【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

文字の大きさ
69 / 274
能力者編

5.腐食

しおりを挟む
 シトラスが能力に覚醒して以降、エディスたちの戦闘任務は増えるばかりだった。
 気付けば朝の数分以外でミシアと顔を合わせることもなくなり、一日中なにも食べないという日も少なくはない。

「じゃあ、悪いけど二人ともこの書類を頼むな」

 そんな過剰労働に、シルクもシトラスも限界を迎えていた。
 それは二人だけではない。新たに任された三十人の部下も例外ではなく、エディスは彼らにも調整をして休みをとらすようにしていた。

「他の奴らも今日は中の勤務だから、その紙に書いてある仕事をやるように伝えておいてくれ」

「分かりました」

 安心した顔をするシトラスに、エディスは頷く。そして、一人で軍の中から出ていこうとする。

 エディスはおのずと一人で戦闘任務に出かけることが多くなっていた。
 古びた剣を一本だけ持っていき、巨大な紋章陣を描く。そうして、魔法を使って大量の魔物を殺していった。

 エディスだけに体調の異変が見られなかった。
 濃いクマは消えないが顔色もそう悪くなく、髪ツヤもいい。
 シトラスのように吐くわけでも、シルクのように無理に明るくなるわけでもなく、平素と変わらなかった。ただ、目だけが肉食獣のようにギラギラと光っている。

 そんな様子に、「エディス中尉は余程殺しが楽しいのだろう」と影で話している者がいることをエディスは知っていた。

「アンタなあ、なんだよその顔は」

 頬を撫でられたエディスが物も言わずに首を傾げると、レウはため息を吐いて目を逸らす。

 余程なにかの問題が――例えば、血でもつけたままにしていたのだろうかと思ったエディスは手で顔を拭う。なにかついているだろうかと見下ろした手が真っ赤に見え、体を大きく震わせる。

 背まで後ろにほんの僅か引いたエディスは、恐る恐る手をもう一度見た。
 先程は爪の間まで赤く見えていたはずの手は擦り切れてささくれだっており、ところどころ血が滲んでいるだけだった。

 息を吐いて手を見下ろしていたエディスをどう思ったのか、レウの温かな手に握られる。

「……痛むのか」

 いつも付けている手袋はどうしたんだと訊かれ、そういえば腰に帯びている小さな医療のうの中に入れて出てきたことを思い出した。
 付けようとした時、レウが待ってろと言って自分の医療のうを開ける。中から取り出した軟膏を指で掬って蓋を閉め、エディスの手を握った。

「手入れしないからだろ」

 手の甲に塗りつけられた軟膏をレウが塗り広げていく。それをぼんやりとした目で見つめる。

 思えば、エディスの手はいつも擦り切れていた。
 魔物であるにも関わらず、治っていく端から傷が出来、冷たい風が当たれば罅割れる。奴隷だった時もそうで、いつも赤い手をドゥルースから隠していた。

「医療部に軟膏を出すように言っておくから、毎日寝る前に擦りこんで……おい?」

 聞いてるかと訊ねられるが、顔を上げることすら億劫だ。ここ数日はずっとどこか意識がおぼろげで、頭が考えることを拒絶しているのではと疑うくらいだった。

「任務、行ってくる……」

 抜け出した手を、しっかりと白い手袋で覆う。まだほんのりと熱が籠っているようだったが、物事をしっかり捉えられたのもそこまでだった。 

 気付いた時には広範囲の光魔法により白く焼け爛れた大地を背に歩いていたエディスは、ふいにつまづき、倒れた。声もなく地面に伏せたエディスは、起き上がることもせず、ぼーっと横の地面を見つめる。

 そこには、地面と同化したような姿の魔物が同じように横たわっていた。

「後三十分で帰って、十五分で報告書作成。
 その後は南地区で狼男の群れ退治と、東地区で巨人退治。今日中に間に合うか?
明日は……なんだっけ。今日と似たような、いや、違う。
 革命軍退治だ。ドゥルースが集めたリーダーだけ半殺しにして、後は解散させよう。それでも従わなかったら南に送って、ドールさんたちに面倒看てもらって」

「その後は……。あれ? レイヴェンって、もう出張に行っちゃったんだっけ?」

 虚ろな目で呟くエディスの前に、一羽の白い鳥が止まった。それは、鋭いクチバシで魔物の皮膚を食いちぎり、中身を食べていく。エディスは、それをじっと見ていた。
 顔をどの位置に変えたとしても、死体が目に入ってくる。顔を上にすれば、忌々しい程に晴れた空が見えるだけだ。エディスはようやく体を起こし、辺りを見渡す。やはり、見渡す限りに死体が倒れている。死体の群れ。自分が殺した魔物の死体、死体、死体。

「なんだよ、こんなの……俺自体も、死体みたいじゃねえか」

*** *** *** *** ***

 エディスとシトラスは本当のパートナーではない。完全なる誤診だ。

 そのせいで精神的な負担だけではなく、能力の負荷なのか副作用もあるのだろう。誰よりもシトラスの消費が激しい。次第に胃液ではなく血を吐くようになってきたシトラスに、それでも負傷した者や、抱えている者は寄ってくる。治してください、治してください、と。

「シトラス! コイツ、胴体が真っ二つになりかけてるんだ。治してくれ!」

「……生きてるんですか」

「かろうじて。いや、たぶん! 絶対、やってくれ!」

 悲痛な顔をして、数時間前まで楽しく明るく談笑していた友人か同僚の胴体を二人で支えてくる男の軍人。目端に涙を浮かべている彼らに、シトラスは口を押えている手を離して言った。

「……やってみますが、無理でも僕を責めないでくださいよ。早く、こちらへ。体がずれてしまわないように手で押さえていてください」

「ありがとうござします!」

 温かい光で傷ついた人間だけを癒す彼を見て、神だと言う者もいる。だが、エディスは血に濡れて使えなくなった剣を地面に刺し、新しい剣を抜き取った。

 これはいけない、止めなくてはならない。このままだと、駄目になる。死人がもっと増えることになる、とエディスは思っていた。
 実際、シトラスが能力者になってから、怪我人が急激に増えている。死人の数は減ったが、重傷を負う者が格段に増えたのだ。

「おいッ、ソイツに甘えんな。お前らもっと防御ってもんを考えながら戦えよ!」

 誰かが叫んでいるけれど、戦闘終わりで体に力が入らない。地面に座り込んだ体勢のまま動けずにいると、肩を揺さぶられた。

「アンタももうほとんど意識ないじゃねえか、おい! こっちにも医療班来てくれ!」

「俺はいい……大丈夫だ」

 寝れば治ると言うが、連戦の疲労が蓄積された体はこちらの言うことを聞かず支えてくれている腕に凭れかかる。

 これは、甘えだ。
 シトラスさえいれば死なない。能力でなんでも治してもらえる、もう誰も死なない――部隊全体にそういう甘えが出てきてしまっていた。

 だから、どいつもこいつも無茶な行動をしてはシトラスを頼る。悪循環がすでに始まっていた。
 シトラス自体も体を能力の過負荷に蝕まれていっている。

「こんなことは――」

 こんなことはもう無理なんだと、エディスは心の中で呟いた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

腐男子♥異世界転生

よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。 目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。 トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

処理中です...