【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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水理編

5.アイツのことは忘れろよ

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「そう……なら北は駄目ね」

 まさか王政支持側が敵になると思わなかったわ、とリスティーが落胆する。

「シルベリアさんとシュウさんは大丈夫なの?」

「レストリエッジ家は元々北の貴族だし。シュウだってブラッド家なんだから、悪い扱いはされないだろ」

 いつか必ずあの二人も迎えに行くと膝上の手を握り合わせた。
 置いてきたことを後悔していないわけではない、案じる気持ちもある。だが、あの二人ならば切り抜けるという確信があった。

「じゃあ、こっちの情勢ね。さっきも言ったけど最悪なことにアンタにとては好機だと思う」

 革命軍が大暴れしてくれてるからとため息を吐くリスティーに、それのどこが好機なんだとエディスは呆れる。

「荒れてるから、こんな観光船一隻くらいなら中央まで入り込めるんでしょ」

「ああ……これ本物の観光船なのか。その割には武器を搭載してるよな」

「やだ、武器なしで革命軍がいる南を出れるわけないでしょ! 安全確保のためよ」

 嘘も方便だなと、エディスは乾いた笑い声を出す。

「問題は着いてからか。リキッド、中央がどうなっているか分かるか」

「もっちろん。ジェーくんから聞いてるに決まってるじゃないか! あの偽王子様、順調に勢力を拡大していってるよ」

 貴族を中心にと皮肉げに笑うリキッドに、エディスは「ミシアがブラッド家についたってどういうことだ」と訊ねた。ミシアは惑わせの魔法に掛っているから、その影響だろうと高を括る。

「ブラッド家を支持するって言ったっきり、パートナーを連れて消えたらしいんだ」

 だが、思わぬ言葉に「消えたぁ!?」と立ち上がりかけた。
 あの飄々とした男、まさかまだ自分以外に信頼できる部下を持っていないのかと考えこむ。なら、消えたのは考えあってのことだ。

 惑わせの魔法も時間がたって効果が薄れてきているだろうし、もう一度掛けられでもしていない限りは大丈夫だそう。今はひとまずそう信じるしかない。

「……エドワード・エンパイアについて、なにか情報を持ってないか?」

「エンパイア公子? え~、それは知らない」

 どうしたのと訊かれ、たくさん世話になったんだと打ち明ける。すると、フェリオネルが「あの……」と控えめに手を上げた。

「彼ですが、今はアーマーが護衛についていますよ」

「アーマーが?」

「はい。なんでも、馬が合うだとかで……」

 はたして合うだろうかと首を傾げそうになった。
 だが、どちらも国を想う気持ちは強いのでその辺りで話をしたのだろうと結論づけた。エドワードは婚約者だったシルクも大切に扱っていたし、女性の相手は心得ているのかもしれない。

「それで、エディス様に訊いてほしいことがあると言っていたのですが……」

 なんでも訊いてくれと言ったエディスだったが「二つの銀でできた星が埋め込まれた、青い月の絵画に見覚えがないかと」と問われると大きく目を見開いた。

「う……っ」

 途端にえづいたエディスは、慌てて口元を手で覆う。

「エディス様!?」慌てふためくフェリオネルに返事も返してやれず、大丈夫かと肩を抱いてきたレウに凭れかかって息を整える。

 脳裏に、足から落ちていくスラックス、いきり勃った逸物、白目を剥く男が次々と浮かび――「気持ち悪い」と零して、レウの膝の上に崩れ落ちた。

 レウに抱え上げられて、膝に横座りさせられる。水を与えられ、急激に血の気が引いて冷えた体を擦られると具合がよくなってきた。

「ごめん、フェリオネル」

 答えたくないと首を振ると、謝罪が返ってくる。

「疲れたんじゃない? もう寝ましょう」

 客室を用意してあるからと優しい声で言われ、またもレウの上着に頭から包み込まれた。部屋の配置を簡単に決めると、各々立ち上がる。

「少佐、吐き気止めを貰ってきましょうか?」

 早々に船酔いになったと思われたのかアイザックにそう訊かれるが、いらないと返す。フェリオネルが船酔いではないですよとアイザックを連れて行く。

 リスティーが「近くにいるから」と言っていたのを聞く限り、艦長室の近くにある一等室を宛がわれたらしい。

「風呂どうします。入れましょうか」

「だ、大丈夫……」

 なら寝ろとベッドに下ろされる。
 余程いい船なのだろう、男二人で寝転べそうな大きさだ。

 足元に腰かけたレウに靴を脱がされる。このまま上着に包まれて寝てしまいたいところだが、そうすると皺が取れなくなってレウが困るだろう。

 ボタンを外して脱いだエディスから受け取ったレウの浮かない顔に気付いて、どうしたと訊く。
 レウも当初躊躇ったのか、返答に窮していたが、「絵画のこと、俺になら言えるか」と手を握ってきた。

 真剣な眼差しを真正面から受けきれず、喉も針が刺さったように苦々しさが溢れてきて視線を逸らしてしまう。
 それはと口ごもると、レウも硬い表情のまま後ろを向く。

「アンタ、俺にはなにも話してくれないよな。親のこととか……配備される前のこととかさ」

 それを聞いたエディスが違うと背に縋りつくと、違わねえだろと丸まっていく。それが避けられてるようで、エディスは心の底から恐れた。

「違う、あれは……っ嫌なことを思い出すから」

 犯されそうになったんだと声を絞り出すと、いきなりレウが振り返ってきて体勢を崩す。
 倒れる前に両肩を掴んで揺さぶられる。
 目を怒りで見開いて、歪んだ口から歯茎が見せているレウの怒り顔に、恐れから声が喉の奥に引っ込んでいく。

「どいつだ!?」

 鬼のような形相で問いただされたエディスがぽろりと涙を零すと「あ……」と彼はうろたえた。

「ご、す、すみません。怒ってねえから……」

「レイガス王だよ!」

 枕を掴んでレウを叩くと、はあ!? と反発が返ってくる。枕を奪われ、掻き抱かれた。ぽとりと枕が床に落ちる音がする。

「軍に入るなら大人にならないとって、いきなり脱いで……フェリオネルが言ってた絵画は、その時にレイガス王の寝室に掛けてあったのを見たんだ」

 一回きりだけど強烈な記憶だから覚えてると大粒の涙を零しながら訴えると、レウは何度もごめんと言いながら背を擦ってくる。

「言いたくないこと言わせて、怖いこと思い出させて、すまん。本当に、悪かった」

 悪いと思うなら慰めろと口づけを請うと、レウはぐっと口を引き結ぶ。

「分かってるよ、レウが俺を守ろうとしてくれてんのは」

 子どもを搾取する大人がいる。気持ちが通じ合っていても破れば同じだからこそ、レウが正当な手段を踏もうとしてくれているのが痛い程理解できた。
 触れる唇も手も優しくて、このまま溶け合ってしまいたくなる。

「……もう忘れろよ、初恋の男なんか」

 そう言われ、エディスはなんのことだと見つめ返す。

「初恋?」

「は、いるんだろ?」

「…………恩人のことか」

 皆してなにを勘違いしているのか――……エディスは顔を手で覆った。

 自分からキスしてないし、拉致予告も思わず頷いてしまったが是としているわけではない。そう説明すると、レウはますます怖い顔になり「アンタ、これが終わったら外に出ない方がいい」と恐ろしいことを言い始めた。

「いやっ、でも! キシウに惑わせの魔法使われたり……もう大丈夫だ、俺が解いたから」

「アンタ、俺が解除方法を知らねえと思ってんのか」

 絶対アレはソイツだと歯噛みするレウになんのことかと訊く。
 血の魔人を中和させた謎の魔力について聞かされたエディスが「そうそう、優しい奴なんだよ」と言うと、ふてくされた顔になる。

「お礼が言いたいんだよ、何回も助けられたからさ」

「会ったらソイツの方がいいとか言いだすんじゃねえだろうな」

 顔がいいのかと訊いてこられ、エディスは顔はレウの方がいいと答えた。
 背はレウよりでかかったかな、こんくらいと手で示しながら言うと、「……でっけえな」と眉を寄せる。

「アンタがそんな大熊に襲われたら一たまりもないと思うんで。俺の傍から離れない方がいいんじゃないですかね」

「前から思ってたけど、レウって恥ずかしいと敬語になるのか?」

 疑問を口にした瞬間、頬を両側から引っ張られた。図星だったらしいが、照れ隠しはやめてほしいと訴える。

「フェリオネルのことも許すし。なにがフェルだよ、ガキじゃねえんだぞ」

「人を浮気性みたいに言うなよ! 承諾してねえだろうが」

「東部では評判の美形兄妹なんだろ」

 ふんと鼻を鳴らすレウに、エディスは閉口した。

「お、お前だって……俺のことが好きかなんて言わないくせに」

 心外だという顔をして見てくるレウを放ってベッドに寝ころぶ。背を向けて、このまま寝てしまえと目を閉じる。

「おい」と声を掛けてくるが、そんな名前じゃないと無視した。そういえば、この男に名前を呼ばれたことが一度もない。

「どうせ、だらしないと思ったんだろ」

 嫌われているのは元からだ。もうどうとでもなれという気持ちで零した言葉は、レウまで届かず中途半端に落ちていく。
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