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向日葵編
7.さよならの向日葵
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「なあ、エディス」
「なんだよ、シルク」
エディスは小高い丘にある向日葵畑の中に立っていた。
そこには白いワンピースを着たシルクもいる。太陽の光で眩しそうに目を細めて楽しそうに笑っていた。
「シトラスは元気か?」
「……知らねえよ」
「喧嘩するなよ。友だちなんだから」
そう言ってシルクは丘を駆け下りていく。
短い金髪がふわふわと浮く様子は、まるで子供が手を離してしまった風船のようだ。遠くまで、高く上がっていってしまわないように、エディスはその後を追っていく。
シルクは草っぱらにぼふっと頭から突っ込んでいった。草だらけになるのも構わず、半回転する。
両手足を思いっきり伸ばす姿がとても気持ち良さそうで、エディスは習うように草の上に直接座ってみた。(あ、ふかふかだ)と心ごちたエディスは、そろりと寝そべってみる。
太陽の光をめいっぱいに受けている草は温かく、エディスの背を包み込んで気持ちが良い。エディスはしばらくぶりに自分の表情筋が動いているような気がしてきた。
「今日はいい天気だな」
「そうなのか?」
「そうだよ。ほら、上を見てみて!」
シルクが上を指差すと、青い空が広がってきた。久しぶりに見た空は、また忌々しいくらいに青い。
「……なんて、ごめんな」
「え?」
「エディスは青空が嫌いだったよな」
自分はそんな本音をシルクに言ったことがあっただろうか? とエディスは考えてみたが思い当たる場面がない。そして、思いだした。
「うん、大嫌いだ」
シルクはもう死んでいるのだということに。
「ミシアさんは?」
「さあ? でも、多分元気」
「そっか。最近、なんかあった?」
「なんも。ベッドって、あんま寝心地良くないよなーって知ったくらい」
シルクは不思議そうにエディスの方に顔を向けてくる。
「シルクといる、この草むらの方がいい」
「うん」
それでも優しく微笑んでくれるシルクに、エディスの目の端から涙がじわじわと滲んだ。
「ごめんな、シルク」
「ううん、いいんだよ」
こんな風に勝手に想って、慰められて、許されようとして。痛みからも現実からも逃げて、なにもしようともせず、ただただ生きていて。
「いいんだよ、エディス」
草の上に手をつき、上半身だけを起こしたシルクが頭を撫でてくれる。
「シルク、俺――お前が好きだ」
想いを告げると、シルクは目を丸くさせた。それから、今までしたこともない大人っぽい笑みを浮かべた。
「知ってたよ」
「シルク、俺はお前の兄貴なんだ」
「うん、知ってたよ。おにいちゃん」
これは夢でしかないのだと、エディスは目を塞いだ。どうしても見たかった、自分勝手な甘い夢だ。
「ピアス、なくさないでくれよ」
「うん」
「次に会う時、返してもらうから」
ちゃんと持っててくれよ、と言われたエディスは「ごめん」と呟く。
「ごめん、俺、死ねないんだ」
「……エディス」
「俺は、死ねない。このままじゃあ死にきれない」
シルクは笑って、うんと頷いた。向日葵畑に、彼女が着ている白いワンピースの裾がはためく。
「だから、さようならだ」
「そっか」
切ない声を出すシルクの顔をエディスは見れない。
シルクがどのようにして亡くなったのかを、エディスは知らない。シルクがどんな顔をして火に包まれていったのかを、エディスは見ていない。
(結局――俺は、シルクが死んだということを心の底から認めることができていなかったんだ)
だから、こんな風に夢を見る。彼女を心配させてしまう。
「シルク、俺……この世界を守るよ。好きじゃない時だってあるけど、大事だからさ。お前がいつか帰ってくる、この世界を守るから!」
また明るい向日葵のような笑顔を、また世界に向けて見せてほしい。幸せになってほしい。大切な人だから。
「うん、守って」
守って、エディス。と囁かれたエディスはうん、とあえかな呟きを残した。そして、青い空はどこまでも澄んで、晴れていく。
「守る……」
*** *** *** *** ***
目を開けたエディスは、すっかり見慣れた白い天井に目を細める。それから、手の内にある感触に気付いて顔を動かした。
「……シュウ」
自分を心配してだろうか、ベッドの横にシュウが座っていた。彼のかさついて皮の分厚い手に握られている己の手を見て、目を細める。
寂しい夢だった、ひとりなら耐えられなくて泣いてしまっていたに違いない。
いいや、眠りながら泣いていた。枕も耳の穴もじっとりと濡れていて気持ちが悪い。
(這いつくばってでも、生きる)
母ではなく、尊敬できる女でもきっとない。
けれど、この言葉にだけは頷ける。どういう意図から発せられたのか心情は分からないが、確かに生きたいと思えるようになった。
家族の愛情なんて覚えがなく、お世辞にも温かな思い出のある幼少期とは言い難い。だけど自分で道を選んで歩いてきたら、大切に感じてくれる人たちと出会えた。
ほんの少しでも力があるなら、その人たちのために戦いたい。世界が自分を諦めるまで死ぬわけにはいかない。
恋をしてみたいとさえ思う。
誰かを心から愛して、今度から守り抜きたい。互いの肩を支えに生きる――そんな、燃えるような恋が。
(欲張りになれ、貪欲に生きろ)
「なんだよ、シルク」
エディスは小高い丘にある向日葵畑の中に立っていた。
そこには白いワンピースを着たシルクもいる。太陽の光で眩しそうに目を細めて楽しそうに笑っていた。
「シトラスは元気か?」
「……知らねえよ」
「喧嘩するなよ。友だちなんだから」
そう言ってシルクは丘を駆け下りていく。
短い金髪がふわふわと浮く様子は、まるで子供が手を離してしまった風船のようだ。遠くまで、高く上がっていってしまわないように、エディスはその後を追っていく。
シルクは草っぱらにぼふっと頭から突っ込んでいった。草だらけになるのも構わず、半回転する。
両手足を思いっきり伸ばす姿がとても気持ち良さそうで、エディスは習うように草の上に直接座ってみた。(あ、ふかふかだ)と心ごちたエディスは、そろりと寝そべってみる。
太陽の光をめいっぱいに受けている草は温かく、エディスの背を包み込んで気持ちが良い。エディスはしばらくぶりに自分の表情筋が動いているような気がしてきた。
「今日はいい天気だな」
「そうなのか?」
「そうだよ。ほら、上を見てみて!」
シルクが上を指差すと、青い空が広がってきた。久しぶりに見た空は、また忌々しいくらいに青い。
「……なんて、ごめんな」
「え?」
「エディスは青空が嫌いだったよな」
自分はそんな本音をシルクに言ったことがあっただろうか? とエディスは考えてみたが思い当たる場面がない。そして、思いだした。
「うん、大嫌いだ」
シルクはもう死んでいるのだということに。
「ミシアさんは?」
「さあ? でも、多分元気」
「そっか。最近、なんかあった?」
「なんも。ベッドって、あんま寝心地良くないよなーって知ったくらい」
シルクは不思議そうにエディスの方に顔を向けてくる。
「シルクといる、この草むらの方がいい」
「うん」
それでも優しく微笑んでくれるシルクに、エディスの目の端から涙がじわじわと滲んだ。
「ごめんな、シルク」
「ううん、いいんだよ」
こんな風に勝手に想って、慰められて、許されようとして。痛みからも現実からも逃げて、なにもしようともせず、ただただ生きていて。
「いいんだよ、エディス」
草の上に手をつき、上半身だけを起こしたシルクが頭を撫でてくれる。
「シルク、俺――お前が好きだ」
想いを告げると、シルクは目を丸くさせた。それから、今までしたこともない大人っぽい笑みを浮かべた。
「知ってたよ」
「シルク、俺はお前の兄貴なんだ」
「うん、知ってたよ。おにいちゃん」
これは夢でしかないのだと、エディスは目を塞いだ。どうしても見たかった、自分勝手な甘い夢だ。
「ピアス、なくさないでくれよ」
「うん」
「次に会う時、返してもらうから」
ちゃんと持っててくれよ、と言われたエディスは「ごめん」と呟く。
「ごめん、俺、死ねないんだ」
「……エディス」
「俺は、死ねない。このままじゃあ死にきれない」
シルクは笑って、うんと頷いた。向日葵畑に、彼女が着ている白いワンピースの裾がはためく。
「だから、さようならだ」
「そっか」
切ない声を出すシルクの顔をエディスは見れない。
シルクがどのようにして亡くなったのかを、エディスは知らない。シルクがどんな顔をして火に包まれていったのかを、エディスは見ていない。
(結局――俺は、シルクが死んだということを心の底から認めることができていなかったんだ)
だから、こんな風に夢を見る。彼女を心配させてしまう。
「シルク、俺……この世界を守るよ。好きじゃない時だってあるけど、大事だからさ。お前がいつか帰ってくる、この世界を守るから!」
また明るい向日葵のような笑顔を、また世界に向けて見せてほしい。幸せになってほしい。大切な人だから。
「うん、守って」
守って、エディス。と囁かれたエディスはうん、とあえかな呟きを残した。そして、青い空はどこまでも澄んで、晴れていく。
「守る……」
*** *** *** *** ***
目を開けたエディスは、すっかり見慣れた白い天井に目を細める。それから、手の内にある感触に気付いて顔を動かした。
「……シュウ」
自分を心配してだろうか、ベッドの横にシュウが座っていた。彼のかさついて皮の分厚い手に握られている己の手を見て、目を細める。
寂しい夢だった、ひとりなら耐えられなくて泣いてしまっていたに違いない。
いいや、眠りながら泣いていた。枕も耳の穴もじっとりと濡れていて気持ちが悪い。
(這いつくばってでも、生きる)
母ではなく、尊敬できる女でもきっとない。
けれど、この言葉にだけは頷ける。どういう意図から発せられたのか心情は分からないが、確かに生きたいと思えるようになった。
家族の愛情なんて覚えがなく、お世辞にも温かな思い出のある幼少期とは言い難い。だけど自分で道を選んで歩いてきたら、大切に感じてくれる人たちと出会えた。
ほんの少しでも力があるなら、その人たちのために戦いたい。世界が自分を諦めるまで死ぬわけにはいかない。
恋をしてみたいとさえ思う。
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