63 / 274
御曹司編
8.恋の扉を開けて
しおりを挟む
「俺、戸締りしてから行くから」
寝室は二階の右奥の部屋だと教えてもらったエディスは「分かった」と頷く。リビングでうたた寝を打っていたシトラスを叩き起こし、一緒に連れて行く。
「なにしてたんですか、エディス」
「洗濯だよ。ったく、お前も明日はなんかやれよ。宿代わりにしてんだから……おい、聞いてんのか」
部屋に入ってもまだぼーっとしているシトラスは、きょろきょろと周りを見渡していた。エディスもなにがあるんだよと思いながら、同じように部屋の様子を見る。
「ここで寝るんですか?」
大きなダブルベッドが部屋の左端に置かれていた。その他には、ライトとテーブルと、壁際に小さな棚が置かれてあるだけの、シンプルな寝室だ。
「……まさか」
男三人で寝れるわけがないとエディスは口の端を引き攣らせる。いざとなれば自分が床で寝ればいいかと、ため息を吐いた。
「あれっ、これ……エディス?」
壁際の棚の前に立っているシトラスが出した声に、エディスは振り向く。なんだよと言いながら彼の隣まで行くと、棚の上に写真立てが置いてあることに気が付いた。
「これ、エディスのご両親ですか?」
見ると、そこには九人の男女が写っている。全員、エディスが知っている人物だった。
「誰なんですかね?」
「……左端は、前元帥のローラ様。その隣はミシアの奥さんで、二人の後ろに立ってるのはミシアだろ。奥さんの隣はビスナルク教官。ミシアんとこで会っただろ?」
「えっ、あの強面の女性ですか?」
写真のビスナルク教官は髪も長く、化粧もしている。美しいご令嬢にも見える風貌だが、今は髪も短く切って化粧も最低限しかしていない。
シトラスが疑問に思うのもおかしくはないが、意思の強い目はそのままだ。
「そうだよ」
へえ、と意外そうな声を出す。
「他は?」
「その隣は――違うかもしれないけど、多分国王様。後ろは元帥のパートナーのトリエランディアさんで、隣は……王妃のエディス様じゃないか?」
「エディス? あなたと」
「同じ名前なだけだ」
エディスは動揺している気持ちを隠して言葉を返した。そう、この写真にはエディスさんが写っている。その傍らには――
「じゃあ、隣の人たちは誰ですか?」
「……さあ」
エディスさんの腕に抱き付いている薄紫色の髪の女は、南の海底で出会ったシュアラロに違いない。吸血鬼だからか姿かたちが変わっていない。
その後ろには、ひときわ背の高い緑色の髪の男が立っている。
「知らねえよ」
男の方はフィンティア家の屋敷で会った吸血鬼だ。長い前髪に隠されていて顔がよく見えないが、確かにそうだとエディスは確信していた。
「待たせたな。お前らなに見てるんだ」
ドアを開け放って入ってきたミシアの両腕に二人は拘束された。
「ミシアさん、この人たちは一体どなたですか?」
「ん? あー……昔の友人だよ」
こっそり見上げたミシアは苦笑をして、写真立てを手で伏せた。自分に話すようなことはしてくれないか、とエディスは嘆息した。
「それより、皆で夜更かしするぞ!」
話題を変えたいのか、電気を消したミシアは引きずるようにして二人をベッドの前まで連れて行って乱雑に放り投げた。
「あっぶねえな! って、おい! きっつ……!」
ミシアが真ん中を陣取り、エディスは逃がさないためか壁際に追い立てられる。シトラスは落ちないかとミシアにしがみつく。
「夜更かしって、いったいなにをするんですか!?」
「そうだなー。恋バナでもするか?」
ミシアの提案に、エディスとシトラスはコイバナ? と不思議そうな声を出す。
「なんだそれ」
「恋の話に決まってるだろ」
くだらない、とエディスの呆れた声が暗い室内に浮かび上がった。
「たとえば、シトラスは今日シルクに惚れただろー? とかだな」
「ほっ!? す、好きになんかなってませんよ!」
馬鹿なこと言わないでください! と必死な様子に、ミシアとエディスは笑い声を上げる。これはどう考えても惚れたに違いない。
「僕より! エディスにはそういう人いないんですか!?」
ムッとしたらしいシトラスが矛先を変えようとしてくる。
「……いねえよ」
さっきミシアが”恋の話”だと言った瞬間、宿舎の階段が脳裏に浮かんだ。
けれど、あれはレウの気まぐれであり、悪戯だ。あんな風に年下を揶揄う奴がいるかと怒っていい出来事に違いない。
そう、いうなれば――犬や猫に舐められたり噛まれたのと同じなんだ。
「なんですか、それ」
面白くないとシトラスが付け加えて、今度はエディスがムッとした。
「うるせえ。それより、どうなんだよ」
「なにがです?」
「シルクのこと。どう思ってんだよ」
うちの大切な妹に軽い気持ちで手ぇ出したらブッ飛ばす、と思いながら訊ねる。その気持ちを知らないシトラスは、指をもじもじと合わせた。
「最初はビックリしました、けど……結構、あのような女の子も新鮮でいいな、と」
あぁ? と低い声を出してしまったエディスにミシアはぶっと吹き出して笑った。
「シトラス、シルクはコイツが好きなんだぞ」
なにを言うんだと慌てて起き上ったエディスが、ミシアの口を封じようと手を伸ばす。だが、反対側から起き上ったシトラスに両手首を握られて止められてしまう。こんなに早く動くシトラスは初めて見る。
「そっ、そうなんですか!?」
「そうそう。コイツのために軍に入隊したようなもんだしなあ」
馬鹿野郎……とエディスは頭を抱えたくなった。そんなことを恋をしたばかりの奴に言うんじゃない、と面倒臭さから顔を手で覆おうとした。
「本当ですか、それ!」
だが、先にシトラスに肩を掴まれてしまう。
「ほ、本当……だ」
事実であることは間違いないので、そのままを伝えると、シトラスは深いため息をついてミシアの胸に頭をのせた。
「そんなの、」
「俺はアイツにそんな気持ちなんか持ったことない!」
冗談じゃない、とエディスは慌てて否定する。違うから! と強く言うが、「そんなことないでしょう。とても仲良さそうじゃないですか」と言ってシトラスは信じてくれない。
「本当に、違う。俺は、アイツを妹のように大切にしてやりたいんだ!! だからそれはない、絶対にだ!」
「わ、分かりましたよ……。そんなにまで言わなくても。シルクが可哀想じゃありませんか」
両手を握って強く言うと、シトラスは若干引いた様子で受け入れてくれた。はーっと息を吐いたエディスは、もう一度冗談じゃない、と低く呟く。
二人の様子を真ん中でニヤニヤと笑いながら見守っていたはずのミシアは、腹を抱えて笑っていた。
「……おい、笑い事じゃねえぞオッサン」
これは仕事の日以上に神経が疲れそうだ、とエディスは思った。
寝室は二階の右奥の部屋だと教えてもらったエディスは「分かった」と頷く。リビングでうたた寝を打っていたシトラスを叩き起こし、一緒に連れて行く。
「なにしてたんですか、エディス」
「洗濯だよ。ったく、お前も明日はなんかやれよ。宿代わりにしてんだから……おい、聞いてんのか」
部屋に入ってもまだぼーっとしているシトラスは、きょろきょろと周りを見渡していた。エディスもなにがあるんだよと思いながら、同じように部屋の様子を見る。
「ここで寝るんですか?」
大きなダブルベッドが部屋の左端に置かれていた。その他には、ライトとテーブルと、壁際に小さな棚が置かれてあるだけの、シンプルな寝室だ。
「……まさか」
男三人で寝れるわけがないとエディスは口の端を引き攣らせる。いざとなれば自分が床で寝ればいいかと、ため息を吐いた。
「あれっ、これ……エディス?」
壁際の棚の前に立っているシトラスが出した声に、エディスは振り向く。なんだよと言いながら彼の隣まで行くと、棚の上に写真立てが置いてあることに気が付いた。
「これ、エディスのご両親ですか?」
見ると、そこには九人の男女が写っている。全員、エディスが知っている人物だった。
「誰なんですかね?」
「……左端は、前元帥のローラ様。その隣はミシアの奥さんで、二人の後ろに立ってるのはミシアだろ。奥さんの隣はビスナルク教官。ミシアんとこで会っただろ?」
「えっ、あの強面の女性ですか?」
写真のビスナルク教官は髪も長く、化粧もしている。美しいご令嬢にも見える風貌だが、今は髪も短く切って化粧も最低限しかしていない。
シトラスが疑問に思うのもおかしくはないが、意思の強い目はそのままだ。
「そうだよ」
へえ、と意外そうな声を出す。
「他は?」
「その隣は――違うかもしれないけど、多分国王様。後ろは元帥のパートナーのトリエランディアさんで、隣は……王妃のエディス様じゃないか?」
「エディス? あなたと」
「同じ名前なだけだ」
エディスは動揺している気持ちを隠して言葉を返した。そう、この写真にはエディスさんが写っている。その傍らには――
「じゃあ、隣の人たちは誰ですか?」
「……さあ」
エディスさんの腕に抱き付いている薄紫色の髪の女は、南の海底で出会ったシュアラロに違いない。吸血鬼だからか姿かたちが変わっていない。
その後ろには、ひときわ背の高い緑色の髪の男が立っている。
「知らねえよ」
男の方はフィンティア家の屋敷で会った吸血鬼だ。長い前髪に隠されていて顔がよく見えないが、確かにそうだとエディスは確信していた。
「待たせたな。お前らなに見てるんだ」
ドアを開け放って入ってきたミシアの両腕に二人は拘束された。
「ミシアさん、この人たちは一体どなたですか?」
「ん? あー……昔の友人だよ」
こっそり見上げたミシアは苦笑をして、写真立てを手で伏せた。自分に話すようなことはしてくれないか、とエディスは嘆息した。
「それより、皆で夜更かしするぞ!」
話題を変えたいのか、電気を消したミシアは引きずるようにして二人をベッドの前まで連れて行って乱雑に放り投げた。
「あっぶねえな! って、おい! きっつ……!」
ミシアが真ん中を陣取り、エディスは逃がさないためか壁際に追い立てられる。シトラスは落ちないかとミシアにしがみつく。
「夜更かしって、いったいなにをするんですか!?」
「そうだなー。恋バナでもするか?」
ミシアの提案に、エディスとシトラスはコイバナ? と不思議そうな声を出す。
「なんだそれ」
「恋の話に決まってるだろ」
くだらない、とエディスの呆れた声が暗い室内に浮かび上がった。
「たとえば、シトラスは今日シルクに惚れただろー? とかだな」
「ほっ!? す、好きになんかなってませんよ!」
馬鹿なこと言わないでください! と必死な様子に、ミシアとエディスは笑い声を上げる。これはどう考えても惚れたに違いない。
「僕より! エディスにはそういう人いないんですか!?」
ムッとしたらしいシトラスが矛先を変えようとしてくる。
「……いねえよ」
さっきミシアが”恋の話”だと言った瞬間、宿舎の階段が脳裏に浮かんだ。
けれど、あれはレウの気まぐれであり、悪戯だ。あんな風に年下を揶揄う奴がいるかと怒っていい出来事に違いない。
そう、いうなれば――犬や猫に舐められたり噛まれたのと同じなんだ。
「なんですか、それ」
面白くないとシトラスが付け加えて、今度はエディスがムッとした。
「うるせえ。それより、どうなんだよ」
「なにがです?」
「シルクのこと。どう思ってんだよ」
うちの大切な妹に軽い気持ちで手ぇ出したらブッ飛ばす、と思いながら訊ねる。その気持ちを知らないシトラスは、指をもじもじと合わせた。
「最初はビックリしました、けど……結構、あのような女の子も新鮮でいいな、と」
あぁ? と低い声を出してしまったエディスにミシアはぶっと吹き出して笑った。
「シトラス、シルクはコイツが好きなんだぞ」
なにを言うんだと慌てて起き上ったエディスが、ミシアの口を封じようと手を伸ばす。だが、反対側から起き上ったシトラスに両手首を握られて止められてしまう。こんなに早く動くシトラスは初めて見る。
「そっ、そうなんですか!?」
「そうそう。コイツのために軍に入隊したようなもんだしなあ」
馬鹿野郎……とエディスは頭を抱えたくなった。そんなことを恋をしたばかりの奴に言うんじゃない、と面倒臭さから顔を手で覆おうとした。
「本当ですか、それ!」
だが、先にシトラスに肩を掴まれてしまう。
「ほ、本当……だ」
事実であることは間違いないので、そのままを伝えると、シトラスは深いため息をついてミシアの胸に頭をのせた。
「そんなの、」
「俺はアイツにそんな気持ちなんか持ったことない!」
冗談じゃない、とエディスは慌てて否定する。違うから! と強く言うが、「そんなことないでしょう。とても仲良さそうじゃないですか」と言ってシトラスは信じてくれない。
「本当に、違う。俺は、アイツを妹のように大切にしてやりたいんだ!! だからそれはない、絶対にだ!」
「わ、分かりましたよ……。そんなにまで言わなくても。シルクが可哀想じゃありませんか」
両手を握って強く言うと、シトラスは若干引いた様子で受け入れてくれた。はーっと息を吐いたエディスは、もう一度冗談じゃない、と低く呟く。
二人の様子を真ん中でニヤニヤと笑いながら見守っていたはずのミシアは、腹を抱えて笑っていた。
「……おい、笑い事じゃねえぞオッサン」
これは仕事の日以上に神経が疲れそうだ、とエディスは思った。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
腐男子♥異世界転生
よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。
目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。
トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる