【第2部完結】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?

結月てでぃ

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神殿編

1.聖杯の軍

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 衣擦れの音を立てて上着の腕を通していく。ベッドから立ち上がると、すぐさま伸びてきた手に支えられる。

「痛くないか」

「ガチガチにギプス巻いてるから大丈夫だ。もう自分で歩けるって」

 松葉杖を脇に挟んで数歩進むと、それでもなにかあったらすぐに言えとため息をつかれた。アンタの普段の行いが悪いせいよとリスティーは言うが、レウが心配性すぎるというのもあるだろう。

「今日の予定は」

 秘書官を雇っていないので、一日のスケジュールから自分で立てなくてはいけない。今日は――……「神殿に行く」と決めていた日だった。

「軍を脱出した時、ミシアから神官服を借りただろ。そろそろ返しに行かないと」

 そういえばそういうこともあったなとレウが顎に手を当てる。

 貸してくれたのはパプリカ・ミューレンハイカ。
 彼女は大聖堂の最上階の担当だ。つくづく、会話をする糸口を掴んできてくれたミシアには感謝しかない。

「ああ、だからその服なのか」

「うん……白い服じゃないと神殿には入れないだろ」

 白を纏うには違和感がある。

 汚れが目立つこの色を忌避してきたのと――常に寮の窓から見ることができた、あの場所の印象が強いせいだ。

「アンタ、この間は変な血を浴びたし。ついでに浄化と治癒の魔法でも掛けてもらえばいい」

 俺もついていくと言ってドアを開けたレウに、そのつもりだったと笑いかける。

 松葉杖を突いた不自由な状態で部屋の外に出ると、どこからともなく視線が集まってきた。露骨ではないが、今日は厳めしい軍服じゃないのねと言いたげに眉を顰めている者もいる。

 それなのに、なにも気にしないとばかりにピンと背を伸ばして仁王立ちをしている女に「おはよう」と声を掛けると笑顔で振り返った。

「おはよう! 頼まれていた物、取ってきたわよ」

 差し出してきたのは何通かの手紙だ。それぞれ宛先だけ確認して、先に礼を述べる。

 一日も待てずに置いておくとメイドが捨ててしまうことがあったので、面倒ではあるが、できる限り軍部に届けてもらうようにしているのだ。それを丁度軍部に寄るというリスティーに取ってくるよう頼んでいた。

「聞いたことがない人からのもあったけど、誰なの?」

 封蝋も見たことがないしとリスティーが訊ね、レウも手元を覗きこんでくる。

「ただの文通友だちだ」

 そう言って躱して、懐にしまい込む。
 ――実をいうと、彼とは”友だち”と言い切るには大きすぎる、ビジネスパートナーの関係にある。それをまだ隣の男に知られるわけにいかない。なにせ、彼は絶対に怒るだろうから。

「レウ、今日が終わる前に話がある」

「今じゃなくてか」

「……今だと、お前怒るだろうからなー、後にする」

 もうすでにその発言で怒りそうですが? と眉を上げたレウに、どうどうとリスティーが肩を叩く。彼女の落ち着き払った様子に、知っているのだと気づいた彼は片眉をしかめた。

「俺だけ除け者か」と吐き捨てたレウに、リスティーはハイハイとため息をつく。

「ちゃんと教えるって言ってるじゃない。拗ねないの」

 腕を組んで睨むリスティーに、べっと舌を見せる。横目で見て相手にしないリスティーは、年上のくせにガキね~男って、とでも思っているのだろう。エディスはなんで仲良くしてくれねえんだろうなー……と思いながらレウの腕を引っ張った。

「レウは俺と一緒に来い。リスティーは神殿内を探ってくれるか」

「分かった。情報を集めたらどこに行けばいい?」

「何事もなけりゃギールと合流して、情報を照らし合わせてくれ」

 大神官がキシウ側というのが怪しいし、どうせロクな情報は手に入らないだろう。ギールによると、母が生贄になった時の状況を知る者は抹殺されたという話だ。

「どうにもきな臭いからな。なにかあれば即時撤退しろ」

「はいはい、こんな所で無茶しないわよ」

 待ち構えられてないといいけどと言うリスティーとエディスを見比べ、レウは額に手を当てる。

「なんでうちの奴らは聖杯の軍と仲が悪いんだよ……」と呟いた。

*** *** *** *** ***

「お待ちしておりました、殿下。私がパプリカ・ミューレンハイカで御座います」

 胸元に片手を当てて頭を下げる妙齢の女性。その肩から艶やかな黒髪が流れ落ち、エディスは「あ……」と口を開いた。

「暁の舞台にいた……」

「最上階の担当をしており、王家の儀式には必ず参加するしきたりなのです」

 そうだったのかと頷き、エディスは頭を上げてくれと言う。真っ直ぐに射貫くような視線にたじろぎそうになるが、すぐにやんわりと紫の目が和らいだ。

「お茶を用意しております。こちらへ」

 硬い石造りの床を歩いていくと、質素な飾りっ気のない部屋に通される。
 無駄に飾り付けられている王宮に慣れないエディスはもっと見習えばいいのにと思いながら、白いテーブルの前へ行く。レウが引いてくれた椅子に掛けると、対面にパプリカが座った。

 朝摘みの茶葉と説かれた紅茶は、澄んだ味がする。
 清涼感を出す為なのかミントの葉で淹れられていて、蜂蜜の淡い甘さが心地いい。

 口元に笑みを浮かべて美味しいと言うと、よかったとパプリカは顔を綻ばせた。
 なんでも、このお茶はレイアーラ王女が好んで口にしていた物らしい。血が繋がらなくても姉弟なのねと言われ、エディスはそうなのだろうかと疑念を抱いた。

 返却が遅くなった非礼とともに紙袋を手渡すと、パプリカに「よかったのに」と微苦笑される。

「なにかと不便もありましょうから、お持ちになられていて」

 もう二度と女装など御免被りたいと思ったが、御身を護る為にお使いくださいと突き返されてしまった。仕方なくレウに預けると、彼女は席を立つ。

「エンパイア公から浄化と治癒をお受けになりたいと伺っております。お待ちを」

 いつの間にとエディスは目を丸くする。
 背後のレウと顔を合わせると彼も驚いた様子で首を振った。すぐに準備が整ったとパプリカが戻ってきて、「恥ずかしながら、一つお願いがあるのですが」と言ってくる。

 条件が? と内心では訝しむエディスだったが、なんでも言ってくれと大らかに笑ってみせた。

「あなたに紹介したい者がいます。治癒はその者に任せたいのですが、よろしいでしょうか」

「ああ、構わないぞ」

 医療部でたまにある、新人に血液を採取させてほしいという類だろうかとエディスは応じた。

「ありがとうございます。ちなみに、胸元の邪気は一体どこで……」

 邪気。物騒な言葉にエディスは血色ばんだが、つい先日の任地であったことを掻い摘んで話すと彼女はまあと口に手を当てた。

「禁忌に値する行為。こちらでも調べてみます」

 と渋い顔をして、こちらにも労わりの言葉を掛けてくる。

 パプリカが持ってきた桶に入っている水で手を清め、頭にも聖水を振りかけられた。それから術師のいる部屋へと案内を受ける。
 静謐な神殿の廊下はどこも白で包まれている。どこも磨かれ、光沢を放っているのだ。外から見ている時は幽鬼のようで恐ろし気だったが、こう見るとため息が出そうな程に美しい。

 手招きしたレウにこっそり伝えると、彼は小さく笑って「あなたもそう見えてるんですよ」と囁いてきた。こんな綺麗な建物と同じにするなよと睨むが、素知らぬ顔で視線を前に向けるのだから、リップサービスにしても性質が悪い。

「私の甥です」とたおやかな手が指し示した先にいた男に、エディスは半笑いになった。

 侵入者に気付いていないのだろう。
 だらだらとソファーに寝転がって本を読みながら傍らのテーブルに手を伸ばしてお茶菓子を抓んで口に放り込んでいる。組んだ足を血相を変えたパプリカが強かに叩くと、ようやくこちらに気付いたのか叫び声を上げながら起き上った。

「う、うわああああッ、……お、おばちゃん?」

 寝癖のついた髪や服を慌てて擦って正し、立ち上がって頭を下げてくる。

「あー……いいよいいよ、気にすんな。休憩時間に悪いな?」

 声を掛けると、顔が持ち上がるが唇を引き結ばれていた。冷や汗が背中を伝ったのだろうか、手で撫で下ろしている甥をパプリカは横目で見ている。

「だらしがなくて申し訳ありません」

 頭を下げる彼女に本当に気にしていないのだと伝えると、そう言うと思っていたと言わん顔で礼を伝えられる。

「気が合うかと」と涼し気な顔で言い放った彼女は、「ではこれで」と後ろ歩きで扉まで向かう。この分なら態度はともかく、いい術士に違いない。なにせ彼女はなんらかの”検分”の能力が使えるとエディスは知っている。

「いい巡り合いになればいいのですが」

 それはどちらにとってだと訊くのは、当人に向けてやろうと出入り口に背を向けた。
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