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悪役令息編
5.ノブレス・オブリージュの首枷
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「エド! 貴族院から帰ってきたのか」
庭で騎士相手に鍛錬をしていたエディスが手を挙げて呼び止めると、エドワードは僅かに眉をしかめた。屋敷内の人間の懐に入り込み始めたエディスが手にしている物を見咎めるような視線に気付かないフリをして笑ってみせる。
今から昼飯かと訊くと、エドワードはそうだねと頷く。
「シャワーを浴びておいで。一緒に食べよう」
大袈裟に喜んでみせ、「人と一緒じゃないと味気なくてさ」と言うと、エドワードはそう? とくすぐったそうに笑う。
「なあ、シェフの得意料理ってなんなんだ?」
「なんでも美味しいけど、特に子羊のステーキがおすすめかな」
今晩作ってもらおうかと顎に手を当てるエドワードに頼む。
すると、彼に影のように付き添っていた少女が離れていこうとする。
「アーマー、今日も護衛ありがとう」
「……お礼を言われることでは」
ぽっと頬を朱に染めた少女は、兄の件もあってかエドワードに献身的に尽くしてくれていた。
ひと月前、腕利きの護衛が裏庭で死んでいたのが発見されてから、自ら護衛に立候補したという。
彼に付き纏う噂も真っ向から否定する程度には交流もあるらしく、正式な護衛が見つかるまではとエドワードが外に出る時は必ず連れ添っている。
「庇護下に置いてくださってますので、なんでも致します」
暇ですしねと涼し気な顔をするアーマーに苦笑いを浮かべ、エドワードが「休まないんだよ。エディスさんからも言ってくれるかな」と言う。
「そりゃ駄目だ。よし、アーマーも俺たちと一緒に飯にするか」
「えっ……い、いけません。緊張でご飯が喉を通らなくなります!」
跳びあがって、頬に両手を当てて兎のように逃げ去っていってしまう。それを見て、エドワードがくすくすと声を立てて笑った。
「エディスさんのファンなんだよ、あの子。知ってる?」
「知ってる」と両肘に手を当てて言うと、エドワードは楽し気に「知っているのに? 婦女子を揶揄うなんていけない人だね」と横目で見てきた。
「じゃあ今度はエドで遊んでやろうか」
頬を突くと、エドワードはそれは楽しみだねとエディスの手を握ってくる。
「当家は庭師も優秀だからね、デートでもどうかな」
「それは楽しみだ」
こちらから絡めると、エドワードの指がぴくりと小さく動いた。
「なあエド、十六魔人の魔法って知らないか」
その日の晩に訊ねると、エドワードは目を丸くして見てきた。
(……まあ、当然警戒するよな)
元はといえば王から贈られた魔法だ。伺うような、興味深そうな目をエディスは苦々しく思いながら見つめ返す。
「目的は」
なにかと口にするエドワードに、エディスは「実は……」とリスティー以外誰も知らない、南の海で起きた出来事を語る。長い話だというのに彼は相槌を打ちながら辛抱強く聞いてくれた。
「エディス殿下が、最上階に……」
「そうらしい。けど、誰も調べなかったのかと疑問があるんだけどな」
「いや……あそこは神官も立ち入れないから、可能性はあるね」
そうかと険しい顔のエドワードを見て、手を伸ばす。頬を撫でると、そっと睫毛を伏せた。
「エディスさん、どうしてそんなに大事な情報を僕に明かしたの」
「だって、エドだって自分の父親のことを教えてくれただろ」
あんな状態のガイラル・エンパイア公爵を他人に見せるのは相当の覚悟が必要だったろう。それでも自分に情報を提供してくれた彼の度胸に応えたい。
情報の礼は情報で返すべきだとエディスは常々思っていた。
「そう……」
エドワードが、憂うように目を閉じる。エディスの手を取り、指の細さや節を確かめるように辿って小さな笑みを口元に浮かべた。
「あなたが好きだな」
囁かれた告白にエディスは眉を下げ、簡素に礼を述べる。
「ありがとう」
立ち上がったエドワードは待っていてほしいと告げると、本棚の向こうへと消えていく。目で追っていたエディスは姿が見えなくなると窓の方に顔を向けた。
手持ち無沙汰に本の表紙を撫で、息を細く長く、鼻からゆっくりと吐き出した。
「お待たせ、エディスさん」
どこに行っていたのか、優に十分は超えてから戻ってきたエドワードに手を伸ばす。
本人も気付かない内にだろう、僅かに体を引く彼に「髪が乱れてる」と伝えると誤魔化すように微笑む。エディスの手が触れた所を己のそれで確認して礼を言って、椅子に腰かけ直す。
「これだよ」と長テーブルに魔法書を置いて、こちらに滑らせてくるエドワードの顔を見返す。
最後の魔法は集まらない。
譲り受けるのではなく奪うしかないのではないかと思っていたのだ。
現にエドワードも口にした時は躊躇っていたように感じていた。――だというのに、どういうことだろうか。
「あなたが死ねば、胸が痛むから」
魔法書の上に置いたエディスの手に、エドワードの細く筋張った手が重なる。
繊細に包み込むような声が耳に響いて、熱を持ったように火照っていく。
「大勢に愛される人は生きるべきだよ。あなたもそう思わないかな?」
自分とは違ってか? と思わず言い返しそうになって、曖昧な笑みを浮かべるだけに留める。この屋敷に来て何度目だろうかと心中で嘆息した。
(お前、なに考えてんだよ)
操り人形のように感情の読めない少年。
その手足についたたゆんだ糸を全て千切ってやりたくて、ただ生きろと怒鳴ってやりたくて。なのに、それさえ彼の高潔さを汚すようで。躊躇って、もどかしさごと抱きしめる。
「好きだよ、エド。お前を家族のように想ってる」
背中に腕が回ってくることはなく、けれど温かさが潜り込んできた。小さな小さな笑い声にもならない吐息が、確かに胸に触れた。
庭で騎士相手に鍛錬をしていたエディスが手を挙げて呼び止めると、エドワードは僅かに眉をしかめた。屋敷内の人間の懐に入り込み始めたエディスが手にしている物を見咎めるような視線に気付かないフリをして笑ってみせる。
今から昼飯かと訊くと、エドワードはそうだねと頷く。
「シャワーを浴びておいで。一緒に食べよう」
大袈裟に喜んでみせ、「人と一緒じゃないと味気なくてさ」と言うと、エドワードはそう? とくすぐったそうに笑う。
「なあ、シェフの得意料理ってなんなんだ?」
「なんでも美味しいけど、特に子羊のステーキがおすすめかな」
今晩作ってもらおうかと顎に手を当てるエドワードに頼む。
すると、彼に影のように付き添っていた少女が離れていこうとする。
「アーマー、今日も護衛ありがとう」
「……お礼を言われることでは」
ぽっと頬を朱に染めた少女は、兄の件もあってかエドワードに献身的に尽くしてくれていた。
ひと月前、腕利きの護衛が裏庭で死んでいたのが発見されてから、自ら護衛に立候補したという。
彼に付き纏う噂も真っ向から否定する程度には交流もあるらしく、正式な護衛が見つかるまではとエドワードが外に出る時は必ず連れ添っている。
「庇護下に置いてくださってますので、なんでも致します」
暇ですしねと涼し気な顔をするアーマーに苦笑いを浮かべ、エドワードが「休まないんだよ。エディスさんからも言ってくれるかな」と言う。
「そりゃ駄目だ。よし、アーマーも俺たちと一緒に飯にするか」
「えっ……い、いけません。緊張でご飯が喉を通らなくなります!」
跳びあがって、頬に両手を当てて兎のように逃げ去っていってしまう。それを見て、エドワードがくすくすと声を立てて笑った。
「エディスさんのファンなんだよ、あの子。知ってる?」
「知ってる」と両肘に手を当てて言うと、エドワードは楽し気に「知っているのに? 婦女子を揶揄うなんていけない人だね」と横目で見てきた。
「じゃあ今度はエドで遊んでやろうか」
頬を突くと、エドワードはそれは楽しみだねとエディスの手を握ってくる。
「当家は庭師も優秀だからね、デートでもどうかな」
「それは楽しみだ」
こちらから絡めると、エドワードの指がぴくりと小さく動いた。
「なあエド、十六魔人の魔法って知らないか」
その日の晩に訊ねると、エドワードは目を丸くして見てきた。
(……まあ、当然警戒するよな)
元はといえば王から贈られた魔法だ。伺うような、興味深そうな目をエディスは苦々しく思いながら見つめ返す。
「目的は」
なにかと口にするエドワードに、エディスは「実は……」とリスティー以外誰も知らない、南の海で起きた出来事を語る。長い話だというのに彼は相槌を打ちながら辛抱強く聞いてくれた。
「エディス殿下が、最上階に……」
「そうらしい。けど、誰も調べなかったのかと疑問があるんだけどな」
「いや……あそこは神官も立ち入れないから、可能性はあるね」
そうかと険しい顔のエドワードを見て、手を伸ばす。頬を撫でると、そっと睫毛を伏せた。
「エディスさん、どうしてそんなに大事な情報を僕に明かしたの」
「だって、エドだって自分の父親のことを教えてくれただろ」
あんな状態のガイラル・エンパイア公爵を他人に見せるのは相当の覚悟が必要だったろう。それでも自分に情報を提供してくれた彼の度胸に応えたい。
情報の礼は情報で返すべきだとエディスは常々思っていた。
「そう……」
エドワードが、憂うように目を閉じる。エディスの手を取り、指の細さや節を確かめるように辿って小さな笑みを口元に浮かべた。
「あなたが好きだな」
囁かれた告白にエディスは眉を下げ、簡素に礼を述べる。
「ありがとう」
立ち上がったエドワードは待っていてほしいと告げると、本棚の向こうへと消えていく。目で追っていたエディスは姿が見えなくなると窓の方に顔を向けた。
手持ち無沙汰に本の表紙を撫で、息を細く長く、鼻からゆっくりと吐き出した。
「お待たせ、エディスさん」
どこに行っていたのか、優に十分は超えてから戻ってきたエドワードに手を伸ばす。
本人も気付かない内にだろう、僅かに体を引く彼に「髪が乱れてる」と伝えると誤魔化すように微笑む。エディスの手が触れた所を己のそれで確認して礼を言って、椅子に腰かけ直す。
「これだよ」と長テーブルに魔法書を置いて、こちらに滑らせてくるエドワードの顔を見返す。
最後の魔法は集まらない。
譲り受けるのではなく奪うしかないのではないかと思っていたのだ。
現にエドワードも口にした時は躊躇っていたように感じていた。――だというのに、どういうことだろうか。
「あなたが死ねば、胸が痛むから」
魔法書の上に置いたエディスの手に、エドワードの細く筋張った手が重なる。
繊細に包み込むような声が耳に響いて、熱を持ったように火照っていく。
「大勢に愛される人は生きるべきだよ。あなたもそう思わないかな?」
自分とは違ってか? と思わず言い返しそうになって、曖昧な笑みを浮かべるだけに留める。この屋敷に来て何度目だろうかと心中で嘆息した。
(お前、なに考えてんだよ)
操り人形のように感情の読めない少年。
その手足についたたゆんだ糸を全て千切ってやりたくて、ただ生きろと怒鳴ってやりたくて。なのに、それさえ彼の高潔さを汚すようで。躊躇って、もどかしさごと抱きしめる。
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