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悪役令息編
1.エンパイア家
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エンパイア公爵家。
この国に存在している貴族の中で最も王族の血を濃く受け継いでおり、信頼も高い。
貴族の代表ともいわれている一族だ。
族長は五十を過ぎた中年の男で、妻はすでに亡くなっている。
「急に呼び立ててごめんね、エディスさん」
エンパイア家は城のすぐ傍、貴族のみが住むことを許されている居住区の最も奥地に建っている。
ミシアの屋敷よりも数倍大きくて、もう城と言ってしまってもいいんじゃないかと思う程に広大だ。
そのエントランスにエディスは呆然と立ち尽くしていた。背後にある玄関扉は空いているが、そこからはだだっ広い庭しか見えず、門らしき物の影さえない。
「いいけど……今のは、魔法か?」
人を移動させる魔法。
もしかしたらエドワードがそれを使える可能性はあると思っていた。
汽車内でのレウの発言や、長距離を移動してきておかしくないというギジアの誘導――これらがエディスにその疑惑を抱かせた。
「うん。僕の魔法で移動させてもらったんだ」
浮遊魔法と同等か、それ以上に高度とされている。扱い手は彼以外には現存しないだろう。
ただ自分を浮かすだけではなく、地理を知り、人の形を知り、正確に手元もしくは移動先に引っ張らなければならない。ほんの僅かでも失敗すれば動かされている者は四肢が弾け飛ぶどころか、命さえ失うだろう。
確実に、これがエンパイア家の継承魔法だ。それならば鉄道事業を行っているのも理解できる。
「エド、ありがとう」
薄い体を抱き締めてから離すと、作り込まれた笑顔と打ち当たった。首を横に傾けてなんの礼か訊いてくるエドワードに、なにもかもだと伝える。
「レイヴェンと彼女を助けてくれたんだろ。感謝してる」
「……姫のことを彼女って言うのはエディスさんくらいだね」
ふふっと堪えきれないように出た笑い声に、エドワードが口の前まで手を上げた。眉を下げた彼に、エディスが手を出すと握り返される。
「南に幽閉したと怒らないんだね」
「俺が南の領主だからだろ」
他だと保護ができなかったから助かったと言うと、エドワードは瞬きをしてからエディスの手を引く。音を立てずに手に口づけ、「光栄だね」と目を細めた。
「事情は明日話すよ」
キリガネと彼が呼ぶと、黒衣の男が傍らに現れる。レウが言っていたのはこの男かと、エディスは瞠目した。
「部屋に案内して」
「かしこまりました」
胸に手を当てる男は、ついて来てくださいと手で行き先を提示する。
声も目線も、エドワードに向けた柔らかなものとは違う冷ややかさだったが、そこに嘲笑が含まれていないことを感じ取って頷く。
「エド、おやすみ」
同じ言葉を返して、薄く笑う。
前に会った時よりも濃くなったくまが浮き出て、紙のように白い顔色をしているエドワードに、「アイツ寝てるのか?」とキリガネに訊ねた。
「エドワード様にはやらねばならないことが多くあるのです」
涼しい顔をしているキリガネの答えに、エディスは口を尖らせてふうんと頭の後ろで手を組む。
「行儀が悪いですよ」
注意され、エディスははいはいと手を下ろす。
連れてこられた部屋の前で、エドワードの部屋は近いのかと訊くと、横目で見てくるだけで答えてくれはしなかった。だが、それもそうかと息を吐く。
公爵家の跡継ぎ、それも一人息子の場所を安易に教える馬鹿を雇っているはずがない。「ごめん」と口にすると、キリガネは笑顔でいえと応える。
「お休みになられてください」
開かれたドアの向こうに入ったエディスの真後ろで閉められた。背中スレスレに、直後に閉められて面食らったが仕方がないと自分を納得させる。
それよりもと部屋を見渡した。トリドット家も豪華な意匠の部屋はあったが、ほとんどが本に埋まっていたので華美さを感じなかった。
だが、エンパイア家は違う。客間だろうが、エディスが使っている軍の寮室三つ分程はある。調度品も一級のホテル程度に整えられていて、歩き回るのを躊躇う程だ。
「ドゥーの家よりもおっきいんじゃないのか、これ……」
もともとエディスは奴隷市で育ち、スラム街を走り回ったりしていた。
ドブ育ちのネズミと嘲笑われても仕方ない育ちで、明らかに財を尽くしたきらびやかな世界など知らないし縁がなかった。
ハイデの家に来てからも彼の弟という体で育てられはしたが、ほとんどの時間を勉強に費やしたし、それ以外では下働きの者と同じように駆けずり回っていた。
軍に入ってからは出てきた飯はかっこむし、声を立てねば笑っている気がしない。叩き込まれたはずの礼儀作法や主要や軍人でない貴族の知識を隅っこに追いやってしまった。
「……馴染めるのか、俺」
早々に不安を感じて弱音が出ていく。
それと、懸念点がもう一つ。
「勝手に出てきて、レウたち怒ってるだろうなあ……」
この国に存在している貴族の中で最も王族の血を濃く受け継いでおり、信頼も高い。
貴族の代表ともいわれている一族だ。
族長は五十を過ぎた中年の男で、妻はすでに亡くなっている。
「急に呼び立ててごめんね、エディスさん」
エンパイア家は城のすぐ傍、貴族のみが住むことを許されている居住区の最も奥地に建っている。
ミシアの屋敷よりも数倍大きくて、もう城と言ってしまってもいいんじゃないかと思う程に広大だ。
そのエントランスにエディスは呆然と立ち尽くしていた。背後にある玄関扉は空いているが、そこからはだだっ広い庭しか見えず、門らしき物の影さえない。
「いいけど……今のは、魔法か?」
人を移動させる魔法。
もしかしたらエドワードがそれを使える可能性はあると思っていた。
汽車内でのレウの発言や、長距離を移動してきておかしくないというギジアの誘導――これらがエディスにその疑惑を抱かせた。
「うん。僕の魔法で移動させてもらったんだ」
浮遊魔法と同等か、それ以上に高度とされている。扱い手は彼以外には現存しないだろう。
ただ自分を浮かすだけではなく、地理を知り、人の形を知り、正確に手元もしくは移動先に引っ張らなければならない。ほんの僅かでも失敗すれば動かされている者は四肢が弾け飛ぶどころか、命さえ失うだろう。
確実に、これがエンパイア家の継承魔法だ。それならば鉄道事業を行っているのも理解できる。
「エド、ありがとう」
薄い体を抱き締めてから離すと、作り込まれた笑顔と打ち当たった。首を横に傾けてなんの礼か訊いてくるエドワードに、なにもかもだと伝える。
「レイヴェンと彼女を助けてくれたんだろ。感謝してる」
「……姫のことを彼女って言うのはエディスさんくらいだね」
ふふっと堪えきれないように出た笑い声に、エドワードが口の前まで手を上げた。眉を下げた彼に、エディスが手を出すと握り返される。
「南に幽閉したと怒らないんだね」
「俺が南の領主だからだろ」
他だと保護ができなかったから助かったと言うと、エドワードは瞬きをしてからエディスの手を引く。音を立てずに手に口づけ、「光栄だね」と目を細めた。
「事情は明日話すよ」
キリガネと彼が呼ぶと、黒衣の男が傍らに現れる。レウが言っていたのはこの男かと、エディスは瞠目した。
「部屋に案内して」
「かしこまりました」
胸に手を当てる男は、ついて来てくださいと手で行き先を提示する。
声も目線も、エドワードに向けた柔らかなものとは違う冷ややかさだったが、そこに嘲笑が含まれていないことを感じ取って頷く。
「エド、おやすみ」
同じ言葉を返して、薄く笑う。
前に会った時よりも濃くなったくまが浮き出て、紙のように白い顔色をしているエドワードに、「アイツ寝てるのか?」とキリガネに訊ねた。
「エドワード様にはやらねばならないことが多くあるのです」
涼しい顔をしているキリガネの答えに、エディスは口を尖らせてふうんと頭の後ろで手を組む。
「行儀が悪いですよ」
注意され、エディスははいはいと手を下ろす。
連れてこられた部屋の前で、エドワードの部屋は近いのかと訊くと、横目で見てくるだけで答えてくれはしなかった。だが、それもそうかと息を吐く。
公爵家の跡継ぎ、それも一人息子の場所を安易に教える馬鹿を雇っているはずがない。「ごめん」と口にすると、キリガネは笑顔でいえと応える。
「お休みになられてください」
開かれたドアの向こうに入ったエディスの真後ろで閉められた。背中スレスレに、直後に閉められて面食らったが仕方がないと自分を納得させる。
それよりもと部屋を見渡した。トリドット家も豪華な意匠の部屋はあったが、ほとんどが本に埋まっていたので華美さを感じなかった。
だが、エンパイア家は違う。客間だろうが、エディスが使っている軍の寮室三つ分程はある。調度品も一級のホテル程度に整えられていて、歩き回るのを躊躇う程だ。
「ドゥーの家よりもおっきいんじゃないのか、これ……」
もともとエディスは奴隷市で育ち、スラム街を走り回ったりしていた。
ドブ育ちのネズミと嘲笑われても仕方ない育ちで、明らかに財を尽くしたきらびやかな世界など知らないし縁がなかった。
ハイデの家に来てからも彼の弟という体で育てられはしたが、ほとんどの時間を勉強に費やしたし、それ以外では下働きの者と同じように駆けずり回っていた。
軍に入ってからは出てきた飯はかっこむし、声を立てねば笑っている気がしない。叩き込まれたはずの礼儀作法や主要や軍人でない貴族の知識を隅っこに追いやってしまった。
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