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悪役令息編
2.この絶望を
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悪役令息エドワード・エンパイアとはどんな少年なのか。
「エドワード様は、私の命です」
「尊敬すべき主です」
「坊ちゃんは昔から頑張り屋なんですよ。でも、だから心配でねえ」
幼い頃から仕えているというキリガネや老執事、侍女長は誰もが好意的だった。
覚え直したいと進言したエディスに宛がわれた教育者も、皆がエドワードを褒めた。
「冷たい人で……私は少し苦手です。あっ、これ私が言ったって告げ口しないでくださいね!?」
「目が笑ってなくないですか? なんか子どもっぽくなくて不気味なんですよね」
だが、比較的最近入ったメイドや下働きからの評判は思わしくない。
親しい人に聞いてみようと屋敷内をさ迷ってみたが、人によって評価が違いすぎる。だが、人とはそういうものなのかもしれない。
「エドワード様のことを探っているのですか」
「そんなんじゃねえって。安心しろよ、俺は敵視してないから」
むしろ信頼しているくらいだと素直に口にすると、キリガネは解せないようだった。
ただエディスは心配なだけなのだ。
北で見た光景が離れることなく付き纏っていて、エドワードが一人なのではないかという分厚い雲が晴れない。
*** *** *** *** ***
エンパイア家はブラッド家に加担している。
その前情報があって適度な距離をとって接することができたらと思っていた彼は、なぜか自分に懐いてくれているような気がするのだ。それは本来嬉しいもののはずなのに、エディスの心に暗い影を落とし込んでくる。
――思いださせるのだ。
シルクが自分の前に現れ、好きだと言った日のことを。
そして、気遣わしいのだ。
エドワードと名を呼ばれても、見せかけの笑顔で取り繕っている彼が。
「ただいま、エディスさん」
今やエンパイア家に囚われの身になっているエディスの元へ、必ず最初に訪れる。そして、とても愛おしい者に対するように、エディスの体に触れるのだ。それは額へのキスであったり、頬や手であったり様々だ。
「おかえり、エド」
礼としてエディスも同じようにし返すようにしている。感謝と尊敬、すっかりこの少年のことを気に入ってしまった。
「俺を閉じ込めて、どこ行ってたんだ」
笑顔で問うと、エドワードは怖いなあと頭を撫でてくる。
「王宮に贈り物を受け取りに行ってたんだよ。僕、明日が誕生日だからね」
久しぶりに王に会ったと言われ、エディスの呼吸が乱れた。
青い月が視界をちらついたような気がして、舌打ちが出そうになる。
「ギジアからケーキが届いたから、一緒に食べようよ」
「……アイツから?」
頷いて、エドワードが手を二度叩くとメイドが白い箱を持って入室してきた。
二人の前にある長テーブルに置かれた箱から出てきたのは、苺がのった白いケーキだった。
それを見下ろしたエディスは「それ、食わない方がいい」と低く呟く。
エドワードはエディスに視線を向けてから理由を尋ねてくる。当然だ、二人は”友人”なのだから。
「毒なら検査させたけど、出なかったよ」
「いや、断言できる。これは食うな」
シュウの言葉を信じるなら、絶対に仕掛けてくる。自分が傍にいて良かったと、こめかみから流れる汗を手の甲で拭う。
「エディスさんがそう言うなら……キリガネ、毒見役を呼んできて」
分かりましたと一礼したキリガネが部屋を出ていく。メイドも恐れ、先生を呼んできますと走っていった。二人を見送って、エディスは手を握る。
「エドは北の情勢をどこまで知っているんだ」
「ギジアが偽王方についたのは聞いたよ」
それでも俺を呼んだのかと、驚いて振り仰ぐ。
エドワードは「知らないはずがないでしょう」と首を傾けて笑みを浮かべる。また違和感が積もり、エディスは言葉を失う。
「お待たせしました。……まったく、トリドット公爵を疑うとは恥知らずな」
ありえないでしょうと掛けた眼鏡を押し上げながら、キリガネは連れてきた少年を促す。少年は緊張感なく「お二人は友だちですよね」と言いながらケーキを一口分切り分ける。
念の為だとエドワードがもう一度毒物検査の魔法を掛けた。だが、なんの反応もなく、少年は「ですよね!」と笑い声を上げながら口に――した瞬間、口の端から紫の煙が上がる。
「そんな!?」
キリガネがエドワードの肩を引き、エディスは手を伸ばす。少年の口を開けさせ、ケーキを出そうとしたが「遅かったか……」すでに息絶えていた。口の中は爛れており、この様子では内臓も同じだろう。
「口にした瞬間、毒に変わる魔法……?」
上から落ちてきた呟き。その声の幼さにエディスは驚いて顔を上げる。
動揺に揺れる青い瞳に、エディスは彼が傷ついたことを悟った。
「トリドット公爵が、あなたを裏切るだなんて」
信じられないとばかりにキリガネがエドワードを抱きしめる。友を失った彼の失意の底は計り知れないに違いない。
「あなたは私がお護りします」と傍らで涙を流す男を手で避け、エドワードはこちらに向かってくる。
エディスの肩を掴んで、頬に手を当てて嫣然と笑む。
「この絶望を共に味わってほしくて、僕はあなたを喚んだんだ」
「エドワード様は、私の命です」
「尊敬すべき主です」
「坊ちゃんは昔から頑張り屋なんですよ。でも、だから心配でねえ」
幼い頃から仕えているというキリガネや老執事、侍女長は誰もが好意的だった。
覚え直したいと進言したエディスに宛がわれた教育者も、皆がエドワードを褒めた。
「冷たい人で……私は少し苦手です。あっ、これ私が言ったって告げ口しないでくださいね!?」
「目が笑ってなくないですか? なんか子どもっぽくなくて不気味なんですよね」
だが、比較的最近入ったメイドや下働きからの評判は思わしくない。
親しい人に聞いてみようと屋敷内をさ迷ってみたが、人によって評価が違いすぎる。だが、人とはそういうものなのかもしれない。
「エドワード様のことを探っているのですか」
「そんなんじゃねえって。安心しろよ、俺は敵視してないから」
むしろ信頼しているくらいだと素直に口にすると、キリガネは解せないようだった。
ただエディスは心配なだけなのだ。
北で見た光景が離れることなく付き纏っていて、エドワードが一人なのではないかという分厚い雲が晴れない。
*** *** *** *** ***
エンパイア家はブラッド家に加担している。
その前情報があって適度な距離をとって接することができたらと思っていた彼は、なぜか自分に懐いてくれているような気がするのだ。それは本来嬉しいもののはずなのに、エディスの心に暗い影を落とし込んでくる。
――思いださせるのだ。
シルクが自分の前に現れ、好きだと言った日のことを。
そして、気遣わしいのだ。
エドワードと名を呼ばれても、見せかけの笑顔で取り繕っている彼が。
「ただいま、エディスさん」
今やエンパイア家に囚われの身になっているエディスの元へ、必ず最初に訪れる。そして、とても愛おしい者に対するように、エディスの体に触れるのだ。それは額へのキスであったり、頬や手であったり様々だ。
「おかえり、エド」
礼としてエディスも同じようにし返すようにしている。感謝と尊敬、すっかりこの少年のことを気に入ってしまった。
「俺を閉じ込めて、どこ行ってたんだ」
笑顔で問うと、エドワードは怖いなあと頭を撫でてくる。
「王宮に贈り物を受け取りに行ってたんだよ。僕、明日が誕生日だからね」
久しぶりに王に会ったと言われ、エディスの呼吸が乱れた。
青い月が視界をちらついたような気がして、舌打ちが出そうになる。
「ギジアからケーキが届いたから、一緒に食べようよ」
「……アイツから?」
頷いて、エドワードが手を二度叩くとメイドが白い箱を持って入室してきた。
二人の前にある長テーブルに置かれた箱から出てきたのは、苺がのった白いケーキだった。
それを見下ろしたエディスは「それ、食わない方がいい」と低く呟く。
エドワードはエディスに視線を向けてから理由を尋ねてくる。当然だ、二人は”友人”なのだから。
「毒なら検査させたけど、出なかったよ」
「いや、断言できる。これは食うな」
シュウの言葉を信じるなら、絶対に仕掛けてくる。自分が傍にいて良かったと、こめかみから流れる汗を手の甲で拭う。
「エディスさんがそう言うなら……キリガネ、毒見役を呼んできて」
分かりましたと一礼したキリガネが部屋を出ていく。メイドも恐れ、先生を呼んできますと走っていった。二人を見送って、エディスは手を握る。
「エドは北の情勢をどこまで知っているんだ」
「ギジアが偽王方についたのは聞いたよ」
それでも俺を呼んだのかと、驚いて振り仰ぐ。
エドワードは「知らないはずがないでしょう」と首を傾けて笑みを浮かべる。また違和感が積もり、エディスは言葉を失う。
「お待たせしました。……まったく、トリドット公爵を疑うとは恥知らずな」
ありえないでしょうと掛けた眼鏡を押し上げながら、キリガネは連れてきた少年を促す。少年は緊張感なく「お二人は友だちですよね」と言いながらケーキを一口分切り分ける。
念の為だとエドワードがもう一度毒物検査の魔法を掛けた。だが、なんの反応もなく、少年は「ですよね!」と笑い声を上げながら口に――した瞬間、口の端から紫の煙が上がる。
「そんな!?」
キリガネがエドワードの肩を引き、エディスは手を伸ばす。少年の口を開けさせ、ケーキを出そうとしたが「遅かったか……」すでに息絶えていた。口の中は爛れており、この様子では内臓も同じだろう。
「口にした瞬間、毒に変わる魔法……?」
上から落ちてきた呟き。その声の幼さにエディスは驚いて顔を上げる。
動揺に揺れる青い瞳に、エディスは彼が傷ついたことを悟った。
「トリドット公爵が、あなたを裏切るだなんて」
信じられないとばかりにキリガネがエドワードを抱きしめる。友を失った彼の失意の底は計り知れないに違いない。
「あなたは私がお護りします」と傍らで涙を流す男を手で避け、エドワードはこちらに向かってくる。
エディスの肩を掴んで、頬に手を当てて嫣然と笑む。
「この絶望を共に味わってほしくて、僕はあなたを喚んだんだ」
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