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南部編-前半-
2.もしもし、剣さん。お名前なんですか
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「長かった……実に長かった」
呟きながら頭から被った黒いコートのフードを手で掴みながら南部軍司令棟の廊下を歩いていく。正直、心身ともに疲れをきたしていた。
なにせ毎日朝から晩まで行われるオッサン共の弾丸のようなボーイズトーク。話を合わせることはしたくない、かといって南の奴のように寝てしまうこともできない。よほど顔が気になるのか、寝ているとフードを取ろうとしてくるのだから油断できない。
唯一の救いは、一日前にやっと到着した東の大佐と――西のトリエランディア大将だ。
入ってきたトリエランディア大将が真っ先に挨拶したものだから、オッサン共も顔を真っ青にして静まり返った。それを見てどれ程胸がスッとしたことか!
「それじゃあ、僕はこの人たちと一緒に向こう側に行くね」
今も変態共の背中に手をやって、右側の席に移動してくれる。エディスは一番左端に座り、資料を手に取った。そしてページが抜けていないか一枚ずつ捲って確認する。ようやく本題の作品発表が見れるのだから、沈んでいた気持ちも浮き立ってきた。
昨晩、奇妙な剣とともにリスティー・フレイアムを自宅まで送ってきたので睡眠が足りていないのかもしれない。きっとそのせいで興奮しているのだとエディスは自分に言い聞かせる。
「楽しみだな」
少し笑顔になった時、頭に手を置かれた。横に顔を向けると、南のガテン系中佐が笑ってこちらを見ていたので、エディスは飛び上がった。
「は、はい! その、すみません」
審査員として来ているのにニコニコ笑っててどうするんだ。心の中で自分を叱っていると、東部の大佐も顔をこっちに向けて「いいんですよ、楽しんで」と声を掛けてくる。
「……はい」
子どもだ。完っ全に子どものようで恥ずかしい。後ろに立っているジェネアスが笑いを堪えているのが振動で伝わってきて、彼の太ももを抓むと「痛っ……ふっ、んぐ」とまだ笑っていた。
*** *** *** *** ***
なにかが変だ。
しばらくしてから音楽が鳴りだして、品評会が始まった。なにかチクチクとした視線を感じ、それが違和感としてエディスの中に溜まっていたのだ。
「続きましては、リキッド・カスターとリスティー・フレイアムの――」
隣で眠たげにしている贅肉だらけのオッサン軍人も出入口の警備員も気づいていないようだった。エディス以外に勘付いているのは、自分と同じように目を微かに動かしているトリエランディア大将くらいだろうか。
これはなんだ? ともう一度エディスが心の中で反芻しようとした時、それは魔力を浮き彫りにさせた。
「リスティー・フレイアム、右横を撃てッ!」
エディスがそう叫ぶと、リスティーはすぐさま指示された方向に魔弾を放つ。頭を浮っ飛ばされた魔物の胴を蹴り落として息を短く吐く姿は、やはり並の軍人よりも余程動けている。
ホールの真ん中で自分の作品である防護服を頭から被ってしゃがみこみ、おろおろと周りを見渡すだけのリキッドに駆け寄っていく。勘だけで透明化している魔物を撃ち殺す姿に、南の中佐がヒュウと口笛を吹いた。
エディスは彼女を背後から狙う熊のような魔物に向かって腰から抜いた剣を投擲し、長テーブルを飛び越える。フードを下ろして目立つ銀髪を曝け出すと、「参加者、こっちに集まれ!」と生徒に向かって手招きをした。
エディスに頭を下げ、銃を構えて周りを警戒しつつ近寄ってきたリスティーと背中合わせになる。彼女の足に縋ってひたすら怯えるだけのリキッドの背を軽く叩き、立ち上がるように指示した。
「魔物が数十体入り込んでいるようですね」
「まったく、警備はどうなっているんでしょうなあ」
トリエランディア大将と南の中佐が率先して立ち上がり、腰の剣を抜く。そして「行きましょう」と背を叩かれた両脇の軍人は間抜け面を晒した。
「ええっ、わ、我々がですかあ!?」
上擦った声にトリエランディア大将は首を傾げ、「あなたたち以外に誰がいるんですか?」と唇の下に指を押し当てる。
「久しぶりの実戦もいいものですよ。さあ、お立ちになって下さい」
この場にいる者の中で最も階級が上なのは、間違いなく大将だ。その彼から促された二人は、おずおずと立ち上がった。
「エディスくん、君はアカデミーの生徒の避難をお願いします」
「私もそちらを手伝います」
じゃあ俺もと小さく手を挙げたジェネアスに応じ、エディスは生徒に二列になってついてこいと命じる。
【呼ぶは氷
天を嘆かす玉の日よ
花となり 散れ!
