127 / 274
暁の舞台編
7.怨嗟に落胆
しおりを挟む
指を絡ませて握られている。
時折手の甲を確かめるように撫でられるのがどうにもこそばゆく、気恥ずかしい。
「なあ、もう皆のとこに着くからさ……離せって」
「今更俺らがこうしてても誰も気にしないだろ」
果たしてそうだろうか? 頭に疑問が浮かんだが、否定しきる言葉も出てこなかったのでエディスは仕方なく諦めた。犬のリード代わりのつもりなのだろうと。
「……アンタたち、付き合いたての恋人みたいよ」
だが、最初に出会ったリスティーにしかめっ面でそう言われ、やっぱり気にするじゃねえかと慌てて自分の手をひったくり返す。ずっと握られていたので温かくなった手を擦る。
「レウさん、隠すのやめたの?」
「鈍くて意識されないからな」
口は達者だが俺からいくと逃げるんだとすました顔で言うレウの背中を叩くと、くるりと振り返ってきた。「な、なんだよ!」と言うが、口の端を頬の方に引っ張って笑ったレウが顔を近づけてくると背中がぞわぞわとしてきて腰が引けてしまう。
「ひぇっ、ぅ……ん、」
両手首を握られて、情けない声が出た。端正な顔が近づいてくるとエディスは目を強く閉じる。首筋に息が吹きかかり、腰に手が当てられると力が抜けてしまいそうになる。弱音が口から出そうになる恐れから、やだという声が出ていく。
「他の奴もいるのに、さっきみたいなことするわけないだろ」
直接囁きかけられた耳の近くに軽くキスをして、すぐに体を離すレウに絶句した。ぷるぷると体が震え、耳を押さえて、なにを言われたのか考えているエディスの白い肌が赤く染まっていく。
リスティーの前だというのに、恥ずかしさから涙で目が潤んできた。
「……アイザック」
小さく呼びかけると、リスティーの近くにいた彼は「へっ? 俺ですか!?」と驚きつつも寄ってきてくれた。その背中に隠れると「レウ~、大人気ないよ」とやんわりと注意をしてくれる。
アイザックの後ろから覗き見ると、レウはべっと舌を出した。
「ソイツ全然反省してねえ!」
「するわけねーだろ」
だからお前はガキだって言うんだよとそっぽを向き、リスティーになあ? と同意を求める。リスティーはこめかみに手を当てて息を吐き出すと「あなたもね」と目を閉じた。
アイザックを盾にしながら歩いていくと、庭の出口だった銀の柵まで来た。ひしゃげて今にも崩れ落ちそうな柵を反対側からくぐり抜け、アーマーが走ってくる。
「兄様、ご健勝でなによりです!」
フェリオネルの姿を目に入れると駆け寄っていき、胸に手を当てて兄を見上げる。フェリオネルは微笑みをたたえて頷いた。
「アーマーも元気でよかったよ。エンパイア公子様はよくしてくださったんだね」
お礼を言わないとと言うフェリオネルに、エディスはそういえばと辺りを見渡す。
「エドはどこにいるんだ?」
ここに来た時はエドワードもいたはずだ。だが、今は姿が見えない。
「え……あの、エドワード様が皆さんを捜しに行くとおっしゃられたので、エディス様といるのだとばかり思っていました。ご一緒でなかったんですね」
護衛を務めているアーマーは顔色を変えた。
「捜してまいります。……いえ、」
もしかしたらと動く口に指が当てられる。些か青ざめた顔に、エディスはひゅっと息を呑んだ。
これは、彼を知る二人だけの直感でしかない。
だが――だが、婚約者を亡くし、友人に裏切られてすぐに父を自らの手にかけたのだ。その心境を考えるとありえないことではない。
「エクイラ・ランドリュー交響曲の、第九番は」
「ティンパニに演奏者が頭から突っ込む様を、復讐を遂げた男が自死したと表すのが定説だったよな」
エディス様! と涙目になって叫んだアーマーが手を握ってくる。エディスは首を振った。
「エンパイア家に行って確かめてくる」
青ざめた顔の彼女に大丈夫だと言ってやりたかったが、どこにも保証がない。
「私も行きます!」
もしかしたら辛い場面に立ち合わせることになると思い、同行は断ろうとしたが「私はあの方の護衛です、契約も終わっておりません」と言われてしまって言い切り辛くなった。
「……わかった。なら一緒に行くぞ」
レウたちはそこにいてくれと言い置いて走り出したエディスに並走してきたアーマーは、「エドワード様がどこにおられるか、心当たりが!?」と訊ねてくる。
「……離れの螺旋階段の一番上だろ」
そう言うと、アーマーは顔を伏せた。胸元に当てた手を握り、目を閉じる。
「……ご存じでしたか」
「あそこに余計なことを言うメイドがいただろ。ソイツに訊いたら、簡単に教えてくれたよ」
アーマーは口の中で舌を跳ねさせ、眉をぎゅっと寄せた。あの女……と罵倒の言葉が出てきそうになるが、それでエドワードがいれば結果的には救いになるかと気持ちを落ち着かせる。
「ごめんな、アーマー。お前がついていてくれたのに」
