【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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能力者編

4.暗示と決意

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「エディス、朝なんだが!? いい加減起きたらどうなんです!」

 腹に掛けていた薄手の毛布を奪い取られたエディスは、うーんと唸り声を上げた。シトラスはそれを見下し、ため息を吐く。

「どうやったらこんな騒音の中で眠っていられるんでしょうね」

 部屋中に置かれた目覚まし時計がけたたましく鳴る中、健やかな顔をして眠る主人の姿に、シトラスは呆れていた。だが、それでもこの人を起こさなければいけない、と気合を入れるために服の袖を捲り上げる。

「起きてください!!」

*** *** *** *** ***

「全く、どうしてあなたはあんなに多くの目覚ましをかけているのに起きられないんですか」

「仕方ないだろ。朝が苦手なんだよ」

「よく今まで遅刻しませんでしたね……」

 あなたには感心します、とシトラスは言った。エディスは自覚はしているので、苦い表情をしている。

「それで、今日はどういう用件なんですか?」

「早速任務だとさ」

「えっ、もうですか!?」

 休みでは……というシトラスに、エディスは「急いの仕事なんだろうさ」と呟いた。

「はあ、軍って忙しいですねえ」

「そうだな。……シトラス」

「はい?」

 立ち止まって自分の方に体を向けてきたエディスより三歩程先に行ってしまったシトラスは、戻ってくる。

「お前に言っておくことがある」

「なんですか、改まって」

「これから先、たくさん魔物を殺すことになる。それに、尋常じゃない数の怪我人や死体だって」

 くっと唇を噛むエディスが伝えたいことを分からないシトラスは、「僕、あなたをサポートするって昨日伝えたじゃないですか」まさか自分の決意を疑っているのかと、エディスをキツイ目で睨みつけた。

 エディスはその目から避けるように体を捻り、自分の腕を握る。

「……人を殺す仕事でもか」

 え、とシトラスの口から声がもれた。

「魔物は、元は人なんだ。だから、ほとんど人殺しを日常的にすることになる」

 お前に耐えられるのかと目で射ると、シトラスは躊躇うように体を引く。当たり前だと、尻込みをしない人間がいるはずがないとエディスは微苦笑を唇に浮かべる。

「それでも、お前は」

「僕はあなたについていきますよ。それしか分からないですし……家には、もう帰れませんから」

 だけど、シトラスはエディスの手を握った。それは海で溺れた人が助けを求める様にも似ていたのだけれど、その時のエディスには助け舟に見えてしまった。人の弱さにも気づかずに。

「行きましょう、エディス様」

 頷き、二人一緒に寮の薄暗い廊下を歩いていく。

「僕はあなたを信頼していますし、ずっと一緒にいますから」

 そう言って、シトラスは微笑んだ。

*** *** *** *** ***

 心が強くあろうとしても、体が限界を越えると、おのずと心も引き寄せられるものだ。エディスは、丸まったシトラスの背中を見てそう思った。

「シトラス、大丈夫か?」

 荒い息をしながら肩を震わせるシトラスに声をかけるが、返事はない。手で口を押え、胃からせり上がってくるものを堪えている。
 それを、エディスはただ傍で見ていることしかできない。もう吐くものも胃に残っていないはずの彼に、駆け寄ってきた者が布を被せた。

「シ、シルク……」

「怪我してないか?」

 布の上から抱きしめて肩や背を擦る彼女は、誰よりもシトラスのことを心配している。便利な能力者がいなくなるからという理由ではなく、純粋に同僚の身を案じていると分かる表情に、シトラスが強張りを解く。

「ほら、立てるか? お茶を用意してきたから、帰ろう」

「はい」

 自らも泥と血に塗れているというのにと、エディスはその背を見守る。
 どんなに世界が汚れてしまったとしても、彼女だけは美しさを保ったままだろう。そう思えるくらい、エディスには彼女が眩しく見えた。

 すでに人が死んだり、傷を負うことが普通のことだと、日常だと、それくらいで心を震わせることはないのだという境地に達している自分でこれだ。きっと、シトラスには女神以上の存在のように思えていることだろう。

 目の前にいる二人のことを他人事のように、うすぼんやりとした視界で見ていたエディスの耳に、微かな声が聞こえてきた。それに、腰の剣を抜いて振り返る。大きな鳴き声を上げて跳びかかってきた魔物を、一振りで切り裂いた。

 ぼとりと音をさせて地面に落ちた魔物を見下ろす。
 これは死体だ。神が入っただけの人間や動物といえど、もうこうなっては意識もなにもないだろう。だから、なにも心動かされることなどない。

「エディス……?」

 ピクピクと痙攣している魔物を見つめたまま、自分たちに背を向けているエディスを心配したシルクが声を恐る恐る声を掛けてくる。

 エディスはそれに体を向けて「なんでもない」と返す。麻痺した自分にとって、死とは栓ないものだ。
 今更、たかが一人や二人――いや、何百何千の魔物が死んだとして悲しくも嬉しくもない。昨日にあったものが今日はなくなるだけのことで、それがどうしたというのだろうか。

「シルク、シトラス」

 声を掛けられたシルクと、彼女に寄りかかるようにして歩いていたシトラスがこちらを見る。
 青白いを通り越して真っ白い顔をしているシトラスと、汚れても尚も輝きを失わないシルクを見て、エディスは不格好な笑顔を顔に浮かび上がらせた。

「お前らは、俺が守るから」

 そう言うとシトラスはしっかり頷き、シルクは心配げに見つめてくる。エディスは剣を振るい、ついた血を払い落してから鞘に収めた。

「帰ろう」

 そして、そう言って歩き出した。シルクとシトラスも前を向いて、軍への道を辿っていく。

 エディスは顔を上げ、忌々しい程に青く澄んでいる空を見て顔をしかめさせた。
 それからまた、目線を前の二人に戻す。

 この二人が死ねば、自分の心は揺れ動くのだろう。
 たとえ、この二人の心が病むことがあったとしても守り続けよう。体が生きてさえいれば、いつか心は生き返るはずなのだから。

 ――そんな安易な考えを持ったまま、エディスは青空の下を歩いていった。
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