天光の花!】
呪文を唱えたエディスの前にいた魔物が氷に包まれた後、塵のように細かく割れた。形も残さない所業に何人かがうわっと悲鳴を上げ、互いの手を取り合う。
【呼ぶは炎
地を怒らす玉の日よ
花となり 散れ!
地光の花!】
今度は足の踵を地に打ち付けながら唱え、列の後方に近づいてきていた魔物を火で包んで焦がす。
「俺から離れるなよ」
とだけ言い、エディスは歩いていく。
「軍人さん」
その横についてきたリスティーが上体を倒して顔を覗きこんでくる。「どうした?」と声を掛けると、腰の後ろで手を組んだリスティーは、にこりと目を閉じて笑った。
「さっきはありがとうございました!」
「別に。というか、俺が声掛けなくても気付けたんじゃないか?」
リスティーは両手を振って「そんなことないですよ」と言う。それから思惑ありげな目線を寄越してきた。
「……さっきので剣を破損されましたよね」
肩に担いでいた細い筒状の袋を手に取り、上の方に付いているジッパーを下ろしていく。すると、中から見覚えのある銀の装飾がついた双剣が出てきた。
「あたしが作った剣です。使って下さい」
差し出された剣を見て、リキッドが瞠目する。
「リスティー、それは駄目だよ! その剣、誰も扱うことができなかったじゃないか!」
「大丈夫よ。この人なら絶対に使えるから」
だけど! とリキッドが言い争いを続けようとする前に、エディスはリスティーの方を向いて手を差し出す。
「貸してもらえるか?」
リスティーは力いっぱい頷いて「はい!」と快活な笑みを見せた。すると、周りにいたアカデミーの生徒が「アイツあれだけ失敗してるくせにまだやるつもりだぜ……」「あんなヒョロい腕じゃもぎ取れるんじゃねえの?」と口々に言いだした。
だが、エディスは剣を手に取ってマジマジと掲げ見る。ため息を吐くように出てきた薄煙と目が合ってから、リスティーの方に視線を送った。
二本とも腰に差して、銀の意匠の鞘がついている方を抜く。
「コイツ、名前は?」
昨日のように取り憑くのではなくエディスの周りをふよふよと漂っている薄煙を見ながら言うと、リスティーは「L.A-21です」と答えた。
「あー……えっと、そうじゃなくて」
この薄煙がエディスの隣にいるジェネアスどころか他の生徒にも見えていないということは、高密度の魔力の塊である可能性が高い。自分たち以外には見えないものをどう示せばいいのか悩んだエディスに、リスティーは心得たように「ああ!」と明るい声を出した。
「グレイアスです!」
グレイアスね、と見上げたエディスの視界には鬣のような黒髪の精悍な顔つきの男が映り込む。彼はエディスにもたれ掛かると、銀髪に口付けた。
「じゃあ、悪いけど借りるぞ」
それを呆れながら見て言ったエディスに、生徒は顔を青ざめさせたり笑ったりと忙しい。
「さっきそこの人に聞いたんスけど、ゴッリゴリに鍛えてる軍人でも肉離れとか脱臼したらしいッスよ!?」
ジェネアスも「昨日は振り回されてたじゃないッスか」と耳打ちしてきたので、「大丈夫だ」と返して前へ進んでいく。
襲い掛かってきた狼型の魔物を両断し、次いで二匹目の脳天に剣を押し沈めて絶命させる。足で魔物を押さえて剣を引き抜いたエディスは、剣についた汚れを振って払い落とす。
「……どうした、置いていくぞ」
平然とした顔で振り向いたエディスに、唖然とした顔が返ってくる。
「エディス、そんな筋力あったんスか!?」
むきむきになっちゃ嫌ッスよと腕を揉んでくるジェネアスに、エディスはそんなわけないだろと言って額を小突いた。
呟きながら頭から被った黒いコートのフードを手で掴みながら南部軍司令棟の廊下を歩いていく。正直、心身ともに疲れをきたしていた。
なにせ毎日朝から晩まで行われるオッサン共の弾丸のようなボーイズトーク。話を合わせることはしたくない、かといって南の奴のように寝てしまうこともできない。よほど顔が気になるのか、寝ているとフードを取ろうとしてくるのだから油断できない。
唯一の救いは、一日前にやっと到着した東の大佐と――西のトリエランディア大将だ。
入ってきたトリエランディア大将が真っ先に挨拶したものだから、オッサン共も顔を真っ青にして静まり返った。それを見てどれ程胸がスッとしたことか!
「それじゃあ、僕はこの人たちと一緒に向こう側に行くね」
今も変態共の背中に手をやって、右側の席に移動してくれる。エディスは一番左端に座り、資料を手に取った。そしてページが抜けていないか一枚ずつ捲って確認する。ようやく本題の作品発表が見れるのだから、沈んでいた気持ちも浮き立ってきた。
昨晩、奇妙な剣とともにリスティー・フレイアムを自宅まで送ってきたので睡眠が足りていないのかもしれない。きっとそのせいで興奮しているのだとエディスは自分に言い聞かせる。
「楽しみだな」
少し笑顔になった時、頭に手を置かれた。横に顔を向けると、南のガテン系中佐が笑ってこちらを見ていたので、エディスは飛び上がった。
「は、はい! その、すみません」
審査員として来ているのにニコニコ笑っててどうするんだ。心の中で自分を叱っていると、東部の大佐も顔をこっちに向けて「いいんですよ、楽しんで」と声を掛けてくる。
「……はい」
子どもだ。完っ全に子どものようで恥ずかしい。後ろに立っているジェネアスが笑いを堪えているのが振動で伝わってきて、彼の太ももを抓むと「痛っ……ふっ、んぐ」とまだ笑っていた。
*** *** *** *** ***
なにかが変だ。
しばらくしてから音楽が鳴りだして、品評会が始まった。なにかチクチクとした視線を感じ、それが違和感としてエディスの中に溜まっていたのだ。
「続きましては、リキッド・カスターとリスティー・フレイアムの――」
隣で眠たげにしている贅肉だらけのオッサン軍人も出入口の警備員も気づいていないようだった。エディス以外に勘付いているのは、自分と同じように目を微かに動かしているトリエランディア大将くらいだろうか。
これはなんだ? ともう一度エディスが心の中で反芻しようとした時、それは魔力を浮き彫りにさせた。
「リスティー・フレイアム、右横を撃てッ!」
エディスがそう叫ぶと、リスティーはすぐさま指示された方向に魔弾を放つ。頭を浮っ飛ばされた魔物の胴を蹴り落として息を短く吐く姿は、やはり並の軍人よりも余程動けている。
ホールの真ん中で自分の作品である防護服を頭から被ってしゃがみこみ、おろおろと周りを見渡すだけのリキッドに駆け寄っていく。勘だけで透明化している魔物を撃ち殺す姿に、南の中佐がヒュウと口笛を吹いた。
エディスは彼女を背後から狙う熊のような魔物に向かって腰から抜いた剣を投擲し、長テーブルを飛び越える。フードを下ろして目立つ銀髪を曝け出すと、「参加者、こっちに集まれ!」と生徒に向かって手招きをした。
エディスに頭を下げ、銃を構えて周りを警戒しつつ近寄ってきたリスティーと背中合わせになる。彼女の足に縋ってひたすら怯えるだけのリキッドの背を軽く叩き、立ち上がるように指示した。
「魔物が数十体入り込んでいるようですね」
「まったく、警備はどうなっているんでしょうなあ」
トリエランディア大将と南の中佐が率先して立ち上がり、腰の剣を抜く。そして「行きましょう」と背を叩かれた両脇の軍人は間抜け面を晒した。
「ええっ、わ、我々がですかあ!?」
上擦った声にトリエランディア大将は首を傾げ、「あなたたち以外に誰がいるんですか?」と唇の下に指を押し当てる。
「久しぶりの実戦もいいものですよ。さあ、お立ちになって下さい」
この場にいる者の中で最も階級が上なのは、間違いなく大将だ。その彼から促された二人は、おずおずと立ち上がった。
「エディスくん、君はアカデミーの生徒の避難をお願いします」
「私もそちらを手伝います」
じゃあ俺もと小さく手を挙げたジェネアスに応じ、エディスは生徒に二列になってついてこいと命じる。
【呼ぶは氷
天を嘆かす玉の日よ
花となり 散れ!
