【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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幸せの鳥編

1.非人道的作戦

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「Baku which gives this dream」

 悪夢に魘される夜、優しい主人は枕元でそう囁いてくれた。何度も、何度も――手を握って。
 熱に浮かれて見た彼の髪はまるで夕日のようで、見る度に安堵を感じたんだ。

 命をくれた優しい魔物も、星が瞬く夜のようだった。
 暗い路地や一人きりの部屋で、彼らを想った日は数えきれない。

 一緒に逃げようと懇願しても、人や魔物を殺しても、悪い魔女の魔法を解いたとしても――俺を「好きだ」という人は現れなかった。
 なにかと理由をつけて、誰もが離れていく。常に父の面影や知らない女の気配が薄雲のように張り、求められる理想を演じていても尚。

 シュウとシルベリアの間にあるような、柔くて温かな感情がそこにあるのか分からなかった。見ているだけで幸せだと、自然に微笑んでしまうような傍にいたくなるような恋を、素敵だと羨んだ。

 だから、捨てられると思った。

「人間じゃない」だなんて、忠誠心を試すようなことをしたから。

 だというのに、彼は「振り下ろされる気もないくせに言いやがって」と吐き捨てるだけだった。たったそれだけだ。片腕に抱き上げた俺を、下ろす素振りの一つさえ見せなくて――それが、俺にはとても嬉しかった。

*** *** *** *** ***

「……ぅ」

 呻きながら目を開ける。
 生っ白い手に銀の輪がはまっているのが見え、眉間に皺を寄せた。

 体を起こそうとするが、いやに重鈍い。

 眼球を動かして辺りを見渡したエディスは、ふっと目を閉じた。微量な魔力を体から発して周囲を検めるが、人や魔物の気配はせずひとまず安堵の息を落とす。

(左足は……折れてるか。よくて打撲だな)

 足首に違和感と鈍い痛みがある。
 恐らく鎮痛剤が打たれているのだが、両手首だけでなく足首にも手錠が掛けられているようだった。首にも冷たい感触がするので、そこにもあるのだろう。そして、これだけ金属との温度差があるということは、おそらく熱が出ている。

 完全にヘタを打った。
 任務地に着いてすぐに奇襲に合い、囲いから出たところまではすぐに思い出せる。その後は――手に鍬や木棍を持った一般市民がそこら中から出てきたのだった。

 さらには貧困で飢えた顔をする老人や、子どもを背に負ぶった母親なんてのも窓から顔を覗かせてきて、罵倒とともに石を投げられた。正直、市民の後ろで構える革命軍よりも余程厄介だった。

 エディスが一般市民を攻撃することがないと理解した上での作戦。
 なんとか逃げようとした時、大人に押されるようにして子どもがよろけ出てきて、抱き留めたのがいけなかった。

 その子どもごとだったのだ。
 魔法ではなく爆弾が投げられ、シールドを張ったエディスの元に慌てて人が集まってきた。助かる為ではなく、手に構えた農具で殴るために。

 当たる前に自分の周りだけに張り直すと、甲高い音を立てて跳ね返る。シールドの向こう側から見上げた光景は異様だった。皆、一様に怒鳴り散らして、一心不乱にシールドを殴りつけてくる。

 わんわん泣いて胸元に縋ってくる子どもを抱き締め、呆然とするエディスに対して民衆の怒りは収まりを見せない。

【こ、黒の印を……】

 退避の魔法を唱えようとしたエディスの視界が、赤く染め上がる。

 見下ろすと、子どもが自らの胸にナイフを突き立てていた。
 驚きのあまり息を吸って、手を伸ばそうとしたエディスの周りに張られていたシールドが消える。風船が割れる時のような音を立てて。

