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能力者編
7.悪夢の室
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「もう無理だ! 無理なんです!」
エディスが任務から帰ってきた日の夜、シトラスが突如暴れはじめた。
シルクの誕生日の翌日だった。彼女と出会ってから三度目の誕生日で、今年はこれから来る冬に備えてコートを贈ったエディスに対して抱き付いてきたのをよく覚えている。
手に触れた物全てを投げ、気が狂ったように泣き喚く姿を、エディスは自分のベッドに腰掛けて見ていた。
シトラスは涙を流し、充血した眼でエディスを見、ゆっくりと近づいた。そして、エディスの上着の前を掴むと、すがる様に苦しい苦しいと喘ぐ。
息もできない程に泣く男を青い目で見下ろしたエディスは、ただの一言も声をかけなかった。
「もう嫌だ。苦しい。苦しい……もう」
声を吐き出したシトラスは、涙で濡れた目でエディスを見上げる。
「もう、殺して」
殺して、殺してと泣くシトラスを見下ろしていたエディスは、投げ出していた手を持ち上げ、シトラスの首にそっと当てた。そして、うっすら笑んで、話しかける。
「殺せばいいのか」
静かに問いかけられたシトラスは、さらに目から大粒の涙を零した。
カサついている髪をパサパサと音を立てながら、顔を横に振る。エディスの服を握りしめていた手を緩め、膝に顔を埋めるように座り込む。
「殺さないで、殺さないでぇ……っ!」
死にたくないと泣くシトラスから手を離したエディスは、また虚ろな目で時計を見つめた。
「死にたくない。助けて、助けて!」
「……後、三十分」
低く呟かれた言葉に、シトラスは気が付かなかった。
「後三十分で、任務だ」
もう一度言うと、シトラスは恨みがましそうな顔で見上げてくる。
「今日は一緒に来なくていい」
「え?」
「シトラスはシルクと一緒に隊の後ろにいたらいい」
そう伝えると、見る見る内に恨みがましそうな顔から、笑顔へと変わっていく。
「……い、いいんですか?」
エディスが頷くと、シトラスはぱっと明るい表情になった。
「ありがとうございます」
気持ちも明るくなったのか、シトラスは立ち上がり、ふっと息を吐く。それから、手を合わせて後ろにぐっと引っ張り、大きな伸びをした。
はーっと息を吐き、シトラスが暴れて物をそこら中に落とした部屋で、人形のように座っているエディスを振り返る。
「僕たちを守ってくれるんですよね?」
エディスは顔を上げ、シトラスに向かってぎこちなく微笑む。
「ああ、守るよ」
そんなエディスに、シトラスもまた安心したように涙を零した。
*** *** *** *** ***
戦場に出たエディスたちを待ち受けたのは、部下たちの冷ややかな視線だった。
「また戦闘ですか」
疲れ果てた様子の部下に訊ねられたエディスは、無表情のまま「そうだ」と返す。
「勘弁してくださいよー」
「無理無理。うちの中尉様は殺しがお好きな人だから」
「怪我してもパートナーが治してくれるしな」
頭を掻きむしりながら言う男の隣に立っていた男たちがぷっと小さく噴き出して笑った。すると、周りまで笑い始める。
エディスとて好きで戦闘任務ばかりしているわけではないし、これは上層部からの命令だ。だが、元々ミシアの部下だった彼らが聞き入れてくれるわけもない。否定しても無駄だということは分かっていたので、彼らを無視して歩いていく。
「始めるぞ」
おのずと冷たく、低くなっていくエディスの声に、部下たちは眉をひそめつつもついてくる。だが、その内の一人が「あれ?」とすっとんきょうな声を出したため、動き始めていた者たちが何人か足を止めた。
「どうした」
振り返ったエディスが訊ねると、「シトラスさんは一緒に行かないんですか?」と疑問を口にする。それにエディスは呼気のような声を絞り出した。
「アイツは隊の後ろにいる」
そう言うと、誰かがチッと舌を鳴らす。わざわざ歩けってかという苛立ちに、エディスも苛立ちが沸き起こる。
「俺はいる、それでいいだろ! ……もともと一人だったんだから」
疲れているのはシトラスだけじゃないと自分に言い聞かせたエディスは、その後周りから聞こえてくる非難の声を聞かないフリをして歩いていく。
「うちの隊には魔法を使える奴が少ないんだぞ!? お前がもっと働いてくれなきゃあ……」
「俺がどれだけ防御魔法を使っても、お前らは言う通りに動くか? 動かないだろ」
「なんだよ、その言い草は。言っとくけどなあ、階級は俺の方が高いんだぞ!」
「アンタは無謀な特攻ばっか繰り返してるだけだ」
ところどころで小競り合いも起きていて、士気どころの話じゃあないなと髪を掻き乱す。
「皆! 大変だとは思うが、頑張ってくれ。今の内だけだ……きっと」
「はい!」
アイザックだけが素直な返事をしてくるのに笑いが出つつも、エディスは腰に帯びた剣を抜き取った。
「行くぞ」
