【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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入隊編

9.眠れない夜は隣のアイツを見ている

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 シルベリアが床に片手をつき、伸びをする。
 そうして左斜め後ろにある中背の本棚からB5のファイルを取り出して、せわしなくページを捲っていく。
 目的のページで手を止めて、笑顔で振り向いてきた。

 これ! と指を差して見せてくるので前のめりになって覗きこむ。

「ヴァンパイア系の能力の一つだな! 硫酸の塊を出し、それで目標物を溶かす高火力の能力だ。前大将の持っていたシールド系能力の<愛を欲する者>と同じで、大抵ヴァンパイア系の能力者の起動音には最初に愛がつくんだ覚えておけ」

 と一息で言い切ったシルベリアに、エディスは呆れる。

「覚えて何になるんだよ」

「俺が能力者って、ありえないだろ。俺は人間じゃないんだぞ!」

 シルベリアが読めと分厚いファイルを押し付けてくる。
 それを受け取ったエディスに、シルベリアはここだと指差した。

「前例がある。魔物で能力者だった者はいた」

「そんな奴がいたのか……」

「だから、愛を嘆く者がそうなんだって」

 エディスは頭を上げ、シルベリアの顔を見た。
 目が合うと彼は眉を下げ、口を開く。

「詳しい情報は削除されているから分からないんだけどな、愛を嘆く者は軍のために尽くして戦死したらしいんだ。で、その功績も勲章も全て他の士官のものになってるんだ」

 結局は人間ではないと、化け物だからと、そういう態度を取る。

「魔物を討伐するための軍だから、それで当然だ」

 顔色を変えないエディスを見て、笑って手を伸ばしてきた。

「俺も学者として、お前の身体を調べてみたいよ」

「気持ち悪ぃ」

 それを叩き落として睨み返す。

「どうすんだよ。軍は能力者集めてんだぞ」

 暫しの間、部屋が無音に包まれたが、シュウがシルベリアの服の袖を引っ張った。
 シルベリアは息を小さく吐き出してから、「黙っていればいい」と言った。

「他にも能力者がいる軍内部で発生したんだ。俺達の他には気付いている者はそんなにいないはずだ」

「そう簡単にいくか?」

 顎に手を当てて斜めの方向を見、口をむうと押し上げるシュウの頭を掻き撫ぜる。

「俺はお前を守りたいんだ。いざとなったら他にも相談して揉み消してやるさ」

 な? と顔を覗きこむシルベリアを、シュウは目を丸くして見つめ返す。ぱく、と口が開いてすぐに閉じる。

「どういうことだ。なんでソイツが関係するんだ」

 腕を組んで首を傾げるエディスと呆けているシュウを見て、シルベリアはお前ら……と眉間に皺を寄せた。

「エディス、お前のパートナーがシュウだと言ってるんだ」

 はあ!? と同時に叫んだエディスが口に手を当て、シュウが「なんでだよ」と床を叩く。

「どう考えてもお前と一緒にいた時に使っただろうが」

「だから! なんで俺がこんなガキのお守り役しなくちゃならないんだ」

「悪かったな。こっちだってお守りしてくれって頼んでねえし」

 最悪だとシュウが頭を抱えたのを見て、とエディスは口の中でぶつぶつ呟く。

「あのな、パートナーってのは相互助力の関係で成り立っているんだ。どっちが偉いだとか、守るだとかの関係ではない……って教わらなかったのか」

 互いが互いを愛し、大切にして守り合わなければならない。
 世界で唯一の尊く美しい奇跡の絆。
 手の平を見せ、べらべらと高説を垂れるシルベリアを前にして、エディスは顔を顰めた。

(なにが尊いんだよ、そんなの能力者が軍から逃げられなくする為の方便だろ)

「大丈夫だぞ、心配せずとも」

 だが、シルベリアに満面の笑みを向けられたエディスは「は?」と顔を歪める。
 顎を掬い上げられ、シルベリアの目が覚めるような美しい顔を触れそうなほどの距離に近づけられた。
 嫌悪感からエディスは背を丸めて逃げようとする。

