【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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悪役令息編

4.美青年の集う湖

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 王宮か貴族の屋敷か、その辺りに連れて行かれるというエディスの予測はものの見事に外れた。

 エドワードに連れられてきたのは中央から外れた所にある街だ。
 かつてアイザックたちと遠方に向かう際、馬車の修理で待たされた街なのだが、こんな治安の悪い街に公子がなんの用なんだと首を傾ぐ。

「エド、どこに行くんだ?」

 そう尋ねてみても「秘密」とはぐらかされてしまう。怪しみながらもついて行くと、今度はキリガネを伴って白い建物の中に入っていってしまう。

 従者を両側に残されたエディスは、大口を開けて欠伸をする。霞む視界の中、見つけた人物に近づいていく。背後で引き止める声がするが、構わなかった。
 髪を隠す為に被っている帽子のツバを下げ、口を開く。

「兄さん、新聞を売ってくれねえか」

 声を掛けた人物はエディスを視界に入れると眉をひそめ――待ちな、と手に持っていた煙草を咥える。
 取り出した新聞を受け取り、代わりに小銭を握らせ「二・三日には着く。頼んだぜ」と囁きかけた。

「どうも!」

 笑顔で応じる新聞売りらしくない男に片手を上げて挨拶し、おどおどと焦ってこちらを見ている従者の所まで戻る。

「新聞など言ってくだされば用意いたしますのに……なにも、あのような男から買わなくても」

「地方だと書いてあることが違うのかと思ってさあ」

 どうだろうなと言って新聞を鞄にしまおうとしたが、覗き込んできた従者が「それ三日前のですよ!?」と声を荒らげるので、内心舌打ちをする。

「なんだあ、詐欺か。損したな」

 だが、おどけた様子でそう言うと、従者は世間知らずな奴だと勝手に勘違いをしてくれた。

「ごめんね、お待たせ……どうしたの」

「なんでもないよ。用事終わったか」

 やましいことなどなにもないのだと堂々と接すると、従者の緊張も解れていく。

「終わったよ。待たせて申し訳ないね」

 行こうかと手を繋がれる。
 骨ばった指が絡んでくると、それが縄であるかと勘違いしそうになる。

 エドワードに連れられてやってきたのは「……公衆浴場?」で、エディスはぽかんと口を開けて見上げた。エンパイア家には立派な浴場があるのだし、到底必要には思えない。

 裸の付き合いをするにしても、ここでなくともいいだろう。
 しかもエドワードは裏口から入っていく。怪しい行為にエディスは眉を顰めたが、そういえば公爵家の跡取りだったと思い直す。

 行動一つ取っても家紋に傷をつける可能性を考慮してのことだろう。中に入ると従業員が皆訳知り顔なのも納得がいく。
 迷いなく歩いていくエドワードに比べ、こういった所に初めて来るエディスは辺りを見渡しながら歩く。危ないよと注意をされてようやく顔を前に戻す。

 流石はエンパイア公子が訪れる公衆浴場。どこもつるりと磨き上げられて、柱には動物などの飾りまでついている。遠征などで利用する浴場とは段違いだ。
 ほお、と感嘆しかけたところで――「あぁんっ、ガイラル様ぁっ」甲高い嬌声が飛んできた。

 なにごとかと眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をするエディスに、エドワードがふふと笑う。

「向こうです、行きましょう」

 促されてついて行くと、次第に嬌声は大きくなっていき、それが一人分ではないことに気が付いた。内心引いていたし、冷や汗をかきながらもエドワードの後を追っていく。

 ここ、と手で招かれる。
 逃げないようにか、背中に手を当てて押し出すようにするエドワードを不審がりながらも、見つからないように壁に体を隠しながら覗く。

「――――え……」と声が漏れ出た。

 すぐに顔を引っ込めてエドワードを見て口だけを動かす。

 (なんだよアレは!)

 エディスの怒りが伝わってきたのか、エドワードはくすくすと口に手を当てて笑う。

 そこにいたのは、なだらかに膨らんだ腹を晒した男とその体にしなだれ掛かる裸体の美少年。実際にはエディスよりも年上なのだろうが、ツヤツヤとした肌で男に奉仕している彼らは自らを幼く見えるようにしていた。

「……え、と。エド、ワード」

 さっきガイラル様って言ってたよなと顔を引き攣らせると、エドワードは頷く。

「あれが僕の父様」

 今じゃ名ばかり、落ちぶれた。

 王侯貴族は変態ばかり――……
 そんなシュウの教えが頭を走り去っていき、エディスは頭を抱えた。

 エドワードは「大丈夫? 気分悪くなっちゃったかな」と心配してエディスの両肩に手を当てて歩かせてくれる。

「香油の匂いがキツいよね」

 と笑いかけてくれるのに、そうだなと返すのが精一杯だった。
 外に出て、キリガネが回してくれた馬車まで辿り着いてようやく息ができた。

 馬車に乗り込み、景色を見て精神を落ち着かせていると、正面にいるエドワードの視線に気付いた。意味ありげだったので、どうした? と声を掛けると、やはり話したかったのか、体調を気遣う言葉を口にした。

 それにもう大丈夫だと返すと、良かったと呆気なく言われる。

「あなたから見て、ガイラル・エンパイアはどうかな」

「悪い、気持ち悪いデブのオッサンにしか見えねえ」

 言われるだろうと分かりきっていた質問に対し、吐き気がするとハッキリ口にすると、エドワードは目を丸くしてこちらを見上げてきた。

「二つの銀でできた星が埋め込まれた、青い月の絵画」

「王様の部屋に飾ってあるやつだろ」

 あれと同じかと尋ねられたエディスは顔を上げる。そこにあったのは紛れもなくあの男の部屋に飾られていたのと寸分狂いない記憶だった。

「……同じだ。なんだよ、こんな所にあんのか」

 どこに行っても気持ち悪いオッサンが一緒なのなと見ると、エドワードはふっと息を吐き、エディスの腕を掴んできた。思っていたよりも力が強い。細い指先が腕に食いこむ。

「見たことあるんだね」

 笑みを消したエドワードに見つめられると、部屋の温度が急速に下がるように感じられる。どうしてこんなにも感情を捨て置いた顔を子どもができるのか。

「国王の私室には鍵が掛かっているでしょう」

 まさか持っているのかと凄まれ、エディスは唾を飲み込む。脳内に父の顔が浮かんだ。

「子どもが親の部屋に入ってなにがおかしい」

 だが、ここで引いてはいけないと強気で言い返すとエドワードは目を丸くした。そして微笑んで「そうだね、ごめん」と手を離す。
 ひとまず父親の体面も守りつつ誤解を解けたと安堵し、胸を撫で下ろす。

「あなたは、自分の家族を嫌いにはならないの」

 囁きに顔を見る。後ろめたそうに肘を握っていて、先程の呟きは己に向けた質問だったのだろう。

「……おう、嫌いじゃないぜ」

 嘘だった。
 これが彼ではなかったら、嫌いだと言ってしまいたかった。

 だが、エドワードは父のことを捨て切れないのだ。心の底では家族を大切にしたいと思っている――優しい子なのだから。そんな彼の前で、非情なことは口にできない。したくないという気持ちがエディスに嘘を吐かせた。

「エドはどうなんだ」

 訊ねると、エドワードは躊躇うように口を開き、閉じた。

「……抱いてもいいかな」

 それから眉を下げて微笑みかけてくるエドワードに向かって手を広げる。
 だが、なんの反応を示さない年下の男に(恥ずかしいのか?)と思ったエディスは自分から彼を抱きしめた。

「遠慮しなくていいからな」

 まあ体温が低くて冬場は最悪だろうけどと笑うと、エドワードは喉を震わせる。

 一向に腕を回してこないエドワードの頭や背を撫でてやると、「レウのこともこんな風に振り回してるのかな」と言われた。
 愛妾の名前を出され、エディスは首を傾ぐ。

「いや……アイツ俺より重いから振り回しちゃいねえけどよ。できないこともないけどな」

 そんな乱暴だったかと顔を覗き込むと、エドワードは喉で音を立てて笑った。
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