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能力者編
2.ようこそ
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「……すごい」
手を胸の前で握りしめ、身の内で熱くなった気持ちを口から出す。格好良いと、シルクが心に抱いた想いがシトラスにも重なった。
「シトラス!」
だが、エディスの険しい声が耳に届いてくる。
シトラスの背後から魔物が迫ってきていたことに、彼だけを見ていて気が付かなかった。ふっと自分の上に落ちた影に、シトラスは背後を見る。
「う、うわああああ!!」
背中に虫のような四枚の羽根を持った、全身緑色の人型の魔物。精霊と呼ばれているそれは目は真っ白で、口には薄い笑みを浮かべていた。
「ひっ、ひい……!」
後ずさろうとして足を動かしたが、感覚がつかめず、後ろに倒れてしまう。魔物が開いた口から、光が漏れる。
その光がシトラスに向かって放たれようとした時、エディスがぶつかってきた。目の前に赤と銀と黒が広がり、シトラスは目を見開く。じゅっという肉の焦げる音と匂いを間近に感じた。
「エディス……ッ!」
肩から背中に向けて斜めに焼かれたエディスは、魔法の刃を右手に出して精霊へ向かって駆けていく。精霊は逃げようと浮き上がるが、エディスは跳び上がって羽を切り裂いた。羽のなくなった精霊は、無残にも落ちていく。
目の前に落ちてきたそれに、シトラスは再度悲鳴を上げて涙を零した。怖い、恐ろしい。地面でもがく精霊に、シトラスは強くそう感じる。
「シトラス」
その横に来たエディスに透き通ったナイフを差し出される。刃の方を持ったエディスは、柄をとれ、と厳しく言った。
「お前が殺すんだ、あの精霊を」
「僕……できないです」
ゆるりと首を振るシトラスを、エディスは睨むに等しい目つきで見る。
「できないじゃない、やるんだ」
そう言ってナイフを手に握らされた。ぶるぶると震える両手を、エディスの手ががっしりと握る。
「こんなこと、するつもりじゃ……」
血に濡れたエディスの手、破れた服、倒れて喘ぐ精霊。その全てが恐ろしくて仕方がない。
「お前が踏み込んだのは、自ら他者の命を奪う世界だ」
だが、エディスの青い目に呑まれてていく。
「僕は……ッ」
「お前は、俺の仲間だ」
最後にもう一度、骨が軋むかと思う程強く握りしめてから、手を離された。「は……」手の震えは止まっていた。シトラスは目を閉じ、すうっと開ける。
「はいぃっ!」
握り締めたナイフを下に向け、じりじりと歩いていく。バタついている精霊を見つめたまま、両手を頭の上まで持ち上げた。
「うわあああああ!」
雄たけびを上げながら、その背中に突き刺す。その横顔を見たエディスが近づき、まだもがいている精霊の背に指を這わした。
「コイツの弱点は、ここだ。この、四枚の羽の間。……一息でな」
「はい!」
シトラスは強く、強くナイフを握り、そして掲げ、振り下ろす。初めて命を奪った、ナイフから感じる肉の感触に、身がぶるりと震えた。その肩をエディスが軽く叩く。
「よろ、よよしくお願いしまずっ!」
「……よろしく、シトラス」
奪った命は、シトラスの軽い決意を変えた。
揺るぎ無いその事実に、エディスは手を握り締めて奥歯を噛む。ナイフから手を離して立ち上がったシトラスは、もう一つの変化に気づいた。
「どうした?」
吐きそうか? と振り返ったエディスは、目を緩く開く。
「これはなんですか?」
シトラスの全身が薄く光っていた。シトラス自身も己の変化に慌てふためいている。
「シトラス、口を開くな!!」
まさかと呟いたエディスは彼の口を手で塞ごうとしたが、シトラスが背を丸めて口の周りに手を当てているせいで敵わない。
「あ、あ、あう。ううぅ」
その手を外そうとするが、それもできなかったエディスは、頭を横に振った。
「ダメだ、なにも言うな。言ったら、お前は……!」
どうやっても戻れなくなってしまう。そう伝えようとしたエディスの前で、シトラスの口ががぼりと大きく開く。
【全てを癒す者 起動します】
機械的な声がエディスの耳に届いた時、光が周りを包んできた。その光は温かく、優しい。光に包まれたエディスの傷が、瞬く間に癒えていく。
能力に開花したシトラスは、地面に手をついて喘いだ。
「エ、エディス。僕は一体……」
「お前は――その、」
言いよどんだエディスたちの耳に、固い靴の踵を踏み鳴らす音が入ってきた。
横を見ると、音と同じく固い表情をしたミシアが腕を組んで立っている。その腕に手を当て、困惑した顔で見つめるシルクもいた。
ミシアはエディスとシトラスを交互に見、短い髪を掌で擦ると、大きなため息をつく。
