【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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向日葵編

6.姫鑑

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 シルクとシトラス。エディスの隊の存続していた理由がなくなった。特に、シトラスの抜けが痛い。

 そこで、部隊が新しく結成されるまで以前と同じくミシアの所で補佐をやることになっていた。いつのまにかミシアは少将、自分は少佐という結構な身分に変わってしまっていたから、おかしな組み合わせなのだけれども。

「そういえば、ミシア。俺ってここ出なくちゃいけないのか?」

 どんどん運び込まれる書類の束を整頓していたエディスが体ごと向いて質問すると、ミシアはんーと気のない声を出す。

「一階上にお前用が作られる。近々引越しだな」

「必要ないんだけどなあ」

「少佐になったんだから仕方ないだろ」

 望んで得た地位ではないが、奴隷出身ということを考えるとこれ以上はないくらいには破格だ。
 ここで打ち止めだと自分でも思う――が、この外見を誤解されているならば、もしくはと考えなくもない。本物の王子ではなくとも、王の戯れでできたご落胤だとでも思われているのかもしれなかった。

 それを思うと、ただ自力で生活ができれば良かっただけなのにとため息を吐きそうになる。

「ま。部隊ができる一週間後には移動だろう」

 早めに準備しとけよとミシアに言われ、渋々ながらも応える。

「あ、エディス。これ城まで持ってってくれ」

「ええ……俺にか」

 あそこに行くと面倒なことになりそうだと断ろうとしたが、中の事務局でいいからと言われて了承した。
 近寄っていくと、書類をいくつも渡され「頼んだぞ」とにこやかに笑いかけられる。この量がただの事務局で終わるのかと血色ばんだが、一度引き受けたなのだから仕方がない。

「仕方ねえな、行ってくる」

 黒いコートの裾を翻し、部屋と外を繋ぐドアへと向かっていく。その背中に頼むな、というミシアの声が掛った。

 外に出たエディスは、これまでとは違う――憐憫と畏怖が混じった視線を身に受けた。ふっと小さく息を吐いてから歩き始める。気にしたって仕方がないのだ、こんなことは。

 専用の地下通路を使って城まで行ったエディスは事務局に入り、書類を渡す。
 申請はすぐには終らない、二十分ほど待ってくれと言われたため、一度外に出た。あの人――自分の父親らしき男も、まさかこんな所にはいないだろう。あの部屋には行かないと言い聞かせて、不安に波打つ胸を押し止めた。

 そのエディスに呼びかける声がある。名前を呼ばれて振り返ると好青年じみた笑顔を浮かべ、手を振っている者がいた。

「お久しぶりです」
「……久しぶり。レイヴェン」

 いつの日か、軍部で見かけることがなくなった。それはエディスに人を気にする余裕がなかったせいだ。
 自分のことを聞いていないわけがないのに普通に接してくれるんだな、とエディスはこの青年のことを嬉しく思った。

「昇進したんですっけ?」

「ん……うん」

「いつの間にか、私の方が下になっちゃいましたね」

「あ、うん。そうだな」

 どうにも歯切れ悪い会話になってしまう。この温厚な男はそんなに深く考えて言っているわけではないと思うのだが、どうも勘ぐってしまう。自分が犯した罪を指摘されているようで、レイヴェンの目が見れない。

 変に会話の途切れた静まりが二人の間に広がる。なにか言わなければとエディスが顔を上げた時、レイヴェンの嬉しそうな声が上がった。

「レディ!?」

 なにを言っているんだと、エディスはレイヴェンの視線を追う。
 すると――そこには淡い水色で薔薇の刺繍がされた清楚な白色のドレスを身にまとった、可憐な女性が恥ずかしげに微笑んで立っていた。

「エディス、こちらがシルクの姉姫様の、レイアーラ王女です」

「えっ……」

 掌を上に向けてレイヴェンが紹介した女性に、エディスは目を奪われた。現女王の連れ子であるレイアーラは、確かにエディスがスラム街にいた時に垣間見た女性に似た面影がある。

「シルクの?」

「え、あ……は、はい」

 自分の愛する妹とは、影も似ていない。
 華やかに咲く温室の花の艶やかさは、エディスの目には色薄く映ってしまう。エディスは花屋や植物園の花よりも、道端で力強く咲いている雑草を好んでいた。

「似てないな」

 ぽそりと呟くと、レイアーラは目を丸くさせて口に指の先を当てる。自分の隣に立つレイヴェンに脇を突かれた。

「こら、失礼ですよ」

「え、あ! す……じゃなくて、申し訳ありません!」

 頭を勢いよく下げる。だが、姫は驚きに目を瞠らせて細い声で気にしないでと言い、頭をゆるりと振るだけだった。

「つい……シルク、様が懐かしくなって」

 レイアーラがえっと声を上げ、レイヴェンを見る。

「シルク様の、その――所属していた部隊の隊長です」

「あなたが!?」

 年若いからそう見えないのだろう。返事をしようとしたエディスよりも先に、レイアーラがもう一度口を開いた。

「お強いのですね……私、同じ女性として尊敬致します」

 女性――その言葉を理解するのに時間がかかった。

「女じゃ、ない」

 理解したエディスは、ぽつりと呟く。聞こえなかったのか、レイアーラが不思議そうな顔で顎と胸に手を添えて子犬のような顔をした。「女じゃないんだ!」と叫ぶと、レイアーラは小さく口を開いて背をのけ反らせる。

「レディ。その、エディスは男性なのです。これでも」

 これでもとはなんだ、これでもとは――と、エディスは憮然とした気持ちになった。なにか言い返そうかとも思ったが、その前にレイアーラのたおやかな手に両頬を包まれる。

「男!? 男なの……これで!?」

「い、いたたっ」

 強く頭を引っ張られたエディスは悲鳴を上げた。

「では、あなたがシルクに五回も失恋を経験させた人なの!?」

 だが、次の言葉に悲鳴も出せなくなってしまった。なんでそれを知っているのか、自分はシルクをそんなにフッただろうかと混乱した頭で考える。

「な、なんでそれを……?」

 狼狽えるエディスの肩に、レイヴェンが腕を置いた。

「あ、やっぱり本当だったんですね」

「……う」

 告白は、された。けれどあれは自分の妹だ。すでに特別なんだ。

「うるさいな、いいだろ。別にっ」

 レイヴェンの腕を手で払い落とし、レイアーラに向かって敬礼をする。本来、不敬に当たる行為だが、今更そんなこともどうでもよかった。

「申し訳ありませんが、任務の途中ですので失礼します」

 それからエディスは事務局へと戻ろうと、真っ直ぐ歩いていく。事務局に入る前に体の向きを変え、後ろを隠れ見る。

 すると、レイヴェンとレイアーラはお互いの体が触れるほど近くにいて耳打ちをし合っていた。甘いような苦いような、エディスには到底分からない雰囲気がその場にあって――

「姉さん……」

 シルクの姉ということは、不確かながらも自分の姉……なのかもしれない。半分の血は繋がっていなくとも、自分が国王レイガス・ティーンスの本当の息子であるのならば。

 ふわふわと甘い綿菓子のような外見をしていて、お姫様然とした彼女はあまりにもシルクと似ていない。だが、どうしてか胸に郷愁のような気持ちが湧いてくる。

 自分に故郷などないというのに。
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