀の髪、青色の目。左耳につけた三日月のピアス。
兄と名乗る男に連れて行かれるまで、俺はいつだって寂しがった。
誰がいても、どれだけ”愛”の体裁を保った言葉を囁かれても。
皆が俺を通して別の誰かを見ている。そんな気にさせられるからだ。
その飢えは、実は十二歳になって職を得た今でも変わっていないんじゃないかと思わせられる時がある。
「そう。にーっと! そー、かーわいっ!」
甘ったるい声。顔に押し付けられた、ふくふくと柔らかい胸。あの女といると、笑っていなくてはいけない。
「もっと綺麗で可愛くなって、いい人の所にいくのよ」
「うん!」
あそこはこの国の中でも汚らしく、人の欲望が渦巻く所だった。
毎日ぶくぶくと腹を膨らませた金持ちが気に入った人間を金で買っていく。
その金欲しさに商人たちは目を光らせる。
奴隷市なんて、今になっても珍しいものでもない。
「可愛いから、君はきっと高く売れるわ」
「うん。ありがとう!」
俺はその奴隷市の中でも特別な商品が作られる小屋に、その女と詰め込まれていた。
「いい奴隷は頭も良くなくちゃ! さ、お勉強の時間よっ」
「ええーっ!?」
エディスと名乗る、得体の知れない女と。
*** *** *** *** ***
子どもの俺は、エディスさんの歌が好きだった。
あの人の歌声が好き、歌っている時の目が好き、優しくて綺麗なエディスさんが好き。
鼻で笑ってしまうような感情だ。
「エディスさんが歌ってるの聞くの、僕好きっ!」
ある日そう言ったら、あの女は俺の両肩を掴んで顔を覗きこんできた。
「なら、一緒に歌いましょう!!」
だと。獣みたいに息を荒く吐いて、飢えた目をして。
それから繰り返し毎日歌って、勉強して、体を磨いて。毎日、ご主人様への教育をされた。
それは俺の髪が腰に届くまで続いた。
そんなある日、あの女の様子があからさまにおかしくなった。
少しも落ち着かず、俺の髪を引き抜こうとしているのか、なにかを確認しているのか触る。
問うても答えようとしない。
一際大きな歓声が聞こえてすぐ、人が入ってきた。
女が両脇を二人の男に抱えられて理解した。この女が買われたんだなって。
「エディスさ」
「エディ……エドワード!」
腕を振り回して逃れてきたその女に引き倒され、胸が詰まった。
「ああ!できれば貴方も連れて行きたかった! エドワード……私の」
青い目に心臓を掴まれるようで、思い出すと今も息が止まりそうになる。
「私の、息子」
母だなんて言えない。言ったことすらない。
「あの歌を、舞台に上がる時に歌いなさい。そうしたら、お父様が迎えに来るから。いいわね。絶対にお父様、この国で一番偉い人が貴方を六歳までには迎えに来るから」
「エディスさん……」
歯を剥き出しにして笑う女の顔が滲んでいく。
「エドワード。エドワード・ティーンス。それが貴方の名前よ。いい? 覚えておくのよ、しっかり」
「うん」
「だけど、これからは私の名前を。エディスを名乗りなさい。いいわね?」
「……うん」
鼻の奥に煙ぶる、花のような香水。
人の温度なんて感じなかったのに、離れていくと空気との違いが分かる。
「エドワード。愛してるわ。だから、這いずってでも生きなさい」
きっと母を想うには十分な時間があった。けれど、俺が母を知るには足りなかった。
俺は今でも、家族を理解できていない。
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