短く言って駆けて行き、黒い馬の姿をした魔物の首を掬うようにして切り落とす。周りの魔物のいななきに引かれるように、仲間がやってくるのを見据えながら、エディスは剣を握る手に力をさらに込めた。
エディスが任務から帰ってきた日の夜、シトラスが突如暴れはじめた。
シルクの誕生日の翌日だった。彼女と出会ってから三度目の誕生日で、今年はこれから来る冬に備えてコートを贈ったエディスに対して抱き付いてきたのをよく覚えている。
手に触れた物全てを投げ、気が狂ったように泣き喚く姿を、エディスは自分のベッドに腰掛けて見ていた。
シトラスは涙を流し、充血した眼でエディスを見、ゆっくりと近づいた。そして、エディスの上着の前を掴むと、すがる様に苦しい苦しいと喘ぐ。
息もできない程に泣く男を青い目で見下ろしたエディスは、ただの一言も声をかけなかった。
「もう嫌だ。苦しい。苦しい……もう」
声を吐き出したシトラスは、涙で濡れた目でエディスを見上げる。
「もう、殺して」
殺して、殺してと泣くシトラスを見下ろしていたエディスは、投げ出していた手を持ち上げ、シトラスの首にそっと当てた。そして、うっすら笑んで、話しかける。
「殺せばいいのか」
静かに問いかけられたシトラスは、さらに目から大粒の涙を零した。
カサついている髪をパサパサと音を立てながら、顔を横に振る。エディスの服を握りしめていた手を緩め、膝に顔を埋めるように座り込む。
「殺さないで、殺さないでぇ……っ!」
死にたくないと泣くシトラスから手を離したエディスは、また虚ろな目で時計を見つめた。
「死にたくない。助けて、助けて!」
「……後、三十分」
低く呟かれた言葉に、シトラスは気が付かなかった。
「後三十分で、任務だ」
もう一度言うと、シトラスは恨みがましそうな顔で見上げてくる。
「今日は一緒に来なくていい」
「え?」
「シトラスはシルクと一緒に隊の後ろにいたらいい」
そう伝えると、見る見る内に恨みがましそうな顔から、笑顔へと変わっていく。
「……い、いいんですか?」
エディスが頷くと、シトラスはぱっと明るい表情になった。
「ありがとうございます」
気持ちも明るくなったのか、シトラスは立ち上がり、ふっと息を吐く。それから、手を合わせて後ろにぐっと引っ張り、大きな伸びをした。
はーっと息を吐き、シトラスが暴れて物をそこら中に落とした部屋で、人形のように座っているエディスを振り返る。
「僕たちを守ってくれるんですよね?」
エディスは顔を上げ、シトラスに向かってぎこちなく微笑む。
「ああ、守るよ」
そんなエディスに、シトラスもまた安心したように涙を零した。
*** *** *** *** ***
戦場に出たエディスたちを待ち受けたのは、部下たちの冷ややかな視線だった。
「また戦闘ですか」
疲れ果てた様子の部下に訊ねられたエディスは、無表情のまま「そうだ」と返す。
「勘弁してくださいよー」
「無理無理。うちの中尉様は殺しがお好きな人だから」
「怪我してもパートナーが治してくれるしな」
頭を掻きむしりながら言う男の隣に立っていた男たちがぷっと小さく噴き出して笑った。すると、周りまで笑い始める。
エディスとて好きで戦闘任務ばかりしているわけではないし、これは上層部からの命令だ。だが、元々ミシアの部下だった彼らが聞き入れてくれるわけもない。否定しても無駄だということは分かっていたので、彼らを無視して歩いていく。
「始めるぞ」
おのずと冷たく、低くなっていくエディスの声に、部下たちは眉をひそめつつもついてくる。だが、その内の一人が「あれ?」とすっとんきょうな声を出したため、動き始めていた者たちが何人か足を止めた。
「どうした」
振り返ったエディスが訊ねると、「シトラスさんは一緒に行かないんですか?」と疑問を口にする。それにエディスは呼気のような声を絞り出した。
「アイツは隊の後ろにいる」
そう言うと、誰かがチッと舌を鳴らす。わざわざ歩けってかという苛立ちに、エディスも苛立ちが沸き起こる。
「俺はいる、それでいいだろ! ……もともと一人だったんだから」
疲れているのはシトラスだけじゃないと自分に言い聞かせたエディスは、その後周りから聞こえてくる非難の声を聞かないフリをして歩いていく。
「うちの隊には魔法を使える奴が少ないんだぞ!? お前がもっと働いてくれなきゃあ……」
「俺がどれだけ防御魔法を使っても、お前らは言う通りに動くか? 動かないだろ」
「なんだよ、その言い草は。言っとくけどなあ、階級は俺の方が高いんだぞ!」
「アンタは無謀な特攻ばっか繰り返してるだけだ」
ところどころで小競り合いも起きていて、士気どころの話じゃあないなと髪を掻き乱す。
「皆! 大変だとは思うが、頑張ってくれ。今の内だけだ……きっと」
「はい!」
アイザックだけが素直な返事をしてくるのに笑いが出つつも、エディスは腰に帯びた剣を抜き取った。
「行くぞ」
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