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神殿編
2.不真面目な奇跡
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「叔母さんと随分仲がいいんだな」
そう笑いかけると、ロイはあ~~~~っと言いながら顔を手で覆った。
「うわ、すごい恥ずかしい……」
じわじわ赤くなっていく顔に、エディスは「気にすんなって!」と言って背中を叩く。こちらが気にもかけていないのだと気づくと、息を長く吐いてから気を取り直したように顔を上げた。
「こちらに! 座ってください」
かしこまった調子で言うロイに、エディスはいいと手を振る。
「ついこの間までただの兵士だったんだ、気楽に話してくれ」
ロイは躊躇った様子だったが、にこっ! と笑った。その明るい笑顔に、エディスは人から好かれそうだという印象を持つ。
彼から勧められたソファーに、レウと並んで腰掛ける。
向かい側に座っているロイは、意外なことにパプリカとはあまり似ていなかった。
柔らかそうな茶髪は襟足だけが長く、寝ていたせいかあちこちに跳ねている。甘い顔立ちで、優しげな垂れ目には右側にだけ泣き黒子があり、それがどことなく色気を醸し出していた。
「とにかく、まずは治療だね!」
立ち上がったロイを、エディスは分かったと言いながら目で追う。後ろに回ってきたロイに前を向くように指示を受け、背を伸ばす。
「じゃあ始めるよ~」
胸が跳ねる。これまでギールから貰った魔物の欠片があったから、腹に大穴が空いても腕が千切れかけてもすぐに治っていたエディスは治癒の魔法を受けたことがない。
全くないわけではないが、神殿で本職相手は初めてだ。
「そんなに緊張しなくても……」
「アンタ、肩に力入れすぎだ」
コイツの方が緊張するだろとレウに肩を撫でられ、エディスはううと呻いてしまう。
(だって、ここ敵の本拠地みたいなもん……なん、だよな?)
足を踏み入れた時からどうにも座りが悪い。夜道に顔も見えない相手から手招きされているような、気味が悪い感覚が続いている。
だが、神官を前に言うわけにもいかない。軽い調子で「俺だって緊張するだろ~」と言いながらレウの手を握る。
「……やめるか」
こちらを見たレウが真剣な眼差しでそう言い、立ち上がろうとするので慌てて引き留めた。腕を掴んで見上げると、レウもまたこちらを見つめてくる。物言いたげな視線を避けつつ、「頼む」と言うと、ロイから快活な返事があった。
「すぐに終わらせますからね~。痛くないよ」
まるで注射を嫌がる子どものように言われ、エディスは早く終わってくれと心の中で唱えた。
緩やかで、だが確か。空気が一変したのを感じ取ったエディスは、思わず横に体を向ける。
正面にいるロイは目を閉じて手を握り合わせているだけだ。だというのに、一切の信仰心がないエディスから見ても厳かだと感じるくらいだった。
嫌だとか、敵愾心だというものが存在しない世界。すべてが平等に、凪いで――ふ、と焦げ茶色のまつ毛が揺れ、目が開かれる。
「えっ、なんで二人とも見てるの!?」
見られていることに気が付くと、ロイは唯一叔母と同じ色の目を丸くして仰け反った。それでも視線が外れないと分かるとたじろぎ、両手を胸の前で握った。
「綺麗だなと思って」
「うわっ、そういうのドキドキするからやめてほしいな~~!」
両頬に手を当てたロイが、はずかしっと言いながら飛び跳ねる。だが、なに言ってんだコイツというレウの視線を受けてそそくさと元いた場所へと逃げ帰っていく。
ソファーに体を投げ出すように座り、ん~~っと背伸びをしたロイは、はあっと息を吐き出した。
「アンタ、すげえな」
足下に膝をつき、エディスの足を手に取ってまじまじと見ていたレウが顔を跳ね上げる。興奮したようにも取れる声に、エディスはそんなに効果があったのか? と下をのぞき込む。
「治ってる」
そんな気はしたが、気のせいだろうと思っていた。