「シュウに身体を委ねればいい。そうすれば怖いことも悲しいこともなくなるぞ」

「そうやって俺を可哀想な子ども扱いすんの止めてくんねえかな?」

 顔を斜めに傾げながら下から凄んでみると、シルベリアは侮蔑するように口元に笑みを浮かべた。

「同じ職場だからどっかでまた会うこともあるかもな。けど、俺はお前らと仲良くする気なんてさらっさらねえんだよ!」

 退けと肩を突くと「子どもだな」と手を握られる。

「俺は少しは周りの人にも頼ってみればどうだ? と提案してやってるだけだよ」

 エディスの手を離したシルベリアが自分を自分で抱きしめる。

「世界は冷たくて酷いんだとか思って生きてきたんじゃないか?」

「知った口を利くなよ」

 茶化すような物言いに、エディスは毛を逆立てた猫のように目尻を上げた。

「お前のその容姿は武器だ。人を操るなんてたやすいだろうに何故それをしない?」

 高圧的に問われ、エディスは睨み付けた。

「そうやって人に頼りきった後になにが残るんだよ。なにも一人じゃできない、ろくでなしができるだけだろうが」

 ろくでなしって、と目を丸くさせるシルベリアをエディスは「その通りだろ」と追いかける。

「軍人がそれで満足したら死ぬだけだ。違うか」

 一般人ならそれでもいいかもしれない。
 いくらか前に捨て去った、頼りのない存在。
 だが、庇護してくれる存在がいない、いつ寝首をかかれるか分かったものではない自分は――

「ならいいだろ、別に組まなくて」

 二人の様子をくだらなさそうに見ていたシュウがそう言うと、シルベリアが抗議するように彼の名前を呼んだ。

「お前は俺が信用ならないんだろ」

「当たり前だ」

 誰かと馴れ合う為に入隊したのではない。
 時には連携することも、仲間として絆を育むことも大事だ。だが、エディスは誰かを主人とすることは望んでいない。
 そんな頼りにならないものはもう必要ないのだ。

「アンタは昨日今日出会った相手と苦しい時も悲しい時も傍にいる、分け合おうなんて思えるのか」

「思えない。というか、俺だってパートナーなんて面倒臭い」

 シルベリアは撤回するようにと慌てていたが、エディスは憮然とした顔でシュウを見つめていた。
 すると、彼は無言で手を出してくる。

「……なんだよ?」

 エディスがそれを見て問うと、シュウは「なんでもねえ握手だよ」と答えた。

「仲良くしようぜ、の握手とも言うな」

 伸ばされた手と顔を交互に見て、エディスは出来損なった愛想笑いを浮かべる。

「よろしく」

 自分に対してシュウが笑っていたら手を取ることはなかったのかもしれない。
 だが、この男の素っ気なさに気勢を削がれてしまったのは事実だった。

 *** *** *** *** ***

 エディスが目を開けると、部屋は薄暗闇に包まれていた。
 寝返りを打って、カーテンの隙間から漏れてくる月明かりを頼りに部屋を見渡す。
 頭がぼやけていても見慣れない光景に、二人の部屋で話しながら寝てしまったのだという意識が起き上がってきた。

 自分はなにをやっているのか、油断をしすぎではないかと前髪を握る。
 瞼を閉じて自戒しようとし――「寝たのか」小さく呟かれた声にエディスは悲鳴を上げそうになった。

 だが、瞼を開けるといささか離れたところにいるシルベリアが身じろぐ。
 その肩から極彩色の髪が滑り落ちていくのを見て(シルベリアに話しかけていたのか……)と理解できた。

「眠れなくてな。お前の顔を見てた」

「なに言ってんだ……」

 気持ち悪ぃなと言うシュウの頬を突くのが見え、エディスはうん? と眉を寄せる。
 こちらからは背中しか見えないが、やけに嬉しそうに聞こえたのだ。

「あんま心配すんな、俺たちはもう一人じゃないんだから」

 なにがあっても大丈夫だとシュウがシルベリアの肩をぽんと軽く叩く。
 それに少ししてから嬉しさが滲み出た声で肯定が返る。

「もう寝ろ、明日この間出したやつの審査返ってくるんだろ」

 はいはいと軽い調子で応えたシルベリアだったが、シュウが「床硬いな」と小さく笑う。
 シルベリアが「でもベッド行くの面倒だよな」と忍び笑いをした。

「腕貸せ」

 ほとんど体格が変わらない男同士でなにをしているのか。
 腕を引っ張ってシルベリアの胸元に潜り込んだシュウが堂々と人の腕に頭をのせた。
 シルベリアはそれに文句を言うでもなく、かといって上げた手をシュウの肩に置くでもなくさ迷わせている。

 一つあくびの後、シュウはうるさすぎず静かでもないいびきをかき始めた。
 健やかに寝始めたシュウにエディスは呆れたが、夜目が利いてきてシルベリアのさ迷っていた手がシュウの頭に伸びていくのが見えて内心叫ぶ。

「ずっと一緒にいるからな、シュウ」

 おまじないのように唱えるシルベリアに、エディスは顔を手で覆った。
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