「え?」と口から声が漏れる。

「い゙ぅ……ッ」

 出がけにリスティーに結ってもらった髪が乱暴に掴まれ、引っ張り上げられた。痛みに呻いたエディスの腕から子どもが転がり落ちていき、慌てて手を伸ばす。

「やめろっ、あの子!」

 なんらかの魔力異常者だ。
 あの子の血が体に掛かってから、なんの魔法も作動しない。

 髪を掴む手を外そうとするが、離れずに揺さぶられて何本か千切れる。地面に擦れて、服や肌が汚れて擦り切れた。

 台に乗せられ、首に輪が掛けられる。
 視界に斜めにはめ込まれた刃の影や光が入ってきて、「あ……」と引き攣った声が出た。舞台上に転がっていくガイラルの顔が想起され――そこで意識が途絶えたのだった。

「あ――……しくじったぁ」

 ここまでの失態は経験したことがなかった。
 震える手で触れる頸が落とされていないのは奇跡だろう。

 あるいは、誰かに助けられたのか――……口に手を押し当てる。どう考えても今、頭に浮かんだ人物ではないことだけは確かだ。彼なら自分に手錠を掛けて家に放置するはずがない。

 それに、見た限りではこの家には使用感がある。ならば連れてきたのはここの住民か、脅されているかのどちらかだ。やはり彼ではない。

 考え込むエディスの耳に、軋んだ木の音が入って来る。

「ああ良かった、気が付いたんだね」

 のん気にも取れる声。事実を認めたエディスは目を閉じ、ぐっと口を噤む。

(やっぱりというか、予測はしてたけどな)

 目を開けてベッドに手をつき、緩慢な動作で体を起こす。

「……久しぶりだな」

 戸口に立っていた背の高い男の髪は、深い森の色。こちらを見透かすような金の目を細めて笑った。

「うん、久しぶりだね」

 背の高さと長いもみ上げにしか特徴が感じられない。わざと強く印象をもたれないようにしているのか、本当に素朴な容姿なのか。普通の人間には感じられないような雰囲気と相まって、何度も見てもどこか変な男だ。

「君を迎えに来たんだ」

「へえ、じゃああの市民はおたくのせいで?」

 わざと棘のある話し方をすると、男は目を丸めて驚いてから「僕が君にそんなことをするはずないじゃない」と眉を下げる。

「あれはこの辺りを治めている、革命軍の小隊長ニコラス・ランページの手法だよ」

 下衆の真似事が好きな男なんだと手の平を見せる男に、エディスは「じゃあこれは」と両手を顔の前まで上げて手錠を見せつけた。

「それは俺。大丈夫だよ、エディー」

 頬を手で包まれて、目線を合わせられる。金の眼は、こちらを吸い込みそうな程に美しく、妖しい――魔の物であると、唐突に理解した。

「これからは俺と一緒に暮らそうね」

 そう男は言った。エディスは喉の渇きを覚えながら「それは都合がよくねえか……?」と声を絞り出す。

「何度も助けてくれて、アンタには感謝してる」

 悪い魔女が掛けた魔法を解くのは、王子様の役割だ。
 ”本物”と証明されたエディスは、彼を縛っていた茨を確実に取り去ったのだろう。

 だが――魔法を解いたからといって結婚しなければいけない道理はない。

「その口ぶりだと、感謝されてるだけなのかな」

 俺はいつも君の悲しみに寄り添ってきたはずだけど、と眼差しを向けてくる男を睨んで、「遅いんだよ」と詰った。

「学も金もねえ子どもを死体だらけの犯行現場に置き去りにして、よく言えるな」

 路地裏で兄貴が拾ってくれなきゃ、あんなクソガキのたれ死んでいた。
 いつもいつも見てたくせにと訴えかけるエディスに、男は薄気味悪い笑みを浮かべたままだった。

「試練を乗り越える時の君は美しくて、輝いていて。俺が摘み取っていいのかと悩んだよ」

 熟す前の果実が好きでね。そう語る口の合間から見える牙、唇を湿らせる舌。胸に当てた手の、爪の長さに頭がくらんだ。

「そういえばアンタ、あの女の兄貴だったもんな……」

 口の端を引き攣らせたエディスは、イカれてると呟いた。
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