疼きのような痛みが先ほどまではあったというに、今は微塵も感じない。足首を動かしながらロイを見ると、「どう?」と首を傾げられた。
「神の奇跡だって言われたら信じそうになるな」
そう言うと、ロイは「俺の力だよ」と笑う。
それにエディスはへえと目を細めた。こっそりと様子を伺っているのにも気が付かず、ロイは好奇心を隠せないとばかりに口を弓のように曲げている。
なにを見ているのかなど訊く必要もない。だって、彼は自分の足下にいる男を見ているのだから。
エディスに靴を履かせたレウがソファーに腰を落ち着かせると、ロイはソファーに手を突いて身を乗り出させた。
「あの~~もしかして、バーンズグロスの三男さんだったり?」
見つめられたレウは、あぁ? と片眉を上げる。ともすれば主のエディスよりも尊大な態度な彼だ。ひやりとしたものを背筋に感じたが、ロイは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「三年前のレーヴァローズ祭でレンおじさんに世話になったんです! 元気にしてますか?」
「レンの叔父貴にか」
唐突に出てきた身内に、レウは些か不意を突かれたらしい。目を丸くして、素直に頷く。
「元気にしてるとは思うが、どうにもあの人は奔放というか一定の所にいないからな」
今どうしてるかは分からねえと言われ、ロイは「面白い人だよね」と好意を見せた。
「変わった人だろ」
口元にほんのりと皮肉めいたものを混ぜて笑ったのに、エディスは声を出さずに口を開く。
どうにも家族の話には乗り気ではないというか、兄二人と折り合いが悪い様子なのにと感嘆めいたものを胸に抱いた。珍しい彼の様子にじわじわと嬉しさが溢れだしてきて、口の端が疼く。
「レーヴァローズ祭なら、ダンスしただろ。踊れたか」
お目当ての女性がいるのかなどと神官に訊いてもいいのかと思うが、ロイなら別だろう。実際、彼も怒ったり恥ずかしがったりせず頭に手をやって「それは、なかなか」と笑った。
「それこそ叔父貴に言えばよかったのに」
知り合いなら紹介してくれるぜと言うレウに、ロイが「うわあ~~勿体ないことしたかも!」と頭を抱える。それを見たレウが悪ガキみたいな顔で笑ったのを見て、エディスは指の関節部で頬を擦った。
そう笑いかけると、ロイはあ~~~~っと言いながら顔を手で覆った。
「うわ、すごい恥ずかしい……」
じわじわ赤くなっていく顔に、エディスは「気にすんなって!」と言って背中を叩く。こちらが気にもかけていないのだと気づくと、息を長く吐いてから気を取り直したように顔を上げた。
「こちらに! 座ってください」
かしこまった調子で言うロイに、エディスはいいと手を振る。
「ついこの間までただの兵士だったんだ、気楽に話してくれ」
ロイは躊躇った様子だったが、にこっ! と笑った。その明るい笑顔に、エディスは人から好かれそうだという印象を持つ。
彼から勧められたソファーに、レウと並んで腰掛ける。
向かい側に座っているロイは、意外なことにパプリカとはあまり似ていなかった。
柔らかそうな茶髪は襟足だけが長く、寝ていたせいかあちこちに跳ねている。甘い顔立ちで、優しげな垂れ目には右側にだけ泣き黒子があり、それがどことなく色気を醸し出していた。
「とにかく、まずは治療だね!」
立ち上がったロイを、エディスは分かったと言いながら目で追う。後ろに回ってきたロイに前を向くように指示を受け、背を伸ばす。
「じゃあ始めるよ~」
胸が跳ねる。これまでギールから貰った魔物の欠片があったから、腹に大穴が空いても腕が千切れかけてもすぐに治っていたエディスは治癒の魔法を受けたことがない。
全くないわけではないが、神殿で本職相手は初めてだ。
「そんなに緊張しなくても……」
「アンタ、肩に力入れすぎだ」
コイツの方が緊張するだろとレウに肩を撫でられ、エディスはううと呻いてしまう。
(だって、ここ敵の本拠地みたいなもん……なん、だよな?)