「いえ! 私などではあの方の支えにはなれませんので」
急ぎましょう! とアーマーが拳を握って顔を見てきたのに頷きを返し、エディスは先に行くぞと、身体強化魔法を使った。
*** *** *** *** ***
ある屋敷に、貧相な女主人がいた。
金の巻き毛は美しかったが、目ばかり大きいその女をメイドですら陰では嗤っていた。子どものような心持ちで、ころころと笑っては人を鞭で打つような品性のなさだった。
その女の腹を裂いて出てきた子どもは、女にこれっぽっちも似ておらず。
髪が生え揃う前から可愛いと頬を染めて人が振り返る愛らしい相貌、生まれながらにして領主として立つにふさわしい知性と品格。
豊かな金髪が肩を越す頃には、手を握る女が霞む程であった。
そんな息子を、彼女は心の底から嫌悪した。
年端もいかない子どもが父と寝室を同じにしただけで頬を叩き、背を鞭で打つ。
それもそうだ、彼女の妻は同性愛者。それも幼い子どもを狙っていたのを彼女は知っていたのだから。
大きな目を涙で潤ませる息子に、彼女は幾日も罵声を浴びせた。
「お前は淫乱よ」「そこらの娼婦と変わりがない」「私を不器量な女だと蔑んでいるんでしょう!」と――
こちらを振り返らず、金で買った艶めかしい男を連れ歩く夫。嘲笑うかのように見る度に自分とは似ても似つかない美男子へと成長していく息子。
彼女の怒りはすべて息子へ向けられていった。
どこで会おうと、常は己の醜悪な顔を隠す為に持ち歩いている扇で息子の顔を叩き、首を絞めて奇声を上げては使用人に留められた。そして、引き離される直前には、息子の肩に爪を立てて叫ぶ。
「アンタが憎い!!」
「そんな顔を私に見せないで!」
「お前など、早く死ねばいいのに」
あまりの絶望に耐え兼ねた彼女は、ついに死んだ。
一年前のことだ。
息子に会う時以外に帰って来ることのない夫から宛がわれた離れ屋敷で、自殺か他殺か調べられもしていない。
胸にナイフを深々と刺して、大きな螺旋階段の真ん中を通ってエントランスへと飛び降りてきた。
即死だった。
首が折れ曲がった状態で――今にも倒れてしまいそうに青白い顔で棒立ちになった息子の、すぐ足元で笑って死んだ。
時折手の甲を確かめるように撫でられるのがどうにもこそばゆく、気恥ずかしい。
「なあ、もう皆のとこに着くからさ……離せって」
「今更俺らがこうしてても誰も気にしないだろ」
果たしてそうだろうか? 頭に疑問が浮かんだが、否定しきる言葉も出てこなかったのでエディスは仕方なく諦めた。犬のリード代わりのつもりなのだろうと。
「……アンタたち、付き合いたての恋人みたいよ」
だが、最初に出会ったリスティーにしかめっ面でそう言われ、やっぱり気にするじゃねえかと慌てて自分の手をひったくり返す。ずっと握られていたので温かくなった手を擦る。
「レウさん、隠すのやめたの?」
「鈍くて意識されないからな」
口は達者だが俺からいくと逃げるんだとすました顔で言うレウの背中を叩くと、くるりと振り返ってきた。「な、なんだよ!」と言うが、口の端を頬の方に引っ張って笑ったレウが顔を近づけてくると背中がぞわぞわとしてきて腰が引けてしまう。
「ひぇっ、ぅ……ん、」
両手首を握られて、情けない声が出た。端正な顔が近づいてくるとエディスは目を強く閉じる。首筋に息が吹きかかり、腰に手が当てられると力が抜けてしまいそうになる。弱音が口から出そうになる恐れから、やだという声が出ていく。
「他の奴もいるのに、さっきみたいなことするわけないだろ」
直接囁きかけられた耳の近くに軽くキスをして、すぐに体を離すレウに絶句した。ぷるぷると体が震え、耳を押さえて、なにを言われたのか考えているエディスの白い肌が赤く染まっていく。
リスティーの前だというのに、恥ずかしさから涙で目が潤んできた。
「……アイザック」
小さく呼びかけると、リスティーの近くにいた彼は「へっ? 俺ですか!?」と驚きつつも寄ってきてくれた。その背中に隠れると「レウ~、大人気ないよ」とやんわりと注意をしてくれる。
アイザックの後ろから覗き見ると、レウはべっと舌を出した。
「ソイツ全然反省してねえ!」
「するわけねーだろ」
だからお前はガキだって言うんだよとそっぽを向き、リスティーになあ? と同意を求める。リスティーはこめかみに手を当てて息を吐き出すと「あなたもね」と目を閉じた。
アイザックを盾にしながら歩いていくと、庭の出口だった銀の柵まで来た。ひしゃげて今にも崩れ落ちそうな柵を反対側からくぐり抜け、アーマーが走ってくる。
「兄様、ご健勝でなによりです!」
フェリオネルの姿を目に入れると駆け寄っていき、胸に手を当てて兄を見上げる。フェリオネルは微笑みをたたえて頷いた。
「アーマーも元気でよかったよ。エンパイア公子様はよくしてくださったんだね」