天光の花!】
呪文を唱えたエディスの前にいた魔物が氷に包まれた後、塵のように細かく割れた。形も残さない所業に何人かがうわっと悲鳴を上げ、互いの手を取り合う。
【呼ぶは炎
地を怒らす玉の日よ
花となり 散れ!
地光の花!】
今度は足の踵を地に打ち付けながら唱え、列の後方に近づいてきていた魔物を火で包んで焦がす。
「俺から離れるなよ」
とだけ言い、エディスは歩いていく。
「軍人さん」
その横についてきたリスティーが上体を倒して顔を覗きこんでくる。「どうした?」と声を掛けると、腰の後ろで手を組んだリスティーは、にこりと目を閉じて笑った。
「さっきはありがとうございました!」
「別に。というか、俺が声掛けなくても気付けたんじゃないか?」
リスティーは両手を振って「そんなことないですよ」と言う。それから思惑ありげな目線を寄越してきた。
「……さっきので剣を破損されましたよね」
肩に担いでいた細い筒状の袋を手に取り、上の方に付いているジッパーを下ろしていく。すると、中から見覚えのある銀の装飾がついた双剣が出てきた。
「あたしが作った剣です。使って下さい」
差し出された剣を見て、リキッドが瞠目する。
「リスティー、それは駄目だよ! その剣、誰も扱うことができなかったじゃないか!」
「大丈夫よ。この人なら絶対に使えるから」
だけど! とリキッドが言い争いを続けようとする前に、エディスはリスティーの方を向いて手を差し出す。
「貸してもらえるか?」
リスティーは力いっぱい頷いて「はい!」と快活な笑みを見せた。すると、周りにいたアカデミーの生徒が「アイツあれだけ失敗してるくせにまだやるつもりだぜ……」「あんなヒョロい腕じゃもぎ取れるんじゃねえの?」と口々に言いだした。
だが、エディスは剣を手に取ってマジマジと掲げ見る。ため息を吐くように出てきた薄煙と目が合ってから、リスティーの方に視線を送った。
二本とも腰に差して、銀の意匠の鞘がついている方を抜く。
「コイツ、名前は?」
昨日のように取り憑くのではなくエディスの周りをふよふよと漂っている薄煙を見ながら言うと、リスティーは「L.A-21です」と答えた。
「あー……えっと、そうじゃなくて」
この薄煙がエディスの隣にいるジェネアスどころか他の生徒にも見えていないということは、高密度の魔力の塊である可能性が高い。自分たち以外には見えないものをどう示せばいいのか悩んだエディスに、リスティーは心得たように「ああ!」と明るい声を出した。
「グレイアスです!」
グレイアスね、と見上げたエディスの視界には鬣のような黒髪の精悍な顔つきの男が映り込む。彼はエディスにもたれ掛かると、銀髪に口付けた。
「じゃあ、悪いけど借りるぞ」
それを呆れながら見て言ったエディスに、生徒は顔を青ざめさせたり笑ったりと忙しい。
「さっきそこの人に聞いたんスけど、ゴッリゴリに鍛えてる軍人でも肉離れとか脱臼したらしいッスよ!?」
ジェネアスも「昨日は振り回されてたじゃないッスか」と耳打ちしてきたので、「大丈夫だ」と返して前へ進んでいく。
襲い掛かってきた狼型の魔物を両断し、次いで二匹目の脳天に剣を押し沈めて絶命させる。足で魔物を押さえて剣を引き抜いたエディスは、剣についた汚れを振って払い落とす。
「……どうした、置いていくぞ」
平然とした顔で振り向いたエディスに、唖然とした顔が返ってくる。
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