足を踏み入れた時からどうにも座りが悪い。夜道に顔も見えない相手から手招きされているような、気味が悪い感覚が続いている。
だが、神官を前に言うわけにもいかない。軽い調子で「俺だって緊張するだろ~」と言いながらレウの手を握る。
「……やめるか」
こちらを見たレウが真剣な眼差しでそう言い、立ち上がろうとするので慌てて引き留めた。腕を掴んで見上げると、レウもまたこちらを見つめてくる。物言いたげな視線を避けつつ、「頼む」と言うと、ロイから快活な返事があった。
「すぐに終わらせますからね~。痛くないよ」
まるで注射を嫌がる子どものように言われ、エディスは早く終わってくれと心の中で唱えた。
緩やかで、だが確か。空気が一変したのを感じ取ったエディスは、思わず横に体を向ける。
正面にいるロイは目を閉じて手を握り合わせているだけだ。だというのに、一切の信仰心がないエディスから見ても厳かだと感じるくらいだった。
嫌だとか、敵愾心だというものが存在しない世界。すべてが平等に、凪いで――ふ、と焦げ茶色のまつ毛が揺れ、目が開かれる。
「えっ、なんで二人とも見てるの!?」
見られていることに気が付くと、ロイは唯一叔母と同じ色の目を丸くして仰け反った。それでも視線が外れないと分かるとたじろぎ、両手を胸の前で握った。
「綺麗だなと思って」
「うわっ、そういうのドキドキするからやめてほしいな~~!」
両頬に手を当てたロイが、はずかしっと言いながら飛び跳ねる。だが、なに言ってんだコイツというレウの視線を受けてそそくさと元いた場所へと逃げ帰っていく。
ソファーに体を投げ出すように座り、ん~~っと背伸びをしたロイは、はあっと息を吐き出した。
「アンタ、すげえな」
足下に膝をつき、エディスの足を手に取ってまじまじと見ていたレウが顔を跳ね上げる。興奮したようにも取れる声に、エディスはそんなに効果があったのか? と下をのぞき込む。
「治ってる」
そんな気はしたが、気のせいだろうと思っていた。
疼きのような痛みが先ほどまではあったというに、今は微塵も感じない。足首を動かしながらロイを見ると、「どう?」と首を傾げられた。
「神の奇跡だって言われたら信じそうになるな」
そう言うと、ロイは「俺の力だよ」と笑う。
それにエディスはへえと目を細めた。こっそりと様子を伺っているのにも気が付かず、ロイは好奇心を隠せないとばかりに口を弓のように曲げている。
なにを見ているのかなど訊く必要もない。だって、彼は自分の足下にいる男を見ているのだから。
エディスに靴を履かせたレウがソファーに腰を落ち着かせると、ロイはソファーに手を突いて身を乗り出させた。
「あの~~もしかして、バーンズグロスの三男さんだったり?」
見つめられたレウは、あぁ? と片眉を上げる。ともすれば主のエディスよりも尊大な態度な彼だ。ひやりとしたものを背筋に感じたが、ロイは晴れやかな笑顔を浮かべた。
「三年前のレーヴァローズ祭でレンおじさんに世話になったんです! 元気にしてますか?」
「レンの叔父貴にか」
唐突に出てきた身内に、レウは些か不意を突かれたらしい。目を丸くして、素直に頷く。
「元気にしてるとは思うが、どうにもあの人は奔放というか一定の所にいないからな」
今どうしてるかは分からねえと言われ、ロイは「面白い人だよね」と好意を見せた。
「変わった人だろ」
口元にほんのりと皮肉めいたものを混ぜて笑ったのに、エディスは声を出さずに口を開く。
どうにも家族の話には乗り気ではないというか、兄二人と折り合いが悪い様子なのにと感嘆めいたものを胸に抱いた。珍しい彼の様子にじわじわと嬉しさが溢れだしてきて、口の端が疼く。
「レーヴァローズ祭なら、ダンスしただろ。踊れたか」
お目当ての女性がいるのかなどと神官に訊いてもいいのかと思うが、ロイなら別だろう。実際、彼も怒ったり恥ずかしがったりせず頭に手をやって「それは、なかなか」と笑った。
「それこそ叔父貴に言えばよかったのに」
知り合いなら紹介してくれるぜと言うレウに、ロイが「うわあ~~勿体ないことしたかも!」と頭を抱える。それを見たレウが悪ガキみたいな顔で笑ったのを見て、エディスは指の関節部で頬を擦った。
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