「こりゃあ、休みどころじゃなくなったな」
その言葉に、エディスは唇を噛んだ。
手を胸の前で握りしめ、身の内で熱くなった気持ちを口から出す。格好良いと、シルクが心に抱いた想いがシトラスにも重なった。
「シトラス!」
だが、エディスの険しい声が耳に届いてくる。
シトラスの背後から魔物が迫ってきていたことに、彼だけを見ていて気が付かなかった。ふっと自分の上に落ちた影に、シトラスは背後を見る。
「う、うわああああ!!」
背中に虫のような四枚の羽根を持った、全身緑色の人型の魔物。精霊と呼ばれているそれは目は真っ白で、口には薄い笑みを浮かべていた。
「ひっ、ひい……!」
後ずさろうとして足を動かしたが、感覚がつかめず、後ろに倒れてしまう。魔物が開いた口から、光が漏れる。
その光がシトラスに向かって放たれようとした時、エディスがぶつかってきた。目の前に赤と銀と黒が広がり、シトラスは目を見開く。じゅっという肉の焦げる音と匂いを間近に感じた。
「エディス……ッ!」
肩から背中に向けて斜めに焼かれたエディスは、魔法の刃を右手に出して精霊へ向かって駆けていく。精霊は逃げようと浮き上がるが、エディスは跳び上がって羽を切り裂いた。羽のなくなった精霊は、無残にも落ちていく。
目の前に落ちてきたそれに、シトラスは再度悲鳴を上げて涙を零した。怖い、恐ろしい。地面でもがく精霊に、シトラスは強くそう感じる。
「シトラス」
その横に来たエディスに透き通ったナイフを差し出される。刃の方を持ったエディスは、柄をとれ、と厳しく言った。
「お前が殺すんだ、あの精霊を」
「僕……できないです」
ゆるりと首を振るシトラスを、エディスは睨むに等しい目つきで見る。
「できないじゃない、やるんだ」
そう言ってナイフを手に握らされた。ぶるぶると震える両手を、エディスの手ががっしりと握る。
「こんなこと、するつもりじゃ……」
血に濡れたエディスの手、破れた服、倒れて喘ぐ精霊。その全てが恐ろしくて仕方がない。
「お前が踏み込んだのは、自ら他者の命を奪う世界だ」
だが、エディスの青い目に呑まれてていく。
「僕は……ッ」
「お前は、俺の仲間だ」
最後にもう一度、骨が軋むかと思う程強く握りしめてから、手を離された。「は……」手の震えは止まっていた。シトラスは目を閉じ、すうっと開ける。
「はいぃっ!」
握り締めたナイフを下に向け、じりじりと歩いていく。バタついている精霊を見つめたまま、両手を頭の上まで持ち上げた。
「うわあああああ!」
雄たけびを上げながら、その背中に突き刺す。その横顔を見たエディスが近づき、まだもがいている精霊の背に指を這わした。
「コイツの弱点は、ここだ。この、四枚の羽の間。……一息でな」
「はい!」
シトラスは強く、強くナイフを握り、そして掲げ、振り下ろす。初めて命を奪った、ナイフから感じる肉の感触に、身がぶるりと震えた。その肩をエディスが軽く叩く。
「よろ、よよしくお願いしまずっ!」
「……よろしく、シトラス」
奪った命は、シトラスの軽い決意を変えた。
揺るぎ無いその事実に、エディスは手を握り締めて奥歯を噛む。ナイフから手を離して立ち上がったシトラスは、もう一つの変化に気づいた。
「どうした?」
吐きそうか? と振り返ったエディスは、目を緩く開く。
「これはなんですか?」
シトラスの全身が薄く光っていた。シトラス自身も己の変化に慌てふためいている。
「シトラス、口を開くな!!」
まさかと呟いたエディスは彼の口を手で塞ごうとしたが、シトラスが背を丸めて口の周りに手を当てているせいで敵わない。
「あ、あ、あう。ううぅ」
その手を外そうとするが、それもできなかったエディスは、頭を横に振った。
「ダメだ、なにも言うな。言ったら、お前は……!」
どうやっても戻れなくなってしまう。そう伝えようとしたエディスの前で、シトラスの口ががぼりと大きく開く。
【全てを癒す者 起動します】
機械的な声がエディスの耳に届いた時、光が周りを包んできた。その光は温かく、優しい。光に包まれたエディスの傷が、瞬く間に癒えていく。
能力に開花したシトラスは、地面に手をついて喘いだ。
「エ、エディス。僕は一体……」
「お前は――その、」
言いよどんだエディスたちの耳に、固い靴の踵を踏み鳴らす音が入ってきた。
横を見ると、音と同じく固い表情をしたミシアが腕を組んで立っている。その腕に手を当て、困惑した顔で見つめるシルクもいた。
ミシアはエディスとシトラスを交互に見、短い髪を掌で擦ると、大きなため息をつく。
「こりゃあ、休みどころじゃなくなったな」
その言葉に、エディスは唇を噛んだ。
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