お礼を言わないとと言うフェリオネルに、エディスはそういえばと辺りを見渡す。
「エドはどこにいるんだ?」
ここに来た時はエドワードもいたはずだ。だが、今は姿が見えない。
「え……あの、エドワード様が皆さんを捜しに行くとおっしゃられたので、エディス様といるのだとばかり思っていました。ご一緒でなかったんですね」
護衛を務めているアーマーは顔色を変えた。
「捜してまいります。……いえ、」
もしかしたらと動く口に指が当てられる。些か青ざめた顔に、エディスはひゅっと息を呑んだ。
これは、彼を知る二人だけの直感でしかない。
だが――だが、婚約者を亡くし、友人に裏切られてすぐに父を自らの手にかけたのだ。その心境を考えるとありえないことではない。
「エクイラ・ランドリュー交響曲の、第九番は」
「ティンパニに演奏者が頭から突っ込む様を、復讐を遂げた男が自死したと表すのが定説だったよな」
エディス様! と涙目になって叫んだアーマーが手を握ってくる。エディスは首を振った。
「エンパイア家に行って確かめてくる」
青ざめた顔の彼女に大丈夫だと言ってやりたかったが、どこにも保証がない。
「私も行きます!」
もしかしたら辛い場面に立ち合わせることになると思い、同行は断ろうとしたが「私はあの方の護衛です、契約も終わっておりません」と言われてしまって言い切り辛くなった。
「……わかった。なら一緒に行くぞ」
レウたちはそこにいてくれと言い置いて走り出したエディスに並走してきたアーマーは、「エドワード様がどこにおられるか、心当たりが!?」と訊ねてくる。
「……離れの螺旋階段の一番上だろ」
そう言うと、アーマーは顔を伏せた。胸元に当てた手を握り、目を閉じる。
「……ご存じでしたか」
「あそこに余計なことを言うメイドがいただろ。ソイツに訊いたら、簡単に教えてくれたよ」
アーマーは口の中で舌を跳ねさせ、眉をぎゅっと寄せた。あの女……と罵倒の言葉が出てきそうになるが、それでエドワードがいれば結果的には救いになるかと気持ちを落ち着かせる。
「ごめんな、アーマー。お前がついていてくれたのに」
「いえ! 私などではあの方の支えにはなれませんので」
急ぎましょう! とアーマーが拳を握って顔を見てきたのに頷きを返し、エディスは先に行くぞと、身体強化魔法を使った。
*** *** *** *** ***
ある屋敷に、貧相な女主人がいた。
金の巻き毛は美しかったが、目ばかり大きいその女をメイドですら陰では嗤っていた。子どものような心持ちで、ころころと笑っては人を鞭で打つような品性のなさだった。
その女の腹を裂いて出てきた子どもは、女にこれっぽっちも似ておらず。
髪が生え揃う前から可愛いと頬を染めて人が振り返る愛らしい相貌、生まれながらにして領主として立つにふさわしい知性と品格。
豊かな金髪が肩を越す頃には、手を握る女が霞む程であった。
そんな息子を、彼女は心の底から嫌悪した。
年端もいかない子どもが父と寝室を同じにしただけで頬を叩き、背を鞭で打つ。
それもそうだ、彼女の妻は同性愛者。それも幼い子どもを狙っていたのを彼女は知っていたのだから。
大きな目を涙で潤ませる息子に、彼女は幾日も罵声を浴びせた。
「お前は淫乱よ」「そこらの娼婦と変わりがない」「私を不器量な女だと蔑んでいるんでしょう!」と――
こちらを振り返らず、金で買った艶めかしい男を連れ歩く夫。嘲笑うかのように見る度に自分とは似ても似つかない美男子へと成長していく息子。
彼女の怒りはすべて息子へ向けられていった。
どこで会おうと、常は己の醜悪な顔を隠す為に持ち歩いている扇で息子の顔を叩き、首を絞めて奇声を上げては使用人に留められた。そして、引き離される直前には、息子の肩に爪を立てて叫ぶ。
「アンタが憎い!!」
「そんな顔を私に見せないで!」
「お前など、早く死ねばいいのに」
あまりの絶望に耐え兼ねた彼女は、ついに死んだ。
一年前のことだ。
息子に会う時以外に帰って来ることのない夫から宛がわれた離れ屋敷で、自殺か他殺か調べられもしていない。
胸にナイフを深々と刺して、大きな螺旋階段の真ん中を通ってエントランスへと飛び降りてきた。
即死だった。
首が折れ曲がった状態で――今にも倒れてしまいそうに青白い顔で棒立ちになった息子の、すぐ足元で笑って死んだ。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
腐男子♥異世界転生
よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。
